やっぱり、新進の企業らしい、
しゃれたオフィスだった。

青い枠取りされた丸みのある大きなテーブル、
赤い網掛けのチェアが並んでいる。
後から遅れて入ってきた、
おそらく決裁権に近い上役らしい男が、
「すみませんね、遅れました」
そう言いながら椅子を軋ませ座ると、
スーツのポッケから白い布着れを取り出し、
顔にあてた。マスクだった。
男はマスクを着けると、
「すいませんね、悪い病気流行ってるらしいですし、
マスクさせてもらいますよ」
誰も何も答えないと、
「いやね、名古屋でも出ちゃったって、
今日ニュースやってましたよ」
毛髪の薄い白髪頭で左右を見ながら、
男は言った。
目じりから推測して、
口は、笑ってるようだった。
みなも何となく軽い笑いになりながら、
彼に一番近しいと思われる、別のお客が、
「まあまあ、まだでしょう、そういうの早いですよ」
「そうかねえ」
それに答えた遅れてきた上司は、
また周囲を見渡し、
「さ、はるばる来てくだすったんだから、
さっそくお話しましょう」

それで、例のサブスク戦略の
BPRコンサルの話に入っていった。

打ち合わせは、
なぜか重苦しい空気だった。
おそらく、こないだは
東京支社の人間だけだったのが、
名古屋の実権に近い人間が
参加しているのもあったんだろう。

彼らは結局、伸び悩む業績に、
何か糸口を見つけたくて、
それが上手く行かない理由を、
うちの会社にでも
擦り付けかねない感じだった。
僕は、自社で行っている、
企業向けの
BPRコンサルを淡々と説明し、
それがどう今回の事例にはまるかを考えていた。
まあ、考えている時点で、
これは提案でもなんでもない。
そもそも不調もやむなしと思っている、
僕なりのやり方だった。

予想通り、
あまり提案は彼らの心を捉えず、
再び、以前東京で話していた内容の繰り返しとなる。
僕個人でもよいから、
まずは内部を見てほしいというのだ。

指値でその費用感についても発言された。
「わかりました…、
一度検討させていただきます」
僕は会議のしおに言った。
「え~、柏木さあん、
こないだも同じこと言ってましたよお」
東京からやってきている
黄色ぶちメガネの大坂さんは渋い顔をした。
僕は、
「いやまあそうですが、
本日は具体的なご要望も聞けましたので、
それをもっていけるかどうかは考えたいと…、」
「やるよね」
話している途中で言ったのは、
その上司、マスクの男だった。
目が、じっと僕を見ている。
「そうですね」
僕はそう答えるしかなかった。
ぎろっとした目には、声の温和さとは全然違う、
鋭い感じがあった。
 

プロジェクト668日目。

 

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2020/5/9 668日目

■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 

■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定

■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中

 158ページ中50ページくらい了

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

西日本方面への出張は多い。
名古屋、大阪はたいがい日帰りだ。
だから朝、家を出たら、
普通に夜帰宅するわけだし、
それで、妻には
あえて言ってなかったのもあった。

新幹線で名古屋は、
1時間半ほどで着く。
僕はペットボトルのアイスコーヒーを片手に
列車に乗り込んだ。

せめて、
向こうの事情を少しでも知っておきたくて、
乗車してしばらくは、
得意先の企業情報なんかに目を通していた。
外は冬の済んだ空気に晴れ渡っていた。
富士のあたりで、右側の車窓に
くっきりと富士山が見えていた。
そのあたりで、眠気に襲われ、
あとは名古屋まで、僕はずっと寝ていた。
200キロ以上の猛スピードで走っているというのに、
あまり揺れを感じない。
日本の新幹線は、
世界一の品質であるというのを、
何かの記事で読んだことを思い出しながら、
うっすらと目を上げた。

名古屋駅に着くと、太閤口で、
山内と待ち合わせをした。

さあ、例のサブスク企業の本社へと
出向くことなる。
おそらく彼らは、
アセスメント的な要望をしてくるだろう。
僕は提案書の入っているカバンを抱え、
山内と歩き出した。
 

プロジェクト667日目。

 

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2020/5/6 667日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

「どうして、
この時期に出張なんてあるの?」
家でのことだ。
僕が例のサブスク企業に
プレゼンのために名古屋に行くことを告げると、
彩花は否定的に言い寄ってきた。
朝食を済ませ、
僕はもう出勤の準備をしていた。
ネクタイを締めながら、
「いやあ、急に決まったから」
「昨日教えてくれなかった」
僕は鏡越しの腕を組んだ彩花を見ながら、
「どうせ日帰りだからさ、」
「でもお、新幹線乗ってくんでしょ、
クラスターになるよ、」
僕はふふっと笑って、
「くらすた?なにそれ」
彩花は少し頬を膨らませて、
「知らないの?クラスターでしょ、
感染広めちゃう人でしょ」
「俺が?」
僕は鏡から目を離し、
振り向くと彼女と直接向かい合った。
「そうじゃないけど…、でも、
いっぱいニュースでやってるし、見てないの?」
ここ数日、忙しかったのもあって、
僕はスマホでもテレビでも、
ほとんどニュースを見ていなかった。
「くらすたって病気?」
「違うよ、もう…」
彩花は深い息を吐くと、
「コロナだよ、すっごい流行ってるんだよ、
死んでる人もいっぱいいて」
僕は笑った。
笑ったつもりだったけれど、なぜか力ない吐息のようになった。
「っふ、それ、なんだっけ?新型インフル」
彼女は頷いて、
「うん、新型コロナだよ、肺炎にすぐなっちゃうって」
「…」
「翔太、肺弱いでしょ、」
「俺?」
僕は1、2歳の頃、肺炎で死にかけたことがあると、
母に聞いたことがあって、
彩花はそのことを言っていた。
「弱くないんじゃない」
「そんなことないよ、持病あったりすると、
すぐ死んじゃうって言うから」
「ふうん…」
僕は、ようやくのことで、少し、
この得体のしれない
新型コロナというやつを意識し始めたかもしれない。
しかしそれは、
まさに新型のちょっとたちの悪い
インフルエンザのように考えていたに過ぎない。
そもそも予防注射もせず、マスクもしない僕は、
毎年流行するインフルエンザに罹ったことすらないのだから。

少し不満そうな顔している彩花をあとに、
僕は家を出た。
朝の9時前、
これから新幹線に乗って、名古屋に向かうことになる。
 

プロジェクト666日目。

 

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2020/5/5 666日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

僕はもう帰ることにした。
山内にそれを告げると、
意外にすんなりと、
「おう、また明日な、」
と言って立ち上がり、
僕の肩を強く掴み、
「ここは俺が落としとくから、
頼むな名古屋」
名古屋とは、今日打ち合わせた
サブスク会社の本社がある場所だった。
「行くの?」
「行かなきゃ仕事になんねえだろ、
なんか今日、
あんま乗り気じゃなさそうだったからさ、」
「いや、慎重なだけだよ」
店の入り口で、女の子が数人整列している前で、
僕は反論した。
「帰らないの?」
そう聞くと、山内は、
「ああ、俺まだいるから」
「あんまりはまんない方がいいんじゃない」
彼はなぜかにんまりと笑顔を浮かべ、
「余計なお世話だよ、じゃな」

22時過ぎ、それで、僕は1人街中へと出た。
こんな時間でも
銀座からJR有楽町駅への道のりは人が多かった。
さらに電車に乗ると、
朝ほどではないにせよ、満員電車だ。
大体が酔った人だから、夜の列車はうるさい。
陽気な雰囲気が流れていて、
息つく間もなくしゃべり続ける女性たちや、
飲み会では言えなかったけれど、
本当はこうだ、
みたいな持論を部下に展開する上司なんかが乗っている。

僕は酔狂な人々の真ん中で、
身体をもつれ合わせながら、
列車に揺れている。
自分も、少しは酔っているつもりだったが、
彼らの底抜けに陽気な話しぶりを聞いていたら、
そんなこともないなと思った。

「俺はさ、ほんとの癌は本部長だと思うんだよ、」
と、部長らしいおじさん。
その部下は驚いたような顔して、
「それってやっぱほんとですか?
僕もそう思ってました。
あの人の指示聞いてると、
だいたい失敗してますよね、
こないだの発注のときだって、」
部長さんは、だろう、て顔して、
さらに話を続けていた。
この部下は、本部長の前では、
どんな受け答えしてるんだろうか、
そんなこと、想像してみた。

アイリについては、
一度だけ、
車窓に流れる街の光景に甦らせてみた。
もう顔もリアルには思い出せないくらいだった。
暗がりで対面していたせいかもしれない。
大きくて、形のよい瞳をしていた、
それは言葉としては残していたが、
印象は、ほとんど残っていない。
僕は車窓からほんの少し街明かりが消えて、
濃淡な鏡のようになった先の、
自分の顔をじっと見た。
女が本当は野心家だといった言葉を思い出して、
口元に笑みを浮かべていた。
 

プロジェクト665日目。

 

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2020/5/4 665日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

「人はね、大体顔に出てるからね」
「…」
僕は無言で彼女から一度視線を外し、
店内を見渡した。
客でごった返している。
小さなステージに、
店の女の子と男性客が並んで、
最近の歌を熱唱していた。

暗がりにうごめく人々を
ひとわたり眺めるような行為だったが、
その実、特になんにも見ていなかった。

また、彼女に視線を戻すと、
「ほんとだよ、それも年齢とともにね、
たぶんね、生き方出ちゃうんだから」
「そんなもんかな」
こんな若い女性に、教え諭されるように言われて、
僕は何を答えろと言うんだろうか。
「だからわかるよ、柏木さん、」
「俺も?」
僕はおどけて自分のことを指さした。
アイリはこくりと頷いて、
「悪いことしてたら、顔に出ちゃうんだからあ、
柏木さんは一見まじめそうだけどね、
目が違うから」
「目が?」
僕は寄り添ってくる彼女から少し身体を離した。
「そうそう、その目ね、
無欲な感じしてるけど、ほんとは、」
「ほんとは?」
彼女は少し間をあけて、
それから、
「ほんとは、すっごく野心家」
僕はまた店内を見渡して、
「ふうん、そんなもん」
それから、半笑いして、
「いっそのこと、新宿の母みたいに、
占い師にでもなったら?
それも顔見るやつね、
美人にじっと見られて悪い気みんなしないから」
「やだあ…」
それでアイリはまた手をぱたぱたさせて、
僕の肩を叩いていた。
どうしたんだろうか、
彼女の体温なんだろうか、
生暖かな熱みたいなぬくもりを感じて、
それから、
目の前をせわしなく行き来する
店の女性たちを見て、
ソファに深く座り、
女性たちに訓戒たれるみたいに喋っている
年配のおじさんを見ていて、
僕は、滲むような幸せを感じていた。
酒がまわって、疲れもあるんだろう、
足に重さを感じている。

 

プロジェクト664日目。

 

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2020/5/3 664日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

人類が人類らしくなった600万年前、
それはほとんどサルみたいな生活をしていて、
おそらく狩猟や漁撈をして暮らしていた。
だからその頃の人類は、
人口が少なかったのもあるだろうが、
離れ離れでごく限られた、
例えば家族とか、
そのつらなりの少数で暮らしていたはずだ。
下手したら、個人の一生は、
その限られた家族が社会と同義であって、
それ以外の人類というものを見ずに
一生を終えることもあっただろう。

それが全社会だったわけで、
今のように、集団で密生し群れている人類には、
驚いてしまうことだろう。

それが変わっていくのは、
人類が種を蒔いて、
安定した食物を生産できることを憶えた時だった。
つまり、農耕社会のはじまりだ。
農耕社会は、役割配分の明確化と、
狩猟のような旅団生活ではなく、
定住性を人類にもたらした。
それが、集団社会のはじまり、
人類が社会性を
意識し構築していくはじまりだった。

注意しなきゃならないのは、
人類が意図して集団生活を望んだわけではなく、
農耕社会生活をおくる手段として、
後付けでそうなったという部分だ。
だから、僕らホモサピエンスが、
必ずしも望んでいた進化が、
今の現代ではないという点だ。

狩猟生活は確かに食料供給に安定性がなく、
毎年何人もの餓死者を出し、
時には一家族が
全滅なんてこともあっただろう。
しかし、サルから進化する以前からの遺伝子は、
面々とその形態を望んでいたんじゃないだろうか、

僕は店内の薄明かりの中で、
アイリの声を聞きながら、
自分の薄桃色した手のひらを見た。

この人類というやつは、
本当に今の世を目指していて、
それで到達したんだろうか、
それとも、
まだ、発展の途上ということもあるし、
どこに向かっているというんだろうか、

「だからわたしね、いろんな人見てて、
大体その人の性格がわかるってとこまできたんだ」
アイリはそう言った。
僕は気のない合いの手を入れながら、
「そんなもんなのかね、顔見ただけで、
わかるっていうこと?」
「そうそう、怒りっぽいとか、短気とか呑気とか」
「あたるの?」
僕は、これが2千円で導き出した答えなんだろうか、
そう思いながら聞いてみる。
「うん、大体顔に出てるんだよねえ」
僕はそれで、彼女の顔をじっと見た。
アイリはすでに化粧慣れしていて、
照明に織りなされる肌つやの印影は美しかった。
幼さは残るが、それでも、
きっと綺麗になっていく、
女性としての
人生の入り口に足をかけているような、
そんな印象が湧いてきた。
しかし、それはあくまで外見のことであって、
僕には彼女の性質については、
なにもわからなかった。
 

プロジェクト663日目。

 

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2020/5/2 663日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

気づくと、僕の前に白いドレスを着た、
別の女の子が立っていた。
アイリが軽く腰を上げる。
僕は最初それで
きょとんとした顔したと思う。
それを察したアイリは、
「チェンジの時間なの」
と作ったような名残惜しそうな表情をした。
「え、でも…」
僕は少し酔った頭を軽くかしげて、
あいかわらず身体を密着させて、
ひそひそ話をしている山内と
女の子の方を指さした。
アイリはさっき徐々に見せた、
和らぐ親近感をもうなくしていて、
「お金かかるんだよ、指名だから」
女の子をチェンジしない場合は、
2千円の別料金がかかるんだという。
僕はそれを聞いて、
「じゃあ、俺も指名するよ」
「え、いいの?」
アイリは表情をやわらげた。

僕は彼女の言う人間を研究してるってことに、
2千円を払った。

「どうしたの?わたしのことタイプじゃないかと思った」
彼女は座りなおすと、
さっきよりぐっと身体を寄せてきた。
あどけない顔に、アンバランスな肉感が、
僕の肘のあたりを刺激していた。
「いや、タイプとか…」
そう言いかけてやめた。
チェンジしないと、
イコールタイプだってことなんだろうか。
「で、人間を研究してるって、どういうことかなと」
「やだ、そこお」
アイリは自分で言い放っていたとは思えない、
少し恥ずかしそうな感じで言った。
「気になるじゃん」
僕は答えた。
彼女が気になるというより、
自分以外の人間が、
人をどう見たいと思っているのかが気になった。
「う~ん、」
アイリは少し考えるようにしてから、
「わたしねえ、地元東北だから、
あんまり人いなかったんだけど、
東京来たらすっごいびっくりしたのね」
彼女は岩手県の盛岡から、
大学進学を機に上京してきていた。
「地下鉄の入り口とか、デパートとか、
あとからあとから人出てくるじゃない、
アリンコの巣みたいに、わしゃわしゃ人がさあ」
「アリンコの巣って、そんな感じ?」
「ふふふっ」
僕の問いがおかしいのか、
彼女は短く笑い、
会話に弾みをつけて、
「人間こんないっぱいいて、
みんな脳みそで色んなこと考えてて、
全部違うんだよ、これって、
すごいなって私思ったのね」
僕はウイスキーの水割りを飲み干し、
足を組んだ。
「まあ、そりゃそうだけど」
彼女がなにか大発見したみたいな言い方が、
少し煩わしかった。
しかし、なにかはあるのだろう、
彼女の表現が拙いだけで、
密生した社会環境には、
現代人の生き方があって、
それは現生人類が求めてきたものだったのか、
僕は、ふと考えこんでいた。

 

プロジェクト662日目。


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2020/5/1 662日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

僕はどうも、
息つく間もなく喋るのが苦手で、
ほんとこういう時は、
となりでずっと話しこんでいる山内に
感心するしかなかった。
話すのが苦手とかではない。
ただ、息を止めることが続かないように、
話をし続けるということが出来なかった。
慣れた相手ならいい。
ある程度の間があっても、
お互いが許容する関係であれば。
初対面で、相手の素質を探りながら、
相手が興味を示すことを、
上手くピックアップしながら話すのは
どうにも退屈で、窮屈に感じられた。
「ねえ柏木さんの趣味あてたげる」
会話が途絶えで1分ほどして、
本名を知らない、アイリは言った。
「いいよ、当てて」
つまらなかった。
「ゴルフでしょお、絶対そう」
絶対なんて、僕は含み笑いを浮かべ、
「うそ?なんでわかったの?」
「やったあ、だってゴルフやってそう!」
ゴルフなんて、一度だってやったことなかった。
テレビで見ることもないし、
ホールインワンが、
一打目でカップに入ることくらいしか知らない。
「うそだけど」
僕が笑顔で返すと、
アイリはまた弾けたように笑って、
今度は少し強い力で、
小突くように肩を叩いてきた。
「やだもお、」
「ごめんごめん、」
「ねえ、じゃあ私の趣味当てて」
「ええ、全然わかんないからいいよ」
僕は身体を揺さぶられ、
それに身を任せながら答えた。
「ねえ、あててよ」
それで、ふと彼女をじっと見つめてみた。
大きな目をしていた。
アイラインの化粧のせいだろうか、
白目の部分が、
暗い照明の中の
薄明かりのようにきらきらしていた。
「やだあ照れる」
僕はそういう彼女を見続けて、
それから、
「古墳巡り」
と答えた。
「こふん?」
「そ、古墳。天皇陵とか」
「なにそれえ」
それで、また笑った。
アイリには、古墳が古墳であることはどうでもよかった。
だから彼女は、それについては何も答えず、
「私ねえ、人間観察とか好き」
「それが趣味」
「そうだよ」
「…」
ツイッターやSNSで、
今日もコンビニの前で人間、観察しちゃった、
みたいな投稿を見たことがあった。
また、彼女をじっと見つめた。
この少女が無理に化粧したような女が、
風呂上りみたいなラフな格好して、
コンビニの前で、行き交う客を観察している、
そんなことに、どうにも興味が持てなかった。
それでも僕は、
「それ楽しいの?」
「楽しいとかじゃないんだよねえ」
そういえば、いつのまに2人は、
敬語を使わなくなっていた。
アイリは僕が手にした煙草に
ライターを近づけながら、
「わたしね、人間研究してるんだあ」
僕は煙を胸いっぱいに吸い込み、
吐き出しきると、
「そうなんだあ」
と、出来るだけ興味がありそうな感じで答えた。

 

プロジェクト661日目。

 

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2020/4/30 661日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

アイリは暗い照明の中で、
目の覚めるような、
タイトな青いドレスを着ていた。
流暢にまわるミラーボールに、
ちらちらと身体のラインが浮かび上がる。
妖艶というか、
艶めかしさはあるんだろうが、
しかし僕には、年齢の開きか、
彼女の顔つきの中に残る、
微妙なあどけなさが、
官能を呼び起こさせることはなかった。
このタイミングだから、
それではシチュエーションの意味がない。
ここは、男を引き付けるために
セッティングされているはずで、
彼女たちは、ここでは男に媚びを売り、
媚びではない媚びを、
ぎりぎりの駆け引きで見せびらかして、
それで男をとりこにするのが仕事なのだから。

「柏木さんは真面目そうで
真面目じゃないタイプですね」
アイリは顔を近づけ言った。
誰かがカラオケを始めていて、
声はとぎれとぎれに聞こえた。
僕が聞き返すと、彼女は耳元に口を近づけ、
「ほんとは、真面目じゃない人」
細い息が、声を震わせるように
微かな振動をともなって、
僕の耳たぶをなぞっていった。
「なにそれ」
僕はわざとらしく快活な感じで笑った。
「え~、だって作ってる感じじゃないですか、
なんかまじめなエリートサラリーマンって感じ、
パッと見どうみても
エリートっぽいですよ」
「ないない」
僕は笑いの尾を引いたまま、
大げさに手を振って見せた。
「まずエリートじゃないですよ、逆に底辺な感じ」
僕は順風満帆なビジネスマン生活を
送ってきたわけじゃない。
27歳までぶらぶら学生生活を送ってきて、
社会人の最初は、期限付きのアルバイトをしていた。
小さなソフトウェア会社で、
来る日も来る日もバグを取る仕事が、
僕のファーストキャリアだった。
そこから10数年、
懸命に働いてきたつもりではあったが、
出遅れた社会人生活というブランクを、
取り戻せたとは思えなかった。
「なんか歌いますか?」
あんまり会話が続かないので、
アイリは、カラオケのコントローラーを持ってきた。
「いや、歌はいいです」
僕は言葉少なに答えた。
あまり酔ってもいなかった。
となりで、山内は、
お気に入りの女の子とあいかわらず話し込んでいた。

 

プロジェクト660日目。

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2020/4/29 660日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

僕はこういうお店に慣れている方じゃない。
かといって来ないこともない。
もっとも自分から行くことはないけれど、
彩花はあまりいい顔しないのもある。

店内は薄暗く、
そのまわりにチカチカした光が、
夜光虫が舞うように明滅していた。
女性たちのスパンコールのようだった。
店内は客が多くて、
ほとんどの席は埋まっていた。

僕らは角のソファに腰を下ろした。
おしぼりを手に、
店の女の子たちがやってくる。
店のシックな雰囲気なわりに、
20代前半と思える若い女の子たちだった。
「アイリでーす、」
おしぼりを僕に手渡しながら、
その子は隣に座った。
水割りを作りながら、
「お仕事帰りですか?おつかれさま~」
ネクタイしめて、仕事帰り以外ないだろう、
僕はそう思いながらも、
「アイリってかわった名前」
と言った。
「やだ…、本名じゃないし」
「そうだよね、漢字は?つけた?」
アイリはちょっとはにかんだ後で、
ふっと笑って、
「やだあ、つけてないつけてない、
考えてなかったあ」
「そんなもんですかね」
「考えないよおそんなの、じゃ、お客さん考えて」
「え、俺はいいですよ、よくわかんないし」
「はい」
水割りが差し出される。
それで山内と
そのとなりの女の子も含めて乾杯する。
物はようさそうだけれど、
薄いウィスキーの水割りだった。
山内はみんなで話すんじゃなくて、
さっそく女の子と密着して話し込んでいた。
常連みたいだ。たぶん、指名したんだろう。
「漢字、考えてくれましたあ?」
僕が山内たちを見ていると、
アイリは言った。
「え?」
「やだあ、名前」
彼女は僕のワイシャツ越しに肩を軽く叩いた。
なぜだかその叩く力の弱さが、
彼女がまだこうした仕事に
あまり慣れていなくて、
遠慮深いところがあると思わせた。
それで僕は、
「お店は長いんですか?」
彼女は首を振り、
「ううん、まだ一か月くらいかなあ、
いくつに見えます?」
「16?」
それで、また彼女は僕の肩をポンッと叩いて
「やだあ、ないないないでしょ~、」
「21?」
「あたり!すごおい、正解」
まあ、大体そんな年頃だろう。
僕は水割りを口から離して、
「まだ学生とか?」
すると彼女の顔がぐっと近づいてきて、
「わかります?」
僕は首を振って、
「いやあてずっぽう」
アイリはまた吹き出すように笑いだした。

 

プロジェクト659日目。

 

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2020/4/28 659日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→