ここ一月、ブログの更新に力がはいらずに過ごしておりました。やりとりさせてもらっている皆様、たいへん申し訳ございません。今年はこんな具合で経過していくのでしょうか?(自分が一番よくわかっておりません。)

さて、順番からしまして、年末の旅の様子を綴り終わらずには先に進むことはかないません。
しばしお付き合いください。

新幹線は板谷峠を越えていきます。車窓には雪の向こうに鉄塔。
鉄塔

列車が福島に入りますと、雪はどんどんと少なくなっていきます。この差はなんなのでしょうね。いきなり少なくなっていくのです。
雪が少なくなる

(こないだも来ました)大宮へ到着しますと、不思議な像が迎えてくれました。
ここで前回に埼玉で会ったヒゲの生えた友人と合流しました。
大宮は、たいへんに暖かくとこはる(常春)の地であるのでないかという具合でした。
不思議な像

遠くに来ているにも関わらず、駅前のドトールコーヒーというチェーン店のコーヒーやさんへ。
コーヒーのチェーン店もいろいろありますが、ぼくはここが気取っていない感じが好きで時折入ります。
ドトール

こちらの友人宅へ向かうのに、一度新宿へ。
ここはいつ来ても大きな駅ですね。駅のなかを歩いているうちに、隣の駅へつくくらいの距離なのでないかしらん?と思ってしまうのでした。
新宿駅へ

見慣れない列車が行き交っております。
黄緑の列車

たくさんの線路たち。
この線路がそれぞれに別の目的地を持っているのだというのは容易には信じられない不思議さがありますね。
線路がたくさんある

しかし、ちょっと南に来ると気候というのはこんなに違うものかと思うくらいに暖かいものです。
車窓からは陽射しのたっぷりの冬の山並み。これで冬というのだから不思議なものです。
暖かな山並み

目的の駅へ到着しますと、友人が出迎えてくれました。
相変わらず遠くからでもそれとわかる立ち姿を持った男でございます。
友人あらわる

友人宅へ向かう途中のコンビニには、山形産のりんごが並んでおりました。
ふるさとは遠くにありて思うもの、というのはこういったことでありましょうか。
ふるさとを離れたのはまだこの日の朝だったというのに、すでに戻りたい気持ちにすらなったのであります。
山形のりんご

御土産は宮城県の金華山沖で獲れたサバによるサバ缶。そして乾麺のおそば。
さば缶とそば

天童のちょっと不思議な将棋もありました。
軍人将棋

友人には半年ほど前にお嬢さんが誕生し、そのご尊顔を拝見にお伺いしたのでありました。
子があるというのはどのような気持ちなのでしょうね。
ヒゲのある友人もぼくと同様にまだ子をもうけたことがなく、ははあ、なんとも貴重なことである、とひと時を過ごしたのでありました。
さて、ややしばらく空けてしまったブログでしたが、友人のもとへ毎年恒例の年末年始の旅へ行った様子を綴っておきたいと思います。

年末の様子。(もうずいぶんと前のことのようですね)
25日の朝はうちの近くは真っ白でした。
ホワイトクリスマス

年末らしく職場のみなさんと一緒に忘年会などもありました。
余興には、地元産の品物と、量販店の品物との味を見分ける、というのもあったりしました。
これはトマトジュース。
トマトジュース

おみづけ。山形特産の青菜(せいさい、と呼びます。高菜と似ておりますが、風味が違っています。)ににんじんやシソの実など加えて漬ける美味しい漬物です。納豆と和えるとごはんに最高にマッチしますね。
おみづけ

それと日本酒。ぼくはお酒は飲めませんが、忘年会だし、泊まりだし、ちょこっと飲んで・・・。
みたら気持ち悪くなってやっぱりだめでした。アルコールはほんとにだめですね。体質にあわないのでしょう。
日本酒

忘年会の宿の天童の夜は更けていきます。
ほかのメンバーは歓楽街へ消えていきました。気持ち悪くなったぼくは、さらっと温泉に入り、コーヒーを飲みながら本などを読みつつ夜を過ごしました。お酒の飲みたい方に言わせると、飲みに行かないのがもったいないということなんですが、のんびりと本を読みつつ過ごすのは本読みにとっては至福の時間なのであります。
天童の夜

ぼくの眠った後、千鳥足になった同室のみなさんは帰ってきていたようでした。
朝の天童市。
わが家よりも東にある天童市は、うちよりもちょっとだけ晴天率がよろしくって、すっきりとした朝、凛とした冬の空気でした。
天童の朝

しかし、こういった旅館の朝食のごはん茶碗はなんであんなにちいさいのでしょうね。
おちょこに毛が生えたくらいのちいささと思われます。給仕の方がよそってくれるのですが、もっと多く、もっとこんもりと盛ってください、とオーダーするうちに苦笑いされました。
富士山のように、いえ、槍ヶ岳のように盛っていただきたいものですね。
朝のごはん

その後の数日間は、年末の旅に備えて、家のあれこれ、屋根の雪おろしなどをいそいそと行っておりました。

旅に出たのは30日の朝のことでした。
出発はいつもの駅です。
この駅から、鉄道は全国につながっておるのですね。
今回は行き先が半分ほど決まっておったのでしたが、昔のクセでついつい別な、見たこともない駅へ向かいたくなってしまいます。
30日の朝

青い列車へ。
出発

線路には雪が積もっていました。
線路の雪

車窓からの雪景色を愛でつつ、
車窓からの雪

山形駅で新幹線へ乗り換えて席に落ち着くと、そそくさと読書の体勢へ。
列車と言うのは本を読んでおられるのがよいですね。自分で運転する自動車ではこうはいきません。
新幹線に乗って

今回は東京の友人を訪ねた後、北陸のほうへ雪景色を眺めに行ってみようかと思っておったのでした。
猫町、は、北陸の温泉を訪ねるような内容のおはなしであると表紙に書いてありました。うってつけでありましょう。
みなさま、お久しぶりでございます。
え?だれ?ロッキーチャックなどというのは知りません、とおっしゃらないでくださいませ。
10日ほどお休みをいただいておりましたが、体調を崩したとかではなく、いろいろとまあ充実をしておりました。それと、なんとなくね、パソコンから離れてしまっておったのでした。

さて、年末年始(もういつのはなしだったかという感じですが)のことや雪の中の暮らしの様子もお伝えしたいことがありますが、わが家の大師さまのおはなしも途中でございますので、順を追ってまいりましょう。

ようやく展示のある部屋に着き、はじめに目に入ったのは、うちのとなりの集落の青苧(アオソ、カラムシとも)の繊維で作られた御戸帳(おとちょう)でした。
これは神社の御神体の前にかけられた幕の一種でございます。当地の産物であったアオソ、現在は国内ではあまり生産されませんが、ラミーと呼ばれる繊維のによって織られたものです。
アオソはイラクサ科(ウワバミソウやアカソなどがありますね)の一種で、茎の表皮の内側の滑らかな繊維をへらでしごいて採取するのですが、天然繊維の中では最も長く強靭な繊維が採れるのです。近年は登山ウエアにも一部利用されたりもしておるようですね。
青苧の御戸帳
※例によって書き始めるといくら書いても書ききれませんのでアオソのはなしはあらためて。

わおぅ。
ししがしらの山

次に目に飛び込みましたのは大量のししがしらでした。これはとなり町のとある神社に奉納されたもので、実際の神社に奉納された形のまま運び展示をしてありました。一定期間で御炊き上げをするということでしたが、それでもこの量です。
ここの信仰のかたちとしては、獅子頭を奉納する、というものなのですが、不思議なことに、獅子舞や踊りは行われないというようなことでした。
ししがしら

かなり古い時代のものもあるようでした。
ししがしらいろいろ
これの調査をした教授さんがおり、すこしおはなしを聞いたところ、いろいろ教えてもらったのでしたが・・・。おおむね忘れてしまいました。
うちの近辺で「シシ」と言う場合、シカやカモシカも含めて「シシ」であって、ライオンの類の獅子だけがシシではないのですが、この獅子頭はライオンのほうのシシなんですね。なんてはなしだけ記憶にあります。

順路に沿って進むうちに、やあやあ、おりました。うちの大師さまです。
カラフルな仏像のひとつ手前にちょこんと鎮座ましましておりました。
わが家の大師さま

おとなりには御詠歌の額もおいてありました。
御詠歌額

こちらがロッキーチャック家の秘仏、大師さまであります。ちんまりとしておりますね。
大師様
調査の結果によると、この像が作られたのは明治25年(西暦1892年)、京都の七条仏師に学んだうちの近くの街に住んでいた仏師の家系の4代目、林次郎兵衛という仏師によって作られたもので、明治25年の前後に、うちの集落を含む一帯で、新四国八十八ヶ所霊場の制定に伴って造像されたものであろうとのことでした。
「新四国八十八ヶ所霊場」というのは、弘法大師空海ゆかりの本家の四国の霊場にあやかってちいさな規模で設けられたものであろうと思います。
そんなわけで、大師さま、なのでしたね。
「大師さま」と言っても、いろんな大師さまがあるようで、「日本の歴史上、朝廷から大師号(諡号)を賜った高僧は24人」と善通寺のHPにありました。
ぼくの行った数日前に、母と祖父が様子を見に行き祖父の言うことには、「大師さまはままかへでもらってねようだった」(ごはんを食べさせてもらっていないようであった)とのこと。母の言うことには、「前掛けも帽子もかむっておらず裸のようではずかしそうであった」とのこと。

ほかにもいろいろな展示がありました。
これらは出羽三山の山岳信仰関係の仏像群の一部。各種多様なお姿をあらわしておりました。
興味深いものがいくつもありましたが、おそれおおくあまり撮られませんでした。
山岳信仰の仏像いろいろ

その奥の部屋には、高畠町というところで行われていた石の切り出しの様子が記録されておりました。
写真のおふたりが座っているのが切り出された高畠石と呼ばれた石です。ベンチを兼ねて展示されておりました。
高畠の石

石を切り出した道具たち。
石切道具

石を見ると、ふむ、これは凝灰岩ですね。古い時代の火山灰が堆積し石になったものです。
凝灰岩

石を切る職人さんの映像もありました。
この映像が記録された後に、これに映っていた手作業で石の切り出しを行う職人さんが引退し、手作業での採石は行われなくなったそうです。たいへんに貴重な記録です。
石切の風景

というわけで、大師さまの無事も確認し、先におうちへ帰ることにしました。
館内の窓の取っ手。これは真鍮でございましょう。
文翔館の真鍮取っ手

雪の中庭。
なんとなく北欧や東欧のような風情が感じられました。(行ったことは無いですけれどもね)
中庭

この日の夕暮れは、ともし火の日でした。(詳細は省きます)
夕方はともし火の日

雪の中に灯る火。これだけで火の暖かさ、ありがたさがぐんと感じられるものです。
ともし火

展示をしてある様子を見て思うのは、山形にはプリミティブ(原始的な、素朴な)な祈りの光景が今も色濃く生きているのかもしれないということでした。今回展示してあったのは形を為したものですが、それにも至らない民俗、習俗のような信仰のかたちもいろいろと残っておるように思います。宗教以前の信仰、いえ、祈りそのものの風景かもわかりませんね。
自然の一部として包まれるようにわれわれもあり、山や川や気候の烈しさがいまだ身近に感じられるものだから、祈りも絶えずにあるのかもしれません。