on the way to light place -18ページ目

震度5強 余震

皆様無事ですか。

今日の記事を書いてる最中に、いきなり光が瞬いた。

はるか沖のときも光ったから、嫌な予感…と思ってる最中に緊急地震速報。

そのあと、長い揺れ。震度5強。
一分から二分の間。

揺れの最中に停電。
窓を開けて退路確保したけど腰が抜けそうだった。

揺れが止まらないうちに、ひととおりメール。

沿岸のいとこは避難済み。一応ほとんど連絡ついたとこ。


風呂に入る前だったのが痛い。洗濯干す前だったのも。

がんがん余震が来る。停電、明日までに復旧するんだろうか。

とりあえず寝ないと。

全てのひとの無事を祈ります。

自粛より

花見や花火大会の自粛、どう思う? ブログネタ:花見や花火大会の自粛、どう思う? 参加中

私は自粛しなくてよい派!

本文はここから



花見や花火大会の自粛、どう思う?
  • 自粛すべき
  • 自粛しなくてよい

気になる投票結果は!?



自粛。

志としては大切だけど…。

花見をしても、
花火大会をしても、
それが死者を悼んでいない、ということじゃない。

元気なひとが日本をがんがん盛り上げないと!!!

自粛って、そういうことじゃない。

(さすがに地震の翌日に花見…だったら、それは自粛してもいいかもしれないけど)
それより東北の野菜でお弁当作って、
東北のお酒飲んだほうが、復興には役立つ。

泣いてばかりいたって何も進まない。

花見を我慢するより、
花見に行って欲しい。
それで次の日からも頑張って働いて欲しい。

もし、そのときに思い出すことがあるのなら、地震や津波で亡くなった方のために、少しお酒をついでみるとか。ちょっと黙祷してみるとか。帰りに募金箱に100円入れてみるとか。

自粛より、そっちのほうが10000倍いい。

私は、そう思う。







地震 55 碑文

天明の大飢饉をご存知だろうか。
1770年代から東北地方は悪天候や冷害によって、農作物の収穫が激減。
そんななか、天明3年の3月12日(旧暦)に岩木山が噴火し、更に7月6日には浅間山が噴火して各地に火山灰が降った。また火山の噴火により日射量は低下し更に冷害は悪化。
このことにより、翌年度から東北は深刻な飢饉状態へ。

当時は重商主義政策が取られており、米の価格は上昇する一方。結果的に飢饉は全国規模へ拡大。

餓死の被害は東北の農村を中心に約二万人ということになっているものの、実際は諸藩が被害を隠していたため実数はこれより一桁多いと言われている。

また飢饉と共に疫病も流行したことから、たった6年で92万人が亡くなった。

八戸には「餓死萬霊等供養塔」というものがある。
これは当時の様子を後世に伝えるためのもの。


裏面には、八戸の天候や作物の様子、食事、餓死者数、病死者数、治安悪化の様子、そして飢饉で得た教訓が削られている。

食べるものがない様子に関しては、悲惨としかいいようがない。
…そして死んだ人の肉を食べた、ということもかつては記されていた。
(あとから削除された)

本当はもっと詳しい資料が手元にあるはずなんだけど、見当たらない。碑文もメモしてあるはずなんだけど…写真もあったはずなんだけど…。

それはともかく、食べるものがない、ということは、そういうことだ。

ついこないだまで、ここは飽食の国だった。
でも、いま、食べるものがないひとが存在している。

ああいう悲劇を繰り返してはならない。
だから、あの石碑がある。

どうか皆に食料がいきわたりますように。
悲しい出来事が繰り返されませんように。

地震 54 知識

地震 54 知識

東京のほうでは桜が咲いているとのこと。
でも、こちらでは未だ毎日のように雪がチラチラしている。
岩手に行ったときも雪が降っていた。

あ、そういえば日中に更新してるけど、これを書いているのは夜。
(昼間は働いているので、時刻指定更新)

普段は必要ないけど、地震に関する記事は、ひとりでも多くのひとに見てもらえればと思う。
何かが伝わることを願って。
一時期15000という、おそろしいPVだったけれど、それも今は落ち着いた。
PVが下がった=地震への関心が下がった、ではないといいのだけれど。

繁忙期で、朝から晩まで忙しくしていると地震のことを忘れる瞬間も、ないわけじゃない。
そしてそういう時間も、決してNGってわけではないと思う。
自分が前に進んでいくためには。

会社のパートさんが、
「被災地には怖くていけないなあ」って言ってた。

うん。分かる。

私も行くまでは怖かった。
市内の被災地にも行けなかった。

でも、行けば、もっとたくさんのことが、分かると思う。

地震や津波の怖さが。
これを伝えていかなければならないということが。
それでも前に進もうとする人間の美しさや、それを阻む醜いものが。

私たちは、全部ひっくるめて、それを伝えていくべきだ。

次に、世界のどこかで、何かが起こったとき、その知識はきっと誰かを救うだろう。



地震 53 テレビ

4月5日(火) テレビ

仕事が忙しく昨日の帰宅は24時近く。
しばらくはこんな日々が続く。

ここ二日ほど、余震が少ない。
今日は体に感じたのは1回きりだった。
このまま落ち着いて欲しい。

テレビで(ACを含めて)被災者に向けたメッセージを見るたびに、疑問に思うことがある。
「がんばれ」
って、なんか、すごく、遠い。

心の中で応援するのはいいんだけど…それが誰かの口から出た途端に、なんだか、すごく寂しい。

被災地のひと、すごく頑張ってる。
被災者自身が休みナシにボランティアや仕事に動きまくってる。
復興に向けて努力してる。

もっとがんばらなくちゃいけないのかな?

「一緒に頑張る」なら分かるんだけど…。

そんな中で、見かけたメッセージ。
「被災者のみんな、頑張るなよ。俺らが頑張るから」
…これには泣けました。

私はイトコや、その子に、がんばれって言えなかった。
「じゃあ、またね」
って言った。それが精一杯だった。

遠くから励ますより、近くで一緒に頑張りたい。
やっていることの中身は違っても。