昨年の11月にちょっとだけ書いていた文化的景観というものについて、この度、正式に選定されたというようなことで、街のほうには赤いのぼり、白いのぼりがたっていました。
2012年11月21日「ちょっとだけ街歩き」
のぼりの上にある、不思議なマークは、ぐるっと曲がる最上川と、そこにかかるふたつの橋を図案にしたもののようです。

さて、3月29日にひな市、という市がありちょっとだけ行ってきました。
平日の日中なのですが、交通制限をして屋台がいくつも出ていました。

ちいさな市ですが、結構楽しみにしているかたたちも多くあるのです。
この日は、平日にも関わらず遠くの都市部から大きな観光バスもいくつも来ていました。

山形のどんどん焼き。
山形だけのものかと思っていたら、はし巻き、という名前であちこちにあるようなことです。
調べてみると、どんどん焼きは元々は、もんじゃ焼きを固めに焼いたような平たいもので東京が発祥となっており、それを山形の人が習って山形で営業するようになったとのことです。
東京でのどんどん焼きは定着せずに廃れてしまいましたが、その後の山形では棒に巻くように変化し、それが各地にひろがって名前もはし巻きになったとかならぬとか。
ほとんど小麦粉なんですが、こんなときにたま~に食べるから美味しいです。

商店街の魚屋さんの軒先には、塩かどがありました。
「かど」は、ニシンのことで、ひな祭りの際に、お雛様の膳に添えてあげもします。(その様子は明日)
うちの集落では、五月の連休の田んぼの田おこしがはじまる前、サクラが満開のころに、神社の境内に集まってかどを焼きみんなで食べる習慣があります。

お魚デーと書いてありますが、ここは魚屋さんなので毎日がお魚デーなのではないのかな?と思ったりしました。
市ですから、野菜を売っているところもありました。
かぶはたいへんに大きくって、店番のお手伝いをしているお嬢さん(小学生は春休みなのでしょう)のあたまほどもありました。立派です。

お店の出ているところは200mほども続いているようでした。
平日で天候も肌寒い日になってしまっていましたが、お客様も来ていますね。(東京から見たら閑散としているでしょうけれど、こちらから見ると東京は毎日お祭り騒ぎのようなものですね)
かつては、名のとおり雛人形を売ったりもして、付近の村々からたくさんの人出があり、大八車や馬やソリで買いにきたものであったとかなんとか。

こっちははなものやさん。花を売るので「はなものや」さん。
ちなみに、種苗店は、たねものやさん。靴屋さんは、はきものやさん。
魚屋さんは、かつては「いさばや」さん、と呼ばれていました。

このほかにも、屋台で、木をくりぬいたこねばちや木臼を売っているくりものやさんもありました。
せっかくなので、どんどん焼きを食べながらちょっと歩いてみます。
屋台の並んだところから、呉服屋さんと釣具屋さんと小児科の医院の角を曲がると、ここの街なみでもっともよく写真に撮られる一角があります。

旧家の造り酒屋さんなのですが、今はお酒は造っていません。
鬼瓦の上にちょこんとスズメの顔だけのぞいています。

このポストの雰囲気は好きです。

街並みの一角。
こういったなんでもないようなところがなんとなく懐かしさがあったりするように思います。
重要文化的景観というものにここが選ばれたわけですが、ほかの重要文化的景観もおなじように、一見するとなんでもないようなところであるようなことです。ところが掘り下げていくと、地割りや風習や地形の成り立ちなどに人の営みが連綿と続いているのがよく残されているのだそうです。ここの場合は、最上川の舟運と、山あいの集落とこの都市部の発展した経緯が注目されたようです。棚田なども選定されているジャンルの重要文化的景観ですから、生活の様子が感じられるもの、ということなのでしょう。このひな市も、その一部ということかもしれません。
文化庁のHP 文化的景観

文化財としての重要文化的景観というのが、ほかの文化財と異なるのは、たとえばほかの文化財の仏像などでは、仏像そのものが文化財であってそれはこれから変化していくということは無く、いえ、変化しないように形をとどめるべく様々な措置をするのでしょうけれど、景観というのは暮らしのなかにある「流れ」のようなものなのでしょう。
棚田で言えば、毎年田植えをして、稲刈りをして冬は眠りについて、田んぼ自体も崩れたところを直したり、さらに長い目では次の世代にに代替わりしながら生きてきたものです。ですから、仏像や絵画や建物のように、これは大事なのでいじくってはなりません、というようには行かなく、その点がもっとも異なるのだそうです。
とある小屋。
こういった小屋はスズメが巣を作るのに適しております。

スズメが巣を作れる家というのは、現在は高気密な住宅が多くなって軒下の隙間などはなくなってしまってたいへんに少なくなったそうです。
文化的景観というのは、結局のところぼくにはちょっと難しくってよくわかりませんが、スズメが暮らされるような街は好ましいなあ、と思っております。
2012年11月21日「ちょっとだけ街歩き」
のぼりの上にある、不思議なマークは、ぐるっと曲がる最上川と、そこにかかるふたつの橋を図案にしたもののようです。

さて、3月29日にひな市、という市がありちょっとだけ行ってきました。
平日の日中なのですが、交通制限をして屋台がいくつも出ていました。

ちいさな市ですが、結構楽しみにしているかたたちも多くあるのです。
この日は、平日にも関わらず遠くの都市部から大きな観光バスもいくつも来ていました。

山形のどんどん焼き。
山形だけのものかと思っていたら、はし巻き、という名前であちこちにあるようなことです。
調べてみると、どんどん焼きは元々は、もんじゃ焼きを固めに焼いたような平たいもので東京が発祥となっており、それを山形の人が習って山形で営業するようになったとのことです。
東京でのどんどん焼きは定着せずに廃れてしまいましたが、その後の山形では棒に巻くように変化し、それが各地にひろがって名前もはし巻きになったとかならぬとか。
ほとんど小麦粉なんですが、こんなときにたま~に食べるから美味しいです。

商店街の魚屋さんの軒先には、塩かどがありました。
「かど」は、ニシンのことで、ひな祭りの際に、お雛様の膳に添えてあげもします。(その様子は明日)
うちの集落では、五月の連休の田んぼの田おこしがはじまる前、サクラが満開のころに、神社の境内に集まってかどを焼きみんなで食べる習慣があります。

お魚デーと書いてありますが、ここは魚屋さんなので毎日がお魚デーなのではないのかな?と思ったりしました。
市ですから、野菜を売っているところもありました。
かぶはたいへんに大きくって、店番のお手伝いをしているお嬢さん(小学生は春休みなのでしょう)のあたまほどもありました。立派です。

お店の出ているところは200mほども続いているようでした。
平日で天候も肌寒い日になってしまっていましたが、お客様も来ていますね。(東京から見たら閑散としているでしょうけれど、こちらから見ると東京は毎日お祭り騒ぎのようなものですね)
かつては、名のとおり雛人形を売ったりもして、付近の村々からたくさんの人出があり、大八車や馬やソリで買いにきたものであったとかなんとか。

こっちははなものやさん。花を売るので「はなものや」さん。
ちなみに、種苗店は、たねものやさん。靴屋さんは、はきものやさん。
魚屋さんは、かつては「いさばや」さん、と呼ばれていました。

このほかにも、屋台で、木をくりぬいたこねばちや木臼を売っているくりものやさんもありました。
せっかくなので、どんどん焼きを食べながらちょっと歩いてみます。
屋台の並んだところから、呉服屋さんと釣具屋さんと小児科の医院の角を曲がると、ここの街なみでもっともよく写真に撮られる一角があります。

旧家の造り酒屋さんなのですが、今はお酒は造っていません。
鬼瓦の上にちょこんとスズメの顔だけのぞいています。

このポストの雰囲気は好きです。

街並みの一角。
こういったなんでもないようなところがなんとなく懐かしさがあったりするように思います。
重要文化的景観というものにここが選ばれたわけですが、ほかの重要文化的景観もおなじように、一見するとなんでもないようなところであるようなことです。ところが掘り下げていくと、地割りや風習や地形の成り立ちなどに人の営みが連綿と続いているのがよく残されているのだそうです。ここの場合は、最上川の舟運と、山あいの集落とこの都市部の発展した経緯が注目されたようです。棚田なども選定されているジャンルの重要文化的景観ですから、生活の様子が感じられるもの、ということなのでしょう。このひな市も、その一部ということかもしれません。
文化庁のHP 文化的景観

文化財としての重要文化的景観というのが、ほかの文化財と異なるのは、たとえばほかの文化財の仏像などでは、仏像そのものが文化財であってそれはこれから変化していくということは無く、いえ、変化しないように形をとどめるべく様々な措置をするのでしょうけれど、景観というのは暮らしのなかにある「流れ」のようなものなのでしょう。
棚田で言えば、毎年田植えをして、稲刈りをして冬は眠りについて、田んぼ自体も崩れたところを直したり、さらに長い目では次の世代にに代替わりしながら生きてきたものです。ですから、仏像や絵画や建物のように、これは大事なのでいじくってはなりません、というようには行かなく、その点がもっとも異なるのだそうです。
とある小屋。
こういった小屋はスズメが巣を作るのに適しております。

スズメが巣を作れる家というのは、現在は高気密な住宅が多くなって軒下の隙間などはなくなってしまってたいへんに少なくなったそうです。
文化的景観というのは、結局のところぼくにはちょっと難しくってよくわかりませんが、スズメが暮らされるような街は好ましいなあ、と思っております。
























