今日と明日は終日業者主催のセミナーに出席する。内容は基礎的なものなので、知識のブラッシュアップが目的なのだが、同じことを英語で説明するのと日本語で説明するのとでは何かが違うと感じた。たとえば日本語だと「これは会社のリスクになります」というところを英語では「会社の株主のリスクになります」というように主体を明確にすることが多い。「公的資金」と聞くのと「タックス ペイヤーズ マネー」と聞くのでは語感が違うのと似ている。こういう小さい違いから、あらゆる考え方の違いが生まれているような気もする。

セミナーの後、帰宅途中にベーカーストリートで散髪。ここは男性12ポンド(約2,400円)という看板が出ており比較的安いので、以前通りかかった時から目をつけていたのだ。

心を決めて入ってみると意外に愛想が良い女性店員が迎え入れてくれ、コートと鞄を預ける。丁寧なのはここまで。奥に案内され席に着くや否や、お前の散髪はどうした、と言いたくなるようなもじゃもじゃ頭の大男が、挨拶もそこそこに怒涛のように切りだす。「No.2でいいか?」というので何かと思ったらバリカンの長さのことだと言う。逡巡していたら「じゃあNo.3でやるな」といってバリバリやりだす。好みもまったく聞かず、最後までものすごい勢いで切り、あっけにとられているうちに10分ほどで終了。シャンプーもなし。出来上がってみると、雑な仕上がりながらもまあ何とかなっているようなので安心する。家に帰ってシャワーを浴びると湯船が切った髪だらけになった。

東京ではあまりないちょっと恐ろしい体験ができたが、次は落ち着いて切れるところにいくことにしようと思った。
ロンドン市長のケン・リビングストンはなにかと個性が強い政策を打ち出す左よりの人のようだ。たとえばロンドン中心部への車の乗り入れの際の混雑税の導入や、最近では「ルートマスター」の愛称で長く親しまれた古い二階建てバスの廃止など。ロンドン行政はサッチャー政権以来中央政府管轄で、その時にはおそらく最大公約数的な行政がなされていたと思う。今はやけに細かく、ちょっと目を引く変り種の政策が多い。

そのリビングストン氏が今度は「ポイ捨て禁止令」を出すつもりだ、と新聞に出ていた。シンガポールのように、ごみを捨てたり犬の糞を持ち帰らなかった人に罰金を課すようにしたいとのこと。今でもこうした行為は何かの法律に違反しているのだろうが、多めにみてもらっている状態らしい。こうした小さい違法行為を許さないこと(ゼロ トレランス)が大きな犯罪の抑止につながるという。NYのジュリアーニ市長のいわゆる「破れ窓理論」と同じですね。破れた窓を放置すれば近所の窓も割られてしまい、ひいては大きな犯罪につながる。小さな犯罪を許さないことによって、大きな犯罪を防ぐ、ということであろう。

まあもっともで、一定の効果もあるのだろうが、なんだか日本の小学校の生活指導のようで少し情けなくなってくる。私も小学生の頃は何かと規制されるのが嫌で堪らなかった記憶がある。良くわからない頃は先生たちに良く怒られて締め付けられていたが、知恵がつき始めると隠れて色々と悪いことを(といっても可愛いものだが)し始めた。これと同じで表面的に良くなっても犯罪が悪質化したりすることはないのだろうか。可愛い悪事を許すことが、社会のストレスリリーフに役に立つという考え方はありえないのだろうか。

ゴミを捨てることがいいことだとはもちろん思わないが、なんだか窮屈な感じがする。何かと口うるさい日本社会に対し、自主性を重んじる欧米社会。少しあこがれるところもあったが、実際のところはこういう現実もあるのである。
新年早々風邪にやられてしまった。木曜の夜中に悪寒がして何度が目覚め、翌朝熱を測ってみると8℃近くになっている。仕事も比較的落ち着いている時期のためオフィスに連絡をいれ、休むことにする。

日本クラブ診療所に連絡をいれ、2:15の予約をする。家から病院までは徒歩5分ほどである。簡単な問診とインフルエンザチェックをして、薬をもらって帰る。幸いにもインフルエンザでは無かった。

診療費も保険の範囲内でありしかもキャッシュレスで、実に便利である。また医者のレベルも高いと感じた。イギリスの医療制度NHSは悪評が高いが、ことプライベート医療はそんな事はないようだ。

プライベート医療とNHSといえば、この国の二重構造というかダブルスタンダードについて時々考えさせられる事がある。日本に比べ、ここでは一般的に言って、一般庶民が広く利用できるもののレベルは低く、一方でハイクラスで高額なものの質が高い、という事実である。それは医療に限らずレストランにも言えるし、スーパやデパート、ありとあらゆることにいえる。

資本主義が深く根付いていると言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、簡単に割り切れない問題ではある。 イギリスのクラス間の違いは想像を絶するものがあるらししい。アッパークラスの硬いセキュリティーと高い教養に守られた生活と、ローワークラスの絶望感。使い古された言い回しだが、日本ではさほど顕著でないこの両者の違いを具体的に見せられると、いまや胡散臭ささえ漂う古のいわゆる「プロレタリア革命」の言わんとしていたことが実感できる。

ソ連も東ドイツも失敗し、(北朝鮮もここに加えてもいいのかもしれない)、それは既に歴史上の偉大な試行として捕らえられているが、つい何年か前まで先人が解決しようとしていた「矛盾」について考えさせられる。

このもやもやが解決される日は来るのであろうか。
いよいよ今日から仕事始め。休みをキャッチアップすべく朝から1000通以上のメールに目を通す。これだけで一仕事である。ほとんどはccに入っているだけのあまり関係ないメールなのだが、中には重要なのもあったりして、まとめて削除というわけにも行かず、差出人と題名と最初の数行から重要度を判断しなければならない。メールは仕事を革命的に便利にしたが、「一応送っておく」的な、リスクヘッジとしてのccメールは非常に迷惑である。なにかいい方法はないものだろうか。

そして休みの間のマーケットの動きや発表された重要な経済指標、業者のレポートをチェック。これだけで午前のほとんどを使う。午後一にNYとのミーティング。3時過ぎからは少し余裕が出てきたが、なんとなくバタバタして仕事らしい仕事にならなかった。

もっとも東京オフィスであれば正月明け初日はマーケットは半日で終わり。各方面に形式的な新年の挨拶をして、午後は部内で新年会にでも繰り出しているのだろう。今年一年のスローガンか何かを考えたりして。日本では新年初出社は仕事のためというよりも、顔合わせの為という意味合いが強い気がする。一昔前の証券会社であれば着物で出社する女性もいたが、今でもいるのであろうか。ロンドンの正月は日本ほど形式的なものはないようだ。みな普通の休み明けといった感じである。

ステラからCFAのテキストがどっさり届いていた。いよいよ勉強開始である。まずはぱらぱらとテキストを眺めることから始めることとする。
今日は以前の勤務先の先輩が、冬休みのチュニジア旅行の帰りにロンドンに数泊するということで、久しぶりに再会した。先輩はビジネススクール時代の友人とロイヤルバレエの「くるみ割り人形」を観に行く予定だったのだが、急遽その友人が行けなくなりチケットが余るというので、代わりに私が行くことになった。新年早々男二人でバレエを見るというのも少し変な気もするが、中々楽しむことができた。やはりノンネイティブの私にとってはせりふのあるミュージカルよりも音楽と踊りだけですべてを表現するバレエの方がリラックスして楽しめると感じた。今度は他のバレエも観てみようと思った。

先輩は銀行を辞めビジネススクールに私費留学し、その後欧州系投資銀行M&A部門の東京オフィスで働いている。バレエの後、テムズ川沿いのシーフードレストランで食事をしながら、投資銀行の現場の刺激的な話を色々と聞くことができた。私にはロンドンにいるうちにアンテナを立てて様々な情報を得るようにとのアドバイス。まさにその通りだと感じた。

13日間の長い冬休みも今日で終わり、明日からは仕事再開である。休みの前は、予定は決めずに、もし時間が余ればあれもしようこれもしようと考えていたが、終わってみればあっという間の休みだった。ゆっくりと休めたが、有意義だったかと問われれば疑問符がつく。これからはまとまった休みが取れれば計画的に旅行などして有意義に使おうと思う。
新年明けて2日目の今日は、散歩がてらコベントガーデンからリージェントストリートを抜け、オックスフォードストリートと、初売りセールめぐりをすることにした。

コベントガーデンではフランスのパンチェーン「PAUL」を見つけランチをした。PAULはロンドンに2店舗、フランスには200店舗以上ある人気のパン屋だそうだ。東京でも玉川高島屋に支店が入っており何度か足を運んだことがあるが、いつもにぎわっていた。ロンドンのこの店も流行っているようで、ランチタイムの店内は満席であった。

ここイギリスでも、もちろん日本のそれには及びもつかないが、大陸信仰のようなものがあるのだな、と感じることがある。このフランスのパン屋のPAULにくる客もそうかもしれない。フランス料理の店がイギリスにあるのは仕方ないと思うが、フランスのパン屋まであるのは食事のレベルの理由だけではないと思う。イギリスもパンは十分おいしいと思う。この店が流行る理由には、オムレツなどのパン以外の食事がおいしいことのほかに、イギリス人の「フランス的もの」に対する憧憬のようなものがあるような気がしてならない。ちょうど日本人がヨーロッパに対して抱くあこがれと同じように。メニューもフランス語の下に小さく英語で説明があり、店内の装飾ももちろんフランス風だ。

以前オフィスのフランス人の同僚とロンドンの街を歩いているとき、沢山のカフェやブラッセリーがフランスの店をまねしているのだと教えてくれた。逆にイギリス風のパブはフランスにはほとんどないそうだ。PAULに限らず、フランス的なものがイギリス人の憧れであったり、おしゃれ心をくすぐっているという現実はあるのであろう。

PAULで食事をした後、ロンドンの老舗ブランド、アクアスキュータムに立ち寄りいくつか買い物をした。日本の観光客らしき人の姿もちらほら見え、海外ブランドの強さを感じた。

家についてアクアスキュータムについて少し調べてみると、日本ではレナウンが製造販売しているようである。そしてなんとレナウンは90年に英国本社を買収し子会社化しているのこと。それではなぜ日本からわざわざ日本のレナウンの子会社のブランドをロンドンにまで買いに来るのか。それは日本で買うよりも安く買えるからであろう。

そう考えると、ロンドンのアクアスキュータムが安いのか、日本のアクアスキュータムが高いのか、はたまたアクアスキュータムはイギリスのブランドなのか、親会社の日本のブランドなのか、レナウン製のものとイギリス製のものの両者に違いはあるのか、よくわからなくなってくる。

PAULではおいしいパンが食べられたし、アクアスキュータムでは気に入ったコートが買えた。しかしその背景にはいろいろなことが隠れているような気がする。

大晦日の今日はウエストエンドのオデオンという映画館で「ブリジットジョーンズの日記」の続編「エッジオブザリーズン」を観た。ストーリーはここでは明かさないが、予告編を観たおおむね誰もが予想するであろう通りであった、とだけ書いておく。

この映画の前作はいうなれば黄金比のキャスト/ストーリーで成功したといえようが、その映画の続編として、いわゆる「前作その後」をやるのか、新たなキャストを加えるなどしてシリーズ化を狙うのか、製作者の意向にも興味があったが、私の見る限り前者であった。つまりパート3はないな、と感じた。もっともヒュー・グラントも「もうラブコメはやらない」などともったいないことをいっているらしいので、そういう点からも少なくともこのキャストではこれで終わりと思われる。あまり難しいことを考えずに、美しいロンドンの風景、「男はつらいよ」を彷彿とさせる予定調和のストーリー、レニー・ゼルウィガーのキュートな演技、これらを楽しむことがこの映画のポイントだと思う。そして脚本家も意識しているに違いないヒュー・グラントの「濡れ場」。ちなみに「濡れ場」というのはラブシーンではないので念のため。彼は今回もちゃんと濡れます。

相変わらず洋画を字幕なしで観るのは若干難があったが、この映画の中の英語で気になった表現があったので書いておく。それはブリジットがタクシーを家の前で待たせて服を着替えに戻る時、運転手に向かって「Just wait, literally two seconds.」と言うシーン。日本語字幕だと「ちょっとまってて、すぐ戻るから」とでもなろうか。

直訳すれば「文字通り2秒まって」となるが、もちろん2秒で戻るわけはない。これはアメリカではわからないがイギリスでは一般にも良く使われている表現らしく、オフィスでもほぼ毎日聞いている。あるいはイギリスらしさを出すための小道具としてのセリフなのかもしれない。

「2秒待って」。日本語でも使えるかも、などと考えている。
クリスマス休暇7日目の今日も特に予定がないので、朝から近所の公園を軽くジョギングした。自分同様たくさんのランナーが汗を流している。冬支度万端のリスが愛想良くポーズをとってくれた。

ロンドンには公園が多い。都心の一等地にも多くの人たちが利用できる公園があり、よく整備され、みな思い思いの楽しみ方でそれを利用している。

東京の都心の「公園」であるべき皇居周辺はどうだろう。花見の時期の北の丸公園などはともかくとして、都民の持つその「公園」への親しみは、ロンドン市民が持つハイドパークやセントジェームスパークに対するそれほど強くないだろう。

以前に都心に住んでいたときは、天気のいい日に自転車で皇居外苑まで出かけていって、芝生の上で日曜の朝刊を読んだりしていたこともあったが、そういうことをしている人はあまり見かけなかった。何しろその「公園」の中心部には普段は一般市民は入ることさえできないのだ。一方バッキンガム宮殿のお膝元のセントジェームスパークには、誰でも入ることができ、みなくつろいで、夏などは寝そべってワインを飲んだりしている。

イギリス王室と日本の皇室、それぞれの国民の両者に対する考え方やメディアの扱いはさまざまな違いがある。それにかかわる公園の扱いにも両国の違いが現れていると感じた。おそらく両国の民主主義の成り立ちの違いに関係があるのだろうと思う。
クリスマス休暇中盤の今日はバスに揺られて30分、ロンドン郊外のブレントクロスにある巨大ショッピングモールに出かけていった。テナントにはMarks&Spencer(スーパー), John Louis(デパート), NEXT(衣料品)などといったウエストエンドのハイストリートでおなじみの店がずらりと並んでいる。家からはウエストエンドの方が近いし、おまけに天気は快晴。何のためにわざわざショッピングモールに行くのだという気もしないでもなかったが、一度行ってみたいと思っていたし、ほかに行くところが思いつかなかったのである。

今日はボクシングデイの振替休日で、どの店も年末セール目当ての買い物客で溢れかえっていた。この国はまだ景気が良いようで、皆よく買っていた。一方で何も買い物せずベンチに腰掛けているだけの、あまり身なりが良いとはいえないような人もいた。雰囲気だけでも楽しんでいるのであろうか。

ところで、イギリス人には日本人に比べ気軽に話しかけてくる人が多い気がする。せっかくだから何か買って帰ろうと思い、Fenwick(デパート)でマグカップを買ったのだが、レジ待ちの列にいると、前に並んでいる女性が「これいくらだったの?あら中々いいじゃない。いい色よね。」レストラン街でうろうろしていると、火のついてないタバコを持った男が「ハイ、メイト、火あるかな?」とやってくる。バスに乗っていても見知らぬ乗客同士がよく話をしている。彼らにとってこのような気楽な会話は娯楽のひとつなのかもしれない。日本の地方に行けばあるいはよくあるのことなのかもしれないが、東京ではあまり見られない風景である。

結局マグカップとネクタイとバスジェル、食料品を買って帰ってきた。もう行くことはないだろうが、巨大ショッピングモールでイギリス人の庶民の楽しみのようななものが垣間見れた気がした。
ロンドンの冬はとても寒い、と聞いていたが今のところはそうでもないようだ。日にも依るが大体5℃前後。東京とあまり変わらない。雨もそれほど多くない。もっとも同僚のイギリス人にそう感想を述べたところ、「今のところはね。でもそれをいうにはちょっと早いよ。冬はこれからだよ。」といわれてしまったが。

東京と変わらないといえば普段の生活もそうだ。日本食の食材は値段が高いのを我慢すれば何の問題もなく手に入るし、インターネットがあれば最新の日本語ニュースを時差なしで見られる。アパートには日本語放送は入れていないがもともと東京でもテレビは見ないほうだったし、違うことといえば会社帰りに友人と飲みにいくことがなくなったことくらいか。会社から帰ってきてメールチェックして、東京にいるころと変わらないサイトを巡回して、と、こんなことばっかりやっているから、いつまでたっても英語が上達しないわけである。