田舎の人は1人1台なんていうから、
これは彼女専用の車なんだろう。
僕は何度も頭を下げて、
その助手席に乗り込んだ。
「少し用事があったんです、でも…、
変わってもらえたんで」
ハンドルを握りながら、女は言って、
続けて、ちらっと僕を見て、
「どこまで?」
「え?」
「あの、どこまでお送りすればよいのかと」
彼女はスカートの
膝のあたりを伸ばすような仕草をした。
僕はそこから慌てて視線を上げ、
目を合わせ、
「あ、すいません、あの、ここの、」
と、スマホの画面を彼女に示し、
「街の博物館行きたいんです。ここまで行けば、
駅も近いかなと」
エンジンがかかって、
車が砂利敷きの駐車場から走り出した。
しばらく無言のあとで、女は、
「そこなら、」
それが癖なのか、
少しためらいがちな間のあと、
「そこからですと、また駅は遠いです」
「そうなんですか?」
急な勾配の坂を車は降りていく。
僕はさっき、この坂をアリの歩みのように、
汗を流して登ってきた。
「ずいぶん、急な坂ですね」
僕が口にすると、
彼女は少し笑って、
「ふふっ、でも、これ登ってこられたんですよね、」
「そうなんです」
僕はフロントガラスから、
斜めに流れていく森林の光景に目をやった。
木々の合間に、
巨大なデルタ地帯の
川の流れが垣間見えていた。
「あんまりいないですよ、たまにはおりますが、
登山みたいな格好で来られる方
いらっしゃいますがね、
それじゃあ」
彼女はハンドルを握りながら、
少し前かがみの姿勢で、
ちらっと僕を見る。
僕は笑って、
「スーツですよね、」
艶光りしていた黒い革靴は、
泥が跳ねて白っぽくなっていた。
「仕方ないんです、出張で来てたもんで、
昨日まで名古屋いて、それで」
「こんなところにわざわざ」
横顔が綺麗だった。
少し気おくれする気分だったのに、
彼女は滑らかな口調で話を続けてくれて、
会話はとても自然だった。
「こんなところじゃないです。とてもいいところです」
「何もないんですよ、タクシーもないなんて」
どうしてそんなに卑下するんだろうか、
僕は、
「でも、ここで暮らしてらっしゃるんですよね、
そんなことないですよ、まっ平らな大地と、
大きな川があって、」
「名古屋の方のが、遊ぶとこあると思います」
坂が終わりかけている。
雑木に覆われた影が消えて、
道の先には、大きな通りが見えてきていた。
「まあ、僕には、こっちの方がよいです」
それ以上のこと、言っても仕方ないと思って、
僕はそれきり口を噤んだ。
大きく長い橋を渡る。
揖斐川にかかる橋だ。
視線を走らせていく。
川は、少し季節が早いと思われる
アブラナの黄色い花に縁どられていた。
プロジェクト678日目。
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