3月2日、もう10日ほども前のことになりました。
午前中に冬の道をすこし歩き、昼にひっぱりうどんを食べた後の午後のことです。

ここの集落にこけしの職人さんがおり、オリジナルこけしを博物館の学芸員さんがムリを言っていろんなパターンのものを作ってもらったそうです。
それに絵付けをする体験でした。

絵付けは本来は染料を使うとのことでしたが、今回は初心者向けに顔料のポスターカラーでした。
皿にいろんな色の絵の具が準備してあります。
絵付けの準備

職人さんは最近、きのこ風のこけしシリーズを作っているそうです。
右に見えるちいさいのが今回絵付けをするものです。
ちいさいと材料もかからずによいのかな?と思いましたが、職人さん曰く、小さいとめんどくさいそうです。
見本

いろいろなパターンで作ってあり、どれでも好きなのを選んでねということでした。
ぼくはこれにしましょう。
木材は何種類かの樹種がこけしに向くそうですが、今回のものはイタヤカエデとのことでした。
職人さん自ら山へ行き、選んだ木を自分で伐って家に保管し、材を挽いて使うそうです。
これにしよう

職人さんの見本です。
きのこがモチーフの創作こけしですが、こけしは、名の由来のひとつが木化子と書いてこけしだそうで、きのこは、木の子でしょうから、あらら、おんなじだ、ということなんでしょうか。
職人さんの
ここ数年は、なぜかこけしがたいへんなブームだそうで、この職人さんもあちらこちらに来てくれとひっきりなしにお誘いされるそうです。場合によっては、こけしを買うツアーなどもあり、若い女性のみなさんがすごく集まるのだということです。そのような光景はまだ見たことがありませんがほんとうにブームなのでしょうか?
でも、この職人さんは都会への出張販売のお誘いなどはお断りするそうで。面倒だから・・・と言っておりました。職人はね、出不精なんです、なんてところでしょうか。
出かけていけばお金にもなるのでしょうが、それを断って自分の手仕事に没頭するくらいの人でないと務まらないのかもしれません。

さて・・・。
自分なりに顔を描いたりしては見ましたが・・・。どうなんでしょうね。
顔の周りの青いのは、ほっかむりのてぬぐいです。結び目も描きました。
和筆で描くのですが、細い線を描くのは難しいものですね。水分や絵の具の濃さの具合で、描いた線がにじんだり、はっきりしたりします。
できあがり

ほかの方もそれぞれに好きなように、
ほかの方のもの1

あるいは色合いを工夫したりしながら描かれておりました。
ほかの方のもの2

こけしは、顔を描くとなんでだか描いた本人の顔に似るんだそうです。
なお、職人さんはまるっきりそっくりでした。
みなさんの作ったものがずらっと並びました。
せいぞろい

こけしの職人さんたちは、もともとは木でおわんなどを作る木地師さんであったそうです。
ここの集落には、かつて定着して住まいした木地師さんたちの集団があったというようなことを地域の歴史の本などで読んだこともありました。そういった歴史が、今もまだ実際の生業として残っているんですね。すごいことだと思います。

作業していたお部屋には、周りに民具などの蒐集されたものが飾られていました。
これは、はけご(腰につけたり、背負ったりするかごと袋の中間くらいのもの)で、アケビつるで作られたもののようです。なんと丁寧に編まれているのでしょう。これはまさに職人技だと思いました。
アケビのつるのはけご パターン

このほかにもいろいろな民具があり、うちの集落ではあまり見かけないものもありましたので、次はそれを載せてみたいと思います。
先週のことです。
3月に入ってすぐ、もう春なのかなという暖かな陽射しの日もありましたが、そんなにいきなり季節は進みません。
もう3月、まだ3月、雪は降ります。
3月6日

昨日の夜も一昨日の夜もこんな具合に降っていました。
なんだかんだで雪が多い、多いと言われた昨年と同じくらいの積雪になっているように思います。
もうちょっと先に街灯などもあるはずですが、雪に霞んで見えません。
除雪車は出動していてくれるのでクルマは安心して通られます。ありがたいことです。
3月10日

今日の仕事帰りに、ふと思い出した木があり、立ち寄ってみました。
この枝はマンサクです。
3年前の3月14日、この木には早くも花が咲いていました。
枝を探ってみましたが、今年はあまり花芽がついていないようです。
今年のマンサク

これが3年前の3月14日の様子です。
たしか、この前日あたりには、昨日や一昨日と同じように雪がわっしょいと降っていたはずです。
春の進むのは不思議なものですね。少し進んだと思うと一気に戻り、かと思うといつの間にか春がやってくるんでしょうね。
マンサク 3月14日

ミツバチもやってきておりましたね。今年はまだミツバチが飛ぶとは思えない天候が続いています。
マンサクとミツバチ

帰り道にもうひとつ思い出しました。
携帯電話で写真を撮ったのですが、アダプタをどこかにやってしまって・・・。
携帯電話の画面をカメラで撮る始末です。

とにかく、帰り道唯一のコンビニの様子。
たくさんある棚
(携帯電話の電波表示が圏外になっているのは、当時を再現したのでありません。今もなお、ぼくの自宅は圏外なのです)

いろんなものがたくさんたくさんありますね。こんなにたくさんどこから来てどこに行くのでしょう。
たくさんたくさんある棚
(あ、携帯電話の電波の表示が圏外でなくなっています。稀にメールなどを受信することがあります。どうも、雲の動きなどの影響でこういうこともあるんだそうです)

これは3年前の3月14日の様子です。
ドレッシングくらいしかありませんでした。
こんな様子とあとはガソリンなど石油関係の不足が4月に入るまでずっと続いていました。
からっぽの棚

4月の中旬のことでした。
ガソリンスタンドが再開するようになってから、水をかぶったところの後片付けの手伝いに行った際に撮った阿武隈川の河口方向です。
右に見える白いものは、堤防が壊れたところに応急的に置いた土のうのようでした。
お手伝いをしたのは、この堤防からすぐのおうちでしたが、もうすっかり家のなかを海水にさらわれて、床下に潜ったり床板をはがして泥を書き出したり、とりあえず家財道具で使えるものや、想い出の品を探したり、道を通れるようにしたり、そんなふうでした。
海が見えている

現場を写真を撮る気持ちにはならなく、カメラも持っていきませんでしたが、堤防沿いに咲いたサクラの花は、山形よりもずいぶん早くに咲き、塩水にひたっても変わらず咲くものだなあと心強く思われ、携帯電話で撮ったものでした。
サクラ阿武隈川沿い

それから半月ほど。
当時、たいへん遠くに住んでいた友人がようやくの里帰りをできるというので、一緒にクルマでおうちへ行った際のことです。
友人宅はこの川の上流の川近くにあり、家は地震でかなり傷んだとのことですが、波にさらわれることはかろうじてまぬがれた場所でした。
地震のすぐ後にはそれも確かめる術も無く、ふるさと遠い地でどのような気持ちでおったのか、今もぼくには想像の及ぶものではありません。
5月1日 石巻

すこしサクラの時期を過ぎ、空は春の霞濃く、海からの風は街に積もった泥と魚の腐臭に包まれていました。
石狩川

当時に既に載せた写真、載せる気持ちにならなかった写真、あるいは撮る気持ちにならなかった風景。残してある写真を見ると、その当時の気持ちが少しだけ思い出されます。

今日は、そうですね。朝に当たり前に仕事に出て、電話や来客やそんなふうにしているとあっというまに昼になり、いつものとおりの日でありました。そんな日常が、実はたくさんの方がこまごまとあれこれ仕事を積み重ねて作られていたありがたいものであったのだと実感をしたのが3年前の今日でありました。
今もなお、まだ日常に戻られない方もあり、その地その地でできることしかできない、でもできることはできる。来年も再来年もそのように考えを新たにしつつ過ごしたい、そのように思います。
雪はたごに行った次の日の日曜、3月2日のことです。
前日の雪遊びの際、帰り際にその近くの博物館の方に会い、「明日はスノーシューで散歩に行ったりしますので時間があればどうぞ」とのこと。
あ、そうだった、お知らせをいただいていたのだった・・・。

ゆめさんをお見送りしたい気持ちもありましたが、送迎のバスもあるということでしたので、スノーシューの散歩のほうへ参加をすることにしました。

家からは冬はぐるっと遠回りをしないといけない場所で、雪道のためもあり少しの遅刻を・・・。
幸いに参加者のみなさんはまだ見える範囲におりました。(写真の右奥にけし粒のように写っています)
急いでスキーを履き(だからスノーシューの散歩なんだってば)、追いかけました。
遅刻して

やっぱりこういった平らなところはクロスカントリースキーは速いですね。
ぐんぐんと追いつきました。
ケヤマハンノキに秋の実が残っており、そこに今朝の雪が。
ケヤマハンノキの実

まだ咲かぬ雄花の上にもふんわりと結晶が。
ゆめさんが雪の結晶を見たがっており、今朝の雪はちょうどよいなあと思い、メールをすると、ちょうど宿の前にて結晶の写真を撮っているころであったとか。
雪の降らない日が数日続き、山の景色が見られるのはよいのですが、せっかくの雪国なので、ふわふわと舞う雪と結晶を見ていただきたいなとも思っていたのでちょうどよい雪になりました。柔らかに降る雪はとても美しいものです。一気に降ると怖ろしいですけれどもね。
ケヤマハンノキ 雄花のつぼみ

古寺鉱泉へ至る分岐のところにきました。
古寺への分岐

夏にはかなり上にある看板ですが、今はもうちょっとで手が届きそうです。
写っているのは参加者のなかで最年少の元気な女の子です。
看板

この子は以前にも何度もお会いしたことがありますが、ほんとに元気な子で、わっしょいと斜面を直登していきました。スノーシューを履いたことのある方はわかると思いますが、結構ね、重いし足元は定まらないし、急な斜面は体力を使うものです。
あっというまに尾根を駆け上がり、写真の右上の木々の幹の合間にちょこっと見えるだけになりました。
直登

かと思うと、道をもうちょっと進んだ方向へ、斜面の上からごろごろごろ、と転がってきました。
降りてきた

参加者(というか、同好会的なものです)のみなさんは植物に詳しい方ばかりで、木々の様子や、つるの種類や生態についてあれこれはなしをしながら進んでいきます。

この日のゴールにしてあった場所へ。足元をすたたたっとリスが走っていきました。
ここは朝日連峰と月山とが綺麗に見え・・・ませんね。
とにかく出発から1kmほどのこの地点で午前中の散歩は折り返しになりました。
見晴らし・・・

ブナの枝にはヤドリギが。
赤い実と黄色い実のヤドリギが二種類同じブナにくっついていました。
撮りたいけれどレンズが望遠でないので撮られません。
ヤドリギ

帰りはぼくだけスキーなので・・・。速いのですけれどもね。
歩調を合わせて帰りましょう。
クロスカントリースキーの山用(競技用はよく見られますが)のセットを初めて見た方は、たいへんに興味深そうにしていました。山用のスキーは、プラブーツのアルペンタイプのものか、テレマークタイプのものが主流で、柔らかなくつのスキーはあまり見かけませんものね。軽快さ(と値段の安さ)に驚いていたようでした。

帰りのゴール近くで、キハダの実を採集したり、ツルウメモドキの実のあった殻を見たり。
ツルウメモドキのから

ちょうどお昼に、博物館に戻り、この日の昼のメニュは山形の内陸部の冬の定番、ひっぱりうどんです。
ひっぱりうどんの発祥の地のお近くに住む方から、ひっぱりうどんの生まれた経緯や、地域ごとのちょっとした違いなどのおはなしがありました。
もともとは山仕事に行かれる方が乾麺を背負っていき、出先で簡単に食べられるように工夫したものであったそうです。こないだ、冬の公園でイグルーを作ってひっぱりうどんをしたのは、まさに発祥のころの再現のようなものであったのかもしれません。
しかし、なべが大きい。これがもうひとつありました。
ひっぱりうどん

たれはやはり納豆とサバ缶です。ぼくはサバ缶は好物なので、水煮の煮汁も入れてがいろがいろとかき混ぜるのが食べやすくなってよいなと思います。サバ缶の煮汁を捨ててしまうかたもあるそうでちょっともったいないですね。そのまま飲んでも美味しいくらいです。
やっぱり納豆

午後からは、ブーム真っ只中のこけしの絵付けをしました。