人生で無駄なことはない!
色々なスポーツの解説を聞いていると、あの時○○していれば・・・。もし○○だったら・・・。のような、「たら」「れば」をよく耳にします。
確かに野球の応援をしていても、イライラしながらそう思うことも多々ありますが…(^_^;)
しかし、スポーツに限らずですが、メンタルな部分は大きく影響しますから、「もしも○○だったら」が叶ったとしても、それはそれでまた違う展開になっていたかもしれませんね。
自分に都合よく、いい結果だけを求めようとすると、今と同じ結果を前提に過去だけを変えようと思っているので、現実はその通りはいきませんよね。
人生も同じで、仕事の事でも、普段の生活の事でも、例えば趣味の世界でも、あの時こうしていたら、あれをしていなかったらと考えてしまうことも多いのですが、そういうことがあるから、今回の事を反省したり次に向けての準備が出来るのだと思います。
すべての結果は必ず次の種(原因)になりますから、起きた出来事を悔やむのではなく、これからどうするか?を考えるほうが大事ですね。
つまり、何かの結果を受けて次の行動をするはずですから、思ったようにいかなかったと思えば、この事実(結果)を伸びしろと捉えて次に繋げればいいし、うまくいったと思えば、このまま維持もしくはより改善して広げていけばいいだけだと思います。
そうして良い事も悪い事も、すべて自分の心の中の「経験」という箱の中に蓄積されます。
後は、この経験をどう活用するかです。
ただ、やっかいなことに、これが「経験」の箱の中から出てくる(気付く)までに意外と時間がかかるんですよね。
まあ、だから人生は面白いのかもしれません。
良い事も悪い事も、決して無駄なことはありませんね。いつ気付くかだけです。
今の生活が良ければいいのか、老後まで含めてトータルの生活をより良くすればいいのか、どちらがワクワクした人生を送れるかを考えていくと、もっと楽しい人生を送れると思います。
人生のピークは死ぬ時だと思っている、占いをしてもらうと大器晩成と言われる中村でした。
確かに野球の応援をしていても、イライラしながらそう思うことも多々ありますが…(^_^;)
しかし、スポーツに限らずですが、メンタルな部分は大きく影響しますから、「もしも○○だったら」が叶ったとしても、それはそれでまた違う展開になっていたかもしれませんね。
自分に都合よく、いい結果だけを求めようとすると、今と同じ結果を前提に過去だけを変えようと思っているので、現実はその通りはいきませんよね。
人生も同じで、仕事の事でも、普段の生活の事でも、例えば趣味の世界でも、あの時こうしていたら、あれをしていなかったらと考えてしまうことも多いのですが、そういうことがあるから、今回の事を反省したり次に向けての準備が出来るのだと思います。
すべての結果は必ず次の種(原因)になりますから、起きた出来事を悔やむのではなく、これからどうするか?を考えるほうが大事ですね。
つまり、何かの結果を受けて次の行動をするはずですから、思ったようにいかなかったと思えば、この事実(結果)を伸びしろと捉えて次に繋げればいいし、うまくいったと思えば、このまま維持もしくはより改善して広げていけばいいだけだと思います。
そうして良い事も悪い事も、すべて自分の心の中の「経験」という箱の中に蓄積されます。
後は、この経験をどう活用するかです。
ただ、やっかいなことに、これが「経験」の箱の中から出てくる(気付く)までに意外と時間がかかるんですよね。
まあ、だから人生は面白いのかもしれません。
良い事も悪い事も、決して無駄なことはありませんね。いつ気付くかだけです。
今の生活が良ければいいのか、老後まで含めてトータルの生活をより良くすればいいのか、どちらがワクワクした人生を送れるかを考えていくと、もっと楽しい人生を送れると思います。
人生のピークは死ぬ時だと思っている、占いをしてもらうと大器晩成と言われる中村でした。
老いを防ぐ?
最近、TVや雑誌、新聞で、様々なサプリメントのCMが目につきます。
体の衰えや不調は、老いだけではなく栄養が不足しているのでは?といった内容のものが多いような気がしています。
自分も老眼が進んだり、爪が割れやすくなったりと、こういったサプリメントに頼りたい気持ちはよくわかります。
しかしこのサプリメントが、家計の支出の中でもなかなか侮れない支出になっていることもあります。
仏教の教えの中に「諸法無我」というものがあります。この世に永久不変のものは存在しない。
つまり永久に変わらない「我」とか、「我がもの」というものはないということですが、自分の体も心も「我がもの」と思いがちです。
しかし、よく考えてみると体といい心といい、少しも自分の思い通りになってくれません。
もし思い通りになるなら、老いたり病んだり、ましてや死んだりすることはありません。
地位や名誉・財産も同じことですね。
このことに気が付かず、「我がもの」であると思い込んで、これにとらわれ、いたずらに迷い苦しんで、必要以上のお金を使っていることもあると思います。
そういえは、先月亡くなった私の母親も年金が少ないとボヤキながら、数種類のサプリメントは定期購入していましたね。
決して無駄遣いだとは思いませんが、この自分の思い通りにならないということに、どう向き合っていくかで、お金の使い方や生き(活き)方が変わってくるのではないかと思います。
しかし、やっぱり年は取りたくないなと思う今日この頃でした。
体の衰えや不調は、老いだけではなく栄養が不足しているのでは?といった内容のものが多いような気がしています。
自分も老眼が進んだり、爪が割れやすくなったりと、こういったサプリメントに頼りたい気持ちはよくわかります。
しかしこのサプリメントが、家計の支出の中でもなかなか侮れない支出になっていることもあります。
仏教の教えの中に「諸法無我」というものがあります。この世に永久不変のものは存在しない。
つまり永久に変わらない「我」とか、「我がもの」というものはないということですが、自分の体も心も「我がもの」と思いがちです。
しかし、よく考えてみると体といい心といい、少しも自分の思い通りになってくれません。
もし思い通りになるなら、老いたり病んだり、ましてや死んだりすることはありません。
地位や名誉・財産も同じことですね。
このことに気が付かず、「我がもの」であると思い込んで、これにとらわれ、いたずらに迷い苦しんで、必要以上のお金を使っていることもあると思います。
そういえは、先月亡くなった私の母親も年金が少ないとボヤキながら、数種類のサプリメントは定期購入していましたね。
決して無駄遣いだとは思いませんが、この自分の思い通りにならないということに、どう向き合っていくかで、お金の使い方や生き(活き)方が変わってくるのではないかと思います。
しかし、やっぱり年は取りたくないなと思う今日この頃でした。
繰り返し、繰り返し…。
先日ある本で「読書百篇 意 自ら 通ず」という言葉が書いてありました。
どんなに難しい書物であっても、繰り返し読むうちに意味が自然とわかるようになるものだという意味ですが、解ったつもりでも何回も読まねば本当の意味は解らないという教えのようです。
この本を読みながら恥ずかしくなったのですが、我が家には一度しか読んでいない本が沢山あります。
確かに本を読んだときはなるほどと分かったような気になっても、少し経つとすっかり忘れてしまっていますね。
本を読むことも、人から話を聞くことも同じだと思います。
資格を取るために勉強する、自己啓発のためにセミナーへ参加するなど、何かの目的を達成するために、読んだり聞いたりすることは沢山あると思いますが、身に付けたいと思ってやったはずが、実は読む(習う)ことで満足していることが多いのではないでしょうか。
何事もきちんと身に付けている人(プロとも言います)は、繰り返し、繰り返しの反復練習をしていますね。
やはり、やり続けることが、いい結果を出す最善の方法ではないかと思います。
身に付けたいと思って、自分の時間とお金を使って、読んだり参加するものですから、一度で満足することなく、いい結果を出すために繰り返し、繰り返し学びたいですね。
一度しか読んでいない本が沢山ある本棚を見ながら、再度読み返してみようと思った今日この頃でした。