これまでの父の肝臓がんの話
ところが亡くなる2日前の金曜日。
母と病院につくと、ベッドを起こしてしゃきっと上体を起こして座り、これまで入れ歯をはずしていたこともあってか、ふにゃふにゃしゃべって、何いってるか聞き取れなかったのに、この日は話し方もしっかりして、顔つきまでそれはそれは穏やかになった父がいた。
さらにはお風呂にまで入れてもらって、すこぶる気分がいいというではないか。
そしてあたしが食べていたピーナツのスナックも食べたいと言って、手をだしてくるではないか。
入院してからは一切食べ物を口にはしていない父。
点滴のみで生き永らえ、お腹もすかないと言ってたのに。
もちろん絶食だったので父にはそれは無理だというと、大丈夫だと言ってきかない。
2,3回、くれだのダメだのを繰り替えしたのち、もういいと拗ねてしまった。
ただ水分は可だった。
医者曰く、点滴のみでも1か月は生きるとのとこ。
あたしも母も心底びっくりした。
一体これは何が起こったのか??
今までの悲壮感ただよう、誰が見てももう長くはないだろうというあの父は一体なんだったのか?
これはあのやつれきった父と同じ父なのか??
もしかしてこのまま快方に向かうんだろうか?
淡い期待が二人の胸に沸いた。
そんな淡い期待をかき消すかのように、娘がラインをよこす。
死ぬ直前、『中治り』といって、もう末期の病人が急に元気になって、ご飯食べたり歩いたりすることがあると。
ネットで検索したらしい。
なのでそれを目の当たりにした家族はみんな、このまま回復するのではないかと期待をするそう。
ところがそのことを知ってる医者や看護師は、それを見るともうその患者さんが長くないとわかるそう。
次の日、もしくは2、3日中に亡くなると。
まさにそれ?
読めば読むほどそうとしか思えない。
信じたくない。
『中治り』って?
自分でも調べる。
どうやら人間の肉体は、その人の意思とは無関係に肉体が滅びることを認識すると、滅びたくない細胞の必死の抵抗があり、その細胞の滅びまいとするエナジーが一気に放出され、一時的にその人が元気になったかのような状態になるのだとか。
これはまさにろうそくが消える前の最後の灯のよう。
わかってはいても、なぜか元気な父を見て、明日はもっと元気になったりしてと母と安心して病院を離れる。
そして亡くなる前日。
病室に行くと、昨日とは打って変わってはぁはぁしている父。
あまりにも口が乾燥して、唇も舌も皮がむけてるので、水を含ませてやりたい。
父に聞くと、水が欲しいという。
横のみで少し水を口に流し込んでやる。
”うんまいなぁ” 消え入りそうな声で弱々しく呟く父。
ものすごく嬉しそうな顔をした父。
するとほどなくして看護師さんがやってきて、水もやっちゃいけないと。
痰がすごいので、うまく呑み込めないし誤飲したら大変なことになるからと。
そんなこと、先に言ってよ、知らなかった。
即、チューブで痰を吸い上げる。
喉の奥深くまでチューブを入れられた父は、痛みであーうーっと大声を出した。
首を左右に振って、そのチューブから逃れたいのに、それすらもできる体力など残ってはいなかったようだった。
あたしはもうどれだけ涙をこらえただろう。
ここまでの間に、もっと生き永らえて欲しいという思いと、これ以上苦しむくらいなら、早く楽にしてあげたいという思いが交互に押し寄せていた。
父の意識は朦朧としており、まるであの世とこの世を行ったり来たりしているかのようだった。
それでも呼びかけると目を開けて反応はした。
この日、母はこのまま父の側で泊まろうかと思ったらしいが、看護師さんに聞いても危なくなったら連絡するからと言われ一旦帰宅。
そしてこの日の夜半。
病院から母の携帯へ電話。
脈がだいぶ落ちてるので、今から血圧があがるよう処置します。これで持ちこたえるかどうか。というものだった。
けれども決して危ないですとは言わない。
あたしと母は病院へ向かった。
病室はナースセンター横の個室に変わっていた。
相変わらず呼吸ははぁはぁしている。
呼びかけても目は閉じられたまま、もう反応はしない。
母を残して、あたしは帰宅。
しかし夜中の病院って怖い。
病室は5階だったので、エレベーターで1階まで下りて、受け付けの前通って、、ってその過程のどれもが怖い。
自分の足音だけが深夜のロビーに響いて心臓止まりそう。
そして翌朝26日の日曜日。
母から電話。
もうだいぶ血圧が下がってるので、今のうちに呼べるご家族は呼んでくださいと言われたとのこと。
病院に着くと、母とすでに次男が来ており、次にあたしの娘たち(二人いる)がやってきて、最後に長男の娘がやってきた。
はぁはぁしてるけど、本人の意識はもうないので苦しくはないとのこと。
脈拍はもう20ほどだった。
そのうちその呼吸の感覚がだんだん長くなっていった。
一瞬、止まった?と思うとまた一呼吸。
誰もが長い息をかたずをのんで見守っていた。
それもその呼吸の一つだと誰もが思った。
けれどもいつまでたっても次の呼吸が戻らない。
病室のドアが開いて、ナースセンターでモニタリングしていた看護師が、もう機械では計れないほど血圧が低下したことを告げる。
あたしは思わずさっきまで脈打っていた父の首筋にそっと指をあてた。
脈拍が伝わってこない。
医師がやってきて、一連の確認をし、父の臨終を告げた。
看護師が、今はまだ皆さんの声が聞こえますので精一杯声をかけてあげてくださいと。
みんな一斉に涙を流して、父を呼んだ。
お父さん、ご苦労様やったね。
これで楽になったね。
今までありがとう。
みんなに看取られた父の顔は、一切の苦しみも感じられないものでした。
享年75歳。
そこそこ満足のいく人生を送れたのだろうか?ねぇお父さん?