おはようございます✨
のりこです。
昨日は気持ちいいお天気の神戸でした。
いかがおすごしですか〜✨
=リライト*追記しました=
まんなかあたりです
クライアントさまが伝えてくれた
印象にのこる言葉があります。
あるワークがあるのですが
そのワークをしたくない
できません、と
言われたのでした。
わたしは、
じゃあ、やめておきましょうと
言いました。
いい悪いでもなく
どうしようでもなく
その場の流れを信頼して。
すると
その体験は
クライアントさまにとって
『嫌』と言っていいんだという
体験になりました。
拒否する、嫌と言うことを
受け入れられた体験になりました。
それは、別の言葉を使うと
自分の力を自分にとりもどす
ということです。
のちに
『権威に傷のある方』に
おすすめします
という言葉をもらいました。
『イヤ!!』
という気持ちを感じて
それを伝えることを
私たちは、とても幼いときに学びます。
イヤ!!
をはじめて覚えた時って
イヤ!! イヤ!! イヤ!!
を連発しますね
そういう幼い頃に、
この『イヤ!!』という気持ちを
表現することを抑えてしまう秘密が隠されています
たとえば
トイレのトレーニングが始まる時
おしっこした〜〜い
という欲求は
肉体的、生理的、本能的な欲求です。
おしっこした〜〜い
タイミングに
トイレに行けたらいいのですけど
自分ひとりではまだ
トイレに行けない幼い頃に
自分のタイミングで
トイレに行けないという体験を
したとしたら
たとえば
車にのって出かけなくちゃいけない
だから、、
今、トイレにいっておきましょう、とか。
トイレ行きたーい
といったら
お母さん、忙しくて、手が離せなくて
おもらししちゃった。
それから
お母さんのタイミングに合わせて
余裕をもって
トイレに行くようになったとか。
これは
トイレに行きたいという
本能的な欲求を
自分のタイミングで満たすことができない
生き物として
圧倒的な弱者ゆえに
身近な大人、養育者(この場合はお母さん)に
あわせて
本能的な欲求を満たすということを
無意識にくりかえしてゆく体験に
なるのですね。
そして
お母さんのタイミングに
『NO』
『イヤ!!』
を言えない選択を
繰り返してゆくことになるのです。
そんな風に
自分のイヤを封印するベースができると
自分よりも
相手の都合を優先するのがあたりまえ
そして、それは自分が生きていくのに必要だ
ということを
思考レベルではなく
生存本能的なところで
身につける、ということになります。
そういうベースができて
それを日々くりかえし強化しながら
生きてゆくと
自分よりも
相手のことを優先する
という態度が
当たり前に身についていきます。
『嫌』という気持ちを
内側にとじこめてしまうことが
当たり前になりすぎると
もやは、
『嫌』
だったということを忘れるくらいに。
心の奥で
ほんとうは
『嫌』
なのに、そう言えない
そうできない。
それが
スタンダードになって
生きてゆく。
✨ ✨
父は専制君主でした。
家でも会社でも。
父のいうことを聞くのは当たり前でした。
(こう書くと、どんだけ〜な気がしますが)
(まぁ、基本、そうでした、笑)
おまけに
わたしは、生まれる時に
いうこと聞かないと死んじゃう
という体験をしているので
(アーリートラウマ)
言うことを聞くことは
生きるすべでした。
ものすごく
自由をもとめながら
そして、
自由な人ですね。
と言われたり、するのですが
組織やコミュニティの中にいると
力を持つ人の言葉を
きかなければならないという
無意識の信念が根強くありました。
組織やコミュニティの中で
ルールは守らなければならない
というのはありますが
たとえば
個人の選択がゆるされる範囲でも
まわりの同調度が高いと
自分をだせない
自由にふるまえない
ということがありました。
私自身にも
『権威の傷』がありました。
ある場所で
チャレンジしました。
ならえ右から、外れて
自分が表現したいことを
表現したいように
表現しました。
それを
受け取ってくれる人がいました。
よかった。
そう思えた夜でした。
米粉のバナナマフィン
with神戸のいちじく
生クリーム添え
美味し〜〜かったよ
今日はそんな感じです
LOVE❤️NORI
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