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地震 43 数字

3月31日(木) 数字

東日本大震災に関する数字。

30日午後9時現在で地震・津波による死者は1万1362人。
警察に届け出があった行方不明者は1万6290人。
死者の数が最多なのは宮城県の6906人。
次いで岩手県が3349人。
福島県は1047人。

17都県の2000か所あまりの避難所で17万3000人以上が避難生活を続けている。

建物への被害は、全壊や半壊あわせておよそ2万5000戸。
一部損壊した建物はおよそ11万6000戸。


……いま分かる範囲の数字。
見るたびに増えていくのが悲しい。


最近「イザナギ・イザナミ」の話を思い出す。
(日本神話の話)

カグツチを産んだ事が原因で命を落としたイザナミを埋葬したものの、会いたい気持ちが抑えきれないイザナギは、黄泉国へ会いに行く。そこで見てはいけないという約束を破って目にしたのは、腐敗したイザナミの姿……怖くなったイザナギは逃げ出し、彼女は追いかける。

イザナギは、地上との境である黄泉比良坂の出口を塞ぎイザナミと離縁。
そのときに二人は岩越しに会話をする。
イザナミは「お前の国の人間を1日に1000人殺してやる」と言い、「それならば私は、1日に1500の産屋を建てよう」とイザナギは言い返した……。

そういう話です。(だいぶ省略してるけど)

なんでこれを思い出すのか、自分でも分からない。
ただ、たくさん亡くなって悲しいけど、悲しいだけで(泣いてるだけで)終わりにしてはいけないのだと思うからなのかな、と思う。

地震 42 遺児

3月31日(木) 遺児

昨日のズームインで、募金活動の様子を見た。
(朝でバタバタしていたから記憶が曖昧。多分あしなが育英会の)
場所は関西。

目に涙を溜めて募金を呼びかけている子がいた。

彼女は3歳のときに阪神大震災に遭い、父親を亡くしたそうだ。

…そういう子たちにとって、今度の震災は、どう映っているのだろう。
きっとつらい記憶が蘇っているのだろうな、と思う。

あの日は朝遅く起きた。
少し前に起こった「はるか沖地震」の片付けなどで休みなく働いていて、疲れていた。
遅番で、だらだらと起き出して来てテレビを見て、驚いた。
破壊された町が映し出されていた。
刻々と死傷者の数が増えていくのに「何が起こったか」は(私が見ているとき)ひとことも出てこなくてとても混乱したのを覚えている。
戦争なのかとも思った。

会社に行って、隣の売り場に置かれたテレビを見て、ようやく「地震が起こった」ということを知った。

はるか沖地震に対して義捐金を頂けることになったが、それはそのまま阪神大震災へまわしてもらった。
いろんなニュースを見て泣いた。
その頃はインターネットも普及してなかったから、入ってくるテレビやラジオの情報だけが頼りだった。

今度の震災でも、いま予想されるだけで数百人以上の子どもが両親を失ったとのこと。
長い期間の支援が必要だと、改めて思った。


……ブログを書き続けているうちに、なんだか悲しい話だけのブログになりそうな気がしてきた。
だから、悲しい話だけじゃなくて、明るい話も必ず載せようと決めた。

昨日旦那から聞いた話。


(確か岩手の)本屋さん(お店屋さんかも)の話。
雑誌が入荷せず、週刊少年ジャンプが届かなかった。すると他県から来た人が「読んだあとだけど」と1冊置いていってくれたそうだ。その一冊のジャンプを読むために、大勢の子どもが集まったそうなんだけど、みんなちゃんと他の子のことを考えてるんだって。1冊丸ごと読みたいけど、待ってる子がいるから「ワンピースだけ3回読んだ」とか、そういうふうにして皆で読んだらしい。

この震災はつらくて悲しいけど、これを乗り越えた子どもたちは、きっとやさしい大人になるだろうと思った。

地震 41 ニュースより

3月30日(水) ニュースより

まず前日(29日)の話。
20時過ぎに、営業しているガソリンスタンドを見つけた。
ガソリンに関しては落ち着いていると数日前から聞いてはいたが、仕事が終わる時間に営業している店はなかった。
1リットル154円くらい。
高いと思ったが、それよりも満タンに出来たのが嬉しかった。

同じ日。

ガソリンスタンドを待つ行列にて亡くなったひとがいるというニュースを見た。
車内で練炭を使用していたとのこと。
密室で練炭。
……それは、冷静に考えれば、よく使われる練炭自殺の手法だ。

でも、たぶんそのひとは、温まりたかっただけだろう。
エンジンを掛けていれば暖かいけど、ガソリンを消費するから。

ものがない、ということは冷静な判断力を失わせるのかもしれないと思って寂しくなった。

30日は帰宅後疲れて動けず。

この日に見たニュースは、
・福島原発1号機~4号機は廃炉
・東京電力の社長が入院
など。

廃炉には数十年以上掛かるとのこと。
……入院した社長は公の場に出たのは13日が最後とのこと。忙しかっただろうし、大変だったろう。
でも現場で、被爆の恐怖と戦いながら作業をしている社員のかたがたを考えると…なんだか微妙な気持ちになるのは否めない。

地震 40 不安

3月30日(水) 不安

スピッツの草野氏が「急性ストレス障害」というニュースを聞いたため、数日前から頭の中では彼の曲が流れっぱなし。

「11日に発生した東日本大震災の大きな揺れ、連日報道される被害の甚大さ、福島第1原発の深刻な状況などに過度なストレスを受け、精神的な病に発展」とのこと。

地震のとき、彼は東京にいたようだけれど、それでも大きなストレスになってしまったようだ。
ネット上でも、同じように「怖くて眠れない」「不安」などの声を多々見かける。
繊細なひとなんだろうな、と思う。そしてたぶん、少し離れた場所にいると余計に怖くなるんじゃないだろうかとも思う。

いずれ被災者への精神的なケアは問題になるだろう。
実際に子供には既に異変が見られているとのこと。
でも大半の大人は、たぶん、いまは「そんな余裕もない」に違いない。

明日のことを不安に思うよりも、今日どうするのか、で。

(※草野氏を批判しているつもりはありません。私も好きです)

パニック障害と強迫性障害と睡眠障害を持つ私はどうかと言うと、まあ、少し調子が悪い。
ときどき余震のあとにパニックの発作が出る。
かなり減っていた(強迫性障害による)確認作業が激増している。
(鍵は?ガスは?ストーブは?みたいなことの確認。玄関のドアに鍵をしたのに不安になって見に戻って、少しするとまた見たくなる。何度か確認しないと納得できない)
そして過眠……。
地震の直後は眠れなかったのに、今は寝てばかり。

パニック障害が落ち着き始めてから、「パニックの発作が出そうな強いストレスのかかる状況」に陥ると、まるで失神みたいに眠ってしまうようになった。(例;飛行機に乗る、など)
それがもともとの睡眠障害と重なって、寝てばかり。

でも、私のは薬でセーブ出来ているし、いずれ落ち着くだろう。


もし今回のことで、「今までになかった症状が出て困ってる」ひとは、ちゃんと彼のように受診したほうがいいと思う。見えないものと戦うのは、つらい。でも、薬で症状は改善されるし、そのことが分かるだけでも、かなり落ち着くと思う。

地震 39 被災地へ

3月29日(火) 被災地へ

妹と母親が木曜日に岩手に行くとのこと。
一緒に行きたい……が、年度末で、どう考えても休むのは難しい。
週末に行ければいいのだけれど。

被災し、津波で家を流されたイトコの息子が高校に合格したと聞いた。
もうすぐ4月。
学校が始まるのなら、と家の中を物色。

未使用のノートや鉛筆を大量に見つけた。
大量と言っても、ノート10冊程度と、鉛筆やシャープペンシルが数十本程度。
もう手に入れているかもしれないけれど、親に頼んで届けてもらうことにした。

もし彼が使わなくても、誰かの役に立つかもしれないから。
実家には使っていない食器類が大量にあり、それを母親は届けると聞いた。

生活に必要なものを一気に揃えるのは大変だろう。

いずれ生活が落ち着いて、家を建てたり、そういうときが来たら新しく揃えるのかもしれない。
それまでのものを、少しでも手伝えればいいな、と思う。

少しずつでもいいから、長く。

まだ今は直後だから、いろんな混乱があって、ゆっくり考える暇はないだろう。
しかしやがて、ゆっくり何かを考えたり、思ったときに、寂しくなったり苦しくなったりしないようにしたい。どうやったらいいか分からないけど。