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地震 26 自己犠牲

「これぞ日本人」中国人20人を救出した佐藤充さん
 いざという時こそ、人の真価が問われる。11日に発生した東日本大地震で、自らの命を顧みることなく、中..........≪続きを読む≫


自己犠牲…。

ひとつの命が救ったのは、20人の命と、彼らがこのさき生み出すであろうたくさんの命だ。

同じ日本人として、尊敬します。

地震 25

3月21日(月) 夜

stay strong and keep thinking positive.

カナダに住む友達とskypeでチャット。彼女が言った。
「強く、そしてポジティブに」
(ザックリとした訳だけど。ちゃんと文字通り考えるなら、【強くあれ、そして、前向きな思考を保て】……まあ短くても長くても、意味は同じ)

仙台空港に、オーストラリア空軍の飛行機(って飛行機と違うか。輸送機?)が着陸した映像を見た。食料を運んできてくれた模様。
今も、たくさんの国が、手を差し伸べてくれている。
飛行機の音がする。最近は昼夜を問わず聞こえる。

明日から、仕事再開。


旦那からの情報で、八戸市内では煙草の売り切れが多いとのこと。
確かに今は食料などを流通させるほうが先だから……。


昨日くらいから我が家では防波堤の話題が多い。
岩手県では高さ10メートルで幅3メートルくらいの防波堤があっても、津波を防げなかった。
(50億円も掛けて自治体が作った防波堤……どうして国の援助がないんだろう)
八戸も、沖にあった防波堤はボロボロに壊れたと聞く。

これから、国は、どうやって津波の対策をしていくんだろう。

原発。被災者のケア。仮設住宅。流通。電力。防波堤。災害対策全般。
課題は山積だ。

地震 24

3月21日(月) 

祝日なので休み。
余震あり。

明日岩手に行く妹のために、旦那は朝4時過ぎに起きてガソリンスタンドに並ぶ。暗い中もう既に100台以上が並んでいたとのこと。寝ているひともいたようだ。台数限定、3000円ぶんのみ。妹が用意したコーヒーや湯たんぽで寒さを、持参したコアラのマーチで空腹を凌いだとのこと。
(※ゆうべ晩御飯を早く食べ過ぎた。失敗)

地震や津波が落ち着いた今も、原子力発電所の風評被害で物資が手に入らない地域のことが気がかりで仕方がない。「ドライバーが怖がって入ってきてくれない」「避難できない」「食料がない」……確かに原子力発電所は問題だ。だけれど、風評被害って。
確かに、あの爆発の映像は衝撃的だった。怖かった。誰でも不安になる。
でも政府の対応や報道の仕方によっては、こういう事態は避けられたのではないだろうか。
隠蔽しろとか情報を遮断しろとか、そういうことじゃなくて。

酷い言葉を見た。

関東のひとが「どうして福島のために被爆しなくてはならないのか」と言っていた。
「外の放射線量が0.1マイクロシーベルトだが部屋の換気はできるのか。いつまで洗濯物を室内で干せばいいのか」というひともいた。…驚きのあまり言葉も出ない。

私も原子力には詳しくない。しかし、あの原子力発電所は東京電力の持ち物だ。関東一帯に電力を供給するための。学校で教えるような内容じゃないけれど、それにしても……ひどすぎる。

(もちろん、これがごく少数の、パニックになっているひとの言葉だということは理解しています)

今までも何度も事故はあったのに、それでも日本人は、電力を供給するために原子力発電所を持つことを選択した。自治体は、そこに落とされる利益を目的に、それを受け入れた。地元住民の反対を踏みにじって。「その恐怖を上回る利益がある」と思っていたんだろう。

でも、本当に、そうだったのか、と思う。

確かに電気は大切だ。もはや、電気のない生活など考えられない。

原子力発電所の存在は本当に正解だったのか、これからは各自治体が考えていかなければならないだろう。

青森にも、残念なことに、そういった施設がある。
とても残念だ。確か私が中学生の頃に建設か誘致が決まったように記憶している。反対の署名をした記憶がある。あの頃すごく怖くて、いつの新聞を読んでは先のことを恐ろしく思っていた。

今回は大丈夫だった。でも、次は分からない。
100%なんて、どこにもない。津波が堤防を乗り越えたように。

まさに「今そこにある危機」だ。でも、ずっと危機はあったんだ。私たちが目を背けていただけで。

青森に住んでいるということは、そういった恐怖を孕んでいるということだ。
今日、いとこが言っていた。「もし青森(の原子力発電所)に何かあったら、俺は逃げる」と。
逃げる場所があるひとはいいだろう。
いとこと言っても年が非常に離れていて、既に定年を迎えた彼には避難も可能かもしれない。
しかし私たちはここで働いていて、家があって、ここ以外での生活は、難しい。
福島でも、同じ思いを抱えているひとが、たくさんいるだろう。

テレビで報道してくれるぶんには構わない。
しかし、多くのひとを不安にさせるだけの報道って、どうなんだろう。
もともと原発は怖いものだ。知らなかったはずがない。
表現や説明によっては、不要な風評被害など生まれなかったのではないだろうか。

今も多くの人々が、福島の危機を収束させるために頑張ってくれている。
私に出来るのは、祈ることと、くだらないチェーンメールを止めることしか出来ないのが残念だ。

地震 23

3月20日(日) 午後15時すぎ

仙台のお友達が帰省しているので会いに行く。

途中の道のりで、歩いているひとをたくさん見かけた。普段はあまり見ない光景だ。

モスバーガーなどはクローズしているが、ドトールは1店舗開いていた。多くの店が18時前後で閉店している様子。

向こうでの話を聞いて、改めて今回の地震の凄さに驚かされる。
無事で本当に本当に本当に良かった。

スーパーに並ぶ人の行列は地下鉄2駅分にもなるとのこと……。

こちらも相変わらずだけれど、デイリーストアの入り口には「食パン・菓子パン入荷しました」の文字。三春屋にも「米入荷しました」と。今まで「あるのがアタリマエ」だったものだと思うと、奇妙な感じがする。100円ショップに行ったところ、お菓子が大量にあった。コンビニにはニンニク一個しかなかったのに。缶詰の果物と絆創膏を購入。(米と牛乳除く)

食べ物に関しては先週末より改善されているような感覚。
(でもスーパーには行ってないので実際は不明)

18時頃に帰宅して少し早い夕食。

久々にバラエティ番組を見ている。
こうしていると、なんだか、何もなかったかのような感覚に陥ることもある。あんな揺れや、食料・ガソリンの不足を経験している最中でも。
寝ているときや、寝ぼけているときも。

でも、たとえば会社が寒かったり、ガソリンや灯油がなかったり、小さな揺れに心臓がドキドキしたりすると思い出す。
何も、まだ終わってないと感じる。

地震 22

3月20日(日)朝から昼すぎ

ときどき余震。14時30分頃に緊急地震速報。宮城のほうだったようで、こちらは大きな揺れなし。

ガソリン不足は相変わらず。
夜中23時にスタンドに並んでいるひとがいるとのこと。
都会のように交通の便が悪い場所で、車に乗れないのは致命的だ。働いている人間はガソリンスタンドに並ぶのも実際には難しい。だから土日に並ぶしかない。
なんとなく悪循環な気もする。朝には100台以上の車が並んで、ひどい渋滞が続く。そのせいでガソリンを余計に消費……。

そんな中で、妹が岩手に行くと聞く。
正直なところ私も行きたい。しかし、行って戻ってきたら、その週に会社に行くことが出来なくなる。ガソリン不足で自宅待機したのに、そうなってしまうのは意味がないと考える。だから行けない。

落ち込んでも仕方ないので、家の中にあるもので、妹に持っていってもらえそうなものを探した。

使い捨てのマスクが2パック。熱さまシート。ハンドタオルとフェイスタオル。ウェットティッシュ。厚手のトレーナーとセーター、マフラー、パーカーなど。何が必要で、何が必要じゃないのか、分からないけど…寒くないように。看護婦なのでマスクやタオルなどは、きっと使うだろうと思う。


子供たちのために文房具を、と思ったけど、今は少し早いような気がしてやめた。
必要であればいつでも持たせられるように用意する予定。
うちはフリマなどに頻繁に出ていたりして、多少(っていうか結構多いけど)文房具などが、ある。そういうものが、いずれ役に立てばいいのだけれど。

大きめの袋にひとつ。実家に置いてきた。

昨日、今日の段階でも救助されたかたがいると聞いて嬉しくなる。
もう1週間。
72時間の壁を越えて、それでも助かるひとがいる。
もっともっとたくさん助かって欲しい。

きっと、まだ、たくさん生きていると信じたい。