一日一歩一ミリの成功 -140ページ目

39日目 トロントにて

カントリーヒルファームには“ベア”という黒いラブラドールがいます。
ご飯を食べていると横でよだれをだらだら垂らしながら
お座りしながら上目遣いでずーっとこちらを注視してきます。
その目からは満天の星が僕に降り注いできます。
ベアに残飯を与えてもOKなルールなので、
いっぱいじらした後、残飯をあげます。


「あーめっちゃかわいいなあお前は…こほん、松田光一です」


この週末(僕の週末は木曜日夜~土曜日)
トロントに行ってきました。
一ヶ月ぶりですね。完全にホームタウンに帰るような心持ち。


木曜日は、
清水家に泊めてもらう予定でしたが、図書館で久しぶりのメンバーと合流して
久しぶりにグリーンルームに行くことに。
これまた久しぶりのビールが美味しかった。
そして久しぶりのトロントの友達に会えたことが嬉しいこと。
最近の出来事をたっくさん話しました。
笑ったなー。


旅も後半に差し掛かっているせいか、
トロントの街をただ歩いているだけで
また目頭が熱くなります。
思えばここに来たとき、目をキラキラさせてクイーンの通りに降り立ちました。
「どんなことが起こるんやろう?なにが待ってるんやろう?」

待っていたのは壮大な言葉の壁と、壮絶な寒さでした。
来る日も来る日も学校、仕事、図書館、カフェで勉強、フレンズDVD。
その繰り返し。電車に乗っているときはDUO 3.0。
暇があれば理解できないけど新聞に目を通していました。
年のせいなのか英語はなかなか伸びません。
もちろん簡単に伸びるはずもなく。


そう、トロントに来たときはこの街が実は嫌いでした。
「だってめっちゃ毎日楽しいことないし、お金ないし、英語ばっかやし」
でも東京にいたときは本当に本気で勉強がしたかったんだ。
だから日本人の少ない“トロントの冬”を選んだんだ。
おかげで外に遊びにいくこともできず、英語の勉強に励むことができました。


その嫌いだったトロントのことが
今はものすごく大好きになっている自分に気付きます。
トークン(電車に乗るための硬貨)を買うのをけちって、
ユニオンステーションからブロアまで歩きました。
通りはたくさんの肌の色の違う人々であふれています。
冬はほとんど外を歩いている人なんていなかったのに
今はタンクトップに満面の笑顔です。


勉強や仕事ばかりの毎日の中にもたくさんの思い出がありました。
ナイアガラの滝もいったし(そういえばブログに書いてなかった)
ケベックもモントリオールもオタワも行ったし、ニューヨークや肝心なCNタワーには上ってないけど、
ブロアの図書館やカレッジのティムホートン、ヤングストリートは完全に思い出でいっぱいでした。
ゲイの街ウェズレイも、セントクレアのセカンドカップも思い出でキラキラしていました。


金曜日は、
一番最初にお世話になったスーザンの家にも寄ってきました。
僕の次?にスーザンの家に住んでいた男の子が日本に帰るということで、
そのさよならディナーに招待してくれたのでした。
僕がここに住んでいた頃は彼らの英語が一切聞き取れませんでした。
トイレを借りてもいいですか?と聞くのも緊張でガチガチでした。
今は…めっちゃ聞こえます。子供達の言ってることが完全に理解できます。
昔は言葉の壁が高すぎて、子供部屋に入ることができませんでした。
ギャビンやピアスに話しかけられることに怖れていました。
でもこの日は一緒に空手をしたり、だっこしたり、
日本の子供と遊んでいるのと変わらない感じで接することができました。

ピアスが僕に小さなおもちゃをくれたことを思い出します。
「これマツにあげるよ」
彼らは僕に積極的に接しようとしてくれました。
そのとき僕はうまくコミュニケーションがとれなくて、
「さ、さんきゅう…」
きっと彼らも少し気まずい思いをしていたと思います。
「ほんまごめんやった。おれももっとしゃべりたかったんやで」
この日彼らと僕らの笑顔はほんとにキラキラしていました。


スーザンの家のあと、
はしごしてかずの家でユキ君のさよならパーティに合流しました。
トロントなのに懐メロがながれ、
日本人だけが集まる会。
一期一会の連続。毎週のようにさよならパーティがありました。
ものすごく笑いました。たくさんのシモネタも飛び交っていました。
結構お酒ものみ久しぶりに友達と酔っ払いました。


そして今日土曜日、
TOEICです。
若干二日酔い。ここが僕の詰めの甘いところ。テヘ。
8ヶ月目の成果が問われました。
目標は730点。
手ごたえは…Im' not sure です。

36日目 ホウキ

東京で総合職として働いていたとき、

「どうしてこんなにやらなきゃいけないことが多いんだろう?」

といつもいつも疑問に感じていました。

やってもやっても解決しない問題や課題たち。

山のような書類とよくにらめっこしたものです。


こんばんは。松田光一です。


ホウキで廊下を掃いているときに

「どうして毎日毎日おんなじようなゴミが発生するのかな?」

と想像していました。理由は簡単で、お客さんが馬を連れて歩くたびに土がこぼれるし、

馬が廊下で糞をしてしまうときもあるし、ヘイ(馬のえさ)を運んだときに藁が落ちてしまうし。

たくさんの理由はありますが、毎日おんなじようなゴミが廊下に必ず落ちるからです。


馬の部屋のフンを取り、シェービング(床にしく木の粉)を入れ替え水を入れ、ヘイを運ぶ。

その後散らかった廊下に水をまき、ホウキで履いていきます。

これは牧場の朝一のルーティンワークであり、仕組みです。


この作業を経てバーン(馬小屋全体を指す)はものすごくキレイな状態でお客様を迎えます。

誰でもできるようにルーティン化して、僕らのような海外から来た無賃金労働力にその作業を任せてしまう。

うまいこと仕組み作ってます。


東京で毎日のように発生する新しい課題を解決するために

簡略化、仕組み化をどのように図っていったらいいかをいつも考えていたのを思い出します。

作業を誰でもこなせるように仕組みを作ってしまえば

次の作業に取り掛かることができる。新しい案件を抱える余裕ができるし、

新しいアイデアを試す時間を作れるわけですね。


僕は個人的に “しくみ” を作るのが好きです。

単純に怠け者という見方もありますが、

たとえば牧場でホウキを掃く順番にいちいちアイデアを投入して、

「今日は馬部屋の掃除の前にホウキやー!」

とアレンジしてみてもやっぱり最後にホウキをしないと廊下が散らかりっぱなしになります。

簡単にできそうなことはどんどん仕組み化して前に進んでいかないと人生やれること限られてきますからね。


仕組み化できるかできないかは

アレンジしてみて「面白い」か「面白くない」かで判断できる気がします。

面白くないなものにアイデアを投入するんじゃなくて、

もっと大きくて面白いことに労力を費やすべきだと個人的には思っています。


「面白くないことはこなす。面白いことを思いっきりやる」

まあ、言うは易し。

35日目 またねジュリア

ジュリアがドイツに帰ってしまっ た~。

もはやジュリアのタバコ英会話タイムはなくなって、一人サイクリングの時間ばかり。

カナダのド田舎の豪邸にほぼ一人で暮らしてることに寂しさを感じながら、今日も元気に生きています。

かっとばせ!松田光一です。


最初はほんとにきつかった仕事も、もはやおちゃのこさいさいでこなせるようになってきました。

でっかいホウキを使って馬小屋の廊下を毎日掃くのですが、これが今はスイスイー。

まだまだ身体は鍛えられるようです。


「この人生の中でムキムキの身体を実現できるやろうか?」

腹筋が思うように割れたことのない人生を払拭すべく、

最近一日3回朝、昼、晩25~35回の腕立て伏せを

心がけるようにしています(うわーたいしたことな!)。

しかしこれがなんとなくいままでになく効いているようでなんだか手ごたえを感じます。

「こうじ君(親友)!結構胸固まってきましたよ僕!」


話は戻り、

ジュリアが帰ってしまって少し衝心中です。

彼女のフライトの日、

僕の机の上に庭に生えているデイジーの花束とともに手紙がおいてありました。

「わーなんていいやつなんやー。」

感動で涙がブワッとあふれそうになりましたが年齢も年齢なので我慢して

自転車乗って一時間ほど走りました。涙は広大な草原に消えていきました…。

「手紙にはテスト頑張ってね!結果報告してね!」

と書いてありました。


最近はもっぱらワインを飲みながら英語の勉強をするようになってしまった僕は

この勉強方法でいいのかわからなくなってきました。

(しかしこの勉強方法がなんともいえず贅沢で楽しい)

これはまさしく第5番目くらいの壁なのではないかと疑っています(もう何番目かわからない)。

というのも最近ものすごく聞き取れるようになってきたものの、

前にもまして喋れないようになったような気がするのです。


「うーんワイン飲みながら勉強してる場合じゃないなー」

と思いつつも、今週末2ヶ月ぶりのテストが迫っています。

これがカナダでの最後のテストになるでしょう。

結果はどうあれ、やるだけやってみるだけですね!

今もテキストで行き詰るところばっかりなので、

なんともいえませんが、残り数日勉強頑張るのみです。


「寂しいとか言ってる場合じゃなくて今できることは英語の勉強やから!」

自分に言い聞かせながら明日も頑張って馬小屋掃除するぞー!

Never say good bye, I say "See you later".