やえぴっちょぶ様作の【
こちら】のお話のつづきを書かせて頂いております。
やさしいうたが空気をふるわせていた、それはとてもとても、うつくしく、
みにくく
―― 、或いはその腐り落ちるさまを
があんという轟音。鮮血、異臭。思考の停止、視界から得た情報を脳が拒絶しようとする。青色が消えて、かわりに赤色の流体が白い廊下を彩る。一瞬何が起きたのか解らず、ダビデはただ立ちすくんでいた。否、解っていたのだ、彼が何をしようとしていたのか。だが己の鼻に自信が持てなくなったそれが逡巡してしまったせいで、動作が遅くなってしまったのだ。その異臭が自分の嫌いな、吐き気を催す鉄の匂いだと気付いた時には、デルシオネは目の前で息を引き取ろうとしていた。悪臭に脳の回転が阻害されうまく言葉にならず震えた口をぱくぱくと動かすのが精一杯であった、それを動かしたのは、以前起こった「最も見たくなかった光景」、ばらばらになった最愛の女の姿だった。彼女の切り離された頭部が綺麗で、笑っていた、そんな映像がフラッシュバックして漸く、
「エマ!」
叫んだ。急に呼ばれて驚いたのか、先程走って来たばかりのエマがびくりと身を震わせる。なにごとかと驚くエマに、ダビデは続けて叫ぶ。しっかりしろと己を叱咤するように、まだ彼は生きていると己に言い聞かせるように。
「デルシオネを【生かせ】!」
エマは何が起こったのか一瞬状況を理解できず、デルシオネを見やり、慌ててSìとだけ答え、電話をかけはじめた。病院に連れて行け、や、治療できる場所へ、などという言葉さえ浮かばなかった。ダビデにはただ彼を生かしたかったという意識しかなかったのだ。デルシオネは「ダビデ」というひとをささえてくれた人間のひとりである。彼が死ぬということはまたダビデを形成していたものがなくなるということ、つまり【ダビデ】の新たな死を表していた。本当は他人の死が怖いのではなく、彼自身の精神が壊れていくのが怖いだけだと、それ自身気付いていた。それを綺麗事にしたくて、「ひとが死ぬのが怖い」という括りで纏めてしまっている事に、当の本人はまだ気付いていないのだ。
「…サン、テメェも行け。」
すうと呼吸を整えて後、サングイノーゾに話しかける。何故かと訊ねるような視線をダビデに向ける、見開かれた瞳は青々と輝いていた。幼い頃のあの青とおんなじ、空の色。それを、片方しかなくなった海色が睨む。アイパッチのついていない潰れた右目が、その光景を一層気味の悪いものとした。
「元よりテメェの知り合い、…親しい間柄だったんじゃねェの。【家族】は大事にしろよ。」
すこし、ほんのすこしだけだが、彼が【家族】という単語を口にしたとき。サングイノーゾにはダビデの海色の瞳が笑ったような気がした。実際彼は笑うつもりだった、それは家族というものをよく知らないダビデにとっての羨望の意であり、ファミリーという疑似家族内で暮らすダビデにはとても大事なものでもあったのだ。だが【ハイド】が笑うなと咎める、不幸になれと咎める。脳裏にそれが過り、口角こそあげられなかったものの、語調はとてもやさしく、己らしからぬとダビデ自身も思う程であった。
「ここはどうするの~?…流石に残り人数で攻めるの、難しくない?」
サングイノーゾが不安そうに呟く。切りそろえられてはいるが歪なかたち、例えるなら凹凸の激しい坂道のような前髪がすうと揺れる。ああこれは後で整えてやる必要があるなと思えるような思考の余裕さえ生まれたダビデが、いつもの投げやりな口調で「気にするな」と返す。そして腰のホルスターから愛銃、AMTハードボーラー・ロングスライドを更に改造した拳銃、クロスハウンドを両手に持つ。グリップ部に彼女の骨を埋めてあるそれをきつく握りしめ、顔の前で銃身どうしを合わせるように持ち、目を閉じる。それはまるで、Ninaに彼等の無事を祈るように。数秒の後、気合を入れるように一気に息を吐き出し、顔を上げ、
「俺とキースだけで充分だ」
がちゃんと銃身を下げ、仁王立ち、天井を仰ぎ見る。ダビデが真剣に戦闘を行う時は、この一連の動作を儀式のように行うのだ。誰に祈るでもなし、それはただの習慣だったのだが、今のダビデにはカミサマが居るのなら彼を助けてくれと祈っていたようだ。その証拠に、儀式の後、未練を残すようにデルシオネを見つめていたのである。ダビデに自覚はないのだろうが、サングイノーゾが見たそれは、
![$あたしの海にさよならを-sasie_davide_01](https://stat.ameba.jp/user_images/20130410/04/lintyan0107/60/0c/p/o0500070712495020876.png?caw=800)
今にも泣きそうな表情で、
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「なあキース。誰にも死んで欲しくねェ…なんて、甘いかな」
サングイノーゾとエマ、そしてデルシオネと別れて後、両手を拡げてクロスハウンズの硝煙を撒き散らしつつぼそりと呟く。その声はとてもとても小さくて、轟く銃声に掻き消されそうになっていた。拳銃を片手に構えて発砲しつつキースが答える。
「…お前がそう思いたいのなら、それでいいんじゃないのか」
発砲の反動なんて感じさせない程精密に的確に二方向から現れる的を射つつ、ダビデが聞こえてたのかと返す。それには返事をせず、ダビデの背後を撃とうとした男の頭蓋に鉛を叩き込む。ダビデもそれには深く追求せず、まるで己の力を誇示するように、煙草を吸う余裕さえ見せて堂々と歩いて先を急ぐ。白熱灯の淡く暖かな色を映した白塗りの壁と床に、その靴音とクロスハウンズの独特の銃声が反響する。まるで勝者の凱旋、圧倒的な力の差がそこにはあった。それほどにこのダビデという男は異常な身体能力を持つのだ。視力こそ片方潰れているものの、異常な聴力と異常な嗅覚でその危険を察知しているのだ。敵陣はそれを知らないのだろう、壁に隠れ、ダビデの背後から奇襲を行おうと同胞に合図を送っていた。だがその身振りや僅かな靴音さえ聞き逃さないその異常な聴力がそれを察知できない筈がなく、すうとキースに目配せをする。意味を理解したのか、キースが振り返り体勢を低くして疾駆、銃もきちりと構える事無く的確に全員を撃ち抜く。すぐさまダビデのもとへ戻り、周囲を警戒する。その表情は、ふたりとも無表情で、無慈悲であった。ただ二人の行動の差といえば、キースは的確に相手を殺し、ダビデは的確に腕や足を狙い動きを封じていた事くらいだろう。
「俺はもしかしたら、テメェ等を裏切る事になるかも知れねェ」
急にダビデが切り出した。何事かと思い、銃を構えつつ、ダビデのほうに顔を向ける。ダビデの表情は自分の位置からは見えなかった、自分の肩越しに柔らかく細い金色の長い髪がゆらめく。金粉を鏤めたかのように、白熱灯の色をを反射してきらきらと瞬く。もとより美しいその色は情調を漂わせ一層と彼を妖しく彩る。ボディスーツに浮き立つ筋肉が無駄なものではない事をを裏付けるように、その動きには無駄がなく機械的、それでいてやわらかな動きであるせいか優美ささえ漂わせる。成程、彼がひとを惹き付ける理由がそこにはあった。優雅でいて汚らしく、美しくあり醜い、加えて淫靡であり清楚な容姿を持ち合わせ、そしてやさしくあり根本は己の事しか考えない、そんな印象を持たせる。その相反するものどうしが顕著に露出したそれに羨望を抱く者は少なくない。麻薬、彼を例えるのであればそれであろう。だからそれを失う事を周囲は畏れ、周囲は彼を囲おうとするのだ。そうして囲われたそれは外部に触れるとひとよりも腐るのが早く、ぼろぼろと砕け散り易い。昔の彼はそれを受け入れてきたと言うのに、今の本人は自分が腐れ落ちるのを知ってか知らずか、囲いの外を欲しがるのだ。だからこんな馬鹿げた事を言ってみせるのだろうとキースは思う。急に何を、キースの言葉を遮るように、否、返答ができないと察して有無を言わせぬように、ダビデが語りかける。己の覚悟を彼に話す。
「もしそうなったら。キース、頼んでも良いか」
続く言葉は、「ソルジャーの皆を頼む」、や、「RCの事を任せる」、といったような事を想像するのが普通である。だから、
「その時は俺を撃て」
幼い頃より傍に居た親友を撃て、というその言葉には流石に己の耳を疑った。
「…俺に、お前を殺せと言っているのか。お前は自分の立場を解っているのか?」
「おい勘違いするなよ、別に撃ち殺せとは言ってねェ。撃つだけだよ。殺してくれるンならそれでも構いやしねェけどな」
慌てたように訂正し、冗談を交えてすこしだけ茶化してみせた。それでも内容の根本は変わってはいない。急だな、とキースが呟く。すると声色を変えて、それはぼそりと低く、嗄れた声で言葉を紡ぐ。だいぶんと静かになったその廊下に、そのうたが響き渡る。うたうように、踊るように、それは美しく艶かしく言葉を吐く。
「…多分、サンじゃ俺を撃てねェよ。エマなんて以ての外だ。…もう、キースしか居ねェだろ。」
幼い頃に見た彼は、まるで雌のように艶かしく厭らしい仕草で周囲を惑わした。今でもその癖は変わっておらず、指先と手首の動きがとても滑らかで緩やかに、かといって女性らしいとも言い難いような絶妙の動きでキースのほうを指差す。器用に拳銃と煙草を持った右手が自分のほうを向いた瞬間、ああこのひとはもう変わってしまったのだと、キースは気付く。推測であるが、このひとは今不安定なのだろう、自分が定まらない事が怖くて死に急いでいるのだと、彼の声色で感じ取った。そのひとはそんな思いを詰め込んだようにキースに言うのだ、そう、
「どうか、頼むよ」
今にも泣きそうな声で、
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数日後、病院にサウル=B=インノチェンティが訪問した。「失望」なんて名前を使う訳にもいかず偽名で誤摩化していたため、それの病室を探すのに「彼の護衛が」少々苦労したのだそうだ。彼自身はその苦労なぞ知らぬというように、人の良さそうな笑顔を振り撒いて、それ――「delusione」の病室へと赴いた。杖を傍らに置き、デルシオネの傍に座る。
「おやおや、可哀想に。こんなに酷い目に遭って。」
無感情、寧ろ笑うように彼に向けて言う。デルシオネは眠っていた、余談を赦さない状況らしいとのことである。背後でロキシスが周囲を警戒する。彼は一応「要注意人物」のひとりなのだ、こんなところで警察様や敵対する組織と出くわすような事があってはならない。
「こんなに大怪我を負って…痛かっただろう?」
紳士的、彼の本質を知らない人から見ればそう見える、だがそう見せているだけで、腹の中はどす黒いもので染め上げられ、それを快楽とするような男なのだ。好々爺の外見とは真逆の思考を持つ、故にその男に騙される人間も多い、目の前で倒れている彼もまた、騙された人間のひとりなのだろうと、ロキシスは憐れみさえ覚える。だが無口な彼はそんな事を一切口に出さない。
「…こんな状況、君は、美しくないとは思わないかね」
たくさんの医療器具で囲まれ、幾本ものチューブに繋がれたデルシオネにやさしく語りかける。考えている事と言っている事が一致しない男だ、この光景でさえも「美しい」と思っているに違いない、周囲を警戒しつつロキシスは思う。ふと時計を見る。そろそろ時間だ。ロキシスがサウルを促す。仕方なしとサウルが首を振り、名残惜しそうにデルシオネに別れを告げる。
「私にはどうやら君が居ないとどうも調子が狂って了(しま)うようだ、どうか、私の声が聞こえているのならば。…生きて欲しい」
そう耳元で呟いて、病室の戸の前に凭れるロキシスに視線を送る。それを合図にこくりと頷いて戸を開け、主人を先に通そうとした。サウルは戸をくぐろうとして、ふと立ち止まる。そしてひとこと、彼に呪いをかけるのだ。
「私を、失望させないでおくれ、我が愛しの【息子】よ」
病室に静寂が戻っていく。聞こえるのは、「彼」の細い息づかいだけであった。
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車内でパイプを嗜む。ダンヒルの香が車内に充満する。口内でそれを味わい吐き出すさまは紳士そのものであるのだが、話す内容がとても気味の悪いものであった。
「あれが居ないと情報管理が儘ならないだろうからね、すこしだけ励ましてきてあげたよ。なに、あれは耳が良いから聞こえていただろう。…まあ、他に代替品がいないから仕方なし、という事だ。他の子が使えるようならそれでもいいのだけれどもね。今の所誰もろくに動けていない所を見ると、どうやらこのままだと本格的に機能しなくなりそうで困って了うな。あれもあれで自分ひとりでやりすぎだとは思わないかね。代替品が必要な時もあるというのに、交替をつくる準備もせぬまま戦地になぞ赴いて、それこそ滑稽だ、無駄だ、とても無駄だ。ああだがとても愉しいよ、あれがまさか自ら殺されに行くなんてとても愉しいじゃあないか!そして私はこの状況をとても悲しみ、正当な理由で報復の砲撃をあげる事ができるというもの!ああ、面白い!これは戦争の幕開けとなるのだろうか!…いいやまだだ、もっと、もっと大きな火種が欲しい…ああそうだ、あれを焚き付けてみようか?それもまた一興!…否、準備が足りない。圧倒的武力でな時伏せるためにももっと戦力を確保しておきたい。さてどうしようか、素晴らしい暇つぶしができたようだ!」
べらべらと喧しく、最後のほうは少々興奮気味に捲し立てる。聞いていると思考が暗くなるような内容の癖に彼はとても爽やかに笑っていた。まるでこの危機的な状況を心底楽しんでいるかのように、にこにこと笑顔を振り撒きながらこの老害は黒いものを吐き出す。こいつはこういう下衆なのだ、ロキシスも解ってはいたが、その思考を耳に入れるだけで吐き気を覚える。
「…いずれにしろ、あれは重要な駒だ、せめてもうすこし活躍して貰わねばな。」
ぼそりと呟く。このような男にもすこしは感情があるのだろうか。そんな事を運転しながら考える。信号機が止まるように促し、慌ててブレーキを踏む。
「…私には子供が居てね、」
急に、あまりにも急に彼自身の話をし始めたのでロキシスはガラにも泣く戸惑ってしまう。
「顔も見ないうちに、私の子を身籠った女性を別の男に取られてしまった。だからだろうか、私はあのくらいの子供を見ると、どうしても愛着を持てずにはいられないのだよ。」
信号が変わり、進めと促す。だがその突発的な暴露に、ロキシスはアクセルが踏めずにいた。
「…信号が変わっているよ、進みなさい。」
そう言われて漸く身体の自由が利いた。ぶろろろ、と高級車が走り出す。誰にも聞こえないように、サウル老がぼそりと呟いた。
「あの時、彼女を止められていたのならば、私の運命も変わっていたのかも知れないね。」
車のエンジン音が空気を震わせ、そのうたを飲み込んで了っていた。
――鳴き喚くさまを、或いはその腐り落ちるさまを
ふたりのインノチェンティは、おなじいろの瞳をもっていた。
それは氷のような、突き刺すような冷酷な瞳のいろであった。
その氷の瞳の奥底には、こどもの姿が宿っていた。
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前半はデル君を助けたいお話と、キース君へのお願い、あとダビデさんがイケメン設定である事を忘れかけてたので表現したかっただけのお話で、後半はインノチェンティにもテンションあがる事があるんだよって話。←しょっぺえ
ちょっとだけインノチェンティの昔のお話を出しましたが、多分インノチェンティの過去話は出すことはないんじゃないかなーって思ってる…インノチェンティが死なない限り←←←←
…あ、あとね。あの。絵の前の文でダビデさんが銃を抜いたのにホルスターにしまいっぱなしだったのはあれです、雰囲気でスルーしてくだsそんなわけですみませんでした!^q^
お借りしました:
・やえ様宅のサン君デル君
・かげさん宅のキース君
・狼様宅のエマちゃん
・藤丸様宅のロキシスさん
・お名前だけですがざくろ様宅のハイドん