先日昭和36年学卒で入社した会社の同窓会に出席した。


40年以上もたっているのだが顔を合わせると


気分は当時の儘である。


性格はそれぞれが変わるものでもないし、


言葉使いも多少お国訛りの入った


当時のままの話しぶりである、


新入社員で入社式の時は皆学生服であった。


夏のボーナスをもらえる頃になると


洋服屋が会社に来てスーツを勧めやっと


背広姿になった時代である。


吊るしの背広などは売っていないので皆誂えである。


皮靴も同様靴屋で寸法を取り誂えである。


物を大事にすることは皆同じで靴は


減ってくると半張りをして数年はいた。


いろいろなことを思い出し現代と比べては楽しく会話をして


3時間があっとゆうまに過ぎた。


話は尽きないので次会を約して別れたが


皆惜しそうであった、


次は入社した横浜でやることになり


楽しみである。

5坪ばかりの畑を楽しみ始めて一年がたった。


以前は40坪の畑を農家から借りていたが肉体的に


破綻が来てお返ししたのだが今度は楽々と思って始めた。


去年10月にまいておいた葱の苗180本が15センチになり植え替えた。


土は3月の終わりに、昨年秋の落ち葉で作った堆肥と石灰で


弱アルカリの土壌を作っておいた。


農作業は年間を頭に置き半年先、一年先を読んで


準備をせねば良い作品は出来ない。


ただ土に植えればよいのではない。


これらの知識は6歳から18歳まで疎開先で育った時に頭に入ったものだ。


何事もその時その時熱心に覚えたり経験しておくと何時か役に立つ。


今年の冬は大根、ネギ、ほうれん草は全部自給出来た、


買ったものとは味が比べ物にならない、


特にほうれん草は。


旬採は素晴らしい。









60歳を過ぎたころ目がかすみ始め


検眼の結果白内障ですぐ手術、


すっきりはっきりしてもっと早く手術すれば良かったと思った。


歯は50歳の頃から定期検診を実施していて


80歳で20本残るように医師から指導を受けて


歯磨きを丁寧実践していたが今70歳で17本の体たらく。


5年前から左耳が難聴になり始め治療の効果なしで


補聴器使用となった。


人間に入る情報の80%が目から20%が耳から、


と聞いたが全くそうである。


メガネ、補聴器、入れ歯、の補助道具と


これから仲良く付き合ってゆかねばならない。


少々悲しいが仕方無い、


見えたり、聞こえたり、噛めたり出来るのだから


まだ幸せと思はねばいけないかな。