ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回は、

前から読んでみたかった小説、

 

松永K三蔵さんの

芥川賞受賞作、

 

バリ山行

 

 

から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説します。

 

最初、

バリ山行

というタイトルを聞いたとき、

 

「インドネシアのバリ島の山?」

 

を連想しましたが、

まったく関係ありません(^^;

 

「バリ」とは、

山歩きでいう、

バリエーションルートの略で、

 

要は、整備された正規の登山道ではなく、

破線ルートと呼ばれる

上級者向けの荒れた道や、

 

道なき道、すなわち、

藪を分け入ったり、岩場や滝を登ったりする

ルートのことを指します。

(知らなかった・・・)

 

私は、山歩きが趣味のひとつですが、

まだまだ初心者なので、

正規の登山道を歩くことが多いです。

 

ただ、そこはけっこう

混みあっていることも多いので、

たまには、

人の少ない破線ルートをあえて歩く時や、

 

はからずも、

正規ルートを外れてしまい、

「道なき道」をさまよった経験も

何度かあります(^^;

(今、思い返すと、

実はかなり危険だったかも)

 

この小説を読みながら、

その時の感覚を思い出しました。

 

数年前のことですが、

大雄山最乗寺から、

明神ヶ岳に登った時、

 

だいぶ山頂に近づいたころ、

目の前に枯れた沢が出現しました。

 

登山ルートは左に曲がるのですが、

それに気づかずに、

そのまま正面の枯沢を登っていくと、

 

その後、

小さな崖にぶつかったので、

「あれ、道を間違えたかな」

と思いましたが、

崖を登ったら道が現れるかもと

勝手に思い込んで、

何とかよじ登ったところ・・・

 

ううっ、道がない。

 

戻るのは癪だし、

崖を降りるのも危険・・・

 

「上に登っていけば、

いずれ登山道に出るだろ」

 

半ば、やけになって、

道なき道、

藪の中を突き進みました。

 

「遭難するかも・・・」

という考えもよぎり、

かなり焦りましたが(^^;

 

身体が生命の危機?

を感じたのか、

 

何故か、その時、

体中にパワーがみなぎってきました!

(これが火事場の馬鹿力?)

 

枯れた草木の枝をなぎ倒しながら、

10~20分ほどでしょうか、

無我夢中で

とにかく上に上へと登ったところ・・・

 

・・・何と、

小さな祠が現れたではないですか!

 

「ああ、助かった・・・」

 

神さまの存在を感じました(笑)

 

その先には登山道があり、

山頂まで無事たどり着けたのですが、

 

ちなみに、

その祠は決して幻ではなく、

 

今も、明神ヶ岳に登るたびに、

必ず立ち寄って、

感謝の祈りを捧げています。

 

・・・と、

私事が長くなりました(^^;

 

小説に話を戻します。

 

とある中小企業に勤める、

バリ山行初心者の主人公、

波多くんに、

 

バリ山行ベテランの

妻鹿(めが)さんが、

山行中にこう語ります。

 

勤め先の会社の雲行きが

怪しくなっていることに対して・・・

 

 

「でも波多くん、

あれは本物だったでしょ?

あれはホント

怖かったよね」

 

何のことを

言ってるのか、

私にはすぐには

わからなかった。

 

ー本物。

 

それはあの時、

あの落葉の急斜面を

辛くも抜けて、

 

縋りついた岩の上から

妻鹿さんが私に言った言葉だ。

 

(中略)

 

「会社がどうなるとかさ、

そういう恐怖とか不安感ってさ、

自分で作り出しているもんだよ。

 

それが増殖して

伝播するんだよ。

 

今、会社でもみんな

ちょっと

おかしくなってるでしょ。

 

でもそれは予測だし、

イメージって言うか、

不安感の、感でさ、

 

それは本物じゃないんだよ。

まぼろしだよ。

 

だからね、

だから

やるしかないんだよ実際に」

 

(中略)

 

「なんかねえ、

バリをやっていると

いろんなことを

考えちゃうんだよ。

 

で、それでも

確かなもの、

間違いないものってさ、

 

目の前の崖の手がかりとか

足掛かり、

もうそれだけ。

 

それにどう対処するか。

これは本物。

 

どう自分の身を守るか、

どう切り抜けるか。

 

こんな低山でも、

判断ひとつ間違えれば

ホントに死ぬからね。

 

もう意味とか感じとか、

そんなモヤモヤしたもの

じゃなくてさ、

 

だからとにかく

実体と組み合ってさ、

やっぱりやるしかないんだよ」

 

 

バリ山行の場では、

一歩間違えれば、

死ぬ可能性がある、

 

あれこれ妄想するよりも、

目の前の現実を乗り越えることに

いかに集中するか、

 

会社でもそれが大事ではないか。

 

ということですね。

 

・・・しかし、その後、

バリ山行を続ける中で、

 

心身ともに

ボロボロなった主人公は、

ついに、キレてしまいます。

 

 

「山は遊びですよ。

 

遊びで死んだら

意味ないじゃないですか!

 

本物の危機は

山じゃないですよ。

街ですよ!

生活ですよ。

 

妻鹿さんは

そこから逃げているだけじゃ

ないですか!

ズルくないですか?

 

不安から目を逸らして、

山は、バリは刺激的ですけど、

 

いや”本物”って、

刺激的なもんじゃなく、

 

もっと当たり前の日常に

あるもんじゃないですか。

 

 

どきっ・・・

 

そうですね、

 

「本物の危機」は、

山じゃなくて、

街であり、生活であり、

当たり前の日常にある。

 

たしかに、

私たちは、

そこからいくら目を逸らしても、

逃れることはできません。

 

そう考えると、

「本物」とは、あくまで、

日常生活の中で見出すべきものかも

しれませんが・・・

 

その後、

妻鹿さんが取った選択は、

それとは次元が違うものでした。

 

思うに、

「本物の危機」とは、

自分を棄てることではないか・・・

 

 

・・・いや、これ以上は、

ネタバレにもなるので、

止めておきますが(^^;

 

この、

バリ山行のベテラン

妻鹿さん、

会社では浮いている存在ですが、

なかなか魅力的なお方でした(^^)

 

 

整備された一般の登山ルートと、

一方で、

藪をかき分け岩や滝を登る

道なき道バリルート。

 

今や時の人になってしまった、

フジテレビ遠藤龍之介さんの父親、

 

遠藤周作さんの小説、

「影に対して」

の一節を想起します。

 

 

(過去ブログでも解説しました。

よかったらご覧ください)

 

 

アスハルトの道は安全だから

誰だって歩きます。

 

危険がないから

誰だって歩きます。

 

でもうしろを振りかえってみれば、

その安全な道には

自分の足あとなんか

一つだって残っていやしない。

 

海の砂浜は歩きにくい。

 

歩きにくいけれども

うしろをふりかえれば、

自分の足あとが

一つ一つ残っている。

 

 

遠藤周作さんは、

フリーランスの小説家という

砂浜の道を選びました。

 

その遠藤周作さんが、

フジテレビに入社した息子さんに、

ニヤッとしながら、
「どうだ、舗装道路の歩き心地は?」
と訊ねたところ、

 

息子さんは、
「非常に快適な道を歩いておりますが、

お父様が吸ったことがないような

排気ガスも吸っています」

(うまい表現!)

 

と切り返したという

エピソードがありますが(^^)

 

アスハルトの道は、

整備された登山道、

 

砂浜の道は、

「バリ山行」ともいえますね。

 

どちらの道も、

一長一短があり、

 

たとえば、

整備された登山道は、

快適だし、

その先は絶景が待っていることも

ありますが、

反面、混んでいるし、

騒がしいというデメリットもあります。

 

バリ山行は、

静かだし、冒険心をそそります。

生を実感できるという魅力がありますが、

一方で、かなりの危険を伴います。

 

わたしは小心者なので、

やっぱり、現実を考えると、

整備された登山道を

メインにしていきたい派ですが、

 

時には、バリルートで、

冒険するのも悪くないと考えます。

 

人生においても・・・

 

 

 

**********************************

 

 

 

以上、

いろいろと断線しましたが(^^;

 

松永K三蔵さんの

芥川賞受賞作、

 

バリ山行

 

 

から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説させていただきました。

 

松永K三蔵さんは、

「オモロイ純文運動」

をされているだけあって、

 

芥川賞受賞作とは思えないくらい、

(まるで直木賞作品のように)

読みやすく、

ユーモアもあり、

されど深みのある小説です。

 

中小企業の内情も

リアルに描かれているので、

 

山好きな人はもちろんのこと、

組織で働く人には

共感できる内容だと思います(^^)

 

おすすめします😊

 

 

追伸

この本の表紙、

よく見ると・・・

 

あと、ラストの後、

すぐにカバーを

取ってみてください。

(編集さん芸が細かい!)

 

 

 

**********************************

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回はまた、

山口周さんの本の紹介に戻ります(^^;

 

 

**********************************

 

 

 

おまけ写真集(^^;

 

相州アルプス、

仏果山~高取山に!

 

 

途中の風景。

 

 

 

ところどころ、

雪が少しだけ残っています(^^;

(2月11日時点です)

 

 

 

仏果山山頂、着きました!

 

 

 

仏さまが何体かいらっしゃいます。

 

 

 

鉄塔に登ると・・・

絶景です!

 

 

 

宮ケ瀬湖。

 

 

 

丹沢の山並!

塔ノ岳、丹沢山、蛭ヶ岳・・・

 

 

 

左は大山ですね。

 

 

 

革籠石山まで足を延ばしてUターン。

 

 

 

痩せ尾根。

なかなかスリリングな岩場も通ります(^^;

 

 

 

仏果山越えて、高取山山頂。

 

 

 

ここの鉄塔からも絶景!

 

 

 

しばし見とれました・・・

 

仏果山~高取山、

割と気軽に登れて絶景が楽しめる、

おすすめのコースです!

(今回はバリルートは

通りませんでしたが(^^;)

 

 

 

下山後、オギノパンの工場に寄って、

揚げあんパン食べて帰宅。

 

帰路、座間神社にもぶらっと立ち寄り、

 

有り難うございました😊

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

独立研究者、

山口周さんの最新刊、

 

人生の経営戦略

 

 

から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説しています(^^)

 

今回で3回目になります。

 

この本では、

「人生」というプロジェクトの

長期目標を

次のように定義しています。

 

 

時間資本を

適切に配分することで

持続的なウェルビーイングの

状態を築き上げ、

 

いつ余命宣告されても

「自分らしい、

いい人生だった」

と思えるような人生を送る

 

 

ここでいう

時間資本とは?

 

 

私たちはしばしば、

人生を計画する際、

 

他者や組織や社会など、

自分ではコントロール

できないものを動かそうとして、

無用な努力を重ねてしまいます。

 

本書では

この愚を犯すことを避けるため、

自分でコントロールできる

変数戦略、

 

すなわち

「時間資本」

にフォーカスを当てます。

 

 

そうですね。

「時間」は、

私たちに与えられた

平等なものですから、

 

その中身をどう使うか、

 

自分でコントロールものに

焦点を当てるということですね。

 

では、持続的な

ウェルビーイングとは?

 

 

本書では、

「人生の最後に

ウェルビーイングを

実現すればいい」

という考え方を採用しない、

ということです。

 

理由は単純で、

私たちは

「自分がいつ死ぬか」

を知らないからです。

 

「人生の最後」がいつなのか、

その時期が確定しない以上、

これを目的に設定することは

できません。

 

だから

「いつか」ではなく、

「いつも」、

 

つまり「持続的」

ということが重要なのです。

 

 

なるほど~、

 

今はがむしゃらに働いて、

老後にゆっくりと

やりたいことを楽しもうかと

考えていても、

 

健康であるとは限りませんし、

そもそも、人は、

いつ死ぬかわからないわけです。

 

もちろん、

将来に備えるという観点は大切ですが、

やはり、

「今を生きる」

 

その積み重ねが

「持続的」ということなのかと思います。

 

山口周さんは、

人生とは、

「時間資本を別の資本に変えるゲーム」

だといいます。

 

本書では、

わかりやすく

図式化されているのですが、

 

 

時間資本

人的資本

社会資本

金融資本

 

 

という流れになります。

 

時間資本を、

自分のスキル、知識、経験といった

「人的資本」に使う。

 

そうすると、それが、

信用や評判、ネットワーク、

友人や家族関係といった

「社会資本」を構築することになり、

 

そこから、はじめて、

現金、株式・債権、不動産などの

「金融資本」が生まれるというのです。

 

ここでのポイントは、

「人的資本」は、

スジの良い仕事、

すなわち、

自己効力感を得られるような仕事

によって得られ、

 

そこから

「あの人に仕事を頼みたい」

「あの人なら間違いがない」

といった、

評判や信用、

「社会資本」に繋がるということですね。

 

たとえば、

山口周さんは、

「異業種交流会」には否定的ですが、

 

たしかに、

目の前の人的資本を

コツコツ蓄積しなければ、

 

簡単には、社会資本、

信用や評判は構築できませんし、

結局、金融資本にも結び付かない。

 

近道はないということですね(^^;

 

「人的資本」と

「社会資本」には、

2種類あるといいます。

 

 

仕事をする上で役に立つ資本

 

人生を豊かにしてくれる資本

 

 

前者は、

仕事上のスキル、

 

後者は、

生きがいや趣味などを指します。

 

もちろん、両方大事なのですが、

ウェルビーイングの観点だと、

後者のほうが、

より貢献度が高いといいます。

 

オーストラリアのホスピスで

緩和ケアを長らく務めた

ブロニーウェアさんによる

 

「末期を迎えつつある患者が

しばしば口にする後悔」

 

が取り上げられています。

 

 

・あんなに働かなくても良かった

・友人関係を続けていけば良かった

 

 

これは、

肝に銘じておきたい

言葉ですね(^^;

 

ミヒャエル・エンデの

「モモ」の内容も紹介されています。

 

そこには、

灰色のスーツを着た

「時間泥棒」が登場します。

 

 

(時間泥棒は)

それまで

十分幸福に暮らしていた

人たちから

時間を奪っていきます。

 

このとき、

彼ら時間泥棒が

訴えたのは、

 

「愛する家族や隣人のために

無為に使っている時間資本を

切り詰めて貯蓄に回せば、

あなたはお金持ちになれますよ」

 

という提案でした。

 

これはまさに

「人生を豊かにしてくれる資本」

のために注いでいた時間を、

金融資本を築くために

集中して使ってはどうか、

という提案なのです。

 

そして、

この提案を受け入れた人たちは、

自分でも気づかないうちに、

かつて実現していた

ウェルビーイングの状態を

どんどん破壊していって

しまうのです。

 

 

そうですね・・・

 

今の先の見えにくい時代、

もちろん、安心・安全のためには、

一定の金融資本は必要です。

 

しかし、

人生を豊かにしてくれる資本を

犠牲にしてまで、

金融資本を追い求めるのは、

 

結果的に、ウェルビーイングから

遠ざかってしまうことになるのです。

 

 

では

「灰色のスーツを着た男たち」

に時間を奪われないために、

私たちはどうすれば

いいのでしょうか?

 

答えはただひとつ、

 

「自分にとって

本当に大事なもの」

 

「自分が本当に

実現したいこと」

 

を意識して、

時間資本の配分を

マネージするしかありません。

 

 

「自分にとって」

というのがポイントですね。

 

そこを忘れずに、

時間資本の配分を差配する。

 

 

これを怠ってしまえば、

私たちの人生は、

社会のそこかしこを

跳梁跋扈している

時間泥棒に

容易にハックされてしまい

 

「自分が本当に望んでいること」

ではなく

「時間泥棒が望んでいること」

に時間資本を使うように

なってしまいます。

 

こうなってしまったら、

いくら緻密な

「人生の経営戦略」

を立てても意味がありません。

 

 

そうですね・・・

 

今のコスパ、タイパが求められる時代、

「時間泥棒」

が溢れているともいえますね。

 

もちろん、

無駄な作業的なことは削減して、

その分、自分が本当に望んでいることに

時間が使えるようになれば

いいのですが、

 

問題は、

その浮いた時間を何に使うかと

いうことですね。

 

手段が目的化してしまうことには、

気をつけたいものです(^^;

 

山口周さん自身も、

過去、時間泥棒にハックされた

経験をお持ちです。

 

こう述懐しています。

 

 

当時の私が

手に入れようとしていたものは、

自分自身が心から

望んでいたものではなく、

 

周囲の他人を

羨ましがらせるものであったように

思えます。

 

 

そうですね~、

ここに人生の落とし穴があるわけで、

 

「周囲の他人を

羨ましがらせるもの」

 

私たちは、つい、

これに捉われがちなんですね(^^;

 

「世間一般的に見て、

自分のポジションはどうなのか?」

 

「あいつよりも、自分は、

上なのか下なのか?」

 

組織人として、

私自身も、つい、

そのような意識に

捉われてしまうことがありますが、

 

そこには、

ウェルビーイングはない。

 

「自分が本当に望んでいることは何か?」

 

忘れないようにしたいです(^^;

 

 

 

************************************

 

 

 

今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回は別の本を紹介しますが、

その後、

またこの本の紹介を続ける予定です(^^;

 

 

 

************************************

 

 

 

おまけ写真集(^^;

 

低山ハイキング、

湘南平編です。


 

高来神社、

高麗山霊水にご挨拶してから、

いざ登ります!

 

 

 

わかりますか?

セミの抜け殻、

 

夏から半年間の風雪に耐えて・・・

 

 

 

高麗山、

高句麗王族がたどり着いた地。

 

 

 

浅間山。

 

 

 

もうすぐ・・・

 

 

 

湘南平!

 

 

 

大山が大迫力!

 

 

 

湘南方面。

江ノ島が見えます!

 

 

 

展望台から。

360度パノラマです!

 

 

 

帰り道、水仙エリア。

 

 

 

高来神社に戻りました。

 

 

 

狛犬。

あれ、よく見ると・・・

 

 

狛犬の子供、

お尻出しています(^^)

 

お尻ぺんぺん(笑)

 

 

 

神社巡りしながら帰宅。

 

こちらは茅ケ崎の、

鶴嶺八幡宮。

 

 

 

大イチョウ。

 

 

これ、尋常じゃない大きさです!

 

 

 

わかりますか?

昇り龍の松。

 

角度30度で生えています!

 

 

 

暗くなってしまいました(^^;

藤沢の白旗神社。

 

 

 

源義経公を祀った神社です。

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

山口周さんの最新刊、

 

人生の経営戦略

 

 

から、

私の印象に残った箇所を、

紹介・解説しております。

 

山口周さんいわく、

昨今の人生論には、

二大潮流ともいうべき

流派があるといいます。

 

 

残酷な社会ゲームを

冷徹に戦って生き残り、

経済的・社会的成功を

手に入れろ

 

という考え方です。

 

いかにもドライかつ

現実主義者的な主張で、

 

本書では

このような人生戦略の

考え方を

 

「目的達成のためには

全ての手段は合理化される」

 

と言った中世の政治学者、

マキャベリにならって

 

「マキャベリ的人生論」

 

と命名しましょう。

 

 

目的は手段を正当化する・・・

 

「君主論」で有名な、

マキャベリ的な人生論。

 

現実主義的、性悪説ともいえますが、

競争社会で生き抜くうえで、

これはこれで大事ですね。

 

一方で、

真逆の人生論もあります。

 

 

経済的・社会的成功の

虚像に囚われず、

自分らしく生きて

本当の豊かさを手に入れろ

 

という考え方です。

 

いかにもナイーブかつ

理想主義的な主張で、

 

本書ではこのような

人生戦略の考え方を、

 

「人間は本来善良なもの、

個人の内面的道徳を重視せよ」

 

と言った近世の思想家、

ジャン・ジャック・ルソー

にならって

 

「ルソー的人生論」

と命名しましょう。

 

 

マキャベリ、ルソーと、

何だか世界史の授業みたいに

なってきましたが(^^;

 

「自然に還れ」と言った、

ルソー的な人生論。

 

いわゆる

理想主義的、性善説ともいえますね。

 

私は、

どちらかといえば、

こちらの理想主義のほうに

心惹かれるものがあります。

 

ただ、小心者なので、

実際にはそれを貫く勇気がなく、

現実に妥協することが多いという

半端ものですが(^^;

 

で、山口周さんは、

どっち派なのか?

 

 

「どっちもダメでしょ」

が結論

 

 

ええっ・・・

 

どっちもダメとは、

どういうことでしょうか。

 

 

マキャベリ的人生論の

問題点は

「ゴールの設定」にあります。

 

キャリアに関する

これまでの研究の多くは

「経済的成功」や

「社会的成功」が

仮に実現できたとしても、

 

それが必ずしも

「幸福な人生には

直結しないことを

明らかにしています。

 

 

そうですね。

 

いくら経済的、社会的に

成功したとしても、

 

それだけだと、

死を迎える際に、

「私の人生は何だったんだ・・・」

と後悔する人がいるわけであって。

 

 

一方、

ルソー的人生論の問題点は

「プロセスの設計」

にあります。

 

確かに人生において

「自分らしさ」

は重要な指標でしょう。

 

しかし

「自分らしさ」という目標は、

一定の経済的・社会基盤

があってこそ、

獲得できるものであり、

 

それだけをナイーブに

目指して得られるほど

「人生というプロジェクト」

は容易ではありません。

 

 

たしかにそうですね。

 

それだけだと、

いわゆる「食っていけない」

わけであって、

 

「人生そんなに甘くない」

ということですね。

 

では、どうすればいいのか?

 

ここで、

経営戦略論の知見が、

活かされます。

 

 

経営学における

イノベーション理論では、

一見すると

2つしかないトレードオフ、

 

つまり

「どちらか(=OR)の選択肢」

を安易に受け入れることを

否定し、

 

それらのトレードオフを

超克する3つ目のオプション、

 

つまり

「どちらも(=AND)の選択肢」

を目指します。

 

 

どちらか(OR)ではなく、

どちらも(AND)を目指す。

 

 

それはすなわち

「自分らしく生きる」

ということと、

「経済的・社会的に成功する」

ということの

両立を目指す、

 

ということです。

 

ルソー的人生論とも

マキャベリ的人生論とも異なる、

この「3つ目の人生論」

を言葉にするなら、

 

自分らしいと思える

人生を歩み、

経済的・社会的にも

安定した人生を送る

 

ということになります。

 

 

自分らしいと思える

人生を歩み、

かつ、

経済的・社会的にも

安定した人生を送る。

 

たしかに、

それに越したことはないですね(^^)

 

 

人生の目的を

「エウダイモ二ア=善き生」

におき、

 

その実現のために、

極端を避けて

「中庸」を重視せよ、

と訴えた

 

古代ギリシャの哲学者、

アリストテレスに倣って

 

「アリストテレス的人生論」

と名付けましょう。

 

 

アリストテレス。

 

ソクラテス、プラトンに続く、

有名なギリシア哲学者ですね。

 

私は、プラトンのイデア論には

興味を持ったことがあり、

若い頃、竹田青嗣さんの本など、

いろいろと読んだ記憶があるのですが、

(だいぶ忘れてしまいましたが)

 

アリストテレスは、

アレクサンドロス大王の師匠だった

ことぐらいしか

印象に残っていません(^^;

 

代表作の「二コマコス倫理学」

いつか読んでみたいです。

(かなり難解そうですが)

 

で、この、

「人生の目的を善き生におく」

という考え方、

私はとても惹かれます(^^)

 

そして、

「中庸を重視せよ」

 

中庸というのは、

常に真ん中を取るというよりも、

 

「そのその時の状況に応じて

最善の選択をせよ!」

 

ということかと考えます。

 

 

アリストテレス的人生論を

実践するためには、

 

一見すると

両立の難しいトレードオフを

高次元に調停していく

知性と勇気が必要になります。

 

そして、

そのためにこそ

「経営戦略論を活用すべきだ」

というのが

本書の基本的な立場なのです。

 

なぜなら、経営は

「短期と長期」

「コストと品質」

「規律と自由」など、

 

「こちらを立てれば

あちらが立たず」

 

という

二律離反と矛盾の塊であり、

 

経営戦略論は、

これらの二律離反と矛盾を

高次元で調停するためにこそ

練り上げられてきたという

経緯があるからです。

 

 

これは、

田坂広志さんも提唱している、

ヘーゲルの弁証法の考え方にも

通ずるものがありますね。

 

ただ、これは、

実践するとなると、

なかなか難しい・・・

 

私のような中間管理職ですら、

日々、悪戦苦闘していることを考えると、

 

経営者の苦労たるものは、

想像するに難くありませんが、

 

「経営戦略論」なども活用し、

試行錯誤しながらも、

何とかやっている。

 

「これらの二律離反と矛盾を

高次元で調停する」

 

この考え方は、

何と「新約聖書」の中で、

 

イエスが、

宣教に向かう使徒に

アドバイスしている中にも

あるのです!

 

 

「蛇のように賢く、

そして鳩のように素直に

なりなさい」

 

 

うーん、

どういうことでしょうか。

 

 

これほど

矛盾に満ちているように

思えながら、

全体的・包括的な人生戦略の

アドバイスはないと思います。

 

前半の

「蛇のように賢く」

というのは、

 

世の中でよく言われていることや

甘言を弄す人に騙されず、

 

自分の頭で考えて

判断するための

智恵と分別を持ちなさい

というアドバイスであり、

 

後半の

「鳩のように素直に」

というのは、

 

地位やお金といった

虚しいものに惑わされずに、

 

自分の中にある

美意識や倫理観に

素直に従って生きなさいという

アドバイスです。

 

つまり、

イエスもまた、

最愛の弟子を

旅立たせるにあたって、

 

一見すると

矛盾しているように思える

「第三の道」について

説いているのです。

 

 

なるほど~、

 

「蛇のように賢く、

そして、鳩のように素直に」

 

この世知辛い世の中、

 

覚えておいて

損はない言葉ですね😊

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回もこの本の紹介を続ける予定です。

 

 

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おまけ写真集(^^;

 

冬晴れに誘われて、

西湘・湘南地区の

神社仏閣巡りをしました。

 

 

まずは、

金目山 光明寺。

 

 

近くの川から、

富士山がきれいに見えましたよ!

 

 

 

小田原の玉宝寺。

お声がけをして、

五百羅漢を拝ませていただきました!

 

 

 

飯泉山 勝福寺。

 

 

二宮尊徳さんゆかりのお寺だそうで、

尊徳さんが、

お祈りをされていました(^^)

 

 

 

立派な大イチョウ。

 

神社仏閣で巨木が多いのは、

やはり「気」が違うのでしょうか。

 

 

 

相模国の二之宮(町名になっています)

川勾神社。

 

 

 

茅葺屋根の素朴な門。

素敵です!

 

 

 

こちらは、

相模國総社 六所神社。

 

 

 

出雲大社風の、

太いしめ縄です!

 

 

こちらも、

ご神木(大木)がいくつかありました。

 

 

 

平塚八幡宮。

 

 

 

神馬がいらっしゃいました!

(ニンジン差し上げました)

 

 

 

池にはアヒルやカモもいて、

和む神社です(^^)

 

 

 

相模国四之宮、

前鳥(さきとり)神社。

 

 

 

学問の神様だそうです。

 

 

 

そして、最後は、

相模国一之宮、有名な寒川神社!

 

 

 

ねぶたが飾られていました。

 

 

 

夕方でしたが、大賑わい。

 

 

 

やはり、全国的に有名なだけあります。

立派で、美しい御社殿!

 

 

 

この相棒のおかげで、

自由気ままに

一日で多くの神社仏閣巡りができました😊

感謝です!

 

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

今回、紹介させていただく本は、

独立研究者・著作家である、

山口周さんの最新刊、

 

人生の経営戦略

 

 

山口周さんの本は、

 

私にとって、

現代社会を深く考えたり、

また、

自分自身を見つめ直すにあたって、

大きな示唆を

与えてくれることが多いのですが、

 

この本もご多分に漏れずです(^^)

 

私は、本を読むときに、

印象深いページの上の角を

折る癖があります。

(ドッグイヤーというらしいですね)

 

それは、後で振り返って、

このブログを書く時に

とても重宝するのですが、

 

この本、

ページを折りまくったので、

上のほうだけ

かなり分厚くなってしまいました(^^;

 

それだけ、

「なるほど~」と思った箇所が

多かったということです。

 

山口周さんの本は、

冒頭に、結論や目的が

述べられていることが多いのですが、

 

本書ではこう述べられています。

 

 

本書の目的は、

 

経営戦略論をはじめとした

経営学のさまざまな知見を、

 

個人の

「人生というプロジェクト」

に活用するための

ガイドを提供する。

 

というものです。

 

 

山口周さんは、

一流外資系企業のコンサルとしても

活躍された方ですが、

 

そこで培った、

経営学の生きた知見を、

私たちの人生にも役立てられるように、

解説してくださっているのです。

 

 

もしかしたら、

このような提案に対して

 

「人生と経営を

結びつけるとは

なんとドライで冷徹なことか」

 

と苦笑される方も

おられるかもしれません。

 

確かに、一般に

「マネジメント」には

「計画」や「統制」や「管理」

といったニュアンスが

付きまといますから、

このような感想を持たれても

仕方がありません。

 

しかし

「経営=マネジメント」

という言葉の持つ

別の側面を知れば、

 

そこには

「人生」と結びつく

深いニュアンスがあることにも

気がつくでしょう。

 

というのも

「マネジメント」には、

 

「思い通りにならないものを、

とにかくなんとかする」

 

という意味もまたあるからです。

 

 

そうですね~、

 

そもそも、

人生はなかなか、

思い通りにはいかないわけであって(^^;

 

それでも、

私たちは、少しでもいい人生にすべく、

 

悪戦苦闘しながらも、

なんとか、

やりくりしているわけであって、

 

そういう意味では、

組織の「経営」も、

個人の「人生」も、

同じなのかもしれません。

 

 

予想もしなかったことが起き、

さまざまな障害が立ち現れ、

「計画」も「管理」も「統制」も

うまくいかないからこそ、

 

「とにかくなんとかする

=マネジメント」

が必要なのです。

 

 

山口周さんの他の本でも

述べられていますが、

(詳細は過去ブログで取り上げました。

よかったらご参照ください)

 

 

日本は、

1960年代の高度経済成長期以降、

低成長の時代が続いていますが、

 

これは、

決して悲観することではなく、

むしろ、

「登山の社会」から、

「高原の社会」へと

到達した証であるといいます。

 

ですので、それ自体は、

喜ばしいことでもあるのですが、

 

しかし、

問題点もあるといいます。

 

 

私が考える最大の問題は、

「低成長そのもの」

ではなく、

「無限の成長を前提としてる

社会の制度や規範」

と、

「ゼロ成長の均衡へと

軟着陸しつつある現実の社会」

とのあいだで

さまざまな歪みが

生まれており、

 

この歪みによって

私たちの人生が翻弄されている、

ということです。

 

 

う~ん、

これは鋭い指摘ですね。

 

 

この歪みは

 

「社会を再びかつてのような

高成長社会に戻す」か、

 

あるいは、

「ゼロ成長社会に合わせて

制度や仕組みを再構築する」かの

 

どちらでしか

調整できません。

 

60年以上にわたって

経済成長率が明確な

低下トレンドを示している以上、

 

私自身は

後者のアプローチ以外に

選択肢はないと

考えていますが、

 

どうも世の中は未だに

前者が可能だと考える人も

多いようで、

 

これから当分の間は、

この歪みは調整されることの

ないまま、

 

社会に混乱を

もたらし続けることに

なるでしょう。

 

 

私も、著者と同じく、

 

「ゼロ成長社会に合わせて

制度や仕組みを再構築する」

 

しか選択肢はないと考えますが、

 

たしかに、今の世の中、

どこか、

「やっぱり、かつての高成長時代を

目指すべきだ」

「それが、すべてを解決する」

 

というような風潮があるのは、

否めないと思います。

 

何か違和感を感じてしまう

私ですが・・・

 

 

現実の社会は

均衡のゼロ成長へと

軟着陸しようとしているのに、

 

制度や規範は

高成長への離陸を目指す

社会のまま、という

 

「つなぎ目の社会」

 

に私たちは生きているのです。

 

 

過渡期ともいえる、

「つなぎ目の社会」

に生きている私たち。

 

何とも難しい時代に

生きているわけですが、

 

しかし、

「高原社会」というのは、

経済成長は難しくとも、

 

個人の成長、変容という

意味でとらえると、

チャンスでもあるのです。

 

山口周さんは、

こう述べます。

 

 

現代の日本では、

何かあるとすぐに政府が悪い、

企業が悪いといった批判が

巻き起こりますが、

 

社会の衰退は何よりも

「個人の活力の喪失」

に起こるということを

絶対に忘れてはいけません。

 

 

う~ん、

耳の痛い話ですが、

たしかに、そうかも・・・

 

 

歴史家の

アーノルド・トインビーは、

彼の主著

「歴史の研究」において、

 

社会衰退の

最大の要因として

「自己決定能力の喪失」

というテーマを

論じています。

 

最近の日本では

テクノロジー人材の不足や

イノベーションの停滞

といったことが

国力低下の要因のように

語られることがありますが、

 

トインビーに言わせれば、

そのような理由で衰退した

国家・文明は

歴史上にひとつもありません。

 

私たちはまさに

 

「自分で考え、自分で決める」

 

という気概を失い、

トインビーの言葉を借りれば

 

「自らのうちの虚ろなもの」

 

にからめとられることによって

滅びるのです。

 

 

そうですね・・・

 

社会は、あくまで、

個人の集合体なわけですから。

 

「自分で考え、自分で決める」

 

たしかに、これが、

今の私たちに、

いちばん欠けていることなのかも

しれません。

 

で、本書はこの、

「自分で考え、自分で決める」

ために、

 

「経営戦略のコンセプトや

フレームワークを使うと、

役立つかもしれませんよ」

 

と提案している本なのです(^^)

 

それらの提案は、

どれも実践的かつ、

本質を突いているので、

唸らされるのですが、

 

次回、そのひとつ、

「二極化する人生論・キャリア論」

の箇所を紹介させていただきますね・・・

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました😊

 

次回もこの本を紹介します(^^;

 

 

 

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おまけ写真集(^^;

 

 

宮ケ瀬湖畔から、

高畑山まで山歩き(^^)

 

 

 

途中、山の神様の祠でお参りして、

 

 

岩場を越えて、

 

 

宮ケ瀬湖と、

相州アルプスが見えました!

 

 

着きました!

 

 

マイナーな山なので、

山頂独り占め(^^)

 

弁当食べて下山、

 

 

宮ケ瀬湖近づいてきました。

 

 

宮ケ瀬湖着きました。

この吊り橋、渡ります!

 

 

 

つり橋から、

 

 

静かで、美しい湖・・・

 

 

 

帰り道、金剛寺立ち寄り、

 

 

石仏がたくさん

いっらっしゃいました。

 

 

少し歩くと、

甘い香りが・・・

 

ローバイ、咲いてました!

 

 

飯山観音(長谷寺)。

 

 

きれいなお寺です!

 

 

 

鎌倉や奈良の長谷寺もそうですが、

見晴らしがいいですね!

 

天気もよく、

おかげさまで、

気持ちいのいい休日を過ごせました😊

 

 

 

 

宮音(みやお)、

 

最近は、

みいちゃんと呼ぶことが多いです(^^;

 

 

 

寝顔アップ!

いい夢見てるかな・・・😸

 

 

ご訪問くださいまして、

有り難うございます。

 

れっつごうです(^^)

 

D・カーネギーさんの

世界的ロングセラー、

 

人を動かす

 

 

を紹介しています。

 

今回で最終回です(^^;

 

今回は、私がこの本を読んで、

有益だと思った箇所を、

ランダムに紹介・解説

させていただきますね。

 

まずは、

 

 

「笑顔を忘れない」

 

 

という章から引用します。

 

「笑顔を忘れない」

とはいっても、

とても笑顔など見せる気にならない

ときって、

ありますよね(^^;

 

そんなときどうすればいいか。

 

 

むりにでも

笑ってみることだ。

 

ひとりでいろときなら、

口笛を吹いたり

鼻うたをうたったり

してみる。

 

幸福でたまらないように

ふるまうのである。

 

 

これは、たしか、

フランスの哲学者アランも、

 

「幸福だから笑うのではない、

笑うから幸福なのだ」

 

と述べていますね。

 

本書では、

ウィリアム・ジェームスの説が

紹介されています。

 

 

「動作は感情にしたがって

起こるように見えるが、

 

実際は、

動作と感情は

並行するものなのである。

 

動作のほうは

意志によって直接に

統制することができるが、

感情はそうではない。

 

ところが、感情は、

動作を調整することによって、

間接に調整することができる。

 

したがって、

快活さを失った場合、

それを取りもどす

最善の方法は、

 

いかにも

快活そうにふるまい、

快活そうにしゃべることだ。

 

 

意志によって、

動作は、統制できるが、

感情は、統制できない。

 

ただし、

動作と感情は、

連動している(平行している)ので、

 

感情を変えたければ、

動作を変えればいい!

 

ということですね。

 

たしかに、

これは、一理あると思います。

 

もちろん、

つねに快活そうにふるまうのは、

不自然ですし、

それはそれで疲れます(^^;

 

時には、

負の感情を感じることも必要です。

 

しかし、

負の感情にどっぷり浸りきって、

それが続いてしまうと、

 

生活のクオリティが

下がってしまうことにも

なりかねません。

 

何より自分が損します(^^;

 

そんな時には、

無理にでも、笑ってみる。

 

ちょっとずつでいいので、

快活にふるまってみる。

 

それが、

少しでも有意義な人生の時間を

増やすための

智恵なのかと思います😊

 

 

次は、

 

「議論を避ける」

 

の章から。

 

 

リンカーンはあるとき、

同僚とけんかばかり

している青年将校を

たしなめたことがある。

 

「自己の向上を

心がけているものは、

けんかなどするひまが

ないはずだ。

 

おまけに、

けんかの結果、

不機嫌になったり

自制心を失ったり

することを思えば、

いよいよけんかは

できなくなる。

 

こちらに

五分の理しかない場合には、

どんなに重大なことでも、

相手にゆずるべきだ。

 

百パーセントこちらが正しいと

思われる場合でも、

小さいことなら

ゆずったほうがいい。

 

 

こちらが、

半分くらい正しいと思うことは、

相手にゆずる。

 

人は、自分が常に正しいと

思いがちな生き物ですので、

これくらいが、

ちょうどいいのかもしれません。

 

ただ・・・

 

小さいことなら、

こちらが100%正しいと思うことまで

ゆずったほうがいいとは、

 

ちょっと受け入れがたい

気もしますが(^^;

 

 

細道で犬に出あったら、

権利を主張して

かみつかれるよりも、

犬に道をゆずったほうが賢明だ。

 

たとえ犬を殺したとて、

かまれた傷はなおらない。

 

 

なるほど・・・

 

「小事に拘わりて大事を忘るな」

ですね。

 

小さなことにこだわり続けると、

けっきょくは自分が損をすることに

なりかねない。

 

そう考えると、

たとえこちらが100%正しいことでも、

小さなことであれば、

へんに主張せずに流してしまうのが

大人の対応かもしれませんね。

 

・・・とはいっても、

 

小事ではないとき、

特に仕事の場合などで、

相手が明らかにまちがっている際には、

正さなければならない時もある。

 

そんな時はどうすればいいのか?

 

 

「実は、そんなふうには

考えていなかったのですが―

 

おそらくわたしの

まちがいでしょう。

 

わたしはよくまちがいます。

ひとつ事実をよく

考えてみましょう」。

 

 

なるほど・・・

 

まずは、

「わたしはよくまちがう」

とワンクッションおいたうえで、

相手を否定したり、攻撃したりはせず、

「事実を考えてみましょう」

と伝える。

 

私たちは、つい、

こちらがあきらかに正しいときには、

鬼の首をとったかのような

態度を取りがちですが、

 

相手が間違っているときこそ、

謙虚になる。

相手の顔をつぶさないように伝える。

 

大事なことですね(^^;

 

 

次は、

 

「命令しない」

 

という章から。

 

だれに対しても、

決して命令的なことは

いわなかった人の話です。

 

 

命令ではなく、

暗示を与えるのだ。

 

「あれをせよ」

「そうしてはいけない」

などとは決していわなかった。

 

「こう考えたらどうだろう」

「これでうまく行くだろうか」

などといったぐあいに

相手の意見を求めた。

 

手紙を口述して書かせたあと、

彼は「これでどう思うかね」

とたずねていた。

 

彼の部下が書いた手紙に

目を通して

「ここのところは、

こういういい方をすれば、

もっとよくなるかも知れないが、

どうだろう」

ということもよくあった。

 

彼はいつも

自主的に仕事をやらせる

機会を与えたのだ。

 

決して命令はせず、

自主的にやらせる。

 

そして、

失敗によって学ばせた。

 

 

特に部下に対して、

何かを伝える時には、

 

立場を利用して、

決めつけ口調で命令をするのではなく、

 

「どうだろう」

「どう思う」

と、あくまで

相手の意志を尊重する姿勢を忘れない。

 

これは、

皆から慕われるリーダーは、

自然とやっていることかもしれません。

 

・・・で、わたしは?

 

こんなにスマートには

とてもいえませんが(^^;

 

なるべく意識はするようには

心がけています。

 

 

こういうやり方をすると、

相手は自分のあやまちが

直しやすくなる。

 

また、

相手の自尊心を傷つけず、

重要感を与えてやることにもなり、

 

反感のかわりに

協力の気持ちを起こさせる。

 

 

そうですね~。

 

「相手の自尊心を傷つけず、
重要感を与える」

 

というものが、

ポイントになりますね。

 

カーネギーさんの話は、

単なるテクニックというよりも、

 

根底には、

相手を「尊重しよう」

という姿勢が

流れているように感じます。

 

そして、相手も、

自分と同じように、

 

間違うこともあるし、

自尊心もある。

 

人から認められたいし、

何より、

愛されたいと願っている人間なんだ。

 

「この人も私と同じだ・・・」

 

そんな気持ちが根底にあると

人間関係はうまくいくのかも

しれませんね😊

 

 

 

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以上、

3回にわたって、

D・カーネギーさんの

自己啓発の古典的名著

 

人を動かす

 

 

から、

私の印象に残った箇所を

紹介・解説してきました。

 

カーネギーさんは、

アメリカ人なので、

 

日本人としては、

「欧米か!」

とツッコミたくなるような、

ちょっと歯の浮くような

セリフもあります(^^;

 

「実際はなかなか言えないよな~」

と思うものもありますが、

 

しかし、

根底に流れているものは、

「人間愛」

なのではないかと感じます(^^)

 

だからこそ、

長く読み継がれているのではないかと。

 

紹介したもの以外にも、

 

「名前を覚える」

「美しい心情に呼びかける」

「遠回しに注意を与える」

「口やかましくいわない」

 

など、有益な知恵が満載です。

 

もちろん仕事だけでなく、

家庭やプライベートでも役立つと思います。

 

おすすめします😊

 

 

 

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今回も最後までお読みくださいまして、

有り難うございました(^^)

 

次回は別の本を紹介する予定です。

 

 

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おまけ写真集(^^;

 

最近、天気の良い休日が多いので、

つい、山歩きに気持ちが傾きます。

 

今回は、富士山を見に箱根へ!

 

 

矢倉沢峠方面から、

明神ヶ岳を目指します!

 

モクモク・・・

大涌谷が見えてます。

 

 

ふり返ると・・・

金時山の向こうに富士山

 

 

ようし、もう少し、

 

 

小さな祠に、

感謝のお参りをして、

 

 

 

頂上、着きました!

 

 

 

おお、今日は雲ひとつない快晴!

 

 

 

弁当を食べながら、

しばし見とれてました・・・

 

 

 

下山、

富士山に向っていく感じ、

 

 

何だか、

富士山に吸い込まれそう(^^;

 

 

余りにも天気がいいので、

欲張って、

右の金時山にも登ってみよう!

 

 

おお、こちらからも絶景!

 

 

う~ん、ダイナミック🗻

 

 

 

この後、公時神社にお参り後、

日帰り温泉に入って帰宅。

 

最高の登山日和でした。

お天道様に感謝です!