客と別れて、山内と2人になった。
彼は深々と頭を下げ、
大坂さんたちが
地下鉄の階段を降りて見えなくなると、
さっと僕に振り向いた。
「な、もう一杯飲んでこう」
まだ9時前だった。僕は頷いた。
それで2人で山内がよく行くという、
女の子のいる店に向った。
信号待ちしていると、
「なんかマスクのやつ多くね」
と山内は言った。
信号を待つ向こう側にも
人が並んでいるのだが、
たしかに10人ほどいて、
その半数くらいはマスクをしていた。
僕は、
「またインフルでも流行ってんのかね、」
「いや、今年は違うらしいよお」
山内は少し酔った口調で、
「今年は新型らしいよ」
「新型のインフル?」
僕は信号の向こうに並ぶ、
白いマスクの顔ぶれを眺めながら言った。
「違う違う、違うんだよなあ、
なんつったかな、インフルじゃないやつ」
僕はそれで、妻の彩花の言葉を思い出して、
「コロナ?」
「そそ、それ!」
山内は大きく手を叩いた。
「やばいらしいよ、中国の武漢で
コウモリ食った人間から伝染したらしいよ」
「コウモリ?」
まあ、中国なら、
コウモリを食用にすることもありそうな気もした。
信号が変わって、
僕らは歩きはじめた。話も変わった。
山内は、
「今日のやつ、いけそ?」
サブスクのコンサルのことだ。僕は、
「まあ、やれないことないと思うけど、
成果って意味じゃ、なんか自信ないからな」
「いいじゃん成果なんて、金もらえるし、
客にさ、もっと深入りできるし」
彼は営業だから、受託ありきで考えてるんだろうけれど、
僕にはやらないという選択肢もあった。

山内について、
銀座の街角を歩いていく。
彼の行きつけという店に着いたようだ。
下がラーメン屋になっている、
こぎれいな雑居ビルだ。
4人も乗れば窮屈なエレベータで、
僕らは店に向かった。
エレベーターが開くと、
暗く、これまた狭い廊下を5メートルほど行くと扉がある。
開くと、ふいに店内の光景が開けてきた。
 

プロジェクト658日目。

 

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2020/4/27 658日目

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 158ページ中50ページくらい了

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

結局、打ち合わせでは
確定的な回答を僕は避けた。
営業の山内はノリノリだったけれど、
それを制した感じだった。

それから、山内が音頭をとって、
僕らはサブスクの社員と飲みに出かけた。
居酒屋チェーン店の6人席の個室だった。
「ハッピータイム、ハッピータイム、」
サブスクの大坂さんは、
黄色ブチの眼鏡をはずし、
あったかいおしぼりで
顔をしつように拭いた。
「大坂さあん、
もうハッピータイムじゃないですよ、」
と、部下の衣笠さん。
「お、もうそんな時間」
ハッピータイムは最近
妙に流行っているサービスで、
ほとんどの居酒屋でやっている。
大体夕方前から午後7時までであれば、
ビールなどが半額で飲める。
時代がそうさせているのか、
残業しないで、
早く帰れば安く飲める、
プライベートが充実する、
ということなのだから、
働き方改革の一旦になっているのかもしれない。
大坂さんはメニューを眺めて、
「じゃあ、生で、全員、生でいいですよね」
僕らは頷いたり返事をした。
彼らと飲むのは初めてじゃなかった。
たしか、コールの立上げ時にも
一度懇親会があった。
大坂さんは、
社内では歯にきぬ着せぬ発言を飛ばす、
それなりに重きをおかれる、
気鋭の上司だろうが、
こうしていると、
垢ぬけた陽気なおっさんそのものだった。

今の時代、大体は接待ではない。
社内の分は経費で落とすこともあるが、
基本的には割り勘だ。
その分、なにか目的がはっきりしなくなって、
有効だったり、
実際には何かを進めるための
飲みにならない場合もある。
「柏木さん、どうしてしぶちんだったんですか?」
10分ほどして、最初の生ジョッキを
あっという間に飲み干した大坂さんは言った。
「しぶちん?」
「コンサルですよ、
もう少しお付き合いしてくださいよ、
我々だって、毎日もんもんとやってんですよ、
これからどうやってくかってね、何か意見ほしいんですよ、
冷静なとこね」
山内がこっちを見てるから、一度目を合わせ、
それから僕は山内さんに向き直り、
「とりあえず保留させて頂いたんです、
考えさせてもらいますよ」
「お、まだ酔ってないな」
大坂さんは僕のグラスを見て、
「まあ飲んでさ、」
「はあ…、」
僕は二口ほどビールを飲むと、
「コンセプト決めて、
計画や業務遂行ってことは、
そりゃ出来るかもしれないんですけど、
本当のところ、
その結果にコミットは出来ませんし、
成果っていう意味で言えば、
責任とれる立場じゃありませんから」
「かたいかたい、飲みましょう」
次のグラスがきて、
それを僕に手渡しながら、
同じくサブスクの衣笠さんは言った。
「まあ、頼まれたことは、
そりゃきっちりやろうと思うんですけどね、
しかし活性化とか、そういうことは、
中々難しいですし、」
僕は山内を見て、
「な、」と合いの手を促した。
山内は、
「やろうよ、分析得意じゃん」
そう僕に言い放ち、皆の方を向くと、
「御社とは、一心同体ですから、
僕らはいつだって親身にですね、一緒にやりたいって」
「おいおい」
僕は彼の腕を掴んだ。
大坂さんは、
「いいねえ、リップサービス」
それで、皆で一斉に笑った。

何杯かお代わりして、
鍋みたいなものもつついて、
僕らは2時間ほど居酒屋で飲んだ。
夜の街に出ると、地下鉄の入り口あたりで、
サブスクの連中とは別れた。

 

プロジェクト657日目。


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2020/4/26 657日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

往々にして悩んでいる時は、
悩みの根源なんてわかっていない。
目の前の観念について囚われていて、
実質てきな理由は、あとになって気づくものだ。
だから僕は、
こうして顧客と対峙した時には、
「なぜそうなんでしょうか?」を繰り返す。
繰り返しをガイドラインとして、
その先に理由がある。
結局のところ、
この新進企業の悩みは、
自分たちは正しいことをしているのか、
てとこだけだった。
実際には、勢いのあった売上も、
徐々に目減りしていることもある。
「チャネルは格段に増やしてきたんですね、
SNSもライン配信もしてましてね、
まずは新規獲得って意味では、
それなりに拡大できたと思ってます。
だからこれからは、
継続性が主眼だと思うんです、
このビジネスは、サブスクですから」
黄色い眼鏡の、
中ではもっとも年配の大坂さんが言った。
「要するに、伸び悩んでいて、
それを打開するには、
コールなどの声を聞き取りたい、
てことですかね?」
僕の口調はゆったりとしていた。
「そう、それがね、」
大坂さんはポンッと手を叩き、
「うまくいってないんだよ、
わかってるでしょ御社も、
なんかエクセルにまとめた資料もらっても、
何がネガティブで何がポジティブか
より分けんのが大変ですよ、」
「文字の体系化ですかね?自然言語分析とか?」
僕は最近よくあるソリューションについて口にした。
そしてそれが、平明な文章から、
体系的なデータをつくるシステムについて説明した。
「そうそうそういうやつ、
今音声でもあるらしいですよ、
そういうの、」
大阪さんの隣に座る若い担当も言った。
「つまり、顧客からの電話の声に、
生のニーズがあるってことですよね?」
そう合いの手を入れたのは、
同行した営業の山内だった。
僕は、少し前のめりになって、
「お客様の電話の声が、本当のニーズだったらって、
ことですよね?」
「え、電話じゃわからないってこと?」
と年配の大坂さん。
「いえ、」僕は首を振りながら、
「まあ、そこには生の声、あると思います。
ですけど、潜在的ニーズは
探れないかもしれませんね、
なにしろ電話が繋がってる時点で、
その方がこのサービスに
興味あるってことですから」
「う~ん、たしかに」
大坂さんは腕を組む。
それで一同しばらく黙った。
最初からずっと聞き役だった、
中堅らしいひょろりとした衣笠さんは、
「あの、柏木さんって、
コンサルしないんですか?
売れ筋見極めるみたいな、ニーズリサーチみたいな」
「当社ですか?」
僕は、僕の名を会社と置き換えて答えた。
「そうそう、御社そういうサービスやってるでしょ、
BPRだっけ、そうそうBPRコンサル!」
「BPRは基本的に、事務の効率化とか、
組織の見直しとか再構築の分野で、」
僕が言ってるそばから、大坂さんは、
「そうでしょ、うちも再構築してよ、ね、
第三者目線でさ、忌憚ないとこ、
コンサルしてくださいよ」
「はあ、、まあ」
そんなこと、やったことがなかった。
そういうコンサルティングがあるのは知っている。
だけど、顧客の売り上げに責任持つ仕事なんて、
とてもうちの会社じゃ出来なかった。
ところが、
「いいですね、それやりましょうよ」
お客と同調して、無責任なことを山内は言った。
僕は彼を目を細めて見つめた。
「高いですか?」と衣笠さん。
僕が答えないでいると、すかさず山内は、
「勉強させてください」
僕は手で彼を制すような仕草をして、
「いや、まずは検討させてください、できるかどうか」
なにがおかしかったのか、
それで一同に笑いが沸き起こった。

いつしか、
窓の外はとっぷりと日が暮れていた。

 

プロジェクト656日目。

 

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2020/4/25 656日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

営業の山内は、僕と同年代、
最近は少なくなった、
ベタな営業スタイルを持っていて、
とにかく呑みで顧客を繋いできた。
一時彼の使う経費が過剰だと
社内で問題になっていたが
どうしたのか、業績が良いせいか、
うやむやになっていた。
「行ってくれる?
お前なら聞き出せんだろう、」
彼はひとまず得意先のよくわからないニーズを、
僕にうまく聞き出すよう言った。
少し時間が空いていた時期でもある。
まあ、言ってもし話が広がれば、
売上が上がる可能性だってある。
僕は軽く承諾をした。

僕と
数日後、宝町のある、
顧客の東京支社を訪れた。
相手は5人いた。
全員僕としては初対面だった。
彼らは気概がある。
大手企業にいながら、
そこを飛び出してきた
ベンチャー気質に溢れていた。
のっけから話は盛り上がった。
こういう時、
現在うちの会社でやっているコールセンターの、
何がご不満なんですか、
なんてことは率直には聞けない。
まずは様子を窺うように、
僕は彼らの話の
一つ一つを聞いていった。
「俺たちもさ、
これでいいのかってわかんないんですよね、
だからコールからの反応だって、
どう受け止めていいかわかんないし」
「そもそも突っ走ってここまで来たんですけど、
リーガル的にどうなのってのもありまして」
そういう話だった。
会話はつかみどころがない。
現況を見ているようだが、
それが真実とも知れない気もした。
よくある、漠然とした不安だった。

得意先の5人は思い思いの見解を、
僕と山内に話し続けた。
単にクレームともとれない内容で、
自分たちの態度に迷うところもあった。

オフィス内のオープンスペースでの打合せ、
しゃれたデザインの
インテリアが壁に並んでいた。
僕はその奥に、
大きく開かれた窓の外を眺めた。
そうしながら、考えをまとめていた。
こういう客はたちが悪いのだけれど、
そのとりとめのない言葉から、
本当のニーズを
言い当ててあげる必要があった。

 

プロジェクト655日目。

 

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2020/4/24 655日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

僕は会社や国の機関の業務移管などを
ビジネスとした仕事をしている。
例えば国の施策へ積極的に働きかけ、
申請業務を執り行うとか、
銀行の業務を一手に担うとか、
そういうことをしている。

それは金額として
非常に大きなもので、
時に何十億を超える規模になる。
そのぶん、立ち上げには相当体力を使うし、
プロジェクトは慢性的に錯綜している。
去年からは、
単に事務業務を請け負うのではなく、
BPR、つまり、
Business Process Re-engineering
業務や組織の再構築を提案する
コンサルも始めていた。

こういうとビジネスの第一線に
いるように思われそうだが、
実際のところそんなことはない。
労働集約型の業務と
知識を集約する過程にあって、
いわばIT界の重労働といってもいい。

僕はこうした仕事をしたかったのか、
なんて考えたわけじゃない、
2度の転職で
たまたま、
こういうことをしているに過ぎない。
子どもの頃なりたかった夢でもない。

じゃあなんでやってるのかと言うと、
それはわからないし、
惰性であろうし、
考えたこともない。
おそらくほとんどの人は、
そんなこと考えてもいないだろう。

その日僕は、
社内の山内という
営業担当に呼ばれた。
山内はここ2、3年で昵懇になった、
大手自動車メーカー担当の営業だ。
「相談なんですけどね、」
それしかないのだが、彼はまずそう一言して、
「どうも上手くないんだ、不評で」
「あの業務?」
2人は社内のフリースペースで、
向かい合って腰を下ろした。
「そそ、なんか客は不満なんだろうけどね、
実のとこ、困っちゃうのはさ、
何が不満なのか全然わかんないんだよ」
「え、だって客は不満言ってんでしょ」
僕は少しめんどくさくなって言った。
「う~ん、なんかね、レスがどうのとか、
その反映がどうのとか、
一緒にもうちょっと考えてとか、
よくわかんないんだよ」
「…」
顧客は、自動車会社から合弁して独立した、
はやりのサブスクリプション企業だった。
最初はとにかくいけいけで業績を上げてきて、
最近頭打ちになってきたところがある。
うちの会社では、
そこの顧客ガイダンスをする、
コールセンターを請け負っていた。
「一度、一緒に行ってくんない?
話聞いてみてほしいんだ」
「まあ、いいけど…」
つかみどころがない方向性は、
結局のところ何も生み出さないこともある。
子どもが理由もなく癇癪を起すようなものなら、
整理にも時間がかかる。
僕は生返事をしながら、
全然、別の仕事のことを考えていた。

 

 

プロジェクト654日目。

 

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2020/4/23 654日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

僕には子供がない。
妻もあって、当年40を越えたが、
それでも、今もって
自らの遺伝子の分化を見たことがなかった。
僕はそれを、
自らが求めていないという、
潜在的意識のあらわれだと思っていた。
その意思が変わっていったのは、
母の死のあたりからだった。
母は癌でなくなったが、死の間際に、
あなたたちの子どもが見たいと言っていた。
その時僕は、彼女は生きているうちの
切なる思いを述べているのだとわかっていながらも、
終わってみれば、
つまり母が死んでしまえば、
僕の中ではまたいつもの平静が
戻ったに過ぎなかった。
だから彩花の言葉は、
母の念意が乗り移ったような気もしていたし、
結局のところ、
僕にすべてを
人ごとに思わせていた。

まあ、考えてもしかたがなかった。
全ては自然の摂理だった。
そしてそれ以上に、
僕は日常の現実に
押し流されていった。
仕事は多忙を極めていた。
大きなプロジェクトを
いくつも掛け持っていた。

ビルの合間を縫うように生きていると、
それはいつしか当たり前になる、
あくびのでる日常になる。
若い頃、ビジネスに生きようと
考えたこともあるかもしれない。
それが、こんなだったのか、
思い描いていた未来だったのかも
僕には全然、わからなかった。

 

 

プロジェクト653日目。

 

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2020/4/22 653日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

夕食は僕がネットで探して、
地元では有名なラーメン屋に行った。
特に名物でもなんでもない。

その頃には、彩花の機嫌も大分回復していて、
海浜公園での涙は、もう忘れたように、
静かな穏やかさを取り戻していた。
いやしかし、それはまた次の発作を待つような、
そういう感覚を僕は持つようになっている。
それは恐怖に近い。なだめるための言葉は、
もう言い尽くしてしまっていた。
彼女の涙をとめるようなカンフル剤を、
とりなす術を僕は持っていないし、
ただ、さざなみのようにしてやってくる
彼女の感情の起伏が収まるのを待つようだった。

これが、これからの2人の関係に、
なにをもたらすのか、僕は考え始めていた。
いつか終わりが来るとは思っていない。
終わりがあるとすれば、子どもが出来て、
その子が、僕らの間で
笑ったり泣いたりしている時だけだろう。
生命を維持することは、
次の世代を生み出すことだろうけれど、
僕は今のところ、
維持することへの
危機感も使命感も持っていない、
だからだろうか、
それほどに次世代を求めないのは。
彩花は僕が男だからなんて言っていた。
それでは、性別が左右するものは
一体なんだというのだろうか。
肉体についてなんだろうか。
女性は体力的な問題もあるだろう。
しかし、それだけだろうか、
遺伝子を残したいという本能は、
性には関係がない気もする。
自分の生がついえることを自覚したり、
諦観に似た感覚を持つようになったら、
自分の新たな人生を
作りたいと思うんじゃないかと。
しかし、人生の時間で言うところの中央にあっても、
人は人を生み出そうとすることもある。
世代交代の準備期間が必要ってことだろうか、
ユズリハのように、ついえるから、
次の葉を生み出すみたいなことは、
少なくとも人類にはないらしい、
古代からそうなのだろうか、
原生人類ではどうだったか、
考え出したら、切りがなかった。

「美味しいねえ、でももうお腹いっぱい」
客席の埋まった、
洒落たインテリアのラーメン屋だった。
彩花はお腹のあたりをさするような仕草をした。
僕は笑って、
「チャーハンやめときゃよかったかな、
俺ももういっぱい」
「でも、美味しそうだったからねえ、」
「そうだね」
海浜公園での会話の尾を引いているのは、
彼女じゃなくて僕の方なんだろうか。
僕はまだ彼女が言い放った言葉を
頭の中に収集して、
熱いラーメンを
ほおばりながらも考え続けていた。

遊んでいた子どもたちの影が、
店内から見る暗い窓ガラスに
映し出されている気がした。
たしかに、僕はよそ者だった。
地球上に自分の意志とは関係なく、
こうして現れてみたけれど、
子どもらとは、無関係な、
古い映画フィルムをのぞきみるみたいな、
そんな感覚しかなかった。

 

プロジェクト652日目。

 

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2020/4/21 652日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

彩花が子どもについて口を開くのは、
もう発作のようなもので、
大体タイミングとしては、今のように、
子どもたちが遊んでいる姿などを見てしまった時だ。
ただ、いつもそのシチュエーションでなるというでもない、
少し感傷的な空気を感じている、
そういう時だった。

感傷的な雰囲気を、
僕は事前に察知することはできない。

だから、いつも不意打ちな気もしていた。
戸惑うしかなかった。
なぜなら、
僕には返す言葉がそれほどないのだから。

「子ども、かわいい」
彩花は、吐く息のような、
よく聞き取れない声で言った。
「かわいいばっかじゃないでしょ、
たぶん大変だと思うよ、育てるのって」
灯台を模した遊具があって、
子どもたちはあいかわらず大声を上げながら、
その周囲を駆けずり回っていた。
エネルギーを感じる。
僕ら大人と違って、
何かを達成するために
エネルギーを費やすという、
打算的でない、無駄で無邪気で無軌道、
活発な、真の意味で
建設的なエネルギーを感じる。

「大変なの、わかってるよ、
わたし、今年で35でしょ、
今産んだら、この子たちくらいの時、もう40だもんね、
でも、そんなの大丈夫だよ、」
「…」
僕は何も答えなかった。

小さなゴムボールが足元に転がってくる。
どうやら子どもたちは、
ボールでぶつけっこしながら、
遊具の周りを走っていたようだ。
僕は立ち上がりボールを拾うと、
近づいてきた男の子に、
下手投げで、そうっと投げた。
小学3年生くらいだろうか、
坊主頭で、頬を真っ赤にして、
小さくお辞儀をすると、少年は走り去っていった。

「どうしてそんな平気なの?」
少年の背中を見ながら、
彩花は言った。
「なにが?」
僕の声はかすれていた。
「子ども、ほしいって、前は翔太も言ってた」
「そうだね」
僕はベンチを軋ませ、再び座ると、
「いいなって思うよ」
「じゃあどうして、そんなに淡々としてるの?」
「…」
「男だから?男だからそんなに興味ないの?」
「そんなんじゃ」
性について問われて、
僕の回答はなんと脆弱で
意味のないものなんだろうか。
「私は、女だから、だからほしいって思うの?」
「俺もほしいと思うよ」
僕の目は、見えない風を追って空に向けられ、
宙を泳いでいた。
「翔太のお母さん、孫見たいって、最後も」
「やめてよ、、そんなことないでしょ」
「言ってたあ、ずっと言ってたから」
「別に、俺の母親のための子どもじゃないだろう」
「だけど…」
僕の母は、1年前の暮れに亡くなっていた。
たしかに、あなたたちの子どもがほしいと、
ぎりぎりまで言っていたが、
それだって、
母なりのリップサービスに過ぎないと、
僕はそう思っている。

彩花の方をちらっと見ると、
声にならない涙が、
うっすらと頬を伝っていった。
僕らは、ここ数か月、
こんなやりとりを、
僕からすれば突発的に繰り返していた。

海からの風が強くなってきていた。
僕はなにごともなかったように立ちあがると、
「日も暮れてきたし、そろそろ行こうか、
最初、ホテル行く?
それともどっか、ご飯食べちゃう?」
彩花は何も言わず立ち上がった。

 

 

プロジェクト651日目。

 

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2020/4/20 651日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→


それから、

宿のある海岸沿いへと車を走らせた。
日立の街というのは、なだらかな段丘上に、
延々と続いている感じで、
その隙間に、海が垣間見えてくる。
島ひとつない大海原、太平洋だ。
「海浜公園ってあるね、」
彩花がスマホで近隣のスポットを見ていた。
僕はナビのマップを見ながら、ハンドルを切る。

海浜公園は、海岸の防波堤に囲われるようにして、
数100メートルにわたって広がる公園だった。
海風が冷たいんじゃないかと思ったが、
冬の暖かな日、微風が
ささやかに流れるくらいで過ごしやすかった。
海沿いの本物かどうかわからない、
妙に真新しい灯台がある。
アスレチックコースのような遊具が並んでいて、
地元の子どもたちだろうか、
奇声を上げながら
ネットによじ登ったりして遊んでいた。

僕らはベンチに腰かけ、
傾きかけた太陽の弱い光を背中に受け、
薄っすらと赤く照らされた波間を眺めていた。
「ねえ、今日の宿ね、広い温泉あるよ、
それも屋上に、見晴らしよさそうだよねえ」
しばらく何にも喋らず、
ただぼうっとしていたのだけれど、
彩花は思い出したように言った。
「へえ、そうなんだあ、飯は?」
「やだ、ご飯はどっか自由に食べたいからって
翔太が言ってたじゃない、だから頼んでないよ」
「そうだっけ?」
「食べたかった?」
「いや」
僕は彼女をちらっと見て、
「どうせあんこうでしょ」
「あんこう?」
「このへんで有名なの、あんこうって。
あのグロテスクなやつ」
「ちょうちんあんこ?」
僕もそこまでは分からなかった。
ただ、茨城の近海ではあんこうが獲れるらしく、
鍋なんかで食べる名物だと知っていた。
僕は、
「そうだね、たぶんそれだよ、
あんこう鍋とか、冬は食べるらしいよ」
「あんなの食べるんだねえ」
「あんなのって」
確かに、大きな口に、ギザギザの歯を持って、
深海魚なんだろうか、役に立たない、
形骸化した目をぎょろつかせて、
あれを最初に食べようとした人は、
どんな気持ちだったんだろう、
いや、特になにも考えちゃいないだろう、
グロテスクなんて観念はないだろうし、
野性的な本能でたんぱく源と見分けたに違いない。
「結構、たんぱくらしいよ、
味あるのかな、美味しそうには思えないね」
僕はそう言いながら、
彼女がホテルを探した時、
同じこと思って、夕食は、
どこか美味しいラーメン屋でも探そうと
自分で言っていたのを思い出した。

少し風が出てきていた。
寒いほどではなかったけれど、
僕は目を細めて、
波がぶらぶらと揺れる大海原に目をやった。
遊具では、子どもたちが相変わらず、
飽きもせず駆け回っていた。
姉妹も混じっているんだろう、
お姉ちゃん!1人、ひときわ小さな女の子が、
大きな声で叫んでいた。
それで、駆け寄る少し大きな女の子が近づくと、
またわっと言って逃げ出していく。
僕はなぜか口元が緩むのを覚えた。
笑った顔になっていたと思う。

彩花は、
「子ども…、楽しそう」
「そうだね、」
「翔太のお母さんに、
赤ちゃん見せてあげたかったね」
僕は彼女に聞き取れないくらい小さく吐息をつくと、
「どうしていま」
と漏らすように答えた。

 

プロジェクト650日目。

 

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2020/4/19 650日目

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『C/B A corona is beautiful』の全編→

せっかく来たのだから、
この日鉱記念館についても少し触れておく。
江戸期にはすでに開山されていた
銅山があった地に建設されたのが
この博物館だった。
ここでは鉱石や日立鉱山の歴史を展示していて、
江戸時代から現代にかけての鉱道が
原寸大で再現されていたりする。

明治以前は、恐ろしいまでに全てが
人力で行われている。
梃子を応用した小手先の道具くらいはある。
しかし、地底深く穴を掘ることも、
鉱石を掘り出すことも、それを運び出すことも、
全てが男達の足腰の踏ん張りと
腕力で成されていた。

リアルな展示だった。
薄暗い照明の中で、
マネキンの男たちが、半裸体で、
汗みずくになってノミを奮っている。
どんな情景だったろうか、
展示はもちろん模造品であるのだから、
清潔そのものだ。
その場の熱気や
匂いなどは感じられない。
しかし本当は、
想像を絶する光景が広がっていたことだろう。
地底深く、そこは暗闇なのだ。
蝋燭やたいまつの明かりだけが灯り、
その煤が蔓延している。
男達の荒い息づかい、無言で、
規則的に鉱石を打ち砕く音が響く。
彼らは長生きしなかったという。
長い地底での労働で、
肺に煤がたまって病気にかかる。
それでも男たちは、ぎりぎりのところで、
日銭を稼ぐために
地底へと潜り込んで行った。
何を思っただろう、
一日中ノミを持って、汗と煤だらけの顔で、
来る日も来る日も、
暗い坑道を這いずりまわって、

無心しかないんだろうか、
まるで、機械のようにならなきゃ、
やっていけないだろう。
それがいつしか
無機質な鉄の機械に変わるまで、
人間が機械のかわりになる、
それは心を持たないということに違いない。

僕はそんなことを考えながら、
一つ一つの坑道での工程を示す展示を眺めていった。
気づくと、後になり先になって
一緒にいたはずの彩花の姿がなかった。

彩花は、エントランスのソファに座って、
広く取られたガラス窓から、
常緑樹に縁どられた前庭の方を眺めていた。
「お待たせ、」
僕は彼女の横に座った。
彩花は僕の方を見ることもなく、
「おもしろかった?」
「うん、見ごたえあったかも」
「そう…」
「久原財閥の展示あったでしょ、
あそこから日立製作所、
日産コンツェルンって繋がって、いわばここって、
大企業の歴史展示だよね」
その実、この国の重工業の歴史でもあった。

彩花はあまり興味もなさそうだった。
僕もその話はこれきりにして、
彼女を促し、また戸外へと出た。
一度振り返り、博物館の前衛的な建物を眺めた。
鉱夫の苦渋に歪んだ顔を思い浮かべると、
建築物というのは、
苦悩を覆い隠す、
無機質なコンクリートの壁のように思えた。
 

 

 

プロジェクト649日目。

 

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2020/4/18 649日目

■kindle 本日0冊 累計75冊 達成率0.71% 

■文学賞公募作品の執筆状況 1作目半分くらい ※まだ賞は未定

■kindleアップのため『桜の闇』を推敲中

 158ページ中50ページくらい了

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