弱点を克服する
昨日は「弱点を強みに変える」
というお話しをしました。
しかし今日は自分で反対のことをいいたいと思います。
なぜなら基本的に誰にでもいつでも
通じる「成功法則」というのは
ほとんどないと思うからです。
いくらいいことを聞いても
僕自身「いいと思うけど自分にはできないな~」
ということが結構ありました。
あまのじゃくなわけではないですよ(笑)
さて、脳科学者の
茂木健一郎さんはご存知ですか?
茂木さんによると
「生まれつき~のできない脳」
というのはないそうです。
上手にできることというのは
「何かを成し遂げる達成感」であるとか
「他者からほめられること」
「自分の知識欲を満足させること」など
自分にとってうれしい「報酬」を味わって
それをまた得ようと行動を繰り返しているうちに
上手になっていくのだそうです。
一方何かを「苦手」だと感じるのは
それによって楽しい経験をしたことがなくて
「楽しい、だからやる、そして上達する、またやりたい」
という回路がうまく回ってないからだと言います。
僕自身この話を聞いて
なるほど確かにそうだ!
と思いました。
わりと最近まで僕は
「続けること」が苦手でした。
思えば昔も習い事も始めては2~3ヶ月でいやになったり
ひと月で辞めた仕事もあります。
しかしここでよく書いている
自分に「小さな約束」をして
それを毎日守っていくという方法で克服できました。
この方法は自分に自信をつけて
セルフイメージを高めるためのものですが
やるとできる
できたら嬉しい
嬉しいとまたやりたくなる
ということを実感できました。
自分の弱みだと感じる部分は
それを逆手にとって
「うまく活かす」
こともできますし
「楽しみ」の回路をうまく作って
それを克服していくこともできます。
その二つは場合によって
使い分ければいいんです。
「続けること」が苦手だったころには
自分自身を分析した結果、
続けられない原因の一つが
熱しやすく冷めやすいからだということが分かりました。
そのころはあえてそれを利用していました。
勉強などでも自分はすぐに続かなくなるのがわかっているから
はじめの熱している間に人の数倍集中して取り組む
そして嫌になったらあっさりやめてしまいます。
僕の場合は嫌になったときに
どうせやらないのに
「ああやらなあかんな~」
と思っているのが一番ダメで
いったんほんとうにスッパリやめたほうが
あとからまた急に「やるぞ!」
という気持ちが湧いてくることがあるので
そうなったらまた短期集中をしていました。
マラソンはムリだけど
間をあけてダッシュを繰り返す
といった感じでしょうか。
こうして「活かす」ほうを自然にやっていました。
長くなりましたが
あなたがもし
「自分~を克服するぞ!」
というふうに克服するほうをやってみようと
思われたとします。
その場合間違っても
「つらくてもがんばる」のではなく
それを達成していく過程で
楽しみや喜びを得られるように工夫することが大切です。
「いやだ」と思っていることは上達しません
それで上達しない自分もいやになってしまいます。
ぜひご自身にやさしくしてあげてくださいね。
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弱点を強みに変える
さて昨日引っ張ったので(笑)
その続きです。
僕が理学療法士として(リハビリの人です)
とあるNPO講演会を引き受けたのですが
「うまくいくだろうか…」
思っていると
いい考えが浮かばずに
「自分のことはどうでもいいや
来てくれる人にとにかく役立つ話をしよう!」
と思ってから
クリエイティブな考えができた
という話を昨日しました。
今日はどのような考え方で乗り切ったかを
書きたいと思います。
「どうでもいいや」
と思うだけでは
ほんとにとんでもない結果になってしまいますからね(笑)
「自分を捨てる」
ことができるまでは
以前にそこで講演をされたのが
「~大学教授」とか「~センター長」
だというのを聞いてあせりました。
その当時仕事に就いて3年目だった僕は
「どう考えても分が悪い」
「自分が引き受けるようなものだったか?」
「自分の方が知識も経験も少ないだろう」
「肩書きもないし迫力もないぞ
だいたい160㎝だし(それはまあいい 笑)」
「それに講演慣れしてないし
(っていうかはじめて( ̄□ ̄;)」
「緊張するぞ」
「そしたら変な顔なるんじゃないか」
「きっと噛むんじゃないか
しどろもどろだぞ」
こんなことばっかり考えてました
よくこれだけ浮かぶもんです。
(よく引き受けたな\( ̄ー ̄;))
しかし自分が「上手にやれるか」
はどうでもいいやと思うと
「じゃあ今の自分の力で
相手に役に立つ最高のものを
やるとしたらどうしよう?」
という考えが浮かびました。
そう考えてみると
今までの講演者に比べて
「知識も経験も浅い」
→「聞く人により近い立場で
より分かりやすい、実践的な
話しをできるんじゃないか?」
それならいけるんじゃないか?
と思いました。
そしてNPOの主宰者の方に
今までの講演のやり方を聞くと
「だいたいその先生がほとんど
前に立ってしゃべりますね。
前もっていくつか質問を集めておいて
その回答は入れてくれます。
最後に会場でも2つ3つ質問を受け付けて
終りですね。
先に質問聞いておいて
自分がほとんどしゃべるように
しないと収拾つかなくなりますよ」
と教えていただきました。
それを聞いて
「そんなんで満足かなあ?
体はひとりひとり違うし。
ほんとは聞きたいことある人も
質問できてないはずや。
これはおもしろい
収拾つかなくしてやろう(笑)」
と思いました。
会場は2時間ぐらい押さえていたらしいの
ですが30分程度は
延長できるとのことでした。
最初から延長するつもりです。
僕は前でしゃべる時間は短めにして、
マットを持って行き
「実技」をすることにました。
はっきりいって
体の具合は個人個人違います。
実際にその人を見ないと
わからない部分が多い。
だから講演で前でしゃべるだけだと
かなり無難なものになってしまうんですね。
それにこのやり方にすると
みんな聞きたいことが聞けるはずだと思い
質問も自由に受け付けることにしました。
しかしこの「実技」をするというのは
今まであまりなかったそうです。
ただそうなると自分一人では全員見られないので
参加者をグループ分けにして
仲間にも手伝ってもらうことにしました。
もちろんやる内容はあらかじめ
僕がほとんど決めてはあるんですが
当然人によってどんな質問がくるかは
わからない。
でも普段仕事をしているときでも
質問されれば何を質問されても
たいてい答えます。
なので一応想定問答とその答えだけは用意しておいて
あとは
「基本的には普段みんながやっていることを
信じるからいつものように答えてくれたらいい。
もし返答に困る質問が来た場合だけ
僕に振ってくれたらいいから」
とお願いしておきました。
案の定そうして輪になってくだけた雰囲気になると
質問が出るわ出るわ。
普通講演会などでもみんなの前で
手を挙げられる人はあまりいませんよね?
でも輪になって「実技」をやる
となるとみんな質問できるんですね。
他の人を押しのけても
訊きたいという人もおられました(笑)
これが自己啓発系の講演なら
そこで手を挙げられるくらいじゃないと
成功しないぞ!
と言いたいところですが(笑)
だいたい「教授」などと違い
どう見ても「ただの兄ちゃん」
の僕たちには質問しやすかったはずです。
こうして結果的に
いままでの「偉い」
先生方より楽しんでもらえたようでした。
(なので僕の最初の下手なしゃべりも
誰も覚えていないはず(笑))
僕はこの経験を
専門知識も経験も肩書きもない
「のに」うまくいったのではなく
専門知識も経験も肩書きもない
「から」うまくいったんだと思っています。
もちろん自分の得意なところ
自信のある部分はそのまま十分使えばいいんです。
「強み」は十分活かすべきです。
しかし「弱み」に見える部分も
「自分の一部」には違いありません。
そういう「弱み」の部分も何かうまく利用できないか
と考えてみるのも面白いですよ。
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自分を捨てるといい結果が出る
「自分を捨てるといい結果が出る」
ただこれ間違ってほしくないのは
「自分を殺す」ではありません。
「自分を殺す」は
嫌なことでも「我慢」して「頑張る」ことです。
「自分を捨てる」は目の前の物事や
相手にしている人に集中して自分のことは忘れた状態です。
僕の以前の経験をお話ししたいと思います。
僕は理学療法士という仕事をしているのですが
以前に講演をやったことがあります。
とある患者さんが主宰されているNPO法人からの依頼でした。
僕ははっきり言って人前で話すのは
それほど得意ではありませんでした。
しかし病院に依頼が来たときに
「うわ~そんなんやるの怖いな」
思いました。
しかしそういう恐怖心を感じたがゆえによけいに
「いやこれを逃げると一生人前に出れない気がする」
と思い自ら引き受けました。
悪く言えば自分のためです。
そして引き受けてから
以前どんな人が講演をされてたのかを聞いてみると
大学の教授とかなんとかセンターのセンター長とか
そんな人ばかりでした。
かたや自分は3年目のペーペーです。
肩書きもなければ
経験も知識もない。
正直「しまった…なんちゅうもん引き受けたんや…」
と思いましたよ(笑)
「今までの人みたいにちゃんとやれるのか…」
「これは恥かくだけじゃないか」
「笑われたらどうしよう」
「うまくやれるやろうか」
そんなことばかり考えてました。
たしか引き受けてから半年くらい時間はあったはずです。
最初はとにかく悩みました。
しかし数カ月過ぎたころにふっと考えが変わりました。
「別に自分はどう思われてももうええわ、
聞きに来る人は少しでも役に立つもんが
ないかと思ってきてるだけやろ
自分のできる範囲でやるしかない」
そう思ってから
ふっと心が軽くなりました。
そうなってしまうと
あとはクリエイティブな発想が浮かびます。
結果的には「今までの先生よりよかった!」
というふうに言ってくださる方もいました。
このときはものすごく嬉しかったのを覚えています。
振り返ってみると
最初の自分はすでにバッターボックスに立ってるのに
「打てなかったらどうしよう」
「みんなにどう思われるやろう」
そんなことばかり考えている状態です。
しかしやるべきことは
もう目の前のボールに集中することだけ。
自分のことを考えている暇はないはずです。
自分がうまくいくことを考えているときは答えが出ず、
自分のことは忘れたときにいい発想が浮かぶという
経験をした出来事でした。
またこれがうまくいくためにはもうひとつ大きな
気付きがあったんです。
今回は明日に引っ張ってみます(笑)
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楽しむこと
今日は一日お休みでした。
うちの奥さんも今妊娠中なのですが
ちょっとお腹がしんどくて休んでいました。
なので子供と3人ずいぶんのんびり
すごしてました。
しかしあまりのんびり過ごしていると
逆にここに
「今日はこれを書くぞ!」
というほどのことが起こらないものですね。
もうちょっと困ったこと起こってくれ!
って感じです(笑)
でも一日ゆっくりして
少し気づいたことがあります。
最近結構幸せだなあと感じます。
しかし思っていたより
自分はまだまだ「楽しみ方」
が下手だと思うんです。
こないだも子供を見て
「人生楽しんでるな~」
と感動しました。
子供は車の乗り降りだけで遊べるんですから。
しかしどうやらまだ僕は
「楽しんでる」より
「がんばっている」「挑戦している」
自分が好きなんですね。
いや別にそれが悪いわけではないんです。
でも今日みたいにたっぷり時間があると
案外「やりたいこと」
が浮かばないんですね。
それでつい洗濯物を
全部終わらせるぞとか
部屋の掃除もして…
などとやることを作っていました。
しかしそれでも時間が余ります。
考えてみると仕事から帰った時の方が
今日の残り時間も少ないから
風呂洗って、あれやって、これやって
ブログも書きたいし…。
と意欲的になっています。
どうやらそれは「行動」そのものの
楽しさよりも「やるぞ!」
といったことをやれていることが
楽しいという感じです。
しかも時間が少ない時に
それをうまくやりくりしてできたぞ!
といって喜んでいたんですね。
でも一日あると
「まあ飲むか」
くらいしか浮かびません(笑)
前に聞いた話ですが
宝くじで一等が当たると
90パーセント以上の人が
「不幸になった、当たらない方がよかった」
と答えたという調査があるようですが
なんとなくその気持ちがわかりました。
自分の器というものがあるんだなあ
ということです。
お金も時間も自分の器が小さい時に
大量にやってきても
それを持て余すか下手すると人生を
壊してしまうんだと思いました。
なので前に向かって挑戦し続けることと
安定した場所であるがままの状態を楽しむこと、
この2つのバランスをとっていくことが
自分のこれからの課題だな
と思った一日でした。
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良い時もあれば悪い時もある
今日は久しぶりに「感情」
の話しから離れて
「好不調の波」についてお話したいと思います。
生きていくと
右肩上がりで成長したり
良いことがあってほしいなあと
願いませんか?
僕はそう願っていました。
しかし今はそれは幻想だということが
わかりました。
自分自身のコンディションひとつとってもそうですし
まわりで起こってくることもそうです。
よく学校の勉強なんかで伸びない時期が
しばらく続いて急にわかるようになる。
そしてまた伸びない時期がつづいて急に伸びる
という話があります。
しかし実際にはそれ以上に
努力を続けていても「落ちていく」
時期があるように思います。
僕自身最近
「自分で自分に約束したことを
しっかりこなす」
「やると決めたことをやる」ということを
毎日続けることで自分に自信が出てきました。
以前から書いている「小さな約束を毎日守る」
というやつです。
しかし調子のいいときほど
注意が必要です。
最初は小さな約束だったのが
昨日もやれた今日もやれた
じゃ明日も…!
と思っているうちに
次第に自分自身への要求水準が
高くなっていきます。
昨日の自分を超えないとやったきがしないような…
しかしあまり気分ののらない日や
体調の悪い日もあります。
そんなとき昨日よりがんばれない日がきます
そのとき…
以前の自分なら「やっぱり自分はだめだ」
と思って落ち込み、
やめてしまって
元通りになっていたと思います。
しかし
「人生には波がある。
必ず
昨日より今日の方が悪いことが起こったり
昨日よりうまくできない自分に出会う時が来る」
と調子の良い時から想定しておくことで
調子の悪い日もダメージが違います。
そんなとき「小さい約束」
だけは守るとことの良い点は
以前ならそこで全くやめてしまっていたところ
そこの最低ラインは守ることで
以前の自分よりはやれるぞ!
という自信を保てることです。
積木に例えるなら
以前の僕は
「よし一昨日は1つ積めた、昨日は2つ
今日は3ついけた、じゃあ明日は4つ
やらないとだめだ!」
と思っていました。
ところが数日のうちに気分の
のらない日がきます。
その時「ああ自分はだめになった
やっぱり無理だったんだ」
とやめてしまっていました。
やめてしまえばそれ以降
積木は0です。
本当に成長はありません。
しかし調子の悪い日は、
昨日が4つだったとしても
今日は1つでもいいのです。
それは昨日よりペースは落ちていますが
1つでも積むということで成長はあきらめていません。
以前の僕はそれを勘違いして
毎日少しずつでも積めばいいのに
積むそのペースを落とすこと自体が
負けだと考えていました。
やると決めたことがなかなか続かないとか
はじめはすごくやる気と希望に満ちているんだけれど
しばらくすると逆に心の負担になってすぐ何かをやめてしまう。
そういう人はもしかしたら僕と同じような思考を
しているかもしれませんね。
だめな時の自分にもやさしくしてあげることです。
僕は最近やさしすぎて玄関のくつを
そろえただけでも
「自分ってすばらしい!」
なんて一人で言っていますが(笑)
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自分の感情に責任を持つ
最近「怒り」という感情をテーマに
書いていました。
今日もその流れで気づいたことを
書きたいと思います。
最近職場に新しいバイトの
人が入ってきました。
僕たちの仕事の補助を
してもらう仕事です。
その人は50代くらいの
人で僕よりもずいぶん年上です。
実は僕はその仕事ぶりにちょっと
イライラしていました。
「ちゃんと言ったことができないなあ…」
「人の話しを聞かないなあ…」
しかし僕よりも先輩の人が
あまり何もおっしゃらないし
さほど怒ってもいないようなので
僕が何か言うのもなあ…
自分の心が狭いのか…
などと考えていました。
もちろん僕もイライラして過ごしたくはありません。
しかしどうもいちいちイライラしてしまう。
僕は今
「どうしたら自分はもっとイライラせずに
怒らずにいられるだろうか?」
という質問を自分に投げかけています。
幸い今日も少しの気づきがありました。
以前の職場で僕が目をかけている後輩が
いたのですが、
その彼のことをふっと思い出しました。
その瞬間にわかったことがあります。
「同じことを彼がしても僕は怒らないな」
ということです。
そうなんです。
僕の頭の中では
相手のことを
言ったことをちゃんと実行しない「から」
人の話しをちゃんときかない「から」
だからイライラすると思っていたのですが
違いました。
もし相手のその「行動」が気に入らない
なら誰がやっても許せないはずです。
しかし人によっては笑って流せるということは
僕は人を公平には見ていなかったわけです。
もちろん人間なので人の好き嫌いや
相性といったものはあります。
それにしても相手を過度に悪くとらえていたんです。
「人の話を聞いていない」など
一見明らかにマイナスに見えそうな要素を
上手に探してきていたわけです。
いやなやつですね(笑)
しかし会ったばかりの人なのでそこまで「嫌い」
という意識はありません。
じゃあなんだろう?
と考えてみると
僕の頭の中に
「僕らにとっては助手で、しかも僕より後に入ってきた人なんだけど
年はうんと上かあ、ちょっとやりにくいなあ。
若い素直な子が入ってきてくれた方がよかったなあ」
という考えがあったことに気が付きました。
それってあまりいい考え方とはいえないですよね。
年上でも素直でしっかりできる人もいれば
若くても頭が凝り固まっていて人の言うことを素直に聞けない人もいます。
レッテルを貼っているようで
自分ではあまり認めたくない感じ方です。
なのでそこはあまり意識しないようにして
その人たちの「行動」を
僕の怒りの「原因」
とみなして
批難していたわけです。
自分の外部で何かが起こり、その時
自分の感情が揺り動かされた場合
ついそのことを「原因」と考えたくなります。
しかし実はそのとき起こっていることは
「きっかけ」ではあっても決して「原因」
とは言えないということです。
そういえば河合隼雄さんも
「イライラするときは自分の中に何か見通せていないものがある」
とおっしゃっていました。
もちろん相手の行動があきらかな犯罪行為であるとか
誰がやったとしても許せない場合は別です。
批難すべきこともあります。
しかしある人の行動がとても許せない気持になったとき
同じ行動を自分の好きな人がやったとしたら…
そう考えてみて「許せる」
と思うならその時は
相手でなく自分の内面に向き合う方が
問題は解決に向かうかもしれません。
「自分の感情の責任は自分(の内面)にある」
ということです。
ただ間違ってほしくないのは
「自分に責任がある」=「自分が悪い」ではないということです。
誰が悪いと考えるのでもなく
見通してない「何か」を見つけようとするということです。
すぐに見つからない場合でもあせらないことです
少なくとも誰も悪くはないんだと考えるだけでも
少し嫌な自分から抜け出せます。
こんなことばっかり書いていると
いつも怒っている人みたいですが(笑)
一日のほとんどは楽しい気分ですごしているんですよ。
恐れられないよう念のため☆
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効率よりも大事なもの
昨日
「どうしたら自分はもっとイライラせずに
怒らずにいられるだろうか?」
と自分に問いかけていました。
子供との関係の中で
一つの答えが出ました。
子供といると
思ったように物事が進まない
ということがイライラの原因の
一つだったんですが、
それについて新しい発見があったんです!
今日仕事から帰って
子供と2人で車で買い物に行きました。
うちの車は後部座席の左側にチャイルドシート
を積んでいるのですが
買い物した帰りに急に
「右のドアから入りたい!」
(ちなみにしゃべれませんが雰囲気でわかります)
と言い出します。
僕は荷物を持っていたので
「もうさっさと左から乗ってくれよ~」
と思っていました。
その時さっきの問いがふと
頭をよぎったんです。
そこではっと気が付きました。
なるほど自分は効率よく物事を処理することばっかり考えてたのか
と気づきました。
知らない間に仕事頭になっていたようです。
子供はとにかく楽しむことしか考えていないんです。
これは自分もちょっと悪かったかもしれないと思いました。
なので僕は荷物を一旦置いて
右のドアを開けてやりました。
すると小さな体で自分で車に上り
車の中も歩きにくいのに横移動して
自分でチャイルドシートに
上って行きました。
またそれがすごく楽しそうでした。
僕はそれをみて妙に感心してしまいました。
「なるほど、こんなことでも楽しめるのか」
「自分はどれほど人生を楽しんでいるだろう」
「そうか自分は効率優先で来たけどもっと人生を
楽しめと教えてくれているのかもしれないな」
そんなことがさーっと浮かびました。
そしてその考えが頭に浮かぶと
あまりイライラを感じなくなりました。
大人になると人生のいろんなことを
単なる「作業」にしてしまって
楽しむことを忘れてるのかもしれません。
もちろん2歳の子供と違って
大人には「やらなければならないこと」も多いでしょうし
もうすでに経験してしまっていることも多いと思います。
なので車に乗るだけで楽しむのは難しいでしょうが
少しの工夫で日常の雑事でも仕事でも
応用は効くなと思いました。
でも「やらなければならないこと」
を楽しみに変える方が
よっぽどクリエイティブさを要求されると思うんです。
なのでこれをうまくやれると
「自分すごいぞ!」なんて一人で思って
わくわくしてきました。
それで僕の場合は具体的には
たとえば家事をやるにしても
皿を洗うのに昨日は20分だったのを
今日は15分でやってみよう
とか
仕事でも
今日は自分が仕事で接する人を
昨日よりも5人多く笑顔にして見せよう
とか遊びの要素を入れて楽しめるかもしれないと
思いました。
(どうもこの数字が入るのが仕事の感覚が
抜けてない気もしますが…笑)
子供はまあ僕がそんなことを考えてるとは
思ってもないでしょうし
本当に好き勝手で非効率なんですけどね(笑)
しかし彼らにとっては何事もはじめての経験だし、
そうやって楽しむことを
大人になっても忘れてほしくないという気持ちになりました。
なにより僕に人生を楽しむことを
教えてくれてるんだなあと思うと
少し余裕をもって見れるようになった気がします。
物事をスムーズにこなすことより大切なことも
あるんだなあと気づいた一日でした。
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感情のコントロールもなかなか大変
今日は自分の感情をコントロール
するのになかなか苦労しました。
というのも今日は奥さんが料理教室だったので
子供と2人で留守番していました。
(子供2歳です)
そしたら…
まあ子供のことですから
やりたいものはやりたい
やりたくないものはやりたくない
要求がとってもストレートです。
しかしこちらも
延々冷蔵庫の上の電子レンジをさわらせてくれ
などととごねられたりとか
自分がちょっと思いついたことを
書いてまとめようと思っても
紙もペンもぶんどられる
なんてことが続くと
いい加減にしろ!
と言いたくなってしまいます。
また外を歩いていて
水溜りの上なんかを
わざわざ通りたがるので
横を歩いてもらおうと
すると怒り出して暴れたり…
そんな具合に
子供といると自分のやりたくないことを
させられたり
やりたいことをできない
ということが結構あります。
または
こうした方がよいのになあと
よかれと思うことがあってもやってくれなくて
イライラすることがあります。
こちらも特に気分の良い時は
それでも付き合ってやれるのですが
実は昨日と今日は
あまりよくなくて
ついイライラします。
しかしもともと僕は感情のなかでも「怒り」を
上手に処理することができていませんでした。
「怒り」を感じても黙っていて、引きずって
しまうことも多かったように思います。
今日はうまいことよく怒らせてくれたので(笑)
ちょうどいい機会だと思い
自分の感情と思考を振り返ってみることにしました。
そこでわかったのは
僕の場合、以前から怒りの処理がうまくなかったのは
頭で考えたことと感じていることが違っていて
「混乱」していたからのようです。
どういうことかというと
前に何かのセミナーで
「感情は良い悪いじゃないので
あるがままに認める、感じつくしたほうがよい」
と聞いていたので
そうしようと思っていまいた。
でも本当は自分では
「自分は怒りっぽいんじゃないか?
もう少し怒ることを減らせないか?減らしたいもんだなあ」
と思っていました。
しかしその考えだと
「怒りは悪いものとみなして受け止めてないことになる」ので
「減らしたい」という考えは抑えているんだということに気付きました。
僕は
「もっと怒らずにすごしたいなあ」という気持ちと
「特定の感情だけ減らしたい消したいなんて、感情を受け止めたことにならないのでは?」
という理性・思考の間で揺れていたようです。
それに気づいて自分はずいぶんめんどくさいやつだなあ
と、あらためて思いましたよ(笑)
しかしこうやって自分の思考が特定できてみると
「イライラや怒りを減らしたい」
というのは別に悪いことでなく
またその考え方が自分の感情を受け止めてない
ことにはならないなと感じました。
結局抑圧しているときほど
見えない怪獣と戦っているようなもので
はっきり意識できると大したことないなあ
という感じです。
そう思えたので
こないだ
「未来志向でいこう!」
で書いたように
「どうしたら自分はもっとイライラせずに
怒らずにいられるだろうか?」
という問いを投げかけることにしました。
これだけでも自分の中の論理的な思考をしていた部分と
本音の感覚の部分がつながったのでずいぶん楽に
なりました。
おまけに自分がいい思考パターンに戻れると
まわりの物事もうまくいくようです。
気分もちょっとすっきりしたので
やれることをやって今日を終えようと
部屋の片づけを始めると
以外にも子供も手伝ってくれました。
そうやって子供のいいところを見ることができて、
さらに片付けをしてたのを奥さんにも感謝され
結局気分よく今日を終わることができました(^^)
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言葉の力
「ついてる!」とか
「自分にはできる!」
といった良い言葉を使いましょう
そうすれば
本当に言葉にした自分に
なっていきますよ
という教えがありますよね。
言葉には力があるというのは
本当だと思います。
でもどうですか?
これはやってみた方が
多いと思ういのですが
続けても全然理想の自分にならなくないですか?
「自分は成功するぞ!」
ていってるのに相変わらず
安月給のサラリーマンだなあとか(笑)
これには理由があります。
言葉に力がある
というのはあくまでも
そこにイメージやエネルギーが
こもっている場合だけです。
つまり「ついてる」
というならついてる感覚
「自分はできるぞ!」
というならできる感覚が浮かんでなければ
全く逆効果な場合があります。
たとえば人前に出るのが苦手な人が
何かの司会をしてくださいと言われたとします。
良い言葉を言った方が良い
ということは知っているので
「自分はうまくゆく」
と口に出して言ってみます。
前の晩から自分に言い聞かせます。
で当日も緊張しながら自分に言い聞かせます。
でも……
失敗します(笑)
なぜでしょうか?
本当にうまくゆく
と思ってる人はわざわざそんなに必死に言葉にしません。
自分はだめじゃないかと
思っているから
放っておくとしていると悪い言葉の
方を言いたくなるから
でも言葉にすると実現するといわれてるので
悪い言葉を出したら駄目だと思っているから
だから悪いことを表面に出さないように
良い言葉を使っているだけです。
でも心で本当は「だめだ」
と思っていると残念ながらそちらが
実現されてしまします。
言葉よりも
心のイメージの方が強いです。
こちらはもはや信念みたいなもので
いくら口で言っても心が納得していないわけです。
今まで、実際に言葉にしたことを
次々達成していく人と
口にするだけでできない人を
観察してきて
わかったことがあります。
普段から自分が話しをしたり
物事を決断する際に
自分の「感性・感覚」にちゃんとつながって
それは楽しそうか、わくわくするか
嫌な感じがするか、ということ
を感じられる人は
わりとうまく行きます。
「論理・知性」にたよりがちで
感覚よりも表面上の言葉が
論理的かとかその話が正しそうか
ということに意識がいって自分の感覚に
つながってない人は
言葉と心が一致していなくて
うまくいかないことが多いです。
これは傍から見ている方が
よく見えます。
まわりに「おれは3年以内に独立するぞ!」
などと言ってるけど
「あっ、この人無理だな」って感じる人
いませんか?
そういう人は、言ってる自分も本当は無理と感じていて
自分を奮い立たせるためにそう言っています。
そしてその雰囲気が滲み出ているから無理そうだなと見えるんです。
僕はどちらかといえば「感性」より「論理」派
で自分が感じることよりも
正しそうなことを言っていたように思います。
口に出してるのにうまくいかない、
おかしいなあ
と思っていました。
でもうまくいかないはずです。
言葉にはしていましたが
自分が一番その言葉を
信じてなかったわけですから(笑)
なので最近は感覚が伴わない言葉は言わないで
なるべく本当に感じた事を
言葉にするようにしています。
成功する「ために」
「自分は成功する」とか口にすることはやめて
日常でちょっとした嬉しい出来事があったら
「よっしゃ!」
本当にうまくできたときに
「おれもできるやん!」
などいうようにしています。
逆に無理だと感じたらちゃんと「無理だ」と言う。
そうやって「心にもないこと」を言うのを減らすと
自分の言葉と感覚がうまくつながってきます。
すると言葉にエネルギーがこもり
だんだん口にしたことが実現しやすくなってきた
と感じています☆
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未来志向で行こう!
日々生きてるとなかなか思い通りに
いかないことも出てきますよね。
以前の僕はうまくいかないことだらけでした。
そんなとき
「どうして自分はうまくできないんだろう」
ってよく考えていました。
でも、この考え方ができなくさせていたのです。
僕の場合は
「何をやってもなかなか続かない」
「やると決めても3日坊主」
ということに悩んでいました。
(悩みは他にもたくさんありましたが…)
で「なぜ自分は続けられないんだろう」
そう考えると
理由はいくらでも浮かびます。
「忍耐力がないから」
「飽きっぽいから」
「すぐに楽な方に流れてしまうから」
「好きでもないのに始めたから」
はい(笑)悪いことがいくらでも浮かんできます。
つまり、「なぜできないのか」
という問いは
悪者探しです。
自分の悪いところを探しているわけです。
それは悪い点を見つけて改善したいと思うからですが
たいていの場合その悪い点は
あまり変えられそうにない自分の性質です。
ということは打つ手がない。
「自分はやっぱりだめだなあ…」
ということを確認するだけでした。
僕は今でも上に書いたような性質はそのまま持っています。
そんなに性格や性質が変わったわけではありません。
でも今は前ほど悩まなくなりました。
解決方法を知ったからです。
どうしたかというと
「どうすれば僕はやると決めたことを続けられるだろう」
と考えることにしました。
できない理由は考えませんできる方法のみを考えます。
するといろいろ浮かびます。
「続けるといっても毎日じゃなくていい、
1週間単位で2日できたらOKにする」
「やることのレベル、量を自分の負担に
感じない範囲まで引き下げる」
などいろいろ浮かびます。
浮かばない場合でも今日すぐに
答えを出そうとはしませんでした。
「どうしたらできるだろう」
という問いだけ心に置いておきます。
すると自分の感受性がよくなるというのか
普段の何気ないところでその答えに出会うことができます。
ある日セミナーCDを聞いていたのですが
そのCDで「毎日小さな約束して、それを実行する」
ということをおっしゃっていました。
直感的に
「これなら自分にもやれるぞ!」
そう感じました。
そうして実行してみると…。
できます、続けられます!
新しい自分に出会いすごく驚きもしました。
こうして「続ける」ことができたことで
今まで自分で下げ続けていた
自分のセルフイメージも高められるました。
その結果前に比べていろいろなことができるようになりました。
何より昔よりもずっと幸せな気分で日々をすごせています☆
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