先週の土日のことです。
先週の土日はうちの山の片づけをしておりました。
冬の雪のために折れてしまう木があるのです。作業道などをふさいでしまったり、林の中であったも倒れたままにしておくと荒れていってしまうので、チェンソで切って、使える部分は使います。
こういう木を片付けるのに気をつけたほうが良いのは枝の処理ですね。
枝は地面に思いのほかしっかりとついており、ついたまま切ると幹が思いもよらない方向に転がったりするので危険だなあと思います。

中ほどから折れたスギも倒しておかたづけ。
三角に抜いてあるところは受け口なんですが、ちょっとね、へたくそですね。
右からトビ口があるのは、じいさまがここを切れ!と示しているのです。

なんとか伐れました。木目はなかなかに詰まっておりますね。

倒れた木。
これは折れなかったらよい材になっていたかもわかりません。3mほどに切って積んできたので後ほど工作用の材をとるのに使いたいと思っております。
まわりの林も間伐などしたいなあと思っているのですが、ぼくにはもったいなく見えてしまってなかなか進まないのでありました。

翌日の日曜日の午前中にもわが家の山の違うところへ。

こちらもスギが倒れております。
じいさまもチェンソを持って細い部分を切っています。
数年前まではじいさまも大きな部分を切ったりするのでしたが、さすがに90歳近くになるとさせておかれません。
ぼくが山で木を伐ったりする際には、ぼくはまだへたくそなので木にはさまったりしないか指導役になっているのです。

倒れた木を倒れたままにしておくと、いかにも荒れたようですし、山菜を採るのにも邪魔になりますね。あとは、枝打ちや間伐をしないと林床に光が入らないので山菜も出ません。
これは赤こごみですね。

こちらはクリの木の折れたもの。
うちにはクリの木がたくさんあるのですが、樹齢が進んで、枝の手入れも手がまわらなかった年もあり大きくなってしまいました。
こういうごちゃっとした枝を片付けるのは、力はあまり要りませんがとにかく手数がかかります。枝のよさそうなところをもらってかんじきの爪やそういうのの材料にしましょうか。(クリの木はたいへんに硬いのです)

なかほどから折れた木は、こんなふうになっているのもあります。
こういうのは切って片付けるのがほんとにいやらしいですね。
どちらの方向に力がかかっているか蹴って確かめたり、じいさまに相談したりしてチェンソの刃を入れる方向などを考えます。

地面についている部分を刻んでから、根元のほうを切ることにしました。
カタクリも咲いておりますね。

ふたまたになった幹の片方だけ折れて、ちょっとつながっております。
木というのはなかなかに強いもので、たとえば根っこなどは直径1cmで300kgの引っ張り強度があったりすると聞きました。ちょっとつながっているだけに見えても、樹皮がつながっていたりすると、おかしな方向へ転がったりもします。
あとは、伐倒作業で事故の起きるのは木の上のほうでつるが絡まっていて幹の根元が振られて、作業している方が弾き飛ばされたりというのもあります。

ふう、なんとかなりました。緊張して手に汗をかきます。

この二日間は、午前中だけ山の手入れでした。
午後からもしたいのですが、じいさまも一日中は付き合えないというようなことと、ぼくも文弱で細腕なものですから、チェンソを使う腕力や倒した後の木を運ぶ体力がもちません。

里山環境はこれこれこういう役割があるのだ。とか、山林が荒れているからなんとかすべし。とか、本に書かれていたりテレビで言ったりするので、そういうふうに思う方も増えてはいるのでしょうけれど実際に山でちまちまと片付けする方は少ないのです。
本やテレビで見聞きして、たいへんにわかった気持ちになって自然環境保護の理論を高らかに謳ってみても、では山村に移り住んで自らの手でやってみましょうよ、となるかというとなかなかそうはいかないんですね。
陽だまりにカタクリとチェンソ、汗をかいたのに5月の風の涼しいのが気持ちよいこと気持ちよいこと。あまり無理をすると続きませんからちょっとずつしないといけませんね。飽きたらもうお終いなんですね。なんたって生きている間はずっと毎年、山とお付き合いするわけですから。
先週の土日はうちの山の片づけをしておりました。
冬の雪のために折れてしまう木があるのです。作業道などをふさいでしまったり、林の中であったも倒れたままにしておくと荒れていってしまうので、チェンソで切って、使える部分は使います。
こういう木を片付けるのに気をつけたほうが良いのは枝の処理ですね。
枝は地面に思いのほかしっかりとついており、ついたまま切ると幹が思いもよらない方向に転がったりするので危険だなあと思います。

中ほどから折れたスギも倒しておかたづけ。
三角に抜いてあるところは受け口なんですが、ちょっとね、へたくそですね。
右からトビ口があるのは、じいさまがここを切れ!と示しているのです。

なんとか伐れました。木目はなかなかに詰まっておりますね。

倒れた木。
これは折れなかったらよい材になっていたかもわかりません。3mほどに切って積んできたので後ほど工作用の材をとるのに使いたいと思っております。
まわりの林も間伐などしたいなあと思っているのですが、ぼくにはもったいなく見えてしまってなかなか進まないのでありました。

翌日の日曜日の午前中にもわが家の山の違うところへ。

こちらもスギが倒れております。
じいさまもチェンソを持って細い部分を切っています。
数年前まではじいさまも大きな部分を切ったりするのでしたが、さすがに90歳近くになるとさせておかれません。
ぼくが山で木を伐ったりする際には、ぼくはまだへたくそなので木にはさまったりしないか指導役になっているのです。

倒れた木を倒れたままにしておくと、いかにも荒れたようですし、山菜を採るのにも邪魔になりますね。あとは、枝打ちや間伐をしないと林床に光が入らないので山菜も出ません。
これは赤こごみですね。

こちらはクリの木の折れたもの。
うちにはクリの木がたくさんあるのですが、樹齢が進んで、枝の手入れも手がまわらなかった年もあり大きくなってしまいました。
こういうごちゃっとした枝を片付けるのは、力はあまり要りませんがとにかく手数がかかります。枝のよさそうなところをもらってかんじきの爪やそういうのの材料にしましょうか。(クリの木はたいへんに硬いのです)

なかほどから折れた木は、こんなふうになっているのもあります。
こういうのは切って片付けるのがほんとにいやらしいですね。
どちらの方向に力がかかっているか蹴って確かめたり、じいさまに相談したりしてチェンソの刃を入れる方向などを考えます。

地面についている部分を刻んでから、根元のほうを切ることにしました。
カタクリも咲いておりますね。

ふたまたになった幹の片方だけ折れて、ちょっとつながっております。
木というのはなかなかに強いもので、たとえば根っこなどは直径1cmで300kgの引っ張り強度があったりすると聞きました。ちょっとつながっているだけに見えても、樹皮がつながっていたりすると、おかしな方向へ転がったりもします。
あとは、伐倒作業で事故の起きるのは木の上のほうでつるが絡まっていて幹の根元が振られて、作業している方が弾き飛ばされたりというのもあります。

ふう、なんとかなりました。緊張して手に汗をかきます。

この二日間は、午前中だけ山の手入れでした。
午後からもしたいのですが、じいさまも一日中は付き合えないというようなことと、ぼくも文弱で細腕なものですから、チェンソを使う腕力や倒した後の木を運ぶ体力がもちません。

里山環境はこれこれこういう役割があるのだ。とか、山林が荒れているからなんとかすべし。とか、本に書かれていたりテレビで言ったりするので、そういうふうに思う方も増えてはいるのでしょうけれど実際に山でちまちまと片付けする方は少ないのです。
本やテレビで見聞きして、たいへんにわかった気持ちになって自然環境保護の理論を高らかに謳ってみても、では山村に移り住んで自らの手でやってみましょうよ、となるかというとなかなかそうはいかないんですね。
陽だまりにカタクリとチェンソ、汗をかいたのに5月の風の涼しいのが気持ちよいこと気持ちよいこと。あまり無理をすると続きませんからちょっとずつしないといけませんね。飽きたらもうお終いなんですね。なんたって生きている間はずっと毎年、山とお付き合いするわけですから。