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地震 67 被害者数(4月20日午前10時現在)

4月20日(水) 

本日午前10時、警視庁のまとめによる東日本大震災の被害について。

今回の震災の死者は、12都道府県で1万4013人。
行方不明者は、6県で1万3804人。

宮城では8505人、岩手では4033人、福島では1412人が死亡。
また、不明者は宮城7934人、岩手3822人、福島2044人。



改めて、被害の大きさを思い知らされた。
本当は数値に関する記事なので、ここで終わりにしたいけれど、思うところがあるので、続きを。


ときどき、ネットで「どうして死者と行方不明者を分けるのか?」という話題を見かける。
一ヶ月経過して「行方不明」なら、合計してもいいんじゃないかという意味だ。
(この意見に関しては、震災直後から、見かけた)


違う、と私は思う。
死者と行方不明者は違う。

行方不明になっておられるかたは、まだ生存しているかもしれない。
一週間後だろうと、一ヵ月後だろうと、一年後だろうと、それは変わらないのだ。

もし、自分の家族が行方不明になっていて、どこにもいなくて、何の情報もなくて……そういう状態だ他としたら、きっと私は「どこかで生きていること」を望む。

だから、死者と行方不明者は足せないのだ。
行方不明者イコール死者ではないのだ。

それを「感情的なもので、現実を直視してない」と思う人もいるのだろう。

それでも私には、死者と行方不明者を足すことは、出来ない。

地震 66 世界

4月19日 朝

正確には前日のニュースだが、クウェートが原油420億円相当を無償提供とのこと。
ぴんとこないくらいの金額だ。

台湾で集まった義援金は139億円を超えた。(4月13日現在)
韓国でも約42億円超。

パプワニューギニアの貧しい山間の村では、日本に対する募金活動が拡大し、約26万円が集まった。これは、その国では児童100人分の年間教育費に相当する額。

ロシアからの天然ガスも届き、首都圏の電力需給をまかなうために使われようとしている。

たくさんのブランドが、日本を支援するために新しい商品を作って売りだし始めた。

国内でも、多くの企業が、売り上げの数パーセントを義援金に、という活動を始めている。

石原軍団は被災地に泊り込んで炊き出しをしている。

長渕は自衛隊員のために歌った。

江頭は福島へ自分で救援物資を届けた。

多くの著名人が、義援金や救援物資などを被災地に届けている。

それだけではなくて、米国では既に今回の震災が授業の教材として使われはじめている。


影で起こっている問題に目を向けて非難するひともいるし、その気持ちも分かる。

けれど、こうやって、いろんな国が、一斉に手を差し伸べた出来事なんて、今まで記憶にない。
すごいことだ。

「日本が今まで自分たちに良くしてくれたから」という言葉も、時々聞こえてくる。
それも、やっぱりすごいことだ。

たくさんの日本人が、いままで、世界のあちこちで頑張ってきた結果なのだという気がする。

かつて日本人は多くの国で嫌われていた。今も嫌っている人はいるだろう。
でも、好きだと思ってくれている人もいるんだということが、とても心強い。

「あー地震すごいね、大変だね」だけじゃなくて。

それって、やっぱり、すごいと思う。

感謝

明るい話題を書きたいのに、どうも気分が沈んでいるのか、うまく書けない。
同じようなことを何度も何度も書いては消している。

それでも私はブログを書くのが好きだ。

好きな話題を、好きなように書けるから。


数年前まで毎月定められたテーマのもとでエッセイを書いていた。最初は楽しかった気もするけれど、次第に苦痛を伴う作業になった。
勝手に書き直されたり、苦手なテーマだったり、と様々な理由が積み重なって苦痛になった。
ものすごく勉強になったけれど、弊害も多かった。
いつのまにか「好きなように書く」ことが出来なくなっていた。


子供のころは商業作家になるのが夢だった。
文章を書くことで収入を得られたらいいな、と思っていた。

はじめて自分の文章でお金を得たのは16歳のときだった。嬉しかった。
それ以降も書くことを続けていたら、名前を覚えてもらえるようになって、ぽつりぽつりと時々思い出したように依頼が届いたりするようになった。

いつも嬉しい。でも、いつも苦しい。

自分の名前を出した上で公の場に文章を晒すのは、とても難しいことだ。
内容や文章の構成や正確さや…と、考えなくてはならないことが多いから。

もう何も書けないかもしれないなあと思い始めた頃に「ブログ」というものが世の中に登場した。

それでも最初は自由に書けなかった。
もう習性みたいなもので、いろんなことが私を縛り付けて、書けなくした。

好きなように書けるようになってきたのは最近のことだ。

やっぱり私は文章を書くことが好きだなあ、と思う。
あんまり笑えるようなことや、楽しいことは書けないけど、それでも読んでくださるかたがいて、こうして続けていけることを、幸せに思う。


いつも、読んでくださって、ありがとう。

田老の画像

田老に行ったときに撮影していた写真。
(未公開のもの)

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1階が大破している。
壁には「解体可」という文字と、日付。
こういう家が、たくさんある。

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たろう観光ホテル。
鉄筋なのか車なのか、ぐちゃぐちゃに混ざっている。

実際は近寄れなかったので、遠くから撮影。
オリジナルのデータを見ると、肉眼では見えなかったたくさんのことに気が付いて、怖くなる。


近いうちに、また岩手へ行く予定。
復旧作業が進んでいることを願わずにはいられない。

春

B'Zに「春」って曲があって、泣けます。
好きな曲です。

さて青森にも少しずつ春の気配が近付いています。
ふきのとうを見つけたり、小さな野草が咲いていたり。

土曜日は、梅の花を見ました。
桜はまだですが。



関東では既に桜は散り始めているとか。
きっと暖かいんだろうな。


まだ夜はマイナス1度なんてことが珍しくありません。
暖かくなった、と感じることはあるけれど。

つまり、東北は、被災地は、まだ寒い、ということ。

春が待ち遠しい。