先週のことです。
3月に入ってすぐ、もう春なのかなという暖かな陽射しの日もありましたが、そんなにいきなり季節は進みません。
もう3月、まだ3月、雪は降ります。

昨日の夜も一昨日の夜もこんな具合に降っていました。
なんだかんだで雪が多い、多いと言われた昨年と同じくらいの積雪になっているように思います。
もうちょっと先に街灯などもあるはずですが、雪に霞んで見えません。
除雪車は出動していてくれるのでクルマは安心して通られます。ありがたいことです。

今日の仕事帰りに、ふと思い出した木があり、立ち寄ってみました。
この枝はマンサクです。
3年前の3月14日、この木には早くも花が咲いていました。
枝を探ってみましたが、今年はあまり花芽がついていないようです。

これが3年前の3月14日の様子です。
たしか、この前日あたりには、昨日や一昨日と同じように雪がわっしょいと降っていたはずです。
春の進むのは不思議なものですね。少し進んだと思うと一気に戻り、かと思うといつの間にか春がやってくるんでしょうね。

ミツバチもやってきておりましたね。今年はまだミツバチが飛ぶとは思えない天候が続いています。

帰り道にもうひとつ思い出しました。
携帯電話で写真を撮ったのですが、アダプタをどこかにやってしまって・・・。
携帯電話の画面をカメラで撮る始末です。
とにかく、帰り道唯一のコンビニの様子。

(携帯電話の電波表示が圏外になっているのは、当時を再現したのでありません。今もなお、ぼくの自宅は圏外なのです)
いろんなものがたくさんたくさんありますね。こんなにたくさんどこから来てどこに行くのでしょう。

(あ、携帯電話の電波の表示が圏外でなくなっています。稀にメールなどを受信することがあります。どうも、雲の動きなどの影響でこういうこともあるんだそうです)
これは3年前の3月14日の様子です。
ドレッシングくらいしかありませんでした。
こんな様子とあとはガソリンなど石油関係の不足が4月に入るまでずっと続いていました。

4月の中旬のことでした。
ガソリンスタンドが再開するようになってから、水をかぶったところの後片付けの手伝いに行った際に撮った阿武隈川の河口方向です。
右に見える白いものは、堤防が壊れたところに応急的に置いた土のうのようでした。
お手伝いをしたのは、この堤防からすぐのおうちでしたが、もうすっかり家のなかを海水にさらわれて、床下に潜ったり床板をはがして泥を書き出したり、とりあえず家財道具で使えるものや、想い出の品を探したり、道を通れるようにしたり、そんなふうでした。

現場を写真を撮る気持ちにはならなく、カメラも持っていきませんでしたが、堤防沿いに咲いたサクラの花は、山形よりもずいぶん早くに咲き、塩水にひたっても変わらず咲くものだなあと心強く思われ、携帯電話で撮ったものでした。

それから半月ほど。
当時、たいへん遠くに住んでいた友人がようやくの里帰りをできるというので、一緒にクルマでおうちへ行った際のことです。
友人宅はこの川の上流の川近くにあり、家は地震でかなり傷んだとのことですが、波にさらわれることはかろうじてまぬがれた場所でした。
地震のすぐ後にはそれも確かめる術も無く、ふるさと遠い地でどのような気持ちでおったのか、今もぼくには想像の及ぶものではありません。

すこしサクラの時期を過ぎ、空は春の霞濃く、海からの風は街に積もった泥と魚の腐臭に包まれていました。

当時に既に載せた写真、載せる気持ちにならなかった写真、あるいは撮る気持ちにならなかった風景。残してある写真を見ると、その当時の気持ちが少しだけ思い出されます。
今日は、そうですね。朝に当たり前に仕事に出て、電話や来客やそんなふうにしているとあっというまに昼になり、いつものとおりの日でありました。そんな日常が、実はたくさんの方がこまごまとあれこれ仕事を積み重ねて作られていたありがたいものであったのだと実感をしたのが3年前の今日でありました。
今もなお、まだ日常に戻られない方もあり、その地その地でできることしかできない、でもできることはできる。来年も再来年もそのように考えを新たにしつつ過ごしたい、そのように思います。
3月に入ってすぐ、もう春なのかなという暖かな陽射しの日もありましたが、そんなにいきなり季節は進みません。
もう3月、まだ3月、雪は降ります。

昨日の夜も一昨日の夜もこんな具合に降っていました。
なんだかんだで雪が多い、多いと言われた昨年と同じくらいの積雪になっているように思います。
もうちょっと先に街灯などもあるはずですが、雪に霞んで見えません。
除雪車は出動していてくれるのでクルマは安心して通られます。ありがたいことです。

今日の仕事帰りに、ふと思い出した木があり、立ち寄ってみました。
この枝はマンサクです。
3年前の3月14日、この木には早くも花が咲いていました。
枝を探ってみましたが、今年はあまり花芽がついていないようです。

これが3年前の3月14日の様子です。
たしか、この前日あたりには、昨日や一昨日と同じように雪がわっしょいと降っていたはずです。
春の進むのは不思議なものですね。少し進んだと思うと一気に戻り、かと思うといつの間にか春がやってくるんでしょうね。

ミツバチもやってきておりましたね。今年はまだミツバチが飛ぶとは思えない天候が続いています。

帰り道にもうひとつ思い出しました。
携帯電話で写真を撮ったのですが、アダプタをどこかにやってしまって・・・。
携帯電話の画面をカメラで撮る始末です。
とにかく、帰り道唯一のコンビニの様子。

(携帯電話の電波表示が圏外になっているのは、当時を再現したのでありません。今もなお、ぼくの自宅は圏外なのです)
いろんなものがたくさんたくさんありますね。こんなにたくさんどこから来てどこに行くのでしょう。

(あ、携帯電話の電波の表示が圏外でなくなっています。稀にメールなどを受信することがあります。どうも、雲の動きなどの影響でこういうこともあるんだそうです)
これは3年前の3月14日の様子です。
ドレッシングくらいしかありませんでした。
こんな様子とあとはガソリンなど石油関係の不足が4月に入るまでずっと続いていました。

4月の中旬のことでした。
ガソリンスタンドが再開するようになってから、水をかぶったところの後片付けの手伝いに行った際に撮った阿武隈川の河口方向です。
右に見える白いものは、堤防が壊れたところに応急的に置いた土のうのようでした。
お手伝いをしたのは、この堤防からすぐのおうちでしたが、もうすっかり家のなかを海水にさらわれて、床下に潜ったり床板をはがして泥を書き出したり、とりあえず家財道具で使えるものや、想い出の品を探したり、道を通れるようにしたり、そんなふうでした。

現場を写真を撮る気持ちにはならなく、カメラも持っていきませんでしたが、堤防沿いに咲いたサクラの花は、山形よりもずいぶん早くに咲き、塩水にひたっても変わらず咲くものだなあと心強く思われ、携帯電話で撮ったものでした。

それから半月ほど。
当時、たいへん遠くに住んでいた友人がようやくの里帰りをできるというので、一緒にクルマでおうちへ行った際のことです。
友人宅はこの川の上流の川近くにあり、家は地震でかなり傷んだとのことですが、波にさらわれることはかろうじてまぬがれた場所でした。
地震のすぐ後にはそれも確かめる術も無く、ふるさと遠い地でどのような気持ちでおったのか、今もぼくには想像の及ぶものではありません。

すこしサクラの時期を過ぎ、空は春の霞濃く、海からの風は街に積もった泥と魚の腐臭に包まれていました。

当時に既に載せた写真、載せる気持ちにならなかった写真、あるいは撮る気持ちにならなかった風景。残してある写真を見ると、その当時の気持ちが少しだけ思い出されます。
今日は、そうですね。朝に当たり前に仕事に出て、電話や来客やそんなふうにしているとあっというまに昼になり、いつものとおりの日でありました。そんな日常が、実はたくさんの方がこまごまとあれこれ仕事を積み重ねて作られていたありがたいものであったのだと実感をしたのが3年前の今日でありました。
今もなお、まだ日常に戻られない方もあり、その地その地でできることしかできない、でもできることはできる。来年も再来年もそのように考えを新たにしつつ過ごしたい、そのように思います。