あまり会わない友人(9) 私は哀れな噴飯もの | 自分史の旅 tarojie

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黄昏の落ち葉が似合う年齢になった。何かを残すこともない過ぎ去る日々、何かストーリーを書いておきたいと思いブログを始めたものの面倒だと思う日もある。忘れること思い出すことできなくなるかもしれない。まだ真黄色な楽園ではない。少しは色もある萎びれ枯れて行く。

あまり会わない友人(9) 私は哀れな噴飯もの

 

また新潟、柏崎の友人を訪ねた。やはり遠い。ここは結節点の駅だ。しかしほぼ1時間に1~2本しか走らない。私の視点からあまりにも不便駅で今回も新幹線を乗り継ぐ東京経由での訪問である。飛行機も金沢回りで新幹線利用もやはり遠い。

 

金沢周りでは自宅まで500㎞余り最大8回乗り換えと出てくる。う~と唸ってしまいそうだ。少し前の地震でここにも影響があった。道路が少し壊れ赤い三角ポールが並べられていた。駅前のホテルは最も影響を受けたようだ。廃業となっていた。

そんな不便なところであるが駅前にはまだ2つ大きなビジネスホテルがあった。我が町の20万都市にも2つのビジネスネスホテルがあるが柏崎とは異なる。ここ隣の刈羽村には原発がある。当然この辺りにはそれなりの費用が払われている。

 

大阪郊外、我が町のサラリーマン世帯ばかりの市と違って財政は豊かそうだと市役所の建物でそう思ってしまった。私は必ずしも原発反対ではない。世の中には絶対安全なんて存在するほうがおかしいと思っている。

人為的な戦争なんて理不尽にも核で脅迫している国もある。そんな危険度から考えると原発は遥かに安全みたいなものだ。大きな自然災害に人類は逆らえない。技術進歩で安全な原発に近づけることは可能だ。

 

友人も70半ばに差し掛かろうとしていた。彼と私と共通するのは国際結婚であったこと。彼に私は尋ねた。ここが最後の住まいですか。彼は『そうなるであろう』といった。小高い丘の上の住宅地が広がっている。その中に彼の家がある。

また大阪からきて何度も乗り換えこの不便なところで再会できるかどうか。いつも噴飯ものの私は私自身が今の住まいが最後にならないかと願っている。噴飯ものはいつも腹立たしい意味である。本来のみっともないではない。『君の顔、哀れでみっともないで』

(2024年6月3日)