想いの道 ~会長の独り言~ -231ページ目

映画『ホタル』を観て

 1人の男の生き方が、歴史も国境も超えた新しい時代の光になる。

 鹿児島の果てで、激動の時代の傷跡を背負って静かに暮らす夫婦。余命幾ばくもない妻を、力強く支えて生きる男は特攻の生き残りだった。……映画『ホタル』は心に傷を負った2人の出会いと運命を、やさしい眼差しで描き上げる感動巨編である。

 朝日に映える桜島を背に、漁船の上で黙々とカンパチの生簀に餌を撒き続ける男と、その姿を操舵室から見守る女がいた。男の名は山岡秀治、女は妻の知子。腎臓を患い透析を続けている知子のために、山岡は沖合いでの漁をやめ養殖をはじめる。2人を乗せた漁船「とも丸」は、子供がいない夫婦が我が子のように大切にしている船だった。

 昭和20年、第2次世界大戦の末期。鹿児島県知覧町には陸軍の特攻基地がおかれ多くの若者がここから沖縄の空に出撃して行った。高倉健演ずる主人公山岡もその生き残り。田中裕子演ずる妻知子のかっての婚約者金山は山岡の上司で韓国籍。本名はキムソンジュ。整備不良の機体に重い爆弾を積んでの永遠に帰れない片道飛行。しかし山岡のように、役目を果たせず様々な想いを抱えたまま帰ってくる命もあった。そしてそんな命の数々を見つめ続けた人物がいた。山本富子……若者達から“知覧の母”と慕われた女性である。40数年後、山岡は富子からある頼みを受ける。身体の自由が利かなくなった自分に代わって韓国へ行ってほしい……・南の海に散った戦友・金山少尉の遺品を韓国の遺族に渡して欲しい……。山岡は、金山からもう1つ重いものを預かっていた。許婚だった妻知子への最期の言葉……・特攻が特攻に託した伝わるはずのなかったあの日の言葉…・。『俺たちが何も言わんかったら、金山少尉はどこにも居らんかったことになる…・・あの言葉も想いも。何の形もない言葉やけど、遺族の方にそれを伝えに行きたい思うんじゃ』

  時代に流されず、韓国の古き良き伝統を守り続ける美しい村・河回(ハフェ)。金山の生家には一族が山岡夫婦を待っていた。だが、2人にかけられた言葉は決して温かいものではなかった。ソンジェが日本のために特攻で死ぬなんてありえない。なぜソンジェが死んで、日本人のあなたが生き残った?……・遺族達の悲痛な叫びを心で受け止め、偽りのない言葉を、金山の最期の言葉を、あの日歌ったアリランを、彼らの前で甦らせる山岡。金山が遺した小さな財布を受け取る遺族達の頬は、やりきれぬ涙で濡れていた。

 やがて、1人の老女が語り始めた。今は亡きソンジェの母は、皆が日本を憎んでいた時代でも息子の許婚が日本人であることを隠そうともせず、ソンジェが知子を連れて戻ってくるのを心待ちにしていました……・・老女は金山の叔母だった。彼女が山岡と知子にみせたもの、それは若き日の知子が金山と並んで笑う、1枚の古い写真だった。

 『私は本当に幸せやち思うた。あんたと一緒にいきてこられて』 やがて歳月は流れ平成12年夏。錦江湾を臨む海岸に、永年苦楽を共にした愛船『とも丸』が紅蓮の炎に包まれてゆくのを、独り見つめる山岡の姿があった。

 語り尽くせぬ想い、原稿を書きながら字幕が涙でかすんで見えなくなった。皆さんにも是非映画館に足を運んで欲しい。