作業をしながら一服清水のところに着きました。
ダキバヒメアザミが咲いています。

こちらは白のダキバヒメアザミ。
白の花の株を観察していると、赤紫のいつものアザミに比べると葉のぎざぎざが違っています。
ほかの株でもそんな傾向があり、単に白花というのから一歩進んでいるのでないかと思われました。記載論文を書けるようなら、もしかすると別な種、亜種とかになるのかもしれません。

段を手入れしながら進みます。
ここの箇所は、以前に段があり、木が腐ったか外れたかで無くなってしまったようでした。
堆積した土はきちんと締まってまだ段になっていますが、水流が強く流れるとこういうのは掘られてしまうので、その下流に木を。こうすると、またここに段になることでしょう。

こちらは、昨年だったかに施工した箇所が落ち着いてきたので、その手前に段を追加してさらに歩きやすい段差にするため追加しました。

こうして何年かかけ、段差をなるべく均等にしていくとこんなふうになります。
ここは、一度はかなり深く滝つぼのようになったのを、ちょっとずつ、土がたまり固まるのをまっては追加して、一応の安定した状態となった箇所です。

ここは昨年、2013年7月の豪雨の際に、もっとも深く水流で掘られ、8月に合同保全作業でたくさんの方が集まって手入れしてもらった箇所です。この深さですと、さすがにまだ落ち着きません。横の壁は崩落を続けていますが、その土を、こしらえておいた段がとらえています。

段の上の土を貯めるところには、まだ余裕があり段を追加する時合には至っていないようでした。

こんな深さですからね。
この深さの分、横から崩れ続けるわけですが、その崩れた分が流されてしまうのと、その場にしっかりとらえておくのとでは、予後に相当の違いがあるだろうと思うのでした。

ここの箇所は、少し離れたところに巻き道を作って対応したのでしたが、そちらの道も長い年月のうちには掘れてきて傷むでしょうから、そうなった頃に、こちらが良くなって、こちらを道にまた使うというようにできたらよいなと思います。10年か、15年か、そのくらいの時間の経過のことになるでしょう。気の長い話です。
ここは2012年に、粗朶(細めの枝をまとめる使い方)の講習の際に作業した場所です。
ササの茎を束ねて段にした箇所は、まだ強度があるようでした。ほかの箇所もなじんできて上りやすくなっています。ササの束がどのくらいの時間経過で強度がなくなるのか興味があり、登るたびに観察し撮影しております。

その近くにデポしてあるヤシのネットを、もっと上部の古寺山の山頂近くまで背負い上げることにしました。そちらで使いたい箇所があるのです。
・・・しかし、デポしている際に濡れないようにしておいたはずが、すっかり湿り気を帯びていて、重い・・・。入るだけ入れたら、持ち上げるのにもよいしょ~!というくらいになりました。30kg以上、40kgは、ないのかな?どうかな?という感じです。

背負った箇所から、使いたい現場までは距離はたいしたことないのでしたが、標高差があり、よいトレーニングになりました。
この現場は、森林限界の近くなり、大きな木が無くなる為に、排水を設けるのに木を使えない箇所なのでした。
うちの会の会長は、ここにネットとササを使って排水できればすごくよいのでないか、と思い当たり、背負ってきたのです。

必要な幅にネットを切り、そこに道へはみ出てきているササを少し刈って集めて入れていきます。
ネットを巻いて、ひもで結びました。上手な仕上がりです。

杭で固定してできあがり。
ここの箇所は、右にササで覆われた古い道があります。
今歩いているところは、古い道が掘られて歩きにくくなったので、登山者が横を歩き、そちらが道に固定されたところです。右の古い道には、段を設けてあるので、新しい道が掘られないようそちらに水を導き、あわせて古い道に砂が貯まるのを狙っているのであります。
思惑通りに経過すれば一石二鳥なのです。

もうちょっと上に進んでもう一箇所。
ここは、ふる~い排水の形跡のあった箇所です。
会長の言うことには、ここのルートで排水や木の段を作るようになったのは、約30年前のことで、その当時には排水を設けたけれど、徐々に壊れて忘れ去られた箇所があるとのこと。
そういった箇所を見つけてはまた復活させていきたいということもあるのでした。
(わかってはいても、適切な資材がないので、できなかったのですよ)

ササと土を入れたネットを巻いて、杭で固定。

できあがり。う~ん、仕上がりがすばらしい。

このような、歩くところから斜面のほうに水を逃がす方法は、うちの近くの里の山の道にも見られるものです。
これを、ぼくの住む地区で古くから山道を直していた方は、「道の水切り」と呼びます。
かつては、山に枯れ枝を集めに行ったり、山奥の田んぼや畑へ通うのに、歩行する道がかなりあり、そういったところを手入れする技があったのだそうです。
ぼくも小学生のころに、ひいじいさまと一緒に、うちの山の道の手入れ作業をしたことがあります。
そういった道を手入れするのには主にトグワを用い、つまるに、うちの山岳会での手入れのベースになっているのはそういった古くからの方法なので無いかと思うのでした。
(実際のところはわかりません。文書には残らないような出来事なのでしょう)
この日はなかなかの展望でした。
北に障子ヶ岳の三角錐。

山の向こうの向こうの向こう側に村山葉山です。

なかなかの仕上がりと広がる展望に気を良くした一行は、さあておかわりだ、という具合に次の現場へ向かうのでありました。
なお、明日は、山岳会での紅葉登山のため大朝日の小屋へ泊まりで山へ行ってきます。
みなさま、よい週末を。
ダキバヒメアザミが咲いています。

こちらは白のダキバヒメアザミ。
白の花の株を観察していると、赤紫のいつものアザミに比べると葉のぎざぎざが違っています。
ほかの株でもそんな傾向があり、単に白花というのから一歩進んでいるのでないかと思われました。記載論文を書けるようなら、もしかすると別な種、亜種とかになるのかもしれません。

段を手入れしながら進みます。
ここの箇所は、以前に段があり、木が腐ったか外れたかで無くなってしまったようでした。
堆積した土はきちんと締まってまだ段になっていますが、水流が強く流れるとこういうのは掘られてしまうので、その下流に木を。こうすると、またここに段になることでしょう。

こちらは、昨年だったかに施工した箇所が落ち着いてきたので、その手前に段を追加してさらに歩きやすい段差にするため追加しました。

こうして何年かかけ、段差をなるべく均等にしていくとこんなふうになります。
ここは、一度はかなり深く滝つぼのようになったのを、ちょっとずつ、土がたまり固まるのをまっては追加して、一応の安定した状態となった箇所です。

ここは昨年、2013年7月の豪雨の際に、もっとも深く水流で掘られ、8月に合同保全作業でたくさんの方が集まって手入れしてもらった箇所です。この深さですと、さすがにまだ落ち着きません。横の壁は崩落を続けていますが、その土を、こしらえておいた段がとらえています。

段の上の土を貯めるところには、まだ余裕があり段を追加する時合には至っていないようでした。

こんな深さですからね。
この深さの分、横から崩れ続けるわけですが、その崩れた分が流されてしまうのと、その場にしっかりとらえておくのとでは、予後に相当の違いがあるだろうと思うのでした。

ここの箇所は、少し離れたところに巻き道を作って対応したのでしたが、そちらの道も長い年月のうちには掘れてきて傷むでしょうから、そうなった頃に、こちらが良くなって、こちらを道にまた使うというようにできたらよいなと思います。10年か、15年か、そのくらいの時間の経過のことになるでしょう。気の長い話です。
ここは2012年に、粗朶(細めの枝をまとめる使い方)の講習の際に作業した場所です。
ササの茎を束ねて段にした箇所は、まだ強度があるようでした。ほかの箇所もなじんできて上りやすくなっています。ササの束がどのくらいの時間経過で強度がなくなるのか興味があり、登るたびに観察し撮影しております。

その近くにデポしてあるヤシのネットを、もっと上部の古寺山の山頂近くまで背負い上げることにしました。そちらで使いたい箇所があるのです。
・・・しかし、デポしている際に濡れないようにしておいたはずが、すっかり湿り気を帯びていて、重い・・・。入るだけ入れたら、持ち上げるのにもよいしょ~!というくらいになりました。30kg以上、40kgは、ないのかな?どうかな?という感じです。

背負った箇所から、使いたい現場までは距離はたいしたことないのでしたが、標高差があり、よいトレーニングになりました。
この現場は、森林限界の近くなり、大きな木が無くなる為に、排水を設けるのに木を使えない箇所なのでした。
うちの会の会長は、ここにネットとササを使って排水できればすごくよいのでないか、と思い当たり、背負ってきたのです。

必要な幅にネットを切り、そこに道へはみ出てきているササを少し刈って集めて入れていきます。
ネットを巻いて、ひもで結びました。上手な仕上がりです。

杭で固定してできあがり。
ここの箇所は、右にササで覆われた古い道があります。
今歩いているところは、古い道が掘られて歩きにくくなったので、登山者が横を歩き、そちらが道に固定されたところです。右の古い道には、段を設けてあるので、新しい道が掘られないようそちらに水を導き、あわせて古い道に砂が貯まるのを狙っているのであります。
思惑通りに経過すれば一石二鳥なのです。

もうちょっと上に進んでもう一箇所。
ここは、ふる~い排水の形跡のあった箇所です。
会長の言うことには、ここのルートで排水や木の段を作るようになったのは、約30年前のことで、その当時には排水を設けたけれど、徐々に壊れて忘れ去られた箇所があるとのこと。
そういった箇所を見つけてはまた復活させていきたいということもあるのでした。
(わかってはいても、適切な資材がないので、できなかったのですよ)

ササと土を入れたネットを巻いて、杭で固定。

できあがり。う~ん、仕上がりがすばらしい。

このような、歩くところから斜面のほうに水を逃がす方法は、うちの近くの里の山の道にも見られるものです。
これを、ぼくの住む地区で古くから山道を直していた方は、「道の水切り」と呼びます。
かつては、山に枯れ枝を集めに行ったり、山奥の田んぼや畑へ通うのに、歩行する道がかなりあり、そういったところを手入れする技があったのだそうです。
ぼくも小学生のころに、ひいじいさまと一緒に、うちの山の道の手入れ作業をしたことがあります。
そういった道を手入れするのには主にトグワを用い、つまるに、うちの山岳会での手入れのベースになっているのはそういった古くからの方法なので無いかと思うのでした。
(実際のところはわかりません。文書には残らないような出来事なのでしょう)
この日はなかなかの展望でした。
北に障子ヶ岳の三角錐。

山の向こうの向こうの向こう側に村山葉山です。

なかなかの仕上がりと広がる展望に気を良くした一行は、さあておかわりだ、という具合に次の現場へ向かうのでありました。
なお、明日は、山岳会での紅葉登山のため大朝日の小屋へ泊まりで山へ行ってきます。
みなさま、よい週末を。

































