叩けば埃は出てくるもんで
僕のなかにも埃は在る

綴ってきていないだけで
ドン引きされる行為も 自らしてきたし

その行為によって
誰かを深く傷つけてしまった

自分がされて不快を抱く行為も
あはは的な乗りで
平然と行った時も在る

当たり前だけど
神さまはみている

誰かを通してもまた
神さまはみている

自分がやらかした行為を
徹底的に向き合わされたのが
30代半ば辺りからで

自分がやらかしてしまった事柄
それらと向き合うその過程は 恐かったし
認め受け入れられなかったし
なによりも苦しかった

その苦しいと感じ思っているもんが
自分が誰かにしてしまった
彼らの感じ思いでも
あったりするのだろうし

誰かからされた事も同様で

自分では許すという事が出来ないから
神さまに赦して頂く

その段階まで持っていく
その努力は必要だよなぁと

やらかした事や されてしまった事は
はいおしまい、消えました
ちゃんちゃんと 
 
バラエティ番組とかで使用される音楽と共に
終了となるわけでもなく

ある一定時期を過ぎたら
同じように思い出しが始まり
苦しくもなったり 痛くもなったり

その繰り返しのなか
内省し反省し 悔い改めなければいけないところは
悔い改めていく 改善していく

刻み込んでいく
同じような過ちを繰り返さないように

そして 
神さまに赦して頂く
誰かからされた事も同様に

苦しみは痛みは徐々に少しずつだけど
和らいでくるよなぁと
 
一気にではないところが その経験を通して
相手の立ち位置からの感じ思いもまた
知って理解していく
その事に向き合わされる時間なわけで

スルーはけして出来ないなと
スルーしちゃいかん
後回しにしているだけで

そうやって徐々に少しずつ
自分も苦しんでいる
相手も苦しんでいる

双方の痛み苦しみもまた
知って理解出来るようにも
なっていくだろうし

痛みや苦しさを知っていくのは
時として残酷ではあるけれども

その道の向こうに在る
光・陽だまりの方に
僕はやっぱり行きたいなぁと

大きな思い 慈悲や慈愛を育んでいく事が出来る
生身の人間で在りたい
 
色んな事が在る
色んな事が在るのが生きている
という事でも在るのだろうし
 
筒がない人生を送りたいけど、
そういかないのもまた
生きるという事でも在るのだろうし
 
わからない事、知らない事、からの気が付いた事
時間がかかる事も在る
それもまた生身の人間
 
大きな思いで 多方面から観ていく捉えていく
その努力というのか 忍耐を鍛えられている
 
あらためてそう感じ思う朝
 
 
3月の始まり 春だなと(3月の頭にtwitterでシェア)
最後にもう1度、わかれびーさー(最後の寒さ)が来て
春到来というかんじになるんだろうな
 
今朝の記事は2年前。
 
この当時の傷ついた状態からは
もう抜けているけど
傷ついて回復に向かう過程は
だいたいこんなかんじ
 
生身の人間。傷ついて、痛みを知る
そして 自分はどうだったのか。内省する
悔い改めなければいけないところが
あるのであれば、反省し、悔い改める
そして 改善の方向に持っていく
 
自分だけではない
自分だけが傷ついているわけではない
そこをまず知っていきたい 
 
元となっている、在り続けている、
トリガーとなっている思い、正体
 
その正体を癒していく、ということね。
 
なにかしらに固執しすぎて
思い詰めている時は苦しい
 
肩の力抜いて、と
そう伝えられても
 
これがまた なかなかねぇ
むずかったりもする
 
独りを感じ思い
この世の果てにいるような
そのような思いには
はまってほしくないなぁと
慣れてほしくないなぁと
 
僕自身も含めて
色んなひとたちをみて
そう感じ思う
 
誰かと関わることが可能な
その接点の場が在りながらの
ひとりがすき、と
 
物理的にも 精神的にも
独り、孤独の状態は
またちがう意味合いだからさ
 
ひとにはひとが必要だと思う
思い思われて生きていこう
 
 
色んな様々な反応を見せてきたなぁと
戸惑ったし、戸惑わせたなと お互いに
 
すきな写真に出会ったので
 
 
 
数年経過して あの時のあのひとの言葉の背景に在った事柄を
別のアングルから捉えることが出来て
そういう意味あいというのか、含みがあったんだなぁと
 
1対複数人はフェアではないよなと
その複数人は似たようなひとたちの集まりで、
観方 捉え方も ほぼあんまし変わらないだろうし
 
彼らの言葉を鵜呑みにはしなかったけど
自分たちの隠しておこうとしていた事柄は棚に上げて
1人のひとをあれこれ言うのは、フェアではないよなと
 
結果、その後、いさかいとかしたわけではなかったけど
その複数人と関わっていた場所から 僕は遠のいていった
気持ちが向かわなくなったというのか。
 
嫌いになったわけではないし、お世話にはなったから
その時の自分の感じ思いと交差して
妙なうしろめたさがあったけど
あの時はあれでよかったんだと、今日そう感じ思った
 
誰かを自分たちの都合のいいようにする為に
保身の為に ワルモノにしちゃいかんよ
 
自分のセクシャリティを知られるのを恐れて
周りをインバルブして 同乗させて そのひとにとって
都合のよろしくない 誰かをワルモノにして
追い出すような そのような ながれを作り 持っていった
その可能性が高い、という事に気が付いたという事
 
その後その場所、グループ内でなにかあったらしく
彼らは分散してしまった まぁ、そうなるわなぁと
 
戒めとして、心に留めて置こうと
あらためて、感じ思っている
 
彼らそれぞれが、あれはまずかったと気が付き
内省し反省し、悔い改めるところは悔い改めて
改善へと取り組む、生き方をしていることを祈っている
 
 
 
あの頃の僕たち これからの僕たち
 

取り組まさせて頂いている仕事の内容・詳細、

問い合わせ先です

僕の人生のあらすじを綴っています

 

 

御嶽・御殿・拝所を継承していく一族で

長い年月のあいだ放置状態を続け、現在に至り

どのように扱っていけばいいのか?

模索している方たちに向けて

 

そのような状態の中に在る、

御嶽・御殿・拝所の復活に関しては

「僕がさせて頂いている仕事について」内に

詳細が綴られています

 

参考にされてください

 

 

主よ、あなたはわたしを究め

わたしを知っておられる。

 

座るのも立つのも知り

遠くから私の計らいを

悟っておられる。

 

歩くのも伏すのも見分け

私の道にことごとく

通じておられる。

 

わたしの舌がまだ

ひと言も語らぬさきに

 

主よ、あなたは

すべてを知っておられる。

 

前からも後ろからも

わたしを囲み

 

御手を

わたしの上に

置いてくださる。

 

その驚くべき知識は

わたしを超え

 

あまりにも高くて

到達できない。

 

詩編139
 
 
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