いよいよ深層心理に降りていきます！
真守は、暗闇の中に立っていた。
いつものようにカプセルに入り、御神の誘導による「脱力」で心を整えたらここにいた。
変化を待つ。
この自分の姿だけ鮮明というのは、不思議な感覚だ。完全に闇なら問答無用に起こるであろう恐怖を不思議と感じないものの、何が起こるか分からない。
何でもありの世界だ。
何事にも対応できるように感覚を研ぎ澄ます。自分の呼吸音が耳についた。
すり足で、障害物を探りながら歩く。
「こっちよ」
真守のヘッドセットが御神の声を拾った。
真守は喜びのあまり、テンションが上がって、小さくガッツポーズをした。
毎回世界の異変に真守が巻き込まれてから御神の誘導がはじまるのだ。安全なスタートってよいなあと真守はご機嫌で、御神の誘導する方へと進む。
しばらく歩くと同心円状に並んだ何かの中心に女性が磔になっている場所に出た。
さらに近寄って気づいた。
同心円を描いているのは、動物用の鉄の罠ー虎バサミーだ。十字の棒に磔にされた女性を中心に虎バサミがぐるりと張り巡らされている。
御神はそこに仁王立ちしていた。
「真守。あそこまで行ってきて」
当然のように御神が指差したのは、磔台のある中心だった。
「どうやって行くんですか？」
「もちろん歩いてに決まってるでしょ」
「罠は…？」
「見えてるんだから、またぎなさいよ」
真守は引きつる顔を無理やり同心円に向けた。
確かにひとつひとつの虎バサミは跨げる大きさだ。けれど、おびただしい数なのだ。何が出てくるか分からない世界で見えることに安心できない。
「真守は斥候だって自分で分かってるでしょ。仕事して」
斥候、先発隊、実験体。
ここでの真守の役割は、動いて変化を起こすことと確定していた。
この世界では、心が「隠した本心」と「押し込める意思」の二つに分かれる。「隠した本心」をカウンセリングして「押し込める意思」を壊さないと外に出れない。
今回の「隠した本心」は磔にされている女性だろう。彼女と話ができなければ何も進まない。
真守は、御神に聞こえないように小さな声で愚痴った。
「…御神さんが直接行ってカウンセリングした方が早いのでは…」
「何か言った？」
「何でもありません」
真守は歯を食いしばって覚悟を決めると注意深く虎バサミを跨いで中心へと進みはじめた。
端から中心まで、半径五十メートルはありそうだった。虎バサミは同心円状に様々な大きさのものが並んでいて、普通に歩けばなんてことない距離なのに、注意して歩くとなかなか進まない上に疲れる。
「真守ー。まだー？」
後ろからの飽きたような御神の声がうるさい。
少し慣れてきたその時。金属がぶつかる鈍い音を立てて虎バサミが閉じた。足がもっていかれる。距離の目測を誤ったらしい。ジーパンの端がひっかかっていた。
かろうじて踏みとどまる。
バランスを崩して倒れていたら、肩や腕まで虎バサミにもっていかれていただろう。
ゾッとしながら足元を見る。
トラバサミの歯の付け根にひっかかったGパンを外そうとして、恐ろしいことに気づいた。ーなんで、閉じたんだ？
トラバサミというのは、真ん中を踏み抜いたら閉じる仕組みとなっている。真ん中に餌を置いておき、それをつかもうとした動物を捕えるのだから。距離の目測を誤ったとはいえ、足先が少しひっかかっただけで閉じるわけがない。
疑問に夢中になりながら、ジーパンの布を突き破って刺さっている罠の歯を安全に外そうと格闘しているとブリキのロボットが横に佇んでいた。真守は急に現れた無機物にびっくりして体をビクつかせる。
「佐保さん！」
「真守様どうぞ」
ハサミを持っている。
「ハサミより、なんか棒ない？」
「どうぞ」
とブリキの胴体を開いて、その中から棒を出してきた。
御神と真守と違って、佐保は五感をこの世界に移動させるカプセルに入っていない。外部モニターから全体を観察して血圧などのバイタルを確認したり、補足するアイテムを外部から入力して追加したりするサポートをしてくれている。
真守は未だに佐保が男か女かも知らない。なにせ、現実の世界では、最初から御神にだけしか姿を見せてくれないのだ。
真守は、ジーパンを虎バサミから外すことを中断して、疑問を検証してみることにした。
ーなぜ、罠が閉じたのか
佐保からもらった棒を開いているトラバサミの歯にそっと触れてみる。鈍い音を立てて一瞬で閉じた。
「佐保さん。この罠変だよ」
「イメージの世界ですから」
真守は「うぐっ」と苦虫を噛みつぶしたような声を出した。
「罠の仕組みが書いてある何かない？
閉じ方と開き方の。
こういう罠ってさ、確か開くレバーがあったと思うんだよ。
外し方教えてよ」
「真守様お言葉ですが、この世界はあやふやです。
わたくしも拡大して確認してみましたが、この虎バサミには、外す機能と思われるモノはついておりません。
捕まったら終わりとご理解ください」
呆気に取られて真守は空いた口が塞がらなかった。
予想以上に危険なことに気づいて泣きそうになる。
「遠い…」
やっとのことでたどり着いた中心で、真守は、どうやって声をかけていいか困ってしまった。
遠目でも確認できていたが、あまりの現実感のなさに目に写ったものを信じたくなかったのだ。近くで見て逃げようががないことを悟った。
ー目の前にスケバンがいる。
磔にされている女性は、詩子と同じ姿のスケバンだった。不良でもギャルでもガングロでもない。濃くて挑戦的な化粧。長いスカートのセーラー服。高校生には見えない妙な色気。
ここが詩子の心の中だと知らなければ、スケバンが詩子だと気づけなかっただろう。化粧とセーラー服で武装した詩子は別の生き物だった。
真守は、何かの漫画のパロディで見たことがあってかろうじて知っていたものの、スケバンを実写で見るとかなりの迫力をもって真守にせまってくる。
現実世界の詩子は、どう見てもアラサーの20代で、生きた時代がかすってもいないのに、なぜこんなイメージで出てくるのか不思議でしかない。
「何しに来たわけ？」
強気の目で見つめられて、真守は答えに窮した。現実世界の詩子は、暗くおどおどして不安気な声で話すのに、スケバン詩子の声は低くドスがきいている。
同じ人間の声と思えない。怖い。
しかもスケバン詩子は、磔にされているのだ。エロAVであってもおかしくないシチュエーションに真守はエロスを感じてしまい、恥ずかしくて直視できない。
真守は、「すみません」と悪女詩子に断ってヘッドセットのマイクを覆うようにヒソヒソと御神に語りかけた。
「御神さんどうします？」
「こっちに連れてこれそう？」
「無理です！」
「努力してから言ってくれる？
あんたの行動全部見えるし、聞こえてるから」
真守は目をつぶって歯を食いしばり覚悟を決め直した。恥ずかしさを振り払ってスケバン詩子に向き合う。
「あの…僕は家永真守といいます。
そこから動いてちょっと御神さんが立ってるところまで歩いて見ませんか？」
刺激しないよう低姿勢を心掛けたら揉み手になっていた。思った以上に情けない声色になっていてちょっと自分が惨めに見えた。
そんな真守に対し、スケバン詩子の目が凶悪に光った。
「見て分かんねーのかよ！
動けるわけねーだろ！」
叫びと共に何かが巻きついて、後ろに引っ張る。油断していた真守は、すぐに空中に浮いた。高速エレベーターで感じるような浮遊感が真守を貫く。そのまま滞空したまま引っ張られる。下ではガチャンガチャンと鈍い金属音が続く。虎バサミが真守に噛みつこうとしていたのだ。
悲鳴を上げる間もなく、頭が真っ白になったまま地面に尻もちをついていた。
震える体で見上げると御神の足元だった。スタート地点である御神の元へ戻っていたのだ。幸い虎バサミに噛みつかれていない。
「労災…」出ますか？
まで言葉にすることができなかった。
ここまではっきり「死ぬかも」と思ったのは生まれて初めてだった。
おしっこをチビリそうになったのも。
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あなたのブロックを破壊する言葉紡ぎます
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