自営業に育った自分は母からよく言われた、
客が沢山来るようでないと商売は繁盛しない、
客商売ではない鉄工所だったのである、
子供のころから今でも頭に納まっている。
現代では人脈の大事さが尊ばれているが
明治生まれの母が言ったことはそのまま
通用しているようだ、有難いことである
今日はいろんな来客があり、ふっと考えた、
皆が寄ってくれる有難さが身にしみた。
商売繁盛には直接繋がらなくても、
活況の基にはなると思うが、さてどうか。
自営業に育った自分は母からよく言われた、
客が沢山来るようでないと商売は繁盛しない、
客商売ではない鉄工所だったのである、
子供のころから今でも頭に納まっている。
現代では人脈の大事さが尊ばれているが
明治生まれの母が言ったことはそのまま
通用しているようだ、有難いことである
今日はいろんな来客があり、ふっと考えた、
皆が寄ってくれる有難さが身にしみた。
商売繁盛には直接繋がらなくても、
活況の基にはなると思うが、さてどうか。
自分の苗字について時々考える、
父親の先祖は長野県であるが上原が多い、
植野原という地名があってその関係かな?
沖縄にも上原がかなり多くて沖縄出身
ですか?と聞かれることがある、
1875年明治政府が平民に苗字を義務付けた、
当時の平民は僧侶や神官に依頼したり、
地名やその地の有名人の名を苗字にしたようだ、
家内の生まれ故郷の村は殆ど同じ名字だ、
日本には多いらしい、それにしても鈴木、高橋は
何故多いのだろうか、辿ると面白いかも。
ある書物を読んでの発想、である。
昨年の紅白歌合戦にトイレの歌が出た、
この曲を初めて聞いたときに昔に戻った。
群馬の安中に疎開をしていたころ
正月の飾り付けに便所も入っていた。
玄関、かまど、風呂場、便所、物置、
などにはお供え餅を飾ったものだ、
日常生活に世話になっている個所に
感謝の気持ちを表したものだと思う、
現代は神様を通じての感謝の気持ちが
無いのではないかと気がついた次第、
トイレの歌で気がつかされて反省している。