はい、それでは最上川沿いを散策してみましょう。
昨日の記事で川を眺めた公園のすぐ下の百目木(どめき)というところから川沿いに歩道があり、歩き始めました。
百目木のどめき、という地名は割合あちこちにあるそうです。
川の流れのどうどうと滝のようになって音のするところに見られる地名だそうで、水音のどうどうめきめき、どめきだそうです。百目鬼、轟など漢字の書き方は幾らかパターンがありそうです。

川沿いに咲くコウゾリナ。
この川沿いには川沿いらしい楽しい草たちがいくつも見当たります。昨年の秋ごろにはオギが穂を揺らしておりました。ツルヨシなどもありますかね。

歌碑2(歌碑1は一つ前の記事にあります)
「左澤の百目木たぎちて最上川 ながるるさまも今日見つるかも」斎藤茂吉

この場所は、年に数回は通っているはずですが、この立っているものは初めて気がつきました。
昨年もあったのかもしれませんが、目に入っていても見えないということもありますからね。
これは、1967年(昭和42年)8月26日から8月29日にかけて起きた羽越水害(または羽越豪雨)と呼ばれる大雨の時のここの最高水位だそうです。ここの付近でも家屋が浸水し、ちょっと上流から西へ分岐する支流の上流各所でも浸水や家屋の流失などの被害があったそうです。当時の写真を目にする機会がいくらか過去にありましたが、どこだかわからないくらいに水に浸っていました。

最上橋は近づきます。ガイドさんの言うことには、最上川は、最上(さいじょう)の川、最上橋は最上(さいじょう)の橋ですからね~ということでした。
この橋は昭和15年に架けられたものだそうです。これ以前の木の橋の写真を見た記憶があります。橋のアーチになっている白い部分は、近年になってから補強工事がされました。今はツタが這ってきて風情が戻ってきました。
それと、手前に見える川岸、ここも10年ほど前のことでしょうか?大規模な工事が行われて河岸か改修されました。以前にはヤナギやあれこれの草が生えていて素晴らしい趣でありました。
工事されたすぐには、土がむき出しでぼくなどはずいぶんがっかりしたものですが、コンクリの護岸でなく石を詰めた段のようにしてあるところに上流からの砂が入り、草も生えまた風情が、それとちいさな魚たちが川岸に戻りました。

橋の足元にはちいさな祠がありました。
難除地蔵尊とあります。

歌碑3
「最上川のさかまくみづを今日は見て 心の充つるさ夜ふけにけり」斎藤茂吉

ガイドさんが、このあたりは舟運のころには船着場があり栄えたのだというようにおはなしをしてくれておりました。
ここから出荷された産物の一つがアオソです。
そのアオソのはなしをしていると、川岸にアオソの茂みがありました。自生しているのですね。

歌碑4
「さ夜なかとなりたるころに目をあきて 最上川の波の音をこそ聞け」斎藤茂吉
茂吉という方は、お酒なども割合に好まれた方であるそうです。
この左沢を訪れた記録があるのは48歳の昭和4年9月14日のこと。
その夜に当時栄えた左沢の遊郭に行きたかったけれど行かれなかったとかなんとかで、それで夜中に目を覚まして、行きたかったなあ、と詠んだのでないかとガイドさんの談。

川沿いの散策から街なかへ戻りました。
歌碑5
「われいまだ十四歳にて庄内へ 旅せし時に一夜やどりき」
この碑のある付近に、茂吉がここを訪れたときに立ち寄ったおうちがあるそうで、その日に揮毫したものが昨日の歌碑1となっております。

歌碑5がある十字路から南へちょっと行くと、豪華な造りの門構えのおうちがあります。
ここは昔の造り酒屋で栄えた旧家であるそうです。ほかにもいくつも造り酒屋、問屋、あれこれと豪商などがあったようなことです。

もう少し進むと、今の商店街の東のはじっこあたりに出ました。
ちいさな商店街ですが、割合になんでも売っております。写真を撮ってる場所の十字路には釣具やさんがあり、子どものころにはこの街へ来ると釣り針やうきや釣り糸を買いました。
その当時、ぼくにとっては釣り針はたいへんに貴重なものでハリスを交換したり、研いだりして幾度も使ったものでした。一袋の釣り針を選ぶのに何十分もかかって呆れられたものでした。

商店街にあちこち立てられているのぼりがあります。
上に描かれているマークはクワガタムシの絵ではありません、最上川とそこにかかる二つの橋を図案にしたものだそうです。

もうちょっと進むと噴水のようななにかがあり、その奥にちいさなホールがあります。
20年以上前に建てられたホールです。建った当時には、なんだかよくわからん建物だなあと思ったものですが、今年の春になるほどと思うことがありました。

この建物の川の向かい岸から朝日連峰を眺めると、写真の右下にホールが見えています。
なるほど、川岸のがけから連続したラインになっていて風景をあまり邪魔していないのですね。
これが四角形のビルなどだったらかなり違和感が出てるだろうなと思いました。

歩いた後は、料亭に行っての昼食となりました。
昨日の記事で川を眺めた公園のすぐ下の百目木(どめき)というところから川沿いに歩道があり、歩き始めました。
百目木のどめき、という地名は割合あちこちにあるそうです。
川の流れのどうどうと滝のようになって音のするところに見られる地名だそうで、水音のどうどうめきめき、どめきだそうです。百目鬼、轟など漢字の書き方は幾らかパターンがありそうです。

川沿いに咲くコウゾリナ。
この川沿いには川沿いらしい楽しい草たちがいくつも見当たります。昨年の秋ごろにはオギが穂を揺らしておりました。ツルヨシなどもありますかね。

歌碑2(歌碑1は一つ前の記事にあります)
「左澤の百目木たぎちて最上川 ながるるさまも今日見つるかも」斎藤茂吉

この場所は、年に数回は通っているはずですが、この立っているものは初めて気がつきました。
昨年もあったのかもしれませんが、目に入っていても見えないということもありますからね。
これは、1967年(昭和42年)8月26日から8月29日にかけて起きた羽越水害(または羽越豪雨)と呼ばれる大雨の時のここの最高水位だそうです。ここの付近でも家屋が浸水し、ちょっと上流から西へ分岐する支流の上流各所でも浸水や家屋の流失などの被害があったそうです。当時の写真を目にする機会がいくらか過去にありましたが、どこだかわからないくらいに水に浸っていました。

最上橋は近づきます。ガイドさんの言うことには、最上川は、最上(さいじょう)の川、最上橋は最上(さいじょう)の橋ですからね~ということでした。
この橋は昭和15年に架けられたものだそうです。これ以前の木の橋の写真を見た記憶があります。橋のアーチになっている白い部分は、近年になってから補強工事がされました。今はツタが這ってきて風情が戻ってきました。
それと、手前に見える川岸、ここも10年ほど前のことでしょうか?大規模な工事が行われて河岸か改修されました。以前にはヤナギやあれこれの草が生えていて素晴らしい趣でありました。
工事されたすぐには、土がむき出しでぼくなどはずいぶんがっかりしたものですが、コンクリの護岸でなく石を詰めた段のようにしてあるところに上流からの砂が入り、草も生えまた風情が、それとちいさな魚たちが川岸に戻りました。

橋の足元にはちいさな祠がありました。
難除地蔵尊とあります。

歌碑3
「最上川のさかまくみづを今日は見て 心の充つるさ夜ふけにけり」斎藤茂吉

ガイドさんが、このあたりは舟運のころには船着場があり栄えたのだというようにおはなしをしてくれておりました。
ここから出荷された産物の一つがアオソです。
そのアオソのはなしをしていると、川岸にアオソの茂みがありました。自生しているのですね。

歌碑4
「さ夜なかとなりたるころに目をあきて 最上川の波の音をこそ聞け」斎藤茂吉
茂吉という方は、お酒なども割合に好まれた方であるそうです。
この左沢を訪れた記録があるのは48歳の昭和4年9月14日のこと。
その夜に当時栄えた左沢の遊郭に行きたかったけれど行かれなかったとかなんとかで、それで夜中に目を覚まして、行きたかったなあ、と詠んだのでないかとガイドさんの談。

川沿いの散策から街なかへ戻りました。
歌碑5
「われいまだ十四歳にて庄内へ 旅せし時に一夜やどりき」
この碑のある付近に、茂吉がここを訪れたときに立ち寄ったおうちがあるそうで、その日に揮毫したものが昨日の歌碑1となっております。

歌碑5がある十字路から南へちょっと行くと、豪華な造りの門構えのおうちがあります。
ここは昔の造り酒屋で栄えた旧家であるそうです。ほかにもいくつも造り酒屋、問屋、あれこれと豪商などがあったようなことです。

もう少し進むと、今の商店街の東のはじっこあたりに出ました。
ちいさな商店街ですが、割合になんでも売っております。写真を撮ってる場所の十字路には釣具やさんがあり、子どものころにはこの街へ来ると釣り針やうきや釣り糸を買いました。
その当時、ぼくにとっては釣り針はたいへんに貴重なものでハリスを交換したり、研いだりして幾度も使ったものでした。一袋の釣り針を選ぶのに何十分もかかって呆れられたものでした。

商店街にあちこち立てられているのぼりがあります。
上に描かれているマークはクワガタムシの絵ではありません、最上川とそこにかかる二つの橋を図案にしたものだそうです。

もうちょっと進むと噴水のようななにかがあり、その奥にちいさなホールがあります。
20年以上前に建てられたホールです。建った当時には、なんだかよくわからん建物だなあと思ったものですが、今年の春になるほどと思うことがありました。

この建物の川の向かい岸から朝日連峰を眺めると、写真の右下にホールが見えています。
なるほど、川岸のがけから連続したラインになっていて風景をあまり邪魔していないのですね。
これが四角形のビルなどだったらかなり違和感が出てるだろうなと思いました。

歩いた後は、料亭に行っての昼食となりました。





















