秋はなんとなく、いろいろな風景の写真を撮るのにあっている時期だなあ。
そのような感じがいたします。

とあるお昼ごはんの時間のこと。
道ばたのあちこちにススキが穂を揺らしているので、ススキを撮りながら、植物を撮影する際の写真の背景や、画角での表現を試してみました。
構図などはあまり気にしていませんので、いまいちピンと来ない写真が多くなってしまったのですが、違いなどについて感じたところを書いておきたいなと思います。

まず、いつも植物の撮影に使っている90mmF2.8で数枚。
90mmというのはレンズの焦点距離です。F2.8というのはレンズの明るさを示す数値です。
90mmですと、ちょっと望遠、というくらいのレンズです。

以前に教えてもらったのは、秋に写真を撮るのによいのは、陽射しが斜めになるので、背景にする暗い日陰などが多くなるので、いろんな角度から撮りやすいということでした。
朝夕がフォトジェニック、というのもおなじ理由からでしょうか。
背景が黒っぽいと、写したいものが浮かび上がるように強調されますね。
山の草とか花とか虫とか-黒バック

明るい背景ですと、背景からはあまり目立ちません。
でも、その場が日向の場所である様子は、植物の生息環境を示すのにはよいかもしれません。
その草の住んでいるところを意識して撮る、という点ではこちらもよいのかもしれませんね。
ススキは生えているところを考えてみれば、やはり日向が似合います。
山の草とか花とか虫とか-明るい背景

今度は空を背景にしてみると、なんとなく秋空の高いような、そのような雰囲気になりました。
山の草とか花とか虫とか-空の背景

ちょこっと離れて、ススキの群生している様子。
ススキはこのようにまとまって原っぱを作る草ですから、これも、「こういったふうにみんなそろって生えます」というのを示したいときにはよいですね。
ちょっと離れると、背景をぼかせる度合いが少なくなりますから、これで背景も明るかったら、どこからどこまでがススキなのかわかりにくくなってしまうかもわかりません。
山の草とか花とか虫とか-全体を撮る

遠くの田んぼや街を背景にしてみました。
これはぐっと絞りをきかせた一枚。
明るい昼間にはぐぐっと絞ると背景がはっきり写ります。
山の草とか花とか虫とか-街が背景

絞りを開くと、背景がぼんやりとしました。
たとえば、とある山を背景にして撮る、というようだと、手前に植物を配置して、山にもどちらにもピントを合わせたい、というような際には、絞ったほうがよいでしょうし、街並みなどあまりに具体的な背景だと、そちらに気をとられないようにぼかしたほうがよいかもしれません。
山の草とか花とか虫とか-街の背景をぼかしてみる

今度はレンズを広角にして撮ってみました。
広角レンズというのは、より広い範囲が写るレンズのことです。
望遠のレンズは、風景の一部を大きく撮って切り取るレンズですね。
物体が大きく撮れるというところに気をとられるかもしれませんが、動かない逃げないものなら、大きく撮るには近くに行けばよいわけです。
逆に、広角のレンズでは、写したくない風景も写真に入り込んできてしまうので、よほど風景のよいところを選ばないと撮りにくくなります。
交換してみたレンズは、10-22mmF3.5-4.5.
広角レンズの場合には、背景のぼかしは少なくなります。
山の草とか花とか虫とか-明るい背景 広角

なかなか難しいものですね。
山に行って、広く風景を撮りたい、空の雲や星を撮りたい、なんてときには広角レンズはよいのですが、植物が木などの大きなものならともかく、草などは群生している様子を撮る以外にはあまり出番がありません。
山の草とか花とか虫とか-暗い背景 広角

次に、望遠のレンズに交換してみました。レンズは、70mm-300mmF4.0-5.6のズームレンズです。
望遠にしますと、そこから動かずに風景のうち気に入ったところだけを切り取って写すことができます。また、全景も背景を大きくぼかすこともできます。
山の草とか花とか虫とか-望遠 ススキ

上の写真を、ぐっと引いて撮るとこんな感じでした。
なにを撮りたかったのか、後で見るとよくわからなくなるパターンの写真です。
電柱や道路、背景の木々の葉。そういうのにもススキとおなじように目についてしまっています。
山の草とか花とか虫とか-ちょっと引いたススキ

果樹園の中の作業小屋。ススキが傍らに生えております。
山の草とか花とか虫とか-風景の一部を切り取る

これをぐっと引いて撮ると、近くの道路やハウス、そんなふうなものが写り込んでしまっています。
山の草とか花とか虫とか-いろんな要素が入っちゃう

いろいろあちこち撮ってみながら、帰り道。
月山が見えました。
手前には刈り取り間近の田んぼがあります。
手前になにかしら写して山を撮るのもよいかもしれませんね。
もうちょっと田んぼを写す面積も大きくしたらよかったかな、なんて反省です。
山にピントをあわせたものだから月山の山体がどまんなかになっていました。オートフォーカスに頼りすぎると、こんなふうなのが多く撮れますね。写したいものはど真ん中なのがもちろん第一なんですが、そればかりでは飽きてしまいます。
山の草とか花とか虫とか-月山

今回はあまり自分なりに面白く撮れたな、というようなのはありませんでした。
ススキの穂は大きいので、背景を大きくぼかすという例にはあまり向かないなあと書きながら反省しております。

絵を描くのですと、構図や、描きたいものが引き立つにはどうしたらよいか、とあれこれ悩むものですが、写真の場合には、シャッターを押すだけ、という簡単なことで撮れてしまうので、あまりパシャパシャと撮っていると、振り返ってみてなにを撮ったのか自分でもよくわからない、という具合の写真を量産してしまっていることがありますね。
特にデジタルになってからは、一枚一枚のコストが相当低くなり、一枚のありがたみが少なくなってしまいました。
もうちょっとあれこれ考えながら丁寧に撮らねばなるまいと、そんなふうに反省する秋の夜長であります。
先週から、あれこれの用事の合間をぬうように稲刈りにとりかかりました。
今年は、さあて稲刈りしましょう、という日取りに台風が重なり、田んぼがまた水気を含み、乾くのを待ちきれずにぬかるんだままの田んぼで作業をして難儀することになりました。
ぬかるんだ田んぼを歩くのは慣れていますが、機械は泥にはまり、長靴にもべとべととまとわりつくので、どうしても作業のスピードが落ちてしまいます。トータルの作業時間で考えれば、田んぼの乾いた状態の年の倍くらいはかかってしまったかもしれません。
ぬかるんだところを機械を押したり、稲束を担いだりして延々10時間ほど作業するわけですから、足腰だってなかなかのトレーニングになりますね。

ひいじいさまが教えてくれた刈り取りの適期は、穂に10粒ほど青いもみの残るころであるということでしたが、今年は少し遅れ気味になりました。
熟しきったもみは表面が白っぽくなっていきます。若干そんな気配ですね。あまりに遅くなると、精米した際に米が砕けてしまう胴割れという状態になって品質が落ちてしまうことになります。熟せばよいというものでもないのですね。(なのでちょっと焦るわけです)
山の草とか花とか虫とか-稲穂
青いもみがあるうちに、というのは、稲を束ごと天日乾燥するためです。
もみは茎についたままですので、もみに茎や葉からの栄養分が移り、刈った後にも熟していくのです。コンバインで刈る際には、根元までしっかり田んぼに生えたまま熟させて刈らねばならないそうなので、刈り取り適期が違っているのですね。

田んぼのそばのミゾソバ。
ミゾソバは葉の形に割合変化があるなあと思います。
山の草とか花とか虫とか-ミゾソバ

こないだから立てる作業をしていた杭に、刈った稲束をかけていきます。
この杭に立てて天日乾燥させるのは、ぼくの母のころにはまだハザがけであったということなので、うちの田んぼでするようになったのはまだ40年かそこらの歴史であるようです。
杭にかけるようになったのは、移動式の脱穀機が登場して、田んぼで脱穀作業をできるようになってからだそうです。それ以前には、家の前まで背負って行き、自宅前に組んだハザがけの木にかけ、庭で脱穀作業したそうです。
今はずいぶん楽になったんですね。田んぼでその場で立てるには、やはりこういった杭のほうが手軽で材料も要りません。
山の草とか花とか虫とか-ムックのならぶ様子

秋の三連休。
あれこれと用事もあります。
知り合いの結婚式(「むがさり」ですな)がありました。午前中の時間のあるうちに稲刈りして、作業後にいそいそとでかけました。
新婦は文化財の発掘研究などをしている方である関係から、ケーキの入刀はスコップでした。この後、新婦は移植ベラで新郎の口に、あ~ん、とケーキを押し込んでいました。どなたの記憶にも残る式になったことだと思います。
山の草とか花とか虫とか-ケーキ入刀

式からの帰り道。
西に傾いた夕陽をカラスも眺めております。まぶしそうです。
山の草とか花とか虫とか-カラスもまぶしい

あくる日には、朝の早くから稲刈りです。
まだ夜の湿り気の残る稲。こういうのを刈ると運ぶのがちょっと重いんですが、仕方ありません。
山の草とか花とか虫とか-朝早くの稲穂

スギナにも水滴です。
イネもスギナもですが、これは夜露がついたわけでもないのです。
葉から水分が出てきて、葉のふちなどにくっついているんですね。
山の草とか花とか虫とか-スギナ 水滴

刈って積んで、数日経つと、葉の色合いも変化していきます。
雨が降りそうだと、杭の上に、かさこ地蔵のようにビニールのシートをかけるんですが、晴れ間が続きそうだったので、乾燥が進むように覆いをしていません。(昨日にかけました)
山の草とか花とか虫とか-ちょっと前に刈ったところ

午前中の作業を終え、昼ごはんで家に帰ると、わん、はお昼寝中でした。
ちょっと前までは、近くに人の気配があるとしゃんと立ったり、お座りしていたものですが、もう高齢の域に入ってきましたからね、横着なわんこ、とも言っておられません。
それでも、知らない人が家に近づくと、わんわんと鳴いてしらせます。律儀なものです。
足音などで、「ああ、ロッキーチャックがきたな。でも散歩の時間でも無いし」とわかるので昼寝したままなのでしょう。
山の草とか花とか虫とか-わん、昼寝

午後です。
コブナグサが穂を空へ伸ばしています。
山の草とか花とか虫とか-コブナグサ

今年の稲刈りの様子はあまり撮っていません。
時間のあるうちに、と手を休めずに作業しておりました。
この日の作業を終え、ようやく稲刈り終了の目途がたってきました。
先日の文末の「でがすかんじょ」とは、「仕事をしあげる=でがす」、「かんじょ=勘定」、勘定は計算することですから、終わる目途が立った、という表現です。
「その仕事、いづまででがすのや?(その仕事は、いつまでに仕上げるのですか?)」
「うん、今月末まではでがすかんじょだ(はい、今月末までには終わらせる予定です)」というような使い方になります。

陽は西に傾き、スギの木立の間からの西日は、杭の一本をスポットライトのように照らしています。
山の草とか花とか虫とか-稲杭ならぶ

杭が上手いことバランスとれずに、つっかえ棒をしているものもあります。
刈ってかけてから、段々と乾燥が進んでいきますね。
山の草とか花とか虫とか-稲杭 色の変化

今日は、父がお休みで、ほんのちょっと残ってしまっていた稲刈りを終わらせてくれました。
おかげさまで、今年もなんとか稲刈りは終了いたしました。
ここから、一週間か10日ほど空けて乾燥の具合を見つつ、稲束の架け替えを2度行って天日乾燥させていきます。
その後に脱穀をして籾へ、その後に籾摺りして玄米にしたらようやく出荷となります。
昨年の脱穀は10月の20日前後のことでした。もう少し田んぼの季節は続いていきます。
秋分の日となりました。すっかり涼しくなりましたね。

秋は夕暮れと申します。
たしかに夕暮れの美しい日が多くなってまいりました。
日暮れが早くなり、仕事が早めに終わってもそのころにはもう日が沈んでいたりするようになりました。
山の草とか花とか虫とか-電信柱と夕暮れ

西に赤く夕陽の名残のあるようなのもよいですね。
朝日連峰がシルエットになって見えていました。
山の草とか花とか虫とか-遠くに朝日連峰


枕草子には、

秋は夕暮 ゆふ日のさして山の端いとちかうなりたるに からすのね所へ行くとて 三つ四つ二つみつなど とびいそぐさへあはれなり まいて雁などのつらねたるが いとちひさくみゆるは いとをかし 日入りはてて 風の音 むしのねなど はたいふべきにあらず

とあります。

夕陽が沈んで行ったのは、赤見堂岳のあたりでした。
特段に赤く色づいた雲が残っております。
山の草とか花とか虫とか-赤見堂岳付近

夕暮れの頃合の色合いというのは面白いものですね。
日が沈んで、しばらくすると、雲だけが赤く残り、その後に雲も赤さを失うと、だんだんとオレンジ色が褪せるように群青色へと変化していきます。
山の草とか花とか虫とか-空の色 山の端

写真に撮ったりすると、そのころはどうにも思うとおりに撮るのが難しかったりします。
目ではなかなかよい具合に見えていても、写真には写りません。
逆に、目で見てもさほど、とりわけ印象的でもないというような景色が、写真では美しかったりもします。
山の草とか花とか虫とか-最上川と大朝日岳

鉄塔と金星。
山の草とか花とか虫とか-鉄塔と金星

中秋の名月の翌日。満月を一日だけ過ぎたお月様とススキ。
名月でないといっても、眺めてよくないわけではありません。
月光に煌くススキの銀の穂。
山の草とか花とか虫とか-月光に煌くススキの穂

ついこないだまで暑い暑いと言っていたのに、朝夕はもう手がかじかむくらいの涼しさがあります。
山の草とか花とか虫とか-月、ススキ

先週の台風が北に去ってから、ずいぶん涼しくなって、畑のきゅうりの葉は枯れてしまいました。山の木々でも、オオバボダイジュなどは葉をまだらに茶色にして枝も淋しくなりました。
来週あたりには、もしかしたら近くの山でも白く見えることがあるかもわかりません。
あともうちょっとで今年の稲刈りもでがすかんじょとなりました。