あるキリスト者のつぶやき… -80ページ目

サイトのデザインについて考える

あくまでもこれは私のブログである。であるから、私が開設しているWEBサイトはちゃんと別にあるわけだ。いっそのこと自分のサイトにブログを開けばよさそうなものであるが、携帯やiPhoneから記事や写真を投稿できたりとアメブロが便利なので、使い分けている。

今日は建国記念日で休み。家族揃ってスケートにでも行こうかと思っていたのだけれども、長女がバレンタインデーに幼稚園の友達にチョコレートをあげたいということで、チョコレート作りの予定が入ってしまったので、スケートは延期である。いずれにせよ今日は寒いし、雨が降って天気も悪いので、スケートに出掛けるような気分ではないので、ちょうど良い。

我が家の女性たちはチョコ作りに勤しんでいたので、ちょうど手が空いていたので、久しぶりに自分のサイトのデザインでも変えてみようかと思ったのだが…どうもピンとくるものが見つからない。スクラッチから自分でデザインを起こすのも面倒くさいというか、人が言うほどに私にはデザインのセンスがない。(なんかみんな勘違いしているから、困ってしまう。私は好き嫌いで他人のデザインを批評するけど、けして自分にデザインのセンスがあるわけではない。)そんなわけで、今のデザインも人が作ったのを若干手を加えて使わせてもらっている。ちなみに私のサイトはFrogCMSを使っているので、どこかからテーマを探してくればいいのだろうが、いかんせんFrogCMSはマイナーなせいか、テーマがそんなにない。だからWordPressのテーマを改造して使っている。

もうすぐ6時になってしまう。半日探したけど、まだ見つからない。もうちょっと探してみようかな。

プリウスがリコールだって

昨日は暖かなな一日だったが、今日から再び冬の寒さが戻ったようだ。しかも雨が降っている。但し、雨が雪となるほどの寒さではない。これから徐々に暖かくなっていくのだろうか。春はもうしばらく待てばやって来るのだろう。暖かな季節がちょっと待ち遠しい今日この頃である。

さて、最近の話題と言えば、トヨタのプリウスのリコールであろう。日本国内だけでなく欧米でも同様の扱いらしい。私の嫌いなプリウスである。これで街中で見かけることがなくなって、せいせいするかと思いきや、対象になるのは新型らしい。一番多く目にする一世代前のモデルは今後も至る所で見かけるのだろう。残念。ちなみにリコールされるのはプリウスの技術を流用したSAIやレクサスのHSも含まれている。どれも嫌いである。

そんな私だから、もちろんプリウスを弁護するつもりはないが、しかしみんな騒ぎ過ぎだと思う。問題と言ってもABSの効きが当初の想定値より低いというだけのことである。制動距離にして70センチ延びただけで、ABSが作動しないのとはワケが違う。70センチ手前で停まるかどうかの差なんて、さほどないだろう。70センチオーバーランして死ぬほどだったら、おそらく70センチ手前でも死んでいるだろう。7メートルならまだしも、70センチは人の生死を左右するほどのものでもあるまい。そもそもクルマに乗るなら自分のクルマのクセを知るべきで、クルマの特性を考慮して運転するべきだろうし、急ブレーキを掛けなければいけないような運転は避けるべきだ。もちろん相手が突っ込んでくる場合は、やむを得ないが。

そんなことよりも、ハイブリッド車の危険は音が静かなことだろう。そっちのがよほどマズイ。昨夜も地元の駅前の坂道を、音もなく猛スピードで転がり落ちて来るプリウスを目撃したが、ありゃぁ~怖い!音のしないクルマに乗るってどんな感覚だろう…?下り坂をニュートラルで走る感じ?怖過ぎる。

不思議なメールが届いた

今日は朝から暖かだった。久し振りにコートを着ないで出掛けたが、寒い思いはしなかった。仕事の帰りの今は日もすっかり沈んでしまったが、まだ昼間の暖かさが残っているのか、寒くはない。電車の中では、これくらいがちょうど良い。コートをモコモコに着ている人たちを結構見掛けるが、よく耐えているなぁーと関心してしまう。

それはそうと、今日は妙なメールがプライベート用のアドレスに届いた。ぱっと見でも、スパムではなさそうだ。で、送り主はDarrell Wittさんである。もちろん、そんな人は知らない。アメリカにいた頃の知り合いでも、そんな名前の人はいなかった。ちなみに件名は「Hi」で、文面は以下の通りだ。

Moo Cow, Moo cow
Moo cow, moo cow,
How do you do, cow?
Very well, thank you,
Moo, moo, moo.
Two Little Birds Sitting On a Wall
Two little birds
Sitting on a wall,
One called Peter,
One called Paul.
Fly away Peter,
Fly away Paul,
Come back Peter,
Come back Paul.
Ladybird, Ladybird
Ladybird, Ladybird,
Fly away home,
Your house is on fire,
Your children all gone.
This Little Pig
This little pig went to market,
This little pig stayed at home,
This little pig had roast beef,
This little pig had none,
And this little pig went wee, wee, wee,
All the way home.

Moo, moo, moo.
Fly away Peter,
This little pig had none,

どっかで聞いたことのあるフレーズだと思ったら、英語の童謡じゃないか!何でこんなメールが私に届くのだろう?もしやCIAの極秘メッセージ!?まさかぽっぽ総理とオザワの暗殺指令!?なーんて勝手に妄想してみるけど、送信元ドメインを調べてみると、中国人にインスピレーショナルな歌詞を伝える団体らしい。果たして童謡がインスピレーショナルなのかどうか怪しいものだ…。それ以前に私は日本人だし(笑)

先が読めぬもまた良し

一昨日、CATVでフランシス・F・コッポラ監督の「地獄の黙示録」をやっていたので、途中からであったが観てしまった。今までにも何度か観た事があったので、あらすじは知っていた。にも関わらず、また観てしまった。とは言っても、この映画が好きな訳ではない。有名な作品だからと言う訳でもない。それでもまた観てしまった。それも最後まで。途中で何度かテレビを消そうかとも思ったのだが、とうとう眠い目を擦りつつエンドクレジットが始まるところまで観てしまった。

何でそんな思いをしてまで、観てしまったのだろうか?それは何遍観ても、この映画が理解出来ないからだ。もちろん大雑把な筋書なら分かるが、物語の「何故、どうして、だから何」が分からないのだ。今度こそ分かるかもしれない…そう思って観て観たのだが、やはり今回も理解出来なかった。これが名作と言われている理由が私には分からない。

さて、映画には半分を観るまでに大体の流れが分かり結末が予想出来てしまう作品と、最後の最後まで結末が読めない作品とがある。最近観た映画では、前者が「アバター」、後者が「氷の微笑」である。

どちらも映画として楽しめる事に違いはないが、物語として深みを持っているのは、やはり先の読めない作品であろう。

これは映画に限らず様々なことに言えるのかもしれない。小説だって同じ事が言えるだろう。いつか物書きとして独立したい私である。先の読めない作品を書いてみるのもいいかもしれない。かく言う私の人生も先が読めない。これもまた良きかな。

聖餐式とは

聖餐式というものがある。さほど多くないキリスト教の「儀式」というか「式典」というか、そういった物の中では、毎月やることなので、一番身近に思えるものである。もちろん、アメリカの教会でもやることだし、日本の教会でもやることである。教団だの教派だの関係なく、私が今までに通ったことのある教会のいずれでも体験したことがある。

聖餐式とは、キリストの体の象徴であるパンと、キリストの血の象徴である「ぶどう酒」を口にして、キリストの死(=十字架での罪の贖い)を再認識することにある。ちなみにパンとぶどう酒であるが、これについての明確な基準、つまりこれでなければいけないという決まりはない。それぞれの教会が自主的に判断しているところだ。ちなみに「ぶどう酒」とは言っているが、実際には私が参加したことのある聖餐式ではすべてぶどうジュースであった。おそらく聖餐式を受ける信仰者のうちには未成年もいるだろうし、飲酒運転の危険性とかもあるだろうし、アルコール依存症からの回復中の方々を慮ってのことでもあるのだろう。あくまでも象徴であるのだから、同じ原料から作られているぶどうジュースでも問題はないはずだ。ちなみにパンについても、アメリカではクラッカーだったし、日本ではクラッカーもあれば食パンもあるという具合で、結構違いはある。キリストの時代には種無しパンが主だったことを考えると、クラッカーの方がオリジナルに近いのかもしれない。ちなみに雑学までに、何事も合理的なアメリカでは、クラッカーとぶどうジュースがパッケージ化された商品も売られていた。おそらく野外礼拝とかで使うのだろうか。ついでに言うと、私の今までの経験から言うと、アメリカではぶどうジュースのカップは使い捨てのプラスチック容器で、日本ではガラス製の洗って使いまわすタイプというのが多いようだ。知らない人は勘違いするといけないから言っておくが、パンもぶどうジュースも一口未満程度である。がっつり食べることを期待してはならないし、おいしいものを期待するのも場違いである。

ところで、アメリカにいる頃の話だが、牧師先生の話を聞きながら眠っていはいけないとガムを噛んでいたんだが、そのうち聖餐式が始まってしまったことがある。捨てればよかったのだろうが、そんな時に限って、包み紙が見つからなかったりで捨てることができない。しばらくしたら、クラッカーが配られたので、なるようになれと思って口に入れてガムと一緒に噛むしかなかった。どうにもガムにクラッカーの破片がこびりついてヘンな感触である。ざらざらしたガムを噛んでいるような感覚。他にどうすることもできないので噛み続けていると、あら不思議!なんか口の中のガム+クラッカーが小さくなってくるじゃないですか!もうちょっと噛んでいると…まるで手品。口の中が空っぽに!もちろん飲み込んだわけじゃないですよ。あれはちょっとした大発見でした。でも、その後は聖餐式の時には、ガムを口にいれたままにしないようになったね。

あぁ、またロクでもない話で、字数を使っちまった。