日常
久しぶりに自分の言葉で書きます。
昼前にスーパーに行った。
牛乳と食パンが少しだけ残っていた。
明日は久しぶりにパンが食べられる。
と同時に今日、我が家のお米が底をつきました・・・。
明日から麺類でしのぎます。
しのぐ術があるだけましか。
きっと、次にあったかいご飯食べたとき
凄い幸せを感じるんだろうな。
久しぶりにボールを蹴った。
ゼルビアフットサルパークのチャリティにて。
2面のコートは大盛況だった。
ボールを蹴っていない時間も
その盛況振りを見ているだけで
なんだか元気をもらえた気がする。
盛況ゆえに駐車場はいっぱい。
スタッフに断って邪魔にならない枠外に停めさせてもらった。
少しずつ帰る人が見え始めたあたりで
枠内に車を停めに行った。
偶然にも19番が帰る時だったみたいで
ばったり出くわした。
何というタイミング・・・。
疲れているだろうけど
時間を割いてくれて話が出来た。
今おかれている現状などなど・・・。
そんな話をしていると
自分がプレーする時間がきてしまって
貴重な時間は終了。
でも久しぶりに直接話ができて
こんな状況だけどパワーをもらえた。
チーム練習もなく
開幕も目処が立たない中でモチベーションを保つのは
どれだけ大変なんだろうか・・・。
今度はパワーを与えられる立場になれたらなと思う。
少し考えていることがあります。
本当に貴重な時間をありがとうございました。
少し前にラジオで言っていた。
「こういう状況になると人間は他人を否定するようになる」と。
分かる気がする。
他人の行為や発言を否定することで
どこか自分を肯定しているというか
それで自分の安心を得ているのかもしれない・・・。
でも、お互いが認め合えば
自分も他人に認められる。
お互い否定しあうか
お互い認め合うか。
自分は後者が良いと思う。
3/17
自分の信じること、こうだと思うことに、
わき目もふらず突き進むだけだ。
すべてがつねに移りかわり、
興亡する。
歴史は新しい価値を不断につくり、
それをこわしながら。
また、つくっていく。
「危険」を感じる。
それはつまり死の予感なんだ。
そのとき、よし、それなら死んでやろう、
と決意しておそろしいほうに飛び込む。
パァッとその瞬間、全身が生きてくる。
つまらないことでもいい。
今ぶつかるべきものとぶつかりあえば、
自分のエネルギーは無限に増大されて
強大になっていく。
人間の運命というものは、
九十九・九パーセントが成功しないのだ。
成功者でないほうが
より人間的な運命だ。
人間は精神が拡がるときと、
とじこもるときが必ずある。
強烈にとじこもりがちな人ほど
逆にひろがるときがくる。
ナマ身で運命と対決して歓喜する。
それが本当の生命感。
死に直面したときこそ、
正の歓喜がぞくぞくっとわきあがるのだ。
血を流しながら、にっこり笑おう。
---岡本太郎 「壁を破る言葉」より---
壁を破る言葉
こうやってこの時間に更新してるように
仕事は変則的な時間に行っております。
計画停電の都合でその日その日で
出社する時間が違います。
昨日は22時に出社し、今日は19時出社。
文句を言ってる暇はありません。
やれるならやるしかない。
絶望のなかに生きることこそが、おもしろい。
そう思って生きる以外にない、それが本当の生きがいなんだ。
人生は意義ある悲劇だ。
それで美しいのだ。
生き甲斐がある。
やりきれない。
でも、だからこそ行動するんだ。
障害を全身で受けとめて、逆に生きがいにしてしまうんだ。
制約が多いとみんな悩んでいる。
だが、制約があるからこそ、
自分のしたいことを貫くのがほんとうの行動になると思う。
われわれの世界、環境は無限の迷路だ。
だからこそ生きがいがあり、情熱がわく。
---岡本太郎 「壁を破る言葉」 より---
上を向いて歩こう
仕事中に起きたそれは
日を追うごとにその大きさを感じずにはいられません。
1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災。
小学校高学年だった自分には
テレビに映る光景を上手く受け入れることができず
遠く離れていてももの凄い恐怖を感じました。
それが今回トラウマとして少なからず自分に影響したことは
否定できません。
毎日毎日テレビで見る現地の映像は
目を疑い、背けたくもなる有様・・・。
それでも「情報が欲しい」とテレビをつけ続け
色々な情報が飛び交う中
自分の気持ちを落ち着けるのに時間を要しました。
サッカーを観に行った千葉県旭市、宮城県仙台市。
特に仙台は去年行った七ヶ浜も・・・。
会社の同僚には相馬市に住む親戚が居るが
連絡してもまったく繋がらないと・・・。
「仕事が落ち着いたら次は葬式の準備だな・・・」
少し開き直った彼の言葉に何も言えませんでした。
しかし数日たった昨日、「連絡が取れた」って。
・・・。
自分のことのように嬉しかった。
こう感じたのって、やっぱり皆でこの危機に向かってるって事でしょ。
こんな状況だから、誰であれ救助されたり無事が確認できたというニュースは
自分のことのように嬉しい。
未曾有の事態である以上
個人ではなく集団として立ち向かわなきゃ。
でもそれは"日本人"のストロングポイントだと思う。
中東勢のラフプレーにも
ライバル韓国にも
屈強なオーストラリア相手にも
屈しなかった日本人の「団結力」。
今度は国民全員でみせつけよう。
多くのブログやツイッターを見たりして勇気をもらった。
下を向いても進まない。
今は無力だけど募金や節電といった出来ることはしてる。
買い物も歩いて行ってるし
エアコンのブレーカーも下がったまま。
被災してない自分たちは悲観しすぎず
何をやっても不謹慎のように感じたり思われたりするけど
日常を取り戻す努力も必要だと思う。
友人に「落ち着いたら現地にボランティアに行こう」と連絡したら
「おう、やるしかねえな」って即答だった。
みんな自分に出来ることを模索して歯がゆさも感じてる。
この危機を後世に少しでも残さないよう
いまこの時代に生きている自分たちが
目を背けることなく立ち向かわなきゃ。
良い奴ばかりじゃないけど、悪い奴ばかりでもない
こうやってブログを書くとき
言葉を選ぶときがある。
どう書けば言いたいことが伝わるか。
どう書けばトゲのない言い方になるか。
どう書けば敢えてトゲを表現できるか。
人を傷つけることも簡単に出来る・・・。
そんな良くも悪くも持っている言葉の力。
開幕が近づくなかで選手たちのツイッターに興味津津。
仲間を笑わせるツィート
悔しさをぶつけるツィート
それを励ますツィート
自分を奮い立たせるツィート
ファンに向けたツィート
・・・。
毎日のように顔を合わせて練習していても
面と向かって言いにくいことを
「活字」にすることで表現出来るのかもしれない。
そんな言葉の力を使ってみたいと思うようになってきた。
自分もメッチャ口下手で人見知りがハンパ無いけど
いろんな事柄について考えたり
それを相手に伝えることも好き。
でも、そのやり方が下手で「本当に伝えたいこと」が
伝わらないことも多々ある。
だからといってその可能性を放棄するのも違うと思う。
さて、何が言いたいか伝わっただろうか。
改めて読み直したけど、自分でもいまいち分からないし
本当に書きたいことを書けただろうか・・・。
そんなブログを続けていくことが訓練になっていれば・・・。


