「明日ママがいない」
いろいろ問題になっているようです。
いいことです。みんなで一緒に考えるいい機会が生まれています。
自分の結論を言うと、まったく問題の無いすばらしいドラマでした。
是非このまま作り続けてもらいたい。
いろんな感情を刺激されたでしょう。経験の無い自分でもこの子達を見て泣かずにはおれませんでした。同時に楽しい場面も多々ありいろんな感情を引き出されました。
各登場人物の視点に立った演出には何度も感心しました。
これを見て子ど もがどう思うか。
こんな子供達がいるのか、こんな場所があるのか、つらい、哀しい、もう見たくない。わかりません。いろいろ知ってる大人には想像つかないことです。
ただこれだけは言えます。
子供の頃の自分がこれを見ていじめを思いつく事はないと。逆にいじめられてる子を見かけたら全力で守ってやると。つらいばかりではない、勇気と愛にあふれた作品なのです。
だから我々がすべきなのは、このドラマが世に放たれてどんな反応が出るのかを見守り、落ち込む子がいれば励まし、からかいに走る子がいれば戒める、そういう空気を作ることではないのだろうか。
問題にするのはこのドラマそのものではなく、ほんとうにイジメが増えたりしてこういう環境にいる子供達が苦悩する社会である。大人の勝手な都合でこんな子供達を作ったのだから、それぐらいしてもバチは当たらないのだ。
いいことです。みんなで一緒に考えるいい機会が生まれています。
自分の結論を言うと、まったく問題の無いすばらしいドラマでした。
是非このまま作り続けてもらいたい。
いろんな感情を刺激されたでしょう。経験の無い自分でもこの子達を見て泣かずにはおれませんでした。同時に楽しい場面も多々ありいろんな感情を引き出されました。
各登場人物の視点に立った演出には何度も感心しました。
これを見て子ど もがどう思うか。
こんな子供達がいるのか、こんな場所があるのか、つらい、哀しい、もう見たくない。わかりません。いろいろ知ってる大人には想像つかないことです。
ただこれだけは言えます。
子供の頃の自分がこれを見ていじめを思いつく事はないと。逆にいじめられてる子を見かけたら全力で守ってやると。つらいばかりではない、勇気と愛にあふれた作品なのです。
だから我々がすべきなのは、このドラマが世に放たれてどんな反応が出るのかを見守り、落ち込む子がいれば励まし、からかいに走る子がいれば戒める、そういう空気を作ることではないのだろうか。
問題にするのはこのドラマそのものではなく、ほんとうにイジメが増えたりしてこういう環境にいる子供達が苦悩する社会である。大人の勝手な都合でこんな子供達を作ったのだから、それぐらいしてもバチは当たらないのだ。
ゼロ
永遠の0を読んだので書いておく。
とてつもなく悲しい愛にあふれており、最後は涙にくれた。おまけに体に電流が流れたようにビリビリしていた。
これが戦争を賛美している?
冗談ではない。心底嫌っている者が書いたのだ。でなければ宮部があんなにやつれたりはしない。これをロマンと感じるのか?否だ。悲しみとやるせなさが体中を覆ってしまっている。
なんとうまい構成だろう。
導入部分で見せた神秘性をエピローグまで開放しない。いつ来るかと思いながら期待しながら進んでゆくのだが、実際その時が来ると残酷さに心が張り裂けそうになる。コツコツと積み上げた宮部と零戦像が残酷な最後を鮮明に頭の中に描かせてしまうのだ。
各登場人物が宮部を語るシーンは、さながら映像での回想シーンのようにその場へ連れて行かれる。行間が開いて現代に戻るとハッとするほどである。
文体も長く難解な例えを並べたりせず、小気味よく語られてまったく飽きが来ない。これもまた自分好みである。
だがこれはあくまで手法であって、戦争という事実、特攻という若者から順に捨てて行く馬鹿げた作戦を毛嫌いしているのは明白である。
それでも特攻せざるをえなくなった者たちの悲しい物語を描いているのだ。
小さい頃から戦争というものが怖かった。
テレビの連続ドラマで、小さい子の母親がどこかの駅で戦闘機の機銃に撃たれて死ぬシーンを見たことがある。もうその夜から窓際で寝るのは恐怖だった。自分もいつ殺られるかわからないからだ。戦争なんてしていない30年前でも、子供心には衝撃だった。
零戦を単なる工業品として見るなら、それこそロマンがあるかもしれないが、それを使って行う戦争に僅かなロマンもないのである。悲しみしか残らないのだ。
とてつもなく悲しい愛にあふれており、最後は涙にくれた。おまけに体に電流が流れたようにビリビリしていた。
これが戦争を賛美している?
冗談ではない。心底嫌っている者が書いたのだ。でなければ宮部があんなにやつれたりはしない。これをロマンと感じるのか?否だ。悲しみとやるせなさが体中を覆ってしまっている。
なんとうまい構成だろう。
導入部分で見せた神秘性をエピローグまで開放しない。いつ来るかと思いながら期待しながら進んでゆくのだが、実際その時が来ると残酷さに心が張り裂けそうになる。コツコツと積み上げた宮部と零戦像が残酷な最後を鮮明に頭の中に描かせてしまうのだ。
各登場人物が宮部を語るシーンは、さながら映像での回想シーンのようにその場へ連れて行かれる。行間が開いて現代に戻るとハッとするほどである。
文体も長く難解な例えを並べたりせず、小気味よく語られてまったく飽きが来ない。これもまた自分好みである。
だがこれはあくまで手法であって、戦争という事実、特攻という若者から順に捨てて行く馬鹿げた作戦を毛嫌いしているのは明白である。
それでも特攻せざるをえなくなった者たちの悲しい物語を描いているのだ。
小さい頃から戦争というものが怖かった。
テレビの連続ドラマで、小さい子の母親がどこかの駅で戦闘機の機銃に撃たれて死ぬシーンを見たことがある。もうその夜から窓際で寝るのは恐怖だった。自分もいつ殺られるかわからないからだ。戦争なんてしていない30年前でも、子供心には衝撃だった。
零戦を単なる工業品として見るなら、それこそロマンがあるかもしれないが、それを使って行う戦争に僅かなロマンもないのである。悲しみしか残らないのだ。