横浜市南図書館で行われた、岩波書店編集者堀内まゆみ氏の講演会、
「本と歩む人生―読者として編集者として―」(午後2時~4時)に行ってきました。
堀内まゆみさんは大学卒業後司書として国立国会図書館に勤務され、
その後、「新日本古典文学大系」の編集をきっかけに岩波書店に入社
それ以降、おもに児童書の編集に関わってこられました。
お生まれは新潟ながら、子ども時代を横浜市内で長く過ごされたこともあるそうで、
この日の講演では編集者として関わった本に関するエピソードはもちろん、
子ども時代から現在に至るまでのご自身の読書体験についてのお話を
たっぷりと聴かせてくださいました。以下は簡単な要約です。
●幼少期 寝る前の「おはなしつづき」
小さい頃の思い出では、母との寝る前の「おはなしつづき」が印象に残っています。読み聞かせはしてもらった記憶がないですね。おはなしつづきとは、母と交互にストーリーを紡いでいくというもの。これはとても楽しくて、この習慣のおかげでいつでもすぐにお話を作れるようになりました。
●小学生時代 『少年少女世界の名作文学』との出会い
小学校1年生のときから、毎月届く小学館『少年少女世界の名作文学』を小学校5年生まで
続けて購読し、全50巻を毎月楽しみに読んでいました。
これは子どもが読みやすいように世界の名作をダイジェストにしてまとめたものです。
当時、ダイジェストになっていることの是非が論争になったこともあったようで、母から継続するかどうか希望を聞かれたことがありました。私はこの本の内容もさることながら、本自体の美しさ―挿絵や表紙の名画など―も捨てがたく、続けたいと言ったのです。
ダイジェスト版の是非に関しては、わたしは子どもが名作に触れるきっかけとしてはよかったのではないか、と思います。実際たくさん読めるので、その中から好きな作品を選んで読むつまり読みとばしを覚えましたし、世界の文学MAPを頭の中で描けるようになりました。この経験が、のちの本との関わりの基礎となっていると思います。
●中学校~大学時代 ダイジェストからもとの本へ
小学校時代に読んだ世界の名作文学の中から、好きな作品を今度はダイジェスト版ではなく、もとの本で読み始めました。読みかえしですね。ひとつの本を深めるような読み方へとかわっていきました。中でも世界の民話、特に日本の民話や古典が好きだとわかり、自分の好きな本のベースができていきました。
また、国語の教科書やテストの問題文から気になったものの原文を探したり、好きな文庫本には自分で装丁をするなど、本をモノとしても好きになっていたようです。

小さい頃から物語や本が好きだった堀内さん。幼稚園の頃には小学1年生向けを選ぶなどいつも少し背伸びをして本を選んでいたそう。そんな堀内さんが岩波少年文庫に出会ったのは大学に入ってからだったとか。
司書として国立国会図書館に就職されたのち、「古典文学大系」の仕事をきっかけに岩波書店へ入社。その後、児童書編集部へ。本づくりの様々なエピソードを語ってくださいました。本好きの聴衆も次第に身を乗り出す雰囲気に・・・。
●編集の仕事
岩波書店の児童書編集部は3名です。実際は制作、校正などの担当者も合わせて8名くらいのチームで本作りをしています。
児童書は4年半ほど、一番長くかかわったのは岩波ジュニア新書で、10年くらい担当しました。海外の絵本などは原作があって、それをどう出版するかが主な仕事になるのですが、新書の場合は書下ろしとなるため、テーマ決め、書き手の方へそれをお願いするという形になります。この「ゼロから作る」という作業の土台は小学校時代の読書体験に基づいているように思います。
編集とは、人との関係、1対1の関係を結ぶことから始まります。わたしはラジオが好きなんですが、例えばラジオを聴いていて気になる人がいたら会いに行く・・・そんな風につねにネタを探し、アンテナをはって生活しています。編集者魂といいますか・・・これは司書の仕事にも似ていますね。
●編集部からマーケティング部へ
現在はマーケティング部で仕事をしています。講演会のセッティングやワークショップなどを担当しています。時には作家さんとゲストを招いての対談なども企画しますが、こういう仕事も編集と同じ感覚ですね。
また、本づくりでは目次がとても大切なのですが、イベントの内容も目次感覚で考えてると思います。
出版社に入ってよかったことは、原作者に会えることと嬉しそうに語る堀内さん。原書の魅力を最大限生かせるよう翻訳や装丁デザインに心配るというお話や大好きな絵本『九月姫とウグイス』(サマセット・モーム/文 光吉夏弥/やく 武井武雄/え )について語る様子はとても情熱的で幸せそうです。
子どもの本に長く関わってこれらた堀内さんが子どもの読書について思うことも話してくださいました。
●子どもたちへ伝えたいこと とばし読み、読みかえし
母との「おはなしつづき」によって、物語を作る楽しさを知ったわたしは、小学生になると、お話をノートに書いては学級文庫の本棚に置いていました。それが話題になったようで取材を受け、あかね書房から出版もされました。この時は寺村輝夫さんが編集者としていらっしゃったんですよ。
広報活動で子どもながらに出版社の方と一緒にテレビやラジオの制作現場にも行き、本づくりの周辺の仕事の幅広さを知りました。今思えば編集の仕事の第一歩だったのかもしれませんね。
本離れと言われていますが、子どもたちへは本との付き合い方として、とばし読みや読み返しをしてもいいんだよ、と伝えたいですね。
例えば岩波少年文庫の『科学と科学者のはなし』(寺田寅彦・著/池内了・編)は、寺田寅彦の随筆集なのですが、これはやさしいものから難しいものへと順にしてあります。ここには自分自身のとばし読みの経験を生かしました。難しかったらとばして先へいく、しばらくして戻って読んでみる・・・そんなふうに読めます。また中国の短編集である『聊斎志異』(蒲松齢/作 立間祥介/編訳)は、短いお話がたくさん入っているので、どこから読んでもいい本。好みのお話を探して読むことができます。

講演中、たくさんの本を紹介してくださいました。
参加者は実際に手に取って、絵本の美しい挿絵や装丁、物語に合わせたデザインなど
制作の裏話なども知ることができました。
最後の15分は質疑応答。
会場内からは質問が次々と。和やかながら熱気に満ちた雰囲気は
講演会終了時間ギリギリまで続きました。
参加者のおひとりから
「本当に本がお好きなんですね。天職と言う感じですね」と言われ笑顔を見せる堀内さん。
そんな堀内さんを見つめる会場の皆さんも負けずに本が好きな方ばかりの会でした。
素敵な企画をして下さった横浜市南図書館の皆さんに感謝。
夕暮れどき、
自分の読書体験史を振り返りながら歩く弘明寺商店街にはクリスマスソング。
楽しいプレゼントをいただいた、そんな気持ちの帰り道でした。