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名残雪

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今年は春が遅い。

写真は20日の朝に携帯で撮影したもの。
前の日は、みぞれまじりの吹雪だった。

桜の木が色づき始めているけれど、それでも毎日ストーブなしでは過ごせないほど寒い。

本当に、本当に、春が待ち遠しい。

地震 69 風評被害

原発が原因で、福島から避難したかたがたが、風評被害に苦しんでいるとのこと。

子供が学校でいじめられたり、
車に落書きされたり、
いわきナンバーだと給油を拒否されたり、

……地震に遭って、津波に遭って、そのうえ原発のせいで避難しなければならなくなったひとたちが、なぜ、そのうえ更に悲しい思いをしなければならないのだろう。


つくば市では、避難者に対して、「市」が、検査を受けるように要求したというお粗末さ。

受け入れる側に対して十分な情報提供をしていない自治体に問題がある。
つくば市なんて、自治体自体が愚かな行為をしたのだから、市民に不安が広がるのも無理はないのかもしれない。

それでも酷すぎる。

メディアは「受け入れる側に不安はないのだ」と伝えるべきだ。

福島から来た=放射能を持っている、みたいなイメージを持っている人々がいるなら、それを払拭するべく努力するべきだ。

そもそも、福島にあったのは東京電力だ。
関東に電力を供給するための。
そのひとびとが、関東に行って酷い仕打ちを受ける。こんな悲しい話があるのだろうか。

仮に、被爆していたとしても、被爆はうつらない。

十分な情報と、ケアを。

http://mainichi.jp/select/science/news/20110405k0000m040128000c.html

↑
参考までに、放射性物質に関するQ&Aを。


悲しくなることばかりで、ニュースを見るのが、つらい。

海

$on the way to light place-海

子供の頃から、海は好きだけど、大きすぎて怖かった。
今も、そう思う。

いつも海は綺麗だ。

でも、やっぱり、怖い。

地震 68 比較する意味

とある場所で「今回の震災の死者は、阪神淡路大震災の死者を超えたんですよ?」という文章を見かけた。それが、異様に心に引っかかっている。

確かにYahooなどのニュースでも、死者数に関して「阪神淡路大震災の死者を上回った」ことは記事になっていた。ただ、それは「本日の時点で上回った」という内容だった。だから、それは理解できる。

今回の地震のマグニチュードは9.0で、これが阪神淡路大震災の1000倍の破壊力だった、ということもニュースになった。それも、地震の破壊力の大きさを比べる上では科学的に必要なデータだと思うから、理解できる。

でも、実際のところ、比較することは、何かが違うと私は感じている。


今回の地震には、普段の地震とは違う特徴が幾つもある。

広範囲が震災に見舞われたこと。
ほぼ同時刻に別の地域を震源とする大きな地震が発生したこと。
最初の揺れが収まる前に次の地震が発生して被害を拡大させたこと。
大きな津波が生じたこと。


それらの理由から、たくさんのひとが亡くなり、多くの場所が瓦礫と化した。

……でも、なんとなく、死者数は比べて語るものではない気がする。
そして「地震」という出来事について語るときも、比べるのは違う気がする。

ちょっと難しい。どういったらいいのか、分からない。

あのとき(阪神淡路大震災が発生したとき)、あの場所にいたかたがたは、ものすごく恐ろしい思いをして、それを乗り越えて今がある。あのときも多くのひとが亡くなった。だけど「それより酷い地震なんですよ」みたいな表現は、言葉の内容によっては、どこか阪神淡路大震災の規模が「すごくなかった」みたいに聞こえてしまう。

どんな災害でも、その被害を受けたひとたちはつらい思いをしていて、それを乗り越えるために語りつくせない努力をして、未来を掴んでいる。そのつらい思いを「いやいや、でもね」みたいに言うことは少し残酷なのではないかと思う。

それに絡んで、ネットで見た意見。

「阪神淡路大震災のとき、東北のひとが何をしてくれたって言うんですか?何も記憶にないんですよ。だからあなたたちのために何かしたいと思えない」

これが、とても私にはショックだった。
もちろん、逆に「あのときたくさんのひとに支えてもらったから何かしたい」と考えているたくさんの人々が関西で様々な活動をしてくださっていることを知っている。しかし、あのとき「東北は何もしなかった」と感じたひともいたのだということが、とても寂しい。

阪神淡路大震災のとき、とてもとてもショックを受けた。何も出来ない自分がもどかしかった。多少の義援金しか出せなかった。直前に起こった三陸はるか沖地震のバタバタで、もう何が何だかわからない毎日だった。そんな自分を見透かされたような気がした。


みんな、それぞれの苦しみを乗り越えて先に進んでいく。
目で見て分かる被害の規模や、死者数を比べることは簡単だ。
でも、それぞれのひとの努力を並べて比べることなんて出来ない。

うまく伝えられなくて、ごめんなさい。
この記事を読んで不愉快になられたかたがいたら、そのかたにも、ごめんなさい。

何度書き直しても、うまく書けない。
でも前回は前回、今回は今回、で考えたい。
………どう考えても、私には上手く説明できそうもない。
いずれにせよ、私は比べることはしたくない。

そういう感じ。

抜歯

地震の前から頻繁に腫れていた、右上の歯茎。
レントゲンを撮ってもらったところ、右奥歯の骨が(歯槽膿漏か何かで)なくなっているので、
「疲れたり体調を崩したりして免疫力が落ちると腫れちゃう」
のだということ。

仕方ないから抜歯。

歯を抜いたのは、たぶん10年前くらいが最後……。

昨日抜いて、今日消毒をしに行った。
先生が、

「ああ、隣が……」

隣も抜歯することになりました。



普段なら、夜のうちに3つくらい記事を書いて、日中に自動更新でUPされるようにしています。
が、さすがに歯を抜いたあとは、それも出来ず。

痛み止め飲んで寝てました。

今は痛みは引いています。


毎週くらいの勢いで腫れてたので、これで解消されると思えば……。
でも、抜歯か…。


歯医者と言えば、私が田老を訪れた際に、八戸の歯科医が出張診療(というかボランティア)で避難所での治療を行っていました。
椅子はホテルのロビーの椅子。
水はペットボトル。

それぞれが、自分に出来るかたちでの支援をしていることを、素晴らしく思ったのでした。

しかし、また抜歯か…。