タキタロウ山荘に到着したのは10時16分のことでした。
泊まりで使う道具や食料は山荘に置き、代わりに資材と道具を背負って現場へ向かいます。
一日目の作業は、当初は荷揚げだったのですが、先に現地で荷揚げをがんばってくれた方々があり、作業が二日間できる運びとなっておりました。さらっと書いておりますが、現場まで資材であるヤシのネットや繊維や土嚢を荷揚げするだけでたいへんな作業なのですよ。(ぼくはやっていませんが)
ほかの方は、山荘で行動食など食べておりましたが、「班長はいち早く出発して現場確認してくださいね。」とかわいらしいレンジャーさんが言うものですから、おっしゃ、行くべぃ。と背負子に資材をくくりつけ、スコップを手に出発しました。10時46分のことでした。
池のほとりの道の、以東への直登コースとオツボ峰経由のコースの表示。

とはいえ、あらら、なんだろう、体が重い。
そうなのです、山荘に着くまでにしゃりばて気味だったのに、行動食を摂らずにそのまま登ってきてしまったので、本格的におなかが減ってきてしまったのです。
ひいひい言いながら登っていくと、周りの木々は低くなり、見晴らしがよくなってきました。
振り返ると化穴山が・・・見えていない。(手前の1446ピークは見えています。その奥にね、あるんですよ。化穴。)

このあたりで、本格的におなかがすいてしまいました。
足が進まないので、これは食べてから歩いたほうが早くに着くだろうと思い、せっかく早出したけれど道端でごはんを。やっぱりね、食べてなんぼです。雨が降ろうが、ヤリが降ろうがごはんは食べないといけません。
一息ついたところで、先に進みます。
後続のみなさんも追いついてきて、ぼくはその後をてくてくと。

もう少し登ると大鳥池と化穴山が見えました。
化穴山は登山道は無く、どこから登っても激烈なヤブ漕ぎか、ヤブ漕ぎを避けるなら、雪の季節に恐ろしい雪庇を越えていく遠い遠い山です。誰もが行ってみたいと憧れ、でも訪れることは困難な山なのだそうです。(一般の登山対象になる山でないそうです。ふらりと行ってみようかな、というのはやめておいたほうがよさそうです)

以東方向。小屋がちょこんと見えました。

以東の輝く北側の斜面。陽射しが斜面の木々や草原にあたり蛍光色のように感ぜられました。

三角峰を横切って登山道は続きます。
このあたりは、かつて深く掘られた箇所を、ほかの山から石の資材をヘリで持ち込んで補修し、石畳に直したそうです。
この箇所などでの、ほかの山から石を持ち込んだ補修方法に対して、山深い山域において違和感があるのでないかということになり、今回のような、その場にあるものや、土に返る資材をボランティア活動で地道に年数をかけて手入れしていくという活用につながったそうです。
これはこれで、がんばって作業してくれたみなさんがいるとぼくは思うので・・・。あれなんですが。

ヒメサユリがありました。
こないだ、飯豊のヒメサユリの実と葉を見て、「朝日のものより飯豊のほうが、葉も実も短く丸っこい」と書いたのでしたが、実はここのもののほうがより丸っこいようでした。葉は、朝日のヒメサユリのほうがやはり長細い感じがします。

作業の現場に着いたのは12時48分のことでした。
ほかの方よりかなり遅れてしまった、と思ったのでしたが、これも帰ってから時間を見たら、標準かもしくはちょっと早いくらいの所要時間でした。ほかのメンバーが速過ぎるのです。
さっそく、アドバイザの方と、作業すべきポイントを打ち合わせし、一日目に最初にとりかかるべき箇所をマークしました。

その後は、班員のみなさんと一緒に作業です。

深く掘られ、水が流れて浸食の進む箇所に土嚢でちいさくダムをこしらえていきました。
これは上流側に砂を堆積させ、ここで段差にして、水流のスピードを落とすためのこしらえです。これまでの経験からすると、細く深く掘られた箇所を早めに措置すると効果が大きいように思います。

おやつにりんごの差し入れ。Hさんありがとうございました。生き返る気持ちでした。
命の実、ですね。

このあとも作業を進めました。
泊まりで使う道具や食料は山荘に置き、代わりに資材と道具を背負って現場へ向かいます。
一日目の作業は、当初は荷揚げだったのですが、先に現地で荷揚げをがんばってくれた方々があり、作業が二日間できる運びとなっておりました。さらっと書いておりますが、現場まで資材であるヤシのネットや繊維や土嚢を荷揚げするだけでたいへんな作業なのですよ。(ぼくはやっていませんが)
ほかの方は、山荘で行動食など食べておりましたが、「班長はいち早く出発して現場確認してくださいね。」とかわいらしいレンジャーさんが言うものですから、おっしゃ、行くべぃ。と背負子に資材をくくりつけ、スコップを手に出発しました。10時46分のことでした。
池のほとりの道の、以東への直登コースとオツボ峰経由のコースの表示。

とはいえ、あらら、なんだろう、体が重い。
そうなのです、山荘に着くまでにしゃりばて気味だったのに、行動食を摂らずにそのまま登ってきてしまったので、本格的におなかが減ってきてしまったのです。
ひいひい言いながら登っていくと、周りの木々は低くなり、見晴らしがよくなってきました。
振り返ると化穴山が・・・見えていない。(手前の1446ピークは見えています。その奥にね、あるんですよ。化穴。)

このあたりで、本格的におなかがすいてしまいました。
足が進まないので、これは食べてから歩いたほうが早くに着くだろうと思い、せっかく早出したけれど道端でごはんを。やっぱりね、食べてなんぼです。雨が降ろうが、ヤリが降ろうがごはんは食べないといけません。
一息ついたところで、先に進みます。
後続のみなさんも追いついてきて、ぼくはその後をてくてくと。

もう少し登ると大鳥池と化穴山が見えました。
化穴山は登山道は無く、どこから登っても激烈なヤブ漕ぎか、ヤブ漕ぎを避けるなら、雪の季節に恐ろしい雪庇を越えていく遠い遠い山です。誰もが行ってみたいと憧れ、でも訪れることは困難な山なのだそうです。(一般の登山対象になる山でないそうです。ふらりと行ってみようかな、というのはやめておいたほうがよさそうです)

以東方向。小屋がちょこんと見えました。

以東の輝く北側の斜面。陽射しが斜面の木々や草原にあたり蛍光色のように感ぜられました。

三角峰を横切って登山道は続きます。
このあたりは、かつて深く掘られた箇所を、ほかの山から石の資材をヘリで持ち込んで補修し、石畳に直したそうです。
この箇所などでの、ほかの山から石を持ち込んだ補修方法に対して、山深い山域において違和感があるのでないかということになり、今回のような、その場にあるものや、土に返る資材をボランティア活動で地道に年数をかけて手入れしていくという活用につながったそうです。
これはこれで、がんばって作業してくれたみなさんがいるとぼくは思うので・・・。あれなんですが。

ヒメサユリがありました。
こないだ、飯豊のヒメサユリの実と葉を見て、「朝日のものより飯豊のほうが、葉も実も短く丸っこい」と書いたのでしたが、実はここのもののほうがより丸っこいようでした。葉は、朝日のヒメサユリのほうがやはり長細い感じがします。

作業の現場に着いたのは12時48分のことでした。
ほかの方よりかなり遅れてしまった、と思ったのでしたが、これも帰ってから時間を見たら、標準かもしくはちょっと早いくらいの所要時間でした。ほかのメンバーが速過ぎるのです。
さっそく、アドバイザの方と、作業すべきポイントを打ち合わせし、一日目に最初にとりかかるべき箇所をマークしました。

その後は、班員のみなさんと一緒に作業です。

深く掘られ、水が流れて浸食の進む箇所に土嚢でちいさくダムをこしらえていきました。
これは上流側に砂を堆積させ、ここで段差にして、水流のスピードを落とすためのこしらえです。これまでの経験からすると、細く深く掘られた箇所を早めに措置すると効果が大きいように思います。

おやつにりんごの差し入れ。Hさんありがとうございました。生き返る気持ちでした。
命の実、ですね。

このあとも作業を進めました。


























