木星が双子座で順行に戻ったので、もう少し言語化について書きたいと思います。
人間以外の動物も言語を持っていますが、人間だけが声帯を多彩に振動させて、その音でさまざまな単語を発話し、さらにそれをつなげることで、あらゆる現象を言語によって詳しく説明できるでしょう。
人間が持つ認知力は、目の前で起きている事実だけでなく、時間や空間を超えて、虚構や概念について語り、理解することまで可能にします。これはサピエンスだけが持つ特殊な才能だとされていますね。
精神上、起きていることを知覚し、語ることができるため、まだ起きていないことにとらわれたり、同じことをぐるぐると考え続けたりすることもあるでしょう。
物事を詳細に語るには、より精密な観察力が必要です。一方向からだけでなく、異なる角度や高さ、深さから見ることも大事でしょう。
じっくりと見つめて、それを正確に描写することで、対象への理解が深まり、語られたものの素性が明らかになっていきます。見た目の印象だけではわからなかった純粋な本質が、言語化することで姿を現すかもしれません。
人間の心は複雑で、多くの側面を持ち合わせています。それゆえ、ひとつの出来事を一方的な見方だけで、すべてを語ることはできません。
事件が起きたとき、多角的にその背景が掘り下げられていくことで、最初の印象とは異なる真実が浮かび上がることがあるでしょう。
私たちは知りたいのです。
なぜ、そうなったのか。何が起きたのか。その動機付けはなんだったのか。
知ることは、この世界で生きるための知恵です。誰とどこでどんな風に付き合っていけばよいのか。どんな風にふるまうとうまくいって、どんな行いだとまずいのか。
起こったことの理由が欲しいのです。
しかし、もし理由がわからなければ、自分の一方的な視点から勝手に「こうだったに違いない」と思いついたものを信じて、それによって傷ついたり、諦めたりしてしまうかもしれません。
コミュニケーションを通して「話しても無駄」「どうせ、わかってもらえないから、もう何も言わない」と諦めることで、自分を守ろうとすることもあるでしょう。
しかし、心を観察して、語ることによって、その頑なに閉じてしまったハートの傷がどのように形成されたのかを理解することができるでしょう。
心の防衛メカニズムを知ることで、新しい関係性や自己の扱い方を見出すこともできるできるかもしれません。
語ることは、癒やしです。
ですから多くの人が愚痴を言ったり、不満をぶつけたりしますが、それだけでは本当の癒しにはつながりません。癒されるには、自分の内側にある痛みに触れて、それが何によって傷ついたのか、本当は何を求めていたのかを理解することが大切です。
誰かに理解されたいのであれば、まず自分が自分を深く理解することが不可欠でしょう。他者にわかってもらえなかったからといって、自分まで、自身の心を無視してよいわけではありません。
むしろ、自分こそが自身の内面にじっくりと向き合い、理解を深めることができる唯一の存在だといえるでしょう。
心に潜って、その深みに触れれば触れるほど、目の前の人の心の奥にあるものもまた、より深く感じ取ることができるのかもしれません。