上を向いて歩こう
あの日以来、更新できませんでした。
仕事中に起きたそれは
日を追うごとにその大きさを感じずにはいられません。
1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災。
小学校高学年だった自分には
テレビに映る光景を上手く受け入れることができず
遠く離れていてももの凄い恐怖を感じました。
それが今回トラウマとして少なからず自分に影響したことは
否定できません。
毎日毎日テレビで見る現地の映像は
目を疑い、背けたくもなる有様・・・。
それでも「情報が欲しい」とテレビをつけ続け
色々な情報が飛び交う中
自分の気持ちを落ち着けるのに時間を要しました。
サッカーを観に行った千葉県旭市、宮城県仙台市。
特に仙台は去年行った七ヶ浜も・・・。
会社の同僚には相馬市に住む親戚が居るが
連絡してもまったく繋がらないと・・・。
「仕事が落ち着いたら次は葬式の準備だな・・・」
少し開き直った彼の言葉に何も言えませんでした。
しかし数日たった昨日、「連絡が取れた」って。
・・・。
自分のことのように嬉しかった。
こう感じたのって、やっぱり皆でこの危機に向かってるって事でしょ。
こんな状況だから、誰であれ救助されたり無事が確認できたというニュースは
自分のことのように嬉しい。
未曾有の事態である以上
個人ではなく集団として立ち向かわなきゃ。
でもそれは"日本人"のストロングポイントだと思う。
中東勢のラフプレーにも
ライバル韓国にも
屈強なオーストラリア相手にも
屈しなかった日本人の「団結力」。
今度は国民全員でみせつけよう。
多くのブログやツイッターを見たりして勇気をもらった。
下を向いても進まない。
今は無力だけど募金や節電といった出来ることはしてる。
買い物も歩いて行ってるし
エアコンのブレーカーも下がったまま。
被災してない自分たちは悲観しすぎず
何をやっても不謹慎のように感じたり思われたりするけど
日常を取り戻す努力も必要だと思う。
友人に「落ち着いたら現地にボランティアに行こう」と連絡したら
「おう、やるしかねえな」って即答だった。
みんな自分に出来ることを模索して歯がゆさも感じてる。
この危機を後世に少しでも残さないよう
いまこの時代に生きている自分たちが
目を背けることなく立ち向かわなきゃ。
仕事中に起きたそれは
日を追うごとにその大きさを感じずにはいられません。
1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災。
小学校高学年だった自分には
テレビに映る光景を上手く受け入れることができず
遠く離れていてももの凄い恐怖を感じました。
それが今回トラウマとして少なからず自分に影響したことは
否定できません。
毎日毎日テレビで見る現地の映像は
目を疑い、背けたくもなる有様・・・。
それでも「情報が欲しい」とテレビをつけ続け
色々な情報が飛び交う中
自分の気持ちを落ち着けるのに時間を要しました。
サッカーを観に行った千葉県旭市、宮城県仙台市。
特に仙台は去年行った七ヶ浜も・・・。
会社の同僚には相馬市に住む親戚が居るが
連絡してもまったく繋がらないと・・・。
「仕事が落ち着いたら次は葬式の準備だな・・・」
少し開き直った彼の言葉に何も言えませんでした。
しかし数日たった昨日、「連絡が取れた」って。
・・・。
自分のことのように嬉しかった。
こう感じたのって、やっぱり皆でこの危機に向かってるって事でしょ。
こんな状況だから、誰であれ救助されたり無事が確認できたというニュースは
自分のことのように嬉しい。
未曾有の事態である以上
個人ではなく集団として立ち向かわなきゃ。
でもそれは"日本人"のストロングポイントだと思う。
中東勢のラフプレーにも
ライバル韓国にも
屈強なオーストラリア相手にも
屈しなかった日本人の「団結力」。
今度は国民全員でみせつけよう。
多くのブログやツイッターを見たりして勇気をもらった。
下を向いても進まない。
今は無力だけど募金や節電といった出来ることはしてる。
買い物も歩いて行ってるし
エアコンのブレーカーも下がったまま。
被災してない自分たちは悲観しすぎず
何をやっても不謹慎のように感じたり思われたりするけど
日常を取り戻す努力も必要だと思う。
友人に「落ち着いたら現地にボランティアに行こう」と連絡したら
「おう、やるしかねえな」って即答だった。
みんな自分に出来ることを模索して歯がゆさも感じてる。
この危機を後世に少しでも残さないよう
いまこの時代に生きている自分たちが
目を背けることなく立ち向かわなきゃ。