ご訪問くださいまして、
有り難うございます。
れっつごうです(^^)
まだまだ猛暑が続いております・・・💦
皆さまどうぞご自愛くださいね。
今回紹介する本は、
臨床心理士・公認心理士、
カウンセラー東畑開人さんの、
東畑開人さんは、
何というか、
とても味のある文章を書かれる方で、
著書も何冊かあり、
ベストセラーになっています!
この本の帯には、
現代の「こころの処方箋」
と書かれていますが、
河合隼雄さんの名著、
「こころの処方箋」
(過去ブログで紹介しました。
よかったらご参照ください)
が書かれた時とは、
時代背景も違います。
もちろん、
「こころ」には時代に左右されない
普遍的な部分もありますが、
やはり、
多かれ少なかれ
その時代の影響を受けるわけであって、
そういう意味で、
東畑開人氏の著作は、
時代性を感じるといいますか、
今の時代をしっかりと直視したものが
多いような気がします。
(だから、支持されているのかと)
で、この、
は、文庫化された本なのですが、
私たちの存在は、
まるで人生の大海原に放り出された
「小舟」のようだといいます。
「社会の小舟化」
が進んだということです。
かつては違いました。
僕らは大船に乗り合わせて、
みんなと一緒に航海していました。
「部族」とか「親族」とか
「村落」とか「会社」とか、
時代時代で
大船の形は違うにせよ、
人類はその乗組員になるよう
プログラムされている
動物なのだと思います。
実際、僕らの祖先であるサルたちは
群れで生活していたわけですしね。
窮屈なこともあったでしょうし、
不自由なこともあったでしょう。
だけど、
何か事故が起きたときには
リスクと責任を
みんなでシェアしてきました。
大船とは、
脆弱な個人をフォローし、
助け合う仕組みであったわけです。
そうですね・・・
昭和の高度経済成長期から、
バブル崩壊くらいまでの時期は、
特にそうだったようですね。
しがらみこそ多かったと思いますが、
護送船団方式で、
大企業に入れば
まずは人生安泰といった感じで(^^;
たとえば、
会社で社員旅行は当たり前だったし、
社員運動会までやったりして、
ずいぶん家族的だったと聞きます。
時代を経る中で、
人々は少しずつ大船を離れて、
小舟で航海するように
なっていきました。
最初に小舟になることを
望んだのは、
大船の窮屈さから逃れたい
少数の人たちだけでした。
自由になりたい。
そう望み、
そうやって生きることに
チャレンジした人がいたのです。
その流れは
多くの人を巻き込んでいきました。
今では望むと望まざるとに
かかわらず、
誰もが小舟で
社会に放り出されるように
なってしまった。
これは鋭い洞察だと思います。
最初に「小舟」になることを望んだのは
チャレンジングな
一部の人たちだったんですね。
それがいつのまにか、
大きな流れになり、
望む望まないに関わらず、
「小舟」になることが当たり前の
社会になってしまった。
「小舟」という名の「孤独」社会。
小舟は危険です。
小さな波や
ちょっとした風で、
船体はぐらつき、
ひどいときには
転覆してしまいます。
舵取りを少し間違えただけで、
取りかえしのつかないところにまで
流されてしまう。
なにより危険なのは、
そうやってしまったときの
リスクと責任を、
全部自分で負わないと
いけないことです。
危険も、損失も、
誰も肩代わりできません。
小舟で航海する以上は、
外界にセンサーを張り巡らし、
リスクを把握して、
それらをひとつずつ
回避していく必要がある。
そうですね・・・
たしかに、今の私たちは、
リスクを把握して回避することに
かなりのエネルギーを
使っているような気がします。
どこか不安で、
脅えているような・・・
「小舟化」
は特に働く世界で顕著です。
ここ数年
トレンドになっていたのは、
起業・副業・転職でした。
大船を降りて
自分の小舟だけで生きていくのが起業で、
大舟に乗りながら
小舟も同時に走らせるのが副業、
大舟と大舟の間を
小舟で渡ってくのが転職です。
いかに小舟でサバイブするか。
それがみんなの関心ごとに
なったわけです。
すると、
「愛すること」は
小舟化する「働くこと」に
飲み込まれてしまいがちになる。
サバイブすることに
必死になると、
すべての時間を
「働くこと」のために
使うようになるからです。
なるほど・・・
ここでいう
「愛すること」とは、
他者を「敵ではない」と感じられること、
他者が「安全である」と信じられること
を指します。
サバイバルな世界、
生き残ることに必死だと、
つい、
他者は敵である、安全を脅かす存在だと
感じてしまいますね・・・
趣味は自己投資の時間になり、
誰かと食事を楽しむはずの時間は
仕事のための人脈を広げるための
時間に、
学校は自分の
商品価値を上げるための場所になり、
結婚は商取引のようになる。
これまでビジネスとは無縁だった
領域まで、
ビジネスの言葉で語られるようになる。
大舟に乗っていたころには
存在していた
「働くこと」のオンとオフが
消えてしまう。
僕らはありとあらゆる
プライベートなことまで、
すべて仕事に役立つか否かで
考えるようになっている。
そうですね・・・
確かに今の時代、
社会全体がビジネス化しているようにも
感じます。
それだけじゃない。
「働くこと」そのものの意味が
変化してしまったのも
見逃せません。
「働くこと」は本来、
お金にならない「する」も含めた
ものであったのに、
今ではお金と結びつかないものは
無価値なものに見えてくる。
家事労働や、家族のケア、
自治会の活動などがそうでしょうか、
それらのお金に結び付かないものが、
無価値に思えてくる。
私の中にも、
「コスパ」「タイパ」
を意識する自分がいるのは事実であって・・・
ちょっと耳が痛い(^^;
「それで食っていけるの?」
他者からも自分からも
そんなツッコミが
入ってしまうくらいに、
「働くこと」の意味は
貧しくなってしまいました。
「愛すること」は
飲み込まれやすく、
「働くこと」は
お金とばかり結びつきやすい。
僕らは今、
人生がシンプルになりやすい
社会で生きている。
そうですね・・・
私たちが豊かに人生を歩むには、
もちろん、
一定の経済的な豊かさが必要です。
そういう意味では、
まずは、失われた30年を取り戻す、
景気を良くすることは大切だと思いますが、
しかし、一方で、
それだけでいいのかという気もします。
「愛すること」
すなわち、
他者は敵ではなく、
安全な存在であると思えること、
それが実感できるためには、
ひたすら働いて
金を稼がなければ生きていけないという
サバイバルな世界だけではなく、
やはり、
「安心」「安全」を感じられる場というものが
必要になってくるのだと思います。
そのひとつとして、
カウンセラーという存在が
あるのではないかと・・・
・・・次回に続きますね(^^;
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今回も最後までお読みくださいまして、
有り難うございました😊
次回もこの本の紹介を続けます(^^;
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おまけ写真集(^^;
翌日の南八ヶ岳登山の前に、
甲斐の国ぶらり旅・・・
武田氏ゆかりの、
武田八幡宮。
趣のある門です。
四つ菱は、
甲斐源氏武田氏の家紋ですね。
美しい本殿でした・・・
重要文化財。
静かで趣のある神社でした。
こちらは新府城跡。
汗だくになりながら
長~い階段を登ると・・・
神社がありました!
本丸跡・・・
未完成だったようですが、
かなりの規模だったようです。
ここでは織田の大軍を支えきれないと考えた
武田勝頼は、この城を捨てますが、
その先には家臣の裏切りもあり・・・
明日登る八ヶ岳(?)が見えます(^^)
東出構の跡、
しっかり残っていました!
こちらは、
小淵沢の大滝神社。
湧き水がすごい勢いで!
(冷たくておいしかったです)
白蛇伝説。
ほんとにいたそうです!
おおっ、白蛇の抜け殻!
(本物)
湧き水パワーをいただけた神社でした(^^)
道の駅で車中泊して
明日はいよいよ、南八ヶ岳へ!



























































