感想亭備忘録

感想亭備忘録

ドラマ、映画、小説について感想、解説、批評など。
願わくばたくさんの面白いコンテンツに出会えますように。

 

幸せに暮らす二組の夫婦。ある交通事故によって片方の夫婦の夫が行方不明。もう一方の夫婦の妻が命を落とす。残されたそれぞれの妻と夫。事故にあった二人が不倫関係にあったのではという疑惑。そういうお話。

 

蒼井優の俳優としての実力を遺憾なく見せてくれる組の夫婦。ある交通事故によって片方の夫婦の夫が行方不明。もう一方の夫婦の妻が命を落とす。残されたそれぞれの妻と夫。事故にあった二人が不倫関係にあったのではという疑惑。そういうお話。

 

蒼井優が、俳優としての実力を遺憾なく見せつけてくれます。信頼し、愛するベストパートナーを失ったその喪失感、生活に穴が開いたような欠落感。ただただ泣きわめくのでは無く、正常性バイアスもあるのか、愛想笑いをしてみたり、軽い冗談を言おうとしてみたり、そしてそれでもあふれ出してくる悲しみに嗚咽しそうになったり。

 

何かが起きても続いていく日常。その中で悲劇を何とか消化しようとする姿を実にリアルに演じています。相手役の中島歩さんの独特な呟くような、放り出すようなセリフも魅力的です。

 

個人的にはあまり恋愛の方向に走ってほしくないのですが、どうなるんでしょう。行方不明の夫は一体どうなったのかってサスペンス要素も、リアルに行くなら単に遺体が見つかってないだけだろうし、どういう方向にお話が転がるのか今の時点ではわかりません。第3話はわりとキーになる回なのかも。

 

1,2話は少なくとも蒼井優の素晴らしい演技の見本市えお堪能させてもらえたので大満足です。今後にも期待しています。

 

うーん、おしい!

ホラー・アクション・コメディ・勧善懲悪・グロ、いろんな要素が入り混じってるのですが、どれもそこそこ。

何かに振りきってくれればもっともっと楽しめた気がします。

見る前の予想としては、超常的な存在に圧倒的物理でわからせてやる痛快アクションかと思ってたんですが、そこまでじゃない。主人公は充分追い詰められるので、圧倒的な力で粉砕するような爽快感はないかな。ホラー的な要素もちょいちょいあるんですが、いっそもっとジャンプスケアだらけにしてくれたほうが娯楽作品としてはよかったような。コメディ要素はグロと相まって趣味悪いなあって感じで、かといってグログロに極めてるわけではないという。

 

全体的に言ってつまらないわけではないんですが、もっと突き抜けた爽快感が欲しい!と思ってしまいます。予告がうますぎたんでハードル上がっちゃった部分もあって、もったいないってのが主な感想になってしまいます。

 

主人公がそれほど美形じゃないってのは、ポリコレ的なことを考慮してるのかな?完全な娯楽作品ならとんでもない美女を主人公にした方が受けると思うんだけどなあ。

あまりネガティブな感想は書かないようにしているんです。批判するのは簡単なので。見続けている以上その中に何か光るものを見つけ出したいと思っているんです。

でも「さらば半兵衛」はひどかった。あまりにもひどかった。

 

謀反を起こした荒木村重を説得するため単身有岡城に乗り込んだ黒田官兵衛(この時はまだ小寺官兵衛かな?)が村重に捕らえられてしまいます。そして「官兵衛は裏切って荒木側についた。」とうわさを流されます。信長はそれを聞いて、人質である官兵衛の息子、松寿丸を処断するように命じます。半兵衛は松寿丸を匿うと言いながらその実、羽柴家のために自分一人が責任を負うつもりで処断を実行すべく、長浜に向かう。という流れ。

 

羽柴家の存続のために、羽柴家を守るために松寿丸を処断しようとする半兵衛。

家族同然となっている松寿丸の命をを守ろうとするねね。

ドラマ的に素晴らしいシチュエーションです。

 

そこで、この脚本家がやったのは、家探しする半兵衛と、子供のいたずらか、中学生の文化祭のお化け屋敷レベルのちんけな仕掛けでごまかそうとするねねのドタバタコメディ………。

 

なんですかこれは。

あれじゃ、ねねは松寿丸を本気で守る気なんか、はなから無いとしか思えないです。遊んでるだけですから。ここで描くべきは絶対にドタバタコメディシーンではなかったはずです。

羽柴家を守るために、汚名を着ることを顧みず忠義を貫こうと決心した半兵衛と、「家族」を命を懸けて守ろうとするねねの真剣な対峙だったはずです。

 

どちらも正しい、どちらも譲れない、同じく羽柴家を思う二つの意見、心、覚悟がぶつかり合う見せ場。菅田将暉と浜辺美波の演技の見せどころでもあったはずなんです。

「家族や仲間だから起こるはずの深い対立や葛藤」が描かれず、仲良し描写とドタバタしかない、これは歴史ドラマとしてもホームドラマとしても致命的に浅いと言わざるを得ません。

深い対立や葛藤が描かれるからこそ、そこを乗り越えた先の相互理解に感動するんじゃないんでしょうか。

 

細かいことを言えば半兵衛が松寿丸処断をあきらめるきっかけもなんだかちぐはぐです。慶(ちか)の産んだ子供を抱きあげることで、命の大切さに気付く、みたいな演出でしたが、半兵衛に子供いますよ?竹中重門っていう、松寿丸より五歳下の子が。他人の子供抱っこして改心するなら、より近い年齢の自分の子供のことを先に思い出しませんか?それとも子なし設定なのかなぁ。

 

細かいついでにもう一つ言えば、半兵衛逝去のシーンです。

諸葛孔明のエピソード丸パクリだというのは置いておいて、あのシーン、秀吉、秀長、蜂須賀小六、前野長康、竹中半兵衛が集まってました。秀吉軍の幹部ほぼ全員です。それで桜散る中「おお押し返しておる!」とか見物してます。その押し返してる軍勢は誰が指揮してるんです?幹部ほぼ全員が物見遊山してるのに。あの場にいなかったのは宮部継潤ぐらいですよ。宮部が全軍の指揮権を預かって戦ってたんでしょうか。前回も書きましたけど、合戦の描写が無茶苦茶なんですよ。

 

で、次の回のタイトルが「軍師官兵衛」。

他の番組のタイトルを各話のタイトルにして悦に入るのは本当に程度が低い。強い繋がりがあるのならまだしも、官兵衛の話だから、以外の理由はなさそう。ならいっそ「黒牢城」とでもしたらよかったのに。いやよくないけど。

 

 

とんでもない緊張感の映画です。

最初から最後まで体を固くして、こわばった状態で、見終わった後、ふーっと息を吐いてしまうほどです。

 

思ってた映画とは違いました。

「ブラックホークダウン」や「13時間 ベンガジの秘密の兵士たち」のような、激しい銃撃戦を潜り抜けて戦い続ける兵士、というのとはちがうのです。

もちろん銃撃戦はあります。ですが体感、映画の半分ぐらいは最初の一撃で重傷を負った兵士が苦痛で叫ぶのを延々聞き続ける、そういう映画です。

銃撃戦も、撃った弾が敵に当たっているのかどうかわからない、どころか敵の姿すらほとんど見えないのです。「リアリティ」を超えた「リアル」を追求するとこうなるんだろうと理解しました。

 

繰り返しますが緊張感は半端ないです。とんでもないです。これ、映画館で見たらPTSDになるんじゃないか?ってぐらいです。

 

物語は?と言われると、まあ虚無です。

「ある民家に駐屯していた小隊が撤退する。」

ただただそれだけです。政治がどうだとか、作戦がどうだとか、兵士同士の友情がなんだとか、そういうのはほぼありません。言ってしまえば映画というより「戦場体験アトラクション」とでもいうようなものです。

 

映画として傑作か?と言われるとおそらく違うんでしょうが、現代の戦場(といっても20年前の、ですが)がどんなものかを知ることができる、という意味で意味のある作品ではあると思います。

苦言、というと「大河はフィクションなので史実と違っても問題ないんだ。」という反論が来がちですが、違うんです。

フィクションの部分の出来があまりにも悪いんです。なのでどうしても一言いいたくなってしまいました。

 

まず、6/7放送回「播磨大誤算」。

一度は織田についた播磨の国衆、別所氏が謀反を起こします。同じ時期に播磨西部の上月城に毛利軍が攻めよせてきます。秀吉は上月城救援に向かうのですが、毛利の大軍を前に援軍がなければ手も足も出ない状態。信長の判断は「上月城を見捨て、別所攻めに専念せよ。」というもの。

ここで秀吉は突然上月城に籠る尼子再興軍に感情移入してショックを受けます。でも突然尼子勝久だの山中幸盛だの名前出されても、見てる方は「はあ、戦国だしそういう事もあるかもなあ。」としか思えません。その後に「実はかゆを一緒に食べて云々」と言い訳のように付け足すのですが、これシナリオとしてはかなり悪手です。

「見捨てる」という判断。これに視聴者が秀吉と同じように衝撃を受けないとお話として成り立たないんです。感情移入できないんです。「秀吉がショックを受けてる?え?なんでなんで?」に対して後出しで「実は仲良くしてたんです。」ってやっちゃったら視聴者は「へー、そういう事情なんだねぇ。大変だね。」みたいに完全に他人事、傍観者になってしまうんです。

どうすればよかったのか。

その前の回を一回まるまる尼子主従との交流の回にすればよかったんです。ボロボロで流れ着いた尼子主従を、秀吉、秀長、半兵衛…なんなら、秀吉兄弟の母親のなかやねねも一緒に交流して、まるで家族のようなシーンを見せればよかったんです。そんな史実はないわけですけども。フィクションなんだから。そうすれば「見捨てる」という決断が下された瞬間に視聴者も同じように衝撃を感じられたはずです。この一点をとってもシナリオが下手だなあという感想です。この脚本家の方が他にどんなドラマを書いているどういう方か存じ上げないのですが、ことこの大河に関しては本当に稚拙です。

 

例を挙げていけば、まず「武田信玄の死に方」。通説では病死です。俗説では暗殺説もあります。で、なんで餅をのどに詰まらせて頓死させたんでしょう。「フィクションだからいいじゃないか!」じゃないんです。天下の名将として名高い信玄を、毒殺を恐れて餅を食ってのどに詰まらせて命を落とす、「これがほんとの信玄餅」というとんでもない間抜けに描くことに「フィクション」としてのどういう意図があるんでしょう。信長が恐れ家康が全くかなわなかった強敵が実は間抜けだった、という創作でどんな効果を狙ったんでしょう。全く理解できません。

 

次に秀吉・秀長兄弟の描き方です。

歴史的イベントの場に現れて頓智問答してるだけ。本圀寺の変、松永久秀の最期、どれも激戦だったはず。のこのこ出て行ってしょうもない芝居したりどっちが本物でしょうクイズしてるような余裕のあるゆるい現場ではなかったはず。

しかも姉川の合戦の時期にいたって、なお敵を殺すのをためらう小一郎。尾張統一、美濃平定、上洛、金ヶ崎の退き口を経てなおそんな精神性なわけないじゃないですか。

 

これはシナリオではなく演出の問題なのですが、合戦の描き方があまりにも程度が低い。合戦といえば秀吉兄弟がへっぴり腰で刀を振り回すばかり。最初はいいです。でも姉川の合戦の頃には秀吉は一軍の大将です。兵を指揮するのが仕事です。まわりに足軽数人しかいなくてチャンバラしてる場合じゃないんです。

 

そして主人公兄弟がどこまで行っても清廉潔白で、悪いことは羽柴家以外の人がもたらす、というとんでもない他責思考。秀長を潔白にするなら秀吉に闇を少し背負わせないと、葛藤も成長も描けないじゃないですか。

このあと秀吉は三木城攻略においても「餓え殺し」と呼ばれた鳥取城攻略においても、地獄を創り出すんですよ。餓死者数千、馬は愚か死んだ人まで喰らうという地獄を。どうするんでしょう。誰か人のせいにするんでしょうか。それともエピソードを飛ばすんでしょうか。

 

戦国を舞台にしたホームドラマを作りたかったそうですが、ホームドラマだからと言って主人公たちを純粋無垢、清廉潔白、完全なる善として描いてしまうとそれはフィクションですらなく「嘘」になってしまうと思います。

戦乱の世を舞台にしたホームドラマというのであれば、直近の大河に「鎌倉殿の十三人」という超名作ドラマがあるじゃないですが。家族間で助け合ったり、慰め合ったり、対立したり、妬んだり恨んだり、殺し合ったり、その上でも切れない情があったり。鎌倉殿と北条家を舞台にした見事なホームドラマでしたよ。全員が完全無欠の善人ではドラマは生まれないんです。しまじろうじゃないんだから。

 

最後に「風雲!竹田城」というタイトル。

どう考えても「風雲!たけし城」をもじってますよね。面白いですか?このタイトルを付けた人は軽蔑します。