じゃあ「固定化された水(感情)」が、それから先どうなるのか?ということですが、私たちがそれを取り出して、感じるまで、そこに留まるのでしょう。この「固定化された水」は、氷ではなく、ゼリーのようなぷるぷるとした生々しい状態のイメージがあります。
私たちのなかで生じかけたけれど、扱われなかった思いや感情は、それを自分が取り出してみるまで、そこにあるのかもしれません。
しかし、そこには傷ついたときのショックや痛みの記憶が伴っています。しかもそれは、まわりの大人たちが適切に扱ってくれなかったものですから、それに触れることそのものが恐ろしかったり、触れ方がわからなかったりもするでしょう。
私はサターン・リターンを過ぎた頃に、自分の人生が二進も三進もいかずに行き詰まってしまって、これは幼少期に経験した被虐的な出来事を扱うしかない!!というところに行きついたことがあります。
どうして良いのかわからず、さまざまなセラピストやヒーラーの門戸を叩いてみたのですが、最終的に辿り着いたのは、トラウマや虐待を専門とするベテランのカウンセラーの先生でした。
カウンセリングに通い始めて、2~3回目頃に宿題を出されました。それは自分の身の上に起きた出来事を年表として書いてみるというものだったんですね。
それはそれは恐ろしい宿題でした。私は過去の出来事を振り返ることも、思い出すことも嫌だったのですが、宿題なので仕方ありません(まじめ)
人生で体験した出来事の暗さに何度も泣きながら、それでもどうにか、言語化して年表を作りました。人生の棚卸しです。
問題はそのあとです。その宿題を提出するカウンセリングの日、行きたくなくて仕方ありません。その年表は私の人生の黒歴史であり、私の恥部であり、家の重大な秘密ともいえました。
「これを知られたら死ぬ!」と本気で思い、これを見せるぐらいなら海に飛び込んで死ぬかと、山下公園でさんざん逡巡したあと「どうせ死ぬなら、先生に見せよう」と、開き直って、先生のところへ行きました。
先生は私が手渡した年表にザッと目を通すと「あなたは本当に、大変な思いをたくさんされたんですね。これはわたしが預かっておきます」と、ご自身の机に、それをしまいました。
その瞬間「あ、私はゆるされた」と感じました。
自分で見ないようにしてきたもの。なかったことにしてきたもの。誰も扱ってくれなかったもの。隠してきた思い。こんなものがあってはいけないと思いこんできたもの。
それを全部知ってもらって、知ったうえで、受け入れて、認めてもらえた。
ただそれだけで、私はゆるされたのだと感じ、そしてそれまで自分で止めよう、止めようとしていた命の流れが、生々しく蘇ってくることを実感しました。
8ハウスをめぐる旅のはじまりです。
探求は終わることなく、私のなかにある秘密を、忘れていたものを、気づかずにいるものを、いまでも果てしなく、見つめ続けています。
ぜひ、みなさまもご一緒に、8ハウスの探求をいたしましょう!!