旅と学びと9ハウス・本居宣長 | ***Walk on the light side

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銀河に煌く星たちのように

先日、前から行きたかった松阪の本居宣長記念館へ行くことができました。

 

 

本居宣長は江戸時代の松阪に生まれた国学者。商家に生まれた宣長は、子どもの頃から大の読書好きで、商売の跡目は継がずに、母の勧めで医者になることを志して、京都で医学を学びました。

 

数年の学びののち、帰郷して医者になった宣長は、毎日いそがしく働きながらも「日本人の本質とは何だろう」ということを考え続けます。そして史書を読む日々のなかで古事記と出会うのでした。

 

江戸時代の当時から1000年以上の昔に編纂された古事記は、誰も読むことができなくなっておりました。

 

「これをわかりやすい形に注釈をつけて、(当時の)現代文として編纂しよう」と考えた宣長。古語を理解するために、古い和歌を研究しながら、実に35年の歳月をかけて、古事記伝を完成させました。

 

宣長は「学問の普及には出版することが重要だ」と考えて、生きているあいだに50冊以上の本を出版したといいます。彼の名声は全国に知れ渡り、彼の自宅の鈴屋(すずのや)には多くの門弟が集まりました。

 

 

昼間は医師として、夜は学者として勤勉に働く宣長は、72歳で亡くなる9日前まで働いていたといいます。

 

宣長の足跡をたどるにつけて、9ハウスというシンボルが本当にぴったりときます。当時の人々は自身の見聞を広げるため、思想を深めるため、感受性を高めるために旅に出ました。外の世界に触れることで、自身の内側にも触れていく……旅は外にも内にも探求を深めるわけですね。

 

また当時は風聞を頼りに「あそこに面白い人物がいる」と聴いたら会いに出かけて、押しかけて弟子になることもしばしば……。徒歩がメインの移動手段の時代でも、知的欲求が高い人は実にあちこちへ出かけて、ネットワークを広げるのです。

 

「なぜそうであるのか、自身で考えることが大切だ」と宣長は説いています。旅をして、学んで、源流に触れて、考えて、生み出し、志したことを決してあきらめないこと……。

 

展示を見ながら心に触れるものがたくさんありました。

 

享保15年5月7日(1730年6月21日)生まれ。太陽を9ハウスにしてみると、とてもしっくりきます(笑)

 

 

器用で、頭がよくて、訪問医で、絵も上手で、文章も上手で、仕事がふたつで、きっと双子座だろうなと思っていたら案の定。家族が大事でネットワークが広く、一度志したら絶対にやめない粘り強さがあって…。ぴったりのチャートです。

 

17歳のときに書いた日本地図だそうです。地名の書き込みの緻密さがすごい。