ううむ、星が綺麗な夜で、写真を撮っていたら夜更かしになってしまいました。
しかも、上手く撮れませんでした。無念です。
さて、土曜のことです。午前中に、街歩きのワークショップがありました。
ワークショップというのか、おはなしを聞きながら散歩をしたのでしたが。
最初は、お勉強です。ここの街は、国の重要文化的景観というものに選定されています。
その概要をお聞きしました。
前にも何度か記事に書いていますが、街並みが古かったり、景観がよいだけでは文化的景観には選定されないのだそうです。
この街は、古いものから、新しいものまでいろんなつぎはぎのようになっています。
先生が(この日は、ガイドさん、先生が幾人かおりました)言うことには、現在古い街並みがそのまま残っているところは、一面ではその街を形成した産業が一気に廃れてしまい、街並みを更新していくことができないために残っている例が多いそうです。
ここの場合には、中世から近世、現代とごちゃごちゃっとしていて、一見の景観としてはよろしくない部分もあるように思うのですが、こまかく見ていくほどに、いろんな時代背景と暮らしが反映された様子が読み取れるのだそうです。

ああ、字が多くなってきましたね。
目がちかちかするので、出発しましょう。
スタートは駅からでした。
中高年の姿も多いですが、見目麗しいお嬢さんやら若者なども参加しておりました。

先生がいろいろ説明してくれながら歩いていきます。
これは説明されてありませんでしたが、ぼくが郵便局に近道するときの小道です。
ここに猫の通り道もあり、毛並みから察するに4匹くらいの猫のなわばりが重なっているはずです。

小道に猫を追って・・・は行かずに、稲荷様のところにきました。
穴守稲荷という名があるそうです。
近くに、自転車屋さんと製麺工場と、時計とめがねのお店、パーマやさんがあり、時折通る道なので、稲荷様のあるのは知っていましたが、名前は知りませんでした。
赤い屋根のなかに、木造のちいさいけれど手の混んだ祠があるそうです。
名のある大工さんの作であるそうです。

格子から覗いてみると、白い陶製のきつねが見えました。
なむなむ。
お稲荷様は、ここでは割と近世になってから信仰された神社であるようなことでした。
お稲荷様と言えば、伏見のお稲荷様ですね。一度行ってみたいです。稲の神様ですからね。

次には、銀行やそのあたりを通りながら裏通りにあるお寺の建物へ。
天台宗かなにかのお寺があったようなことです。(すみません、いただいた資料には書いてあったのですが、どこかに失くしてしまいました)
建物自体はぜんぜんお寺っぽくは見えません・・・。
ここの面白いのは、垂木(屋根を支える木の部分)が放射状になっているんですね。
この放射状の垂木は、より古い造りであるようです。今の民家などでは平行にしますものね。

木の曲がったのを使ってあるところ。

建物の屋根材はトタンになっていましたが、屋根の裏の板の剥がれたところから、茅葺屋根のような下地が見えていました。枝はサクラと竹材でしょうか?
かつて茅葺だった屋根に、そのまま上にトタン葺きした屋根は民家でも時折見かけます。

通りを歩いて、

ふと鼻をくすぐるキンモクセイの香りにつられるまま、みなさんと違った小道へちょこっと入ってみると、ほらあった、キンモクセイの木があります。

とそんなきままにしていると皆さんからはぐれてしまいますね。
最上橋のところで追いつきました。

橋の上から川面を見ると、昔の木だったころの橋の橋脚が今も岩盤に残っておりました。

川の下流側、北の方向にはかつて山城のあった山が見えています。
あちらの山から見ると、最上川の景色がとこの橋が素晴らしい景色になっております。

しかし、橋の上にいると橋は見えません。
あ、そうだ、と川を見下ろすと橋の影が落ちていました。
人が集まっているように見えるところは、バルコニーが作ってあるところです。

おお!と橋の東側まで行って西の方向を撮ります。
なるほど、橋の影も橋のかたちなわけですね。

ここにいた時間帯は11時くらいのことでした。
今はまだ真昼の太陽が高いので、12月あたりに来たらもっと影が長く、橋の形をした影が撮れるかもしれません。
雪景色になってもよいかもしれませんね。
このあと、たい焼きを食べたりしました。
続きます。
しかも、上手く撮れませんでした。無念です。
さて、土曜のことです。午前中に、街歩きのワークショップがありました。
ワークショップというのか、おはなしを聞きながら散歩をしたのでしたが。
最初は、お勉強です。ここの街は、国の重要文化的景観というものに選定されています。
その概要をお聞きしました。
前にも何度か記事に書いていますが、街並みが古かったり、景観がよいだけでは文化的景観には選定されないのだそうです。
この街は、古いものから、新しいものまでいろんなつぎはぎのようになっています。
先生が(この日は、ガイドさん、先生が幾人かおりました)言うことには、現在古い街並みがそのまま残っているところは、一面ではその街を形成した産業が一気に廃れてしまい、街並みを更新していくことができないために残っている例が多いそうです。
ここの場合には、中世から近世、現代とごちゃごちゃっとしていて、一見の景観としてはよろしくない部分もあるように思うのですが、こまかく見ていくほどに、いろんな時代背景と暮らしが反映された様子が読み取れるのだそうです。

ああ、字が多くなってきましたね。
目がちかちかするので、出発しましょう。
スタートは駅からでした。
中高年の姿も多いですが、見目麗しいお嬢さんやら若者なども参加しておりました。

先生がいろいろ説明してくれながら歩いていきます。
これは説明されてありませんでしたが、ぼくが郵便局に近道するときの小道です。
ここに猫の通り道もあり、毛並みから察するに4匹くらいの猫のなわばりが重なっているはずです。

小道に猫を追って・・・は行かずに、稲荷様のところにきました。
穴守稲荷という名があるそうです。
近くに、自転車屋さんと製麺工場と、時計とめがねのお店、パーマやさんがあり、時折通る道なので、稲荷様のあるのは知っていましたが、名前は知りませんでした。
赤い屋根のなかに、木造のちいさいけれど手の混んだ祠があるそうです。
名のある大工さんの作であるそうです。

格子から覗いてみると、白い陶製のきつねが見えました。
なむなむ。
お稲荷様は、ここでは割と近世になってから信仰された神社であるようなことでした。
お稲荷様と言えば、伏見のお稲荷様ですね。一度行ってみたいです。稲の神様ですからね。

次には、銀行やそのあたりを通りながら裏通りにあるお寺の建物へ。
天台宗かなにかのお寺があったようなことです。(すみません、いただいた資料には書いてあったのですが、どこかに失くしてしまいました)
建物自体はぜんぜんお寺っぽくは見えません・・・。
ここの面白いのは、垂木(屋根を支える木の部分)が放射状になっているんですね。
この放射状の垂木は、より古い造りであるようです。今の民家などでは平行にしますものね。

木の曲がったのを使ってあるところ。

建物の屋根材はトタンになっていましたが、屋根の裏の板の剥がれたところから、茅葺屋根のような下地が見えていました。枝はサクラと竹材でしょうか?
かつて茅葺だった屋根に、そのまま上にトタン葺きした屋根は民家でも時折見かけます。

通りを歩いて、

ふと鼻をくすぐるキンモクセイの香りにつられるまま、みなさんと違った小道へちょこっと入ってみると、ほらあった、キンモクセイの木があります。

とそんなきままにしていると皆さんからはぐれてしまいますね。
最上橋のところで追いつきました。

橋の上から川面を見ると、昔の木だったころの橋の橋脚が今も岩盤に残っておりました。

川の下流側、北の方向にはかつて山城のあった山が見えています。
あちらの山から見ると、最上川の景色がとこの橋が素晴らしい景色になっております。

しかし、橋の上にいると橋は見えません。
あ、そうだ、と川を見下ろすと橋の影が落ちていました。
人が集まっているように見えるところは、バルコニーが作ってあるところです。

おお!と橋の東側まで行って西の方向を撮ります。
なるほど、橋の影も橋のかたちなわけですね。

ここにいた時間帯は11時くらいのことでした。
今はまだ真昼の太陽が高いので、12月あたりに来たらもっと影が長く、橋の形をした影が撮れるかもしれません。
雪景色になってもよいかもしれませんね。
このあと、たい焼きを食べたりしました。
続きます。























