5月の上旬、裏庭のオオヤマザクラにヒヨドリ。
山の草とか花とか虫とか-サクラとヒヨドリ

赤味を帯びた若い葉も彩でありますね。
山の草とか花とか虫とか-オオヤマザクラ

サクラの後には、庭のウメも咲き始めました。
山の草とか花とか虫とか-ウメが咲いた

家の裏を流れるちいさな水路のワサビも花を咲かせております。
山のあちこちの沢などでもワサビの花の季節を迎えておりますね。
裏庭から茎と葉をちょっと採って、熱湯をかけてしんなりさせ、刻んでしょうゆをたらし、しばらく置くと辛味と香りがふくよかに出てきてたまらないおかずになります。日本酒などを好きな方にはもっとたまらないそうなのですが、お酒をいただかないぼくにはよくわかりません。無粋ですみません。
山の草とか花とか虫とか-ワサビ

暖かくなるとあちらのじいさま、こちらのじいさま、わが家のじいさまたちも家の中には入っておられずに畑に出てまいります。
山の草とか花とか虫とか-畑のじいさま

近くの山の色合いも、毎日色合いを変えていきます。
山の草とか花とか虫とか-変わる山の色合い

落ち着いておられないのはぼくも同じで、山仕事をしたり、田んぼのあれこれをして、土曜には午後3時まで法事などがあり、帰宅してすぐに今度は田んぼへでかけました。
田んぼには水を入れてあります。
山の草とか花とか虫とか-水の入った田んぼ

田んぼに行きたくてしかたがないのはうちの親父さんも同じのようですね。
今年はサラリーマンのほうの仕事に余裕があるのか、やたらと張り切ってトラクタの仕事をしております。
山の草とか花とか虫とか-トラクタ

すぐに交代してぼくがトラクタの運転手に。
山の草とか花とか虫とか-しろかき

しろかきは、荒おこしで耕した田んぼに水を入れて、とろとろの泥の状態にしていきます。
しろかきは、いくつかの利点があってこんなふうにかき混ぜるのです。
ひとつには、田植えした苗の活着が良くなること、ふたつには秋に乾燥させてひび割れたり、冬にネズミが穴を掘ったりして水が抜けるようになっているのをどろどろっとしろかきしてふさぐこと、みっつに、下層の嫌気状態の土に酸素を入れて有機物の分解を進めること・・・。
まあ、いろいろです。
山の草とか花とか虫とか-しろかき、振り返る

トラクタにはただ乗っているのでなくて、タイヤで踏んだところで見える土の細かくなり具合を見たりしながら進みます。
山の草とか花とか虫とか-土の状態

トラクタに乗っていて楽しいのは、ぼくの友人であるところのカラス(これはハシボソガラスですね)がトラクタの音がするともれなくやってくることです。
彼らは、ぼくの友人であるところのカエルたちが、トラクタが来ると田んぼからぴょんぴょんと移動するのを知っており、それを食べにきたりするのです。カラスもカエルも両方好きなので、ちょっと困ってしまったりもしますけれど。
トラクタはかなり大きな音が出ているのですが、平気でかなり近くまでやってまいりますね。
山の草とか花とか虫とか-カラス登場

田んぼの脇には水路があります。
うちの田んぼは段々になっていて、水を上から入れていくのですが、上の田んぼのしろかきをしないと水が抜けて貯まらないために一気に終わらせることができません。
平野部の平らな広い田んぼはそういう点でもかなり便利なのですよね。
でも、こんな水がいつも貯まっている水路があるのでサンショウウオやトンボたちやホタルが住んでいるのです。オオコオイムシやマツモムシやウズムシなどもおります。
山の草とか花とか虫とか-田んぼ脇の水路

うちの田んぼは東向きの斜面で、南にも西にも山があり日の当たる時間が短いです。
向こうの山の斜面はまだ明るいのに、こちらはみんな日陰になってしまいました。
山の草とか花とか虫とか-暮れ行く

土曜日の作業はきりのよいところまでやったら日没となりました。夕暮れが遅くなっているので昼からの作業も長い時間とれるのが嬉しいことです。
先週の山の片づけをした午後のこと、コシアブラの芽を採りにわが家の山を巡りました。
おとなりの山との境界は尾根になっていて、その尾根を登っていきます。
道は眼下に見えてきました。
山の草とか花とか虫とか-山を登る

林床のチマキザサ。クマザサとかクマイザサなどとも呼びます。ササもなかなか難しいですね。
チマキやナタ巻きや笹巻きに使う葉のササがこれです。
ササの無いところの林床は、雪が消えて間もないので昨年の草の茎などは雪に地面に押されており、すっきりした印象ですが、ササのあるところはもっさりした感じになっております。
山の草とか花とか虫とか-林床のチマキザサ

似ておりますが、こちらはチシマザサ。
こちらは、ネマガリタケ、ササダケ(ススダケとも呼ぶのを聞きますが、「ササ」の訛りであろうかと思っています)です。これは、もうちょっと時期が進むとタケノコが採れます。
孟宗竹のタケノコと違って手指ほどの太さで、アク抜きしなくてよいくらいにすっきりした美味しいタケノコが採れます。山形でタケノコというと、こちらのタケノコのほうがメジャーなほどかもしれません。背の高さも、幹の太さも、葉の出方もチマキザサと異なっております。
山の草とか花とか虫とか-こちらはチシマザサ

うちの山は、ふもと近くはコナラが多いのですが、ちょっと登るだけでミズナラやブナが見えるようになってきます。
ブナは、山登りに行く先のものほど太いものはないのですけれど。
新緑を迎えておりました。
山の草とか花とか虫とか-新緑のブナ

やたらと赤味の強いブナの葉がありました。
葉には、ブナの仲間(コナラやミズナラにも)の葉によく見かけるクチブトゾウムシの仲間がいました。ゾウムシやチョッキリやオトシブミのよく見かける季節になったのですね。
山の草とか花とか虫とか-ブナの新芽とクチブトゾウムシ

ブナのある程度育った木の根元は、すっきりとしていることが多くあります。
ブナの極相のようになった森のなかではこんな様子を見かけますね。
山の草とか花とか虫とか-ブナの根元

いえいえ、コシアブラの芽を採りにきたのでした。
この写真の左下から伸びている木がコシアブラです。
これは背が高すぎて採れません。
山の草とか花とか虫とか-大きなコシアブラの木

こちらはまだ若すぎて時期がちょっとだけ早いようです。
群青色の金属光沢のあるハムシがついていました。良く見ると宝石のように綺麗です。
山の草とか花とか虫とか-コシアブラとハムシ

これが採るのにちょうどよいコシアブラの新芽なのですが、木そのものがまだ幼木で、今年にこの芽を採ってしまうとあとは枯れるしかありません。
山の草とか花とか虫とか-コシアブラのちいさいの

コシアブラの芽を採るのに適したのは、直径5cmくらいになって高さも4mほどになったものでしょうか。コシアブラはすいっと地面から幹を一本伸ばして育つのですが、幹が思いのほか柔らかで、木につかまって手繰り寄せると素直に曲がってきます。そして、芽の全部を採るのでなく、ぼくの場合は、付いた芽の1/3ほどを、芽の位置などを勘定していただくのでした。
ちいさな木は、残しておけばそのうちに育ってちょうどよくなり、大きな木はまわりのちょうどよい木がなくならないように親分のように山にあればよいのです。

毎年、この季節になると街のほう、あるいは県外からも山菜採りにたくさんの人がやってきては、集落近くのやあや畑や田んぼに無断で侵入してあれこれ採っていきます。地元の人は、「ここは誰々さんの山、ここからは国有林」などわかっているので無茶なことはしません。
どこかから来た方のなかには、コシアブラの大きな木を切り倒して芽を採ったり、やたらちいさな木からも芽を全部採って行ったりします。
コシアブラに限らず、私有地の山へ入っての山菜やきのこ採り、農作物盗難の被害は、実のところかなり多くあります。
うちでは過去にウドやワラビを畑や林床で栽培して出荷したり、ナメコとシイタケも植えて出荷していたのですが、便利のよい道近くの場所だとほんとうにねこそぎ採っていかれるために出荷しなくなってしまいました。

本屋さんに行くと、山菜採りの本などがあったり、アウトドア系の雑誌などにも特集があったりして、いかにも一般の方も山菜採りしてよい雰囲気になっており、実際のところ、山菜ならばどこから採ってもよいのだというように解しているかたが多いのです。
法にてらせば、ほかのかたの敷地からなにか採れば(盗れば)窃盗罪、山林からなにか採れば森林窃盗というのが設定してあり、まして国立公園内の特別保護地域では草を抜いたり、ちいさな木を一本切っただけで検挙というのもあることなのです。(ぼくの所属している山岳会では、登山道整備のために倒木を片付けたり、下草を払ったりするのですが、これは県から委託を受けるかたちで実施していて、「こういう箇所は草を払います。こういう箇所まではしません」というようなことや、倒木を切る場合でも、作業前後の写真を撮っておくなど記録してやっているのです。)

難しい、なんだか嫌なせちがらい話だなあと思ってしまうわけですが、ぼくも個人的には、せっかく街からやってきたかたならば、おうちの夕飯にちょこっとだけ、道端のものをいただくくらいなら・・・というように思っております。ところが、中には悪質な方が、栽培しているのをわかった上で、民家近くまでやってきてはごっそり盗んでいくのですね。そういったことがたびたびあり、コシアブラの大きな木を切り倒したり、ほかの山菜でも次の年には採れなくなってしまうような方法で採っていく(どろぼうですから、その時に採れれば次の年など関係ないわけです)ために、山あいで静かに暮らしたい方たちの気持ちも荒立ってきてしまうのです。
過去に捕まえた採りに来る方の言い分では、「山はみんなのもので」だとか、「自然に生えてくるものを採ってなにがいけない」だとかいろいろ言う方があるわけですが、植えてあるものなら当然のこと、手入れしてあるから採れるということもあるわけで、山の幸が採れる時期だけいきなり山好きになり、人が植えたところからもねこそぎ採って、悪質な人ほど「おいらは山の達人だ。ナチュラリストなのだ、自然と共存しておるのだ」というようなことを言うのでちゃんちゃらおかしいことです。
集落の集まりなどで山菜泥棒の話になると、「そんなに山が好きなら山の近くに住んだらよろしい、冬は雪下ろしをして暮らし、山も自ら汗して手入れして採ったらよい。街にはなんでもあるのだから、ビフテキでも食べていたらよろしい」ということになります。

山菜にしても魚釣りにしても下手な人ほど採れる時にねこそぎ採るものだというのはありますね。採れる理屈のわかるかたならば、またいつでも採れるのだから要る分だけ、美味しいところだけ採るのでよいわけです。

つまらないはなしをしました。
書き出したらいくらでも書けるのですが、その分また自分も嫌な気持ちになってきますね。
虚空蔵様、虚空蔵様、つまらぬことで腹を立てる未熟なロッキーチャックをお許しください。
山の草とか花とか虫とか-虚空蔵さま

オクチョウジザクラは今も花が咲いており、小亀のような葉を広げています。
山の草とか花とか虫とか-オクチョウジザクラ

ふもとへ降りてくると、畑のふちにもキバナノアマナが咲いておりました。
山の草とか花とか虫とか-キバナノアマナ

こんなことをしている間に、田んぼもしろかきまで季節が進みました。
先週の土日のことです。
先週の土日はうちの山の片づけをしておりました。

冬の雪のために折れてしまう木があるのです。作業道などをふさいでしまったり、林の中であったも倒れたままにしておくと荒れていってしまうので、チェンソで切って、使える部分は使います。
こういう木を片付けるのに気をつけたほうが良いのは枝の処理ですね。
枝は地面に思いのほかしっかりとついており、ついたまま切ると幹が思いもよらない方向に転がったりするので危険だなあと思います。
山の草とか花とか虫とか-道をふさぐ木

中ほどから折れたスギも倒しておかたづけ。
三角に抜いてあるところは受け口なんですが、ちょっとね、へたくそですね。
右からトビ口があるのは、じいさまがここを切れ!と示しているのです。
山の草とか花とか虫とか-抜倒

なんとか伐れました。木目はなかなかに詰まっておりますね。
山の草とか花とか虫とか-出来た

倒れた木。
これは折れなかったらよい材になっていたかもわかりません。3mほどに切って積んできたので後ほど工作用の材をとるのに使いたいと思っております。
まわりの林も間伐などしたいなあと思っているのですが、ぼくにはもったいなく見えてしまってなかなか進まないのでありました。
山の草とか花とか虫とか-倒れた木

翌日の日曜日の午前中にもわが家の山の違うところへ。
山の草とか花とか虫とか-翌日、違う山へ

こちらもスギが倒れております。
じいさまもチェンソを持って細い部分を切っています。
数年前まではじいさまも大きな部分を切ったりするのでしたが、さすがに90歳近くになるとさせておかれません。
ぼくが山で木を伐ったりする際には、ぼくはまだへたくそなので木にはさまったりしないか指導役になっているのです。
山の草とか花とか虫とか-倒れた木 クリ林

倒れた木を倒れたままにしておくと、いかにも荒れたようですし、山菜を採るのにも邪魔になりますね。あとは、枝打ちや間伐をしないと林床に光が入らないので山菜も出ません。
これは赤こごみですね。
山の草とか花とか虫とか-赤コゴミ

こちらはクリの木の折れたもの。
うちにはクリの木がたくさんあるのですが、樹齢が進んで、枝の手入れも手がまわらなかった年もあり大きくなってしまいました。
こういうごちゃっとした枝を片付けるのは、力はあまり要りませんがとにかく手数がかかります。枝のよさそうなところをもらってかんじきの爪やそういうのの材料にしましょうか。(クリの木はたいへんに硬いのです)
山の草とか花とか虫とか-倒れたクリ

なかほどから折れた木は、こんなふうになっているのもあります。
こういうのは切って片付けるのがほんとにいやらしいですね。
どちらの方向に力がかかっているか蹴って確かめたり、じいさまに相談したりしてチェンソの刃を入れる方向などを考えます。
山の草とか花とか虫とか-倒れたクリ

地面についている部分を刻んでから、根元のほうを切ることにしました。
カタクリも咲いておりますね。
山の草とか花とか虫とか-クリの枝とカタクリ

ふたまたになった幹の片方だけ折れて、ちょっとつながっております。
木というのはなかなかに強いもので、たとえば根っこなどは直径1cmで300kgの引っ張り強度があったりすると聞きました。ちょっとつながっているだけに見えても、樹皮がつながっていたりすると、おかしな方向へ転がったりもします。
あとは、伐倒作業で事故の起きるのは木の上のほうでつるが絡まっていて幹の根元が振られて、作業している方が弾き飛ばされたりというのもあります。
山の草とか花とか虫とか-クリの木なかほどから折れてる

ふう、なんとかなりました。緊張して手に汗をかきます。
山の草とか花とか虫とか-クリ 切り口

この二日間は、午前中だけ山の手入れでした。
午後からもしたいのですが、じいさまも一日中は付き合えないというようなことと、ぼくも文弱で細腕なものですから、チェンソを使う腕力や倒した後の木を運ぶ体力がもちません。
山の草とか花とか虫とか-チェンソとカタクリ 陽だまり

里山環境はこれこれこういう役割があるのだ。とか、山林が荒れているからなんとかすべし。とか、本に書かれていたりテレビで言ったりするので、そういうふうに思う方も増えてはいるのでしょうけれど実際に山でちまちまと片付けする方は少ないのです。
本やテレビで見聞きして、たいへんにわかった気持ちになって自然環境保護の理論を高らかに謳ってみても、では山村に移り住んで自らの手でやってみましょうよ、となるかというとなかなかそうはいかないんですね。
陽だまりにカタクリとチェンソ、汗をかいたのに5月の風の涼しいのが気持ちよいこと気持ちよいこと。あまり無理をすると続きませんからちょっとずつしないといけませんね。飽きたらもうお終いなんですね。なんたって生きている間はずっと毎年、山とお付き合いするわけですから。