夕暮れはすっかり早くなりましたね。秋分を一週間ほど過ぎ、ということは春分の一週前の3月の真ん中ごろと昼の時間の長さは一緒になっているわけです。3月と言えばなかなかに寒いわけですが・・・。あ、でもうちではもうストーブに火を入れていますから同じくらいなのかな?

前の前の日曜、9月21日のことです。今年も秋祭りの日になりました。
朝に集合すると、三味線のお姉さま方はもう屋台の上にスタンバイしておりました。
どのお姉さま方もいつもと違って艶やかです。
(おっと、失礼。いえ、いつもはかわいらしいのですよ)

道路にはちょうちんが提げられています。

出発のご挨拶を済ませ、屋台は軽やかな笛、三味線の響き、太鼓と鉦のリズムで曳かれて押されて進んでいきます。

先回りしてちょうちんを外すお役目の方もあります。

八幡様に祭りの音色をご奉納です。

屋台は、あちらこちらにご挨拶したりしながら進んでいきます。とある橋の上からは、遠く西に朝日連峰が見えていました。これ以上ない秋晴れでした。

時折休憩しては、のんびりあれこれ昔のはなしなどしながら時間が過ぎていきます。
とある旧家の前を通ると、立派なおそなえものがありました。
古くからの名家などは、あれこれお付き合いやしきたりや準備などたいへんなのかもしれませんね。そういうのを自然とできるように育ってあるから名家なのでしょうけれど。

秋祭りにはほかにもいろいろな地区から集まっており、しし踊りの方と行き会いました。

しし踊りと一緒に進む笛の方たち。どこかしら仏教的な雰囲気がありました。
聞くところによると、かなりの昔に山寺から伝来したしし踊りの風習の流れなのだそうです。
しし、と書きましたが、各地のしし踊りの表記に「獅子」「鹿」「シシ」とばらつきがあるようです。そういえば宮沢賢治さんの作品に「鹿踊りのはじまり」というのがありましたね。もっと源流は現在の岩手県の南のあたりなのかしらん、と思います。

屋台はあちらこちら巡って、坂道ではわっしょいわっしょいと進んでいきました。
今年は地元の病院に慰問を兼ねて巡回がありました。ここは高齢者の福祉施設も併設になっており、おじいちゃん、おばあちゃんたちがうれしそうに玄関先や二階の居室の窓から見物しておりました。

こちらで行き会ったのは、先ほどとは別のしし踊りのみなさん。現在のここの秋祭りには、もともとは別々の日にやっていた囃子屋台2台、しし踊り2組、奴1組、みこしが3つ?ほかにももうちょっと別な催しもあります。今は日程を調整して八幡様の縁日の近くの土日にそろって催しているのでした。

(ぼくは何年か前までは、この時期にはちょうど稲刈りの時期なので、こういったお祭りがあるのも知らないでおりましたが、縁あって屋台をひかせてもらったりするようになりました)
駅前までご一緒しました。カメラを向けるとピースサインをしてくれた陽気なししさんです。
(中の方は知り合いなのです)
頭部にはヤマドリの羽をツノのように飾っています。
しし、とはシカのこと、いえ、方言でカモシカをアオジシ、またイノシシという生き物にもシシと付くように、四つ足で大き目のけもののことを総称してシシと呼んでいたのかもしれません。

集まった観光客のみなさんに駅前の広場で、それぞれの団体が披露をしていきます。
これは大名行列を模した奴というものだそうです。3年に一度しか出場しません。出ていた方と話をしてみたら、これはこれでなかなか大変で、足に冷却スプレーなど使いながらやっているようでした。

昼食はおにぎり。

ぼくの参加している屋台の関係者のみなさんで一緒に昼食です。
写真の奥のほうで腰に手をあてている姿がありますが、おにぎりはみんなあちらの奥様たちがこしらえてくれたそうです。おいしゅうございました。

お祭りは午後になってつつがなく終了しました。
ここからが、ぼくがこのお祭りの知られざるクライマックスと思っている屋台の収納の様子です。
二台の屋台が狭い入り口を通り、倉庫を兼ねた展示室に入ってきます。

二台目。写真で見るとなんともないようですが、入り口のあちら側はスロープになっていて、屋台の足回りは、自動車とも違って、すんなりとは進まないのです。
やれ、右だ!それ、左だ!違う!バックバック。などと威勢よくことは進んでいきます。

そして、ぶつけたり壊れたりすることなく無事に収納できました。お見事なお手前でございましたね。
というようなことで、今年の秋祭りもおしまいになりました。

前の前の日曜、9月21日のことです。今年も秋祭りの日になりました。
朝に集合すると、三味線のお姉さま方はもう屋台の上にスタンバイしておりました。
どのお姉さま方もいつもと違って艶やかです。
(おっと、失礼。いえ、いつもはかわいらしいのですよ)

道路にはちょうちんが提げられています。

出発のご挨拶を済ませ、屋台は軽やかな笛、三味線の響き、太鼓と鉦のリズムで曳かれて押されて進んでいきます。

先回りしてちょうちんを外すお役目の方もあります。

八幡様に祭りの音色をご奉納です。

屋台は、あちらこちらにご挨拶したりしながら進んでいきます。とある橋の上からは、遠く西に朝日連峰が見えていました。これ以上ない秋晴れでした。

時折休憩しては、のんびりあれこれ昔のはなしなどしながら時間が過ぎていきます。
とある旧家の前を通ると、立派なおそなえものがありました。
古くからの名家などは、あれこれお付き合いやしきたりや準備などたいへんなのかもしれませんね。そういうのを自然とできるように育ってあるから名家なのでしょうけれど。

秋祭りにはほかにもいろいろな地区から集まっており、しし踊りの方と行き会いました。

しし踊りと一緒に進む笛の方たち。どこかしら仏教的な雰囲気がありました。
聞くところによると、かなりの昔に山寺から伝来したしし踊りの風習の流れなのだそうです。
しし、と書きましたが、各地のしし踊りの表記に「獅子」「鹿」「シシ」とばらつきがあるようです。そういえば宮沢賢治さんの作品に「鹿踊りのはじまり」というのがありましたね。もっと源流は現在の岩手県の南のあたりなのかしらん、と思います。

屋台はあちらこちら巡って、坂道ではわっしょいわっしょいと進んでいきました。
今年は地元の病院に慰問を兼ねて巡回がありました。ここは高齢者の福祉施設も併設になっており、おじいちゃん、おばあちゃんたちがうれしそうに玄関先や二階の居室の窓から見物しておりました。

こちらで行き会ったのは、先ほどとは別のしし踊りのみなさん。現在のここの秋祭りには、もともとは別々の日にやっていた囃子屋台2台、しし踊り2組、奴1組、みこしが3つ?ほかにももうちょっと別な催しもあります。今は日程を調整して八幡様の縁日の近くの土日にそろって催しているのでした。

(ぼくは何年か前までは、この時期にはちょうど稲刈りの時期なので、こういったお祭りがあるのも知らないでおりましたが、縁あって屋台をひかせてもらったりするようになりました)
駅前までご一緒しました。カメラを向けるとピースサインをしてくれた陽気なししさんです。
(中の方は知り合いなのです)
頭部にはヤマドリの羽をツノのように飾っています。
しし、とはシカのこと、いえ、方言でカモシカをアオジシ、またイノシシという生き物にもシシと付くように、四つ足で大き目のけもののことを総称してシシと呼んでいたのかもしれません。

集まった観光客のみなさんに駅前の広場で、それぞれの団体が披露をしていきます。
これは大名行列を模した奴というものだそうです。3年に一度しか出場しません。出ていた方と話をしてみたら、これはこれでなかなか大変で、足に冷却スプレーなど使いながらやっているようでした。

昼食はおにぎり。

ぼくの参加している屋台の関係者のみなさんで一緒に昼食です。
写真の奥のほうで腰に手をあてている姿がありますが、おにぎりはみんなあちらの奥様たちがこしらえてくれたそうです。おいしゅうございました。

お祭りは午後になってつつがなく終了しました。
ここからが、ぼくがこのお祭りの知られざるクライマックスと思っている屋台の収納の様子です。
二台の屋台が狭い入り口を通り、倉庫を兼ねた展示室に入ってきます。

二台目。写真で見るとなんともないようですが、入り口のあちら側はスロープになっていて、屋台の足回りは、自動車とも違って、すんなりとは進まないのです。
やれ、右だ!それ、左だ!違う!バックバック。などと威勢よくことは進んでいきます。

そして、ぶつけたり壊れたりすることなく無事に収納できました。お見事なお手前でございましたね。
というようなことで、今年の秋祭りもおしまいになりました。