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花

$on the way to light place-蓮

毎日文字だらけの記事なので、久々に、お花でも。

地震 52

携帯の基地局は壊れ、行きかう車の8割は自衛隊の車だった。
グリンピア田老は現在診療所として使われていた。インターネットが開通したようだった。
携帯の充電コーナーが設置されていた。
ロビーの横で、歯科診療が行われていた。
入院患者は仕切りがない部屋にいるため体調が芳しくなかった。
アイスアリーナが避難所に使われていた。名前を告げると呼び出しをしてくれた。大勢のひとがいた。寒そうだった。
被災者自身がボランティアとして忙しく働いていた。
看護師のいとこは3週間の中で一日だけ、昨日がはじめての休みだったと言った。
国道の瓦礫が除去されたために物資が届くようになったそうだ。下着や衣類も。飲み物は必要なだけ届いているが食事はパンやオニギリなどの炭水化物が中心だそうだ。

何も言葉が出てこなかった。

ちょうど昼の時間で、浜辺には自衛隊の車が数え切れないくらい止まっていた。中にはたくさんの退院さんが仮眠していた。彼らの働きで、国道は通れるようになり、物資が届くようになった…。

仮設住宅の建設が始まっていた。しかし希望者全員が入れるとは限らないとのこと。



まちはどこまでも、どこまでも、どこまでも壊れていた。
ありえないくらい全てが粉々で、町はグレイ一色で、屋根や、車や、木や、バッグや、すべてのものがミックスされて、そこらじゅうにあった。

テレビで見ると、それはどこか現実離れしている。
壊れた町並みがひとつの風景のように見えることがある。でも、目の前で見ると、それはひとつひとつが少し前まで「意味のある」何かだったことに気が付く。何もかもが、誰かの生活を形作っていたものだと分かる。

あのなかにいると、自分の無力さに、絶望する。

でも、泣いてるひとは見なかった。たくさんの笑顔を見た。みんなが、自分に出来ることをしていた。本当は不安でいっぱいでも。

私は、私に出来ることを、しよう。

地震 51 痕

4月3日(日)

岩手へ。

種市町で、線路が落ちていたのを見た。
海岸では数箇所で火を燃やしていた。

岩手県野田村の画像。

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これは国道沿い。
こんなに海が近かったなんて、知らなかった。

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防風林が倒れている。何十本も、根元から。

瓦礫は一箇所に高く積み上げられていた。

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岩手県下閉伊郡羅賀の画像。

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海から見て左側は低い位置に店や住居があった。
地震から津波までは30分ほどだったとのこと。
ここの海は特殊で、行方不明のひとは、まだ全く見つかっていない。

そして田老。

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こんな光景が、どこまでも続く。

地震 50 

4月3日(日)


おはようございます。

岩手に行ってきます。
どのあたりまで行くことになるか分かりませんが、ちょっと行ってきます。

親戚に、お肉や、飲み物を届けてきます。あと衣類かな。

携帯から更新するかもしれません。
ちょっと分からないけど。

このブログを、岩手の地名で検索しているかたが多いようです。
遠くにいる地元出身のかたは、心配ですよね……。

なるべく細かく様子を見てこれればいいのですが。

地震 49 「日本」

4月2日(土) 「日本」

そういえばエイプリルフール。
今年はどこのサイトも自粛している(そりゃそうだ)。
ただモバゲーでセトルリンが地味に返信していて「エイプリルフールだよー」とか言っていた。それまですっかり忘れていた。

Yahooのニュースで、アメリカかどこかの偉いひとが「日本は貧しい国になるだろう」とか言ってたという記事を読んだ。(もっといろいろ言ってたけど)

そうは思わないね。

ちょっと大きな声で反論したい気分。

そうかな。
そんなことないと思うけど。

阪神大震災のあと、「復興は……」って皆が言ってた。でも、今は美しく蘇っている。
(5年以上かかったとのこと。被災されたかたの努力、素晴らしいと思う)

ヒロシマやナガサキに原爆が落ちたあと、「100年は人が住めない」と言われた。でも、その予測は間違っていた。

今まで、何度も、何度も、何度も、そういう出来事があった。

大津波も、
大飢饉も、
何度も起こったけど、日本人は諦めなかった。だから今がある。

それを言ったひとは、第二次世界大戦ってものがあったのを忘れているんだろう。
焼け野原だった日本を、たくさんのひとが頑張って、美しい国に戻した。頑張ったから高度経済成長があった。

……この「あと」に、一時的に苦しい時期は来るかもしれない。
簡単に想像できるのは失業率と自殺率の増加だろう。
でも、阪神大震災で日本の政府も多少は学んでいるはず(だと信じたい)。

想像も出来ないレベルの震災だったのだから、簡単に何もかもが元通りになるわけじゃない。
だけど、それでも、そのひとが言ったみたいにはならないんだ。

それは願望なのかもしれないけど、でも、私は、そう信じている。