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「エルミタージュ」とはフランス語の「隠れ家」を


意味するとの事・・・随分華やかな隠れ家だこと・・・


世界有数の美術品が300万点以上、更に


広大な面積を有す豪華絢爛な建造物と調度品。


もともと皇帝の住まいだった「エルミタージュ」は


収蔵品が増えるにつれ、建物も増やしていったようです。


今、美術館として国が管理するようになり、沢山の


世界中の観光客を魅了しています。



撮影した一部を並べてみました。



lladroさんのブログ-ピョートル大帝の間

        ピョートル大帝の間



lladroさんのブログ-紋章の間

             紋章の間



lladroさんのブログ-ラファエロの回廊

         ラファエロの回廊



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     シャンデリアは紫水晶


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    黄金の客間とその調度品



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    ギリシャ・ローマの彫刻類


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            数々の名画


lladroさんのブログ-レプリカ

宝石で作ったモザイクの床は保護のため柵が張られ、


その隣にレプリカが展示してあります。


 

“だんだん、ガイドブックのようになってきました(*゚ー゚)ゞ”





現在の「エルミタージュ」は5つの建物からなっていて


18世紀半ばから19世紀にかけて約100年も


かかって完成されたものだそうです。


小エルミタージュ ・ 旧エルミタージュ ・ 


新エルミタージュ ・ エルミタージュ劇場 ・


そして冬宮

 (現在エルミタージュ美術館と呼ばれている建物です)


其々は廊下で結ばれていて部屋の総数はおよそ1050、


階段は120、総面積はなんと4万6千平方メートルとか。


その中の、1階から3階までの限られた場所にしか


観光客は入れません。


コートも大きめバックも、大きなカメラもみんなクロークに


預けそれから靴にカバーを掛けて、ようやく見学開始です。



先ずは大理石でできた「大使の階段」から・・・


触っても良いのは“手すり”だけ。


lladroさんのブログ-大使の階段2


そうそうビクトリアが、ここでのガイド認可証を大切そうに、


首にかけていたのが印象的でした。


出入り口は、まるで朝の通勤ラッシュ時の駅のよう。


上背のある真っ赤なセーターを着たビクトリアはとても


目立って、私達は安心して付いて行けました。


また、上手く団体さんをかわして、効率よくお目当ての


物が見られるように順路を工夫してくれます。



lladroさんのブログ-ビクトリア

「バヴィリオンの間」でのビクトリア。


一番見応えのある2階です。


                 つづく

サンクトとは、ラテン語の「聖人」、


ぺテルとは、キリスト教の使徒「ペテロ」、


        あるいはギリシャ語の「石」


ブルグは、ドイツ語やオランダ語で「町」を意味する。


とガイドブックに書いてありました。


~サンクト・ぺテルブルグ~ ここは、


ピョートル大帝が1703年にロシア近代化をめざして


街の建設を開始し、1712年に遷都してから1918年


までロシアの首都として、世界に冠たる文学やバレエ


などの歴史や芸術が今に息づく幻想都市。


と、ガイドブックに書いてありました。


しかしここまで、幾多の人的犠牲を伴って来たのでしょう。


世界の歴史に触れる時、それは忘れてはならない現実


として受け止めなければなりません。


今、モスクワが「母なる街」と呼ばれるなら、


サンクト・ぺテルブルグは「幻想都市」。


2都共に、街中が世界遺産のようでした。


少し堅くなってしまいましたね。



雨のぺテルブルグ・・・天候が目まぐるしく変わる町なので


傘は手放せないのだそうです。


初日、雨上がりの早朝、少し郊外のエカテリーナ宮殿へ


連れて行ってもらいました。


lladroさんのブログ-エカテリーナ


そう、ここは2003年に復元された「琥珀の間」がある処、


lladroさんのブログ-琥珀の間


この部屋は撮影禁止だったので、隣の部屋からこっそり

写しました。 


その他にも黄金の輝く大広間「玉座の間」など、


lladroさんのブログ-黄金の間

眼を奪われんばかりの、ロシア・バロック朝の華麗な宮殿。


また、アリューシャン諸島に漂着した大黒谷光太夫が、


1791年、ここでエカテリーナ2世に謁見した宮殿でも


あるそうです。



明日はいよいよ、エルミタージュ。


lladroさんのブログ-エルミタージュ


今日は「ネバ川」越しに反対側から、建物だけを確認。



寝台特急は予定通り、23時40分にモスクワの


レニングラード駅を出発しました。


出発すると直ぐに夫は窓のブラインドを全部


開けてしまいました。


所々にあった外灯がなくなると、列車の明かりに


照らしだされるのは線路脇の木立のみ。


部屋の明かりを消して「イソップ物語の森」にしばし


見とれていましたが時間が時間です、早く休みましょと


ベッドの準備をはじめました。


もちろん下の120㎝幅のベッドには身体の大きな夫、


私は上のつもり・・・ところが、ところが・・・


上に上る階段がないのです。


そんなはずはないわ、とあちらこちら探しましたが


どうしても見つかりません。


階段がなければ私はどんなに頑張っても登れません。


「クルーを呼びましょうか?」というと、夫は「いいよ、

僕が上で寝るから」と、テーブルを踏み台にしてさっさと、


登ってしまいました。


「大丈夫ですか?落ちないでくださいね、降りる時は声を


かけてください!」 「ウン」



おかげ様で私はゆったりぐっすり(@ ̄ρ ̄@)zzzz


寝具が思いの外フカフカだったし・・・



夫はさすがに上段の狭いベッドではよく眠れなかった


ようです。スミマセンm(_ _ )m


朝7時、コーヒーとクレープと卵とフルーツが届きます。


踏み台代わりにしていたテーブルに急いでクロスを掛けて


元通りにセッティングし直し、昨夜からの様々なカルチャー


ショック?を思い出しながら朝食をいただいたのです。




8時35分、サンクトぺテルブルグは雨が降っていました。


真っ赤なハーフコートを着た“ビクトリア”が傘をさして


私たちを待っていてくれました。


そう、ここのモスクワ駅にもホームに屋根がないのです。

サンクトペテルブルグ(現地の人はペテルブルグと約して呼びます)行、


23時40分発の夜行列車、私たちは先頭の1号車です。


16両編成の最後尾にある駅舎の明かりもかすむ程ながーい列車。


発車の30分前にならないと乗車はできません。

lladroさんのブログ-夜行列車

と、左端に僅かに見える隣のホームに列車が入ってきました。


さすがにこんな時間なので、乗客はまばらです。


そして、列車が止まりドアが開き・・・


なんと降りてきた乗客のうち20人くらいの若者が、ばらばらと駅舎と


反対方向に走り始め、ホームの端まで来ると次々に線路へ飛び降り、


そのまま闇へ消えて行ったのです。



状況が理解できずにポカンと見とれていたら、


ターニャが哀しそうに教えてくれました。


「まだこの国は貧しいのです。今のは労働者階級の人で無賃乗車でしょう。


本当はいけないのですが、駅員も見て見ぬふりをしているのですよ。」


ハンチングをかぶって、細身のズボンにジャンパー姿で走り去った若者達。


別のホームからは何事も無かったかのように汽笛を鳴らして黒い“機関車”が


出ていきます。


薄暗い視界の中は、まるで古いモノクロ映画のワンシーンのよう。


あれは現実だったの? 


思い出す度に何とも言えない気持ちになる、情景でした。


サンプトぺテルブルグへ着くのは翌朝8時35分。


ビクトリアというガイドさんが迎えに来てくれることになっています。