知人、社員同士、得意先の人、などが、おはようございます、


失礼します、さようなら、お疲れさま(あまり好きではないが)


等の挨拶を交わすのは清々しく大事であるが、


何か通りいっぺんのような感じがしないでもない。


当たり前だからなのでしょうか。


私は毎朝上野駅で乗り換えて山手線に乗る。


常磐快速を降りるときに折り返し電車のために車内清掃員が


扉の外で待っている、そして降りる客一人一人に、


ありがとうございました、と頭を下げて挨拶をしている。


自然と当方も御苦労さま、と返したくなる。


JR東日本の教育なのか、所属会社の教育なのか、


本人の発想なのかは別にして、実にすがすがしく、


本当の心からの挨拶のような気がする。







お風呂に入らないと一日が終わらない。


ゆっくり入って汗をかくと体がさっぱりして軽くなる。


どうしてこんなに風呂好きなのかと考えた。


戦後疎開していて子供の時に三日に


一度くらいしか風呂に入れなかった、


風呂を沸かす燃料(薪)が無かったからだ。


隣の家の風呂に入れてもらったりもした。


その当時入浴できるのが、


おいしいものでも食べるように嬉しかった。


夏は井戸端で水をかぶり清潔がなんとか保てたが


上州の空っ風が吹く冬は風呂しかない。


十人家族が入るので時間も限られていて侘しかった。


十八歳で東京に戻ったころは


毎日銭湯でとてもよかった。


子供のころの風呂事情のせいで


風呂好きになったのであろう。


風呂のことだけ取り上げても現代は幸せすぎる。


TLM社長ブログ「人間なくして事業は有り得ず、進歩発展は人が編み出すもの。」-タビ
我が家のネコ=タビは家の中での


生活でお母さんべったり。


ドアーを開けろ、もう夕飯の時間、カーテンを開けろ、


おやつをくれ、すべてニャーンであるが


顔の表情で察しがつく。


家族と数人の見慣れた来客以外の者が来ると


フルスピードで二階へ。


玄関のピンポンがなるとピット振り向いて逃げる用意、


長居の客はドアーの隙間や物陰からじっと観察、


お母さんが料理の時は冷蔵庫の上からジッと監視、


人間様が食事の時は自分専用の台の上に


正座して見ている。


夜9時になると誰が何といっても


さっさとお母さんのベットへ・・・。


朝は居間がストーブで温まったころ


すました顔でのこのこ起きてくる。


お母さんが炬燵で新聞を読むとその上に


キョトンと座って顔を見る。


どかそうとするとひっかくように袖に爪を立てる。


時々喧嘩になると鋭い目で


お母さんをにらみ本気でかかってくる。


お母さんが外出ときは玄関で送らない。


帰る頃は二階の窓から道路を


じっと見つめて待っている。


姿が見えると急いで玄関へ、


そして大声でニャンニャン鳴き


俺を一人にして今頃帰って来て!と怒る始末・・・。


私が会社に出かける時は玄関でころころ足を上にして、


いってらっしゃい。


肉、柔らかい魚、骨、には振り向きもしない。


大好物は北海道産鮭の燻製、柔らかい燻製の裂き烏賊


夕食はキャットフードにきゃべつのみじん切りと


鉋で削った鰹節の和えもの。


人間生活に慣れた野生の猫である。