paperbackになるのを待っていた作品。作者は有名なアメリカ人のロシア文学研究者。彼の作品は読んだことはないが、ドストエフスキーの「作家の日記」に長い序文を寄せている。
副題は、「Russian Writers on the Timeless Questions and Why Their Answers Matter 」。永遠の課題とロシア文学者、そして彼らの回答がなぜ重要なのか、というのが本作品のテーマだ。大きなテーマに正面から向かった作品。ちょっと前に「ロシア文学の教室」という日本人によるロシア文学の入門書を読んだが、それとは大違いだ。後者は、現代の混迷を反映して、どうもわけのわからない議論が展開されていた記憶がある。
さて、永遠の課題とは何だろうか。どう生きるべきか、何が生きる上で大切なのか、単純な回答を拒絶するこれらの質問がいつも逃げや偽善を許さない極限状況の中で突きつけらるのが、ロシアの現実だ。
まず議論は、「インテリゲンチャ」という言葉の説明から始められる。この言葉は、日本語のインテリとは異なり、独特の意味合いをロシアの風土の中では持つ。特異な功利主義に毒され、既存の体制を否定し、革命というテロと暴力によりその体制の転覆と破壊をはかり、ユートピア的な社会を夢見る先鋭分子、これがインテリゲンチャと定義されるのだ。このような考え方を代表するのが、本書で「certaintists」と称される連中だ。確信主義者とでも訳すべきだろうか。チェルネイシェフスキーやレーニンがその代表格だ。
これに対峙されるのが、ドストエフスキー、トルストイ、ツルゲーネフ、チェーホフ、ソルジェニーツィンに代表されるロシアのリアリズム小説の作家たちだ。ロシア文学とはつまるところ、ロシアの伝統に根付くこれらのcertaintistsへの反論、反駁といってもいいのかもしれない。
リアリズムの作家たちは、つまるところcertaintistsのニヒリスティックな独善と硬直性を排して、対話と懐疑をベースとしている。人生の難問への安易な回答ではなく、難問自体のさらなる理解を目的とする散文的(prosaic)なアプローチに特徴づけられる。これが、上記の作家たちの様々な作品の解読をとおして説明されている。
著者により、本書でも高く評価されるのがチェーホフだ。「もしこの作品にヒーローなるものが存在するならば、それはチェーホフだ。」とまで言い切っているほど(394ページ)。チェーホフの短編はそれなりに読んだが、どうも読みが甘かったかな。本書の論点をベースにもう一度読み直したほうがいいかも。
最後に気になったのは、本書は表向きはロシア文学をテーマとしているのだが、おそらくsocial justice warriorsが猛威を振るうアメリカの現実に触発された作品であることは間違いない。

