Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 ! -3ページ目

Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

Jポップスの黄金時代は80年代から始まった。

そんな時代を活写した幻の音楽雑誌『MUSIC STEADY』をネットで再現します。

写真・中村光江(写真左から) 下山淳(G)、竹内理恵

(Sax、Fl)、仲野茂(Vo)、梶浦雅弘(Dr)、岡本雅彦

(B)

 

 

※シン仲野茂バンド誕生--仲野茂バンド メンバー全員インタビュー!<Ⅰ>からの続き

 

 

●曲目解説 「穴の開きまくりアナーキー」は俺(仲野)が曲を作らざるをえない!

 

 

――具体的にアルバムに収録された曲について、1曲づつ、お聞きしたいのですが、まず、1曲目はPANTAさんの歌詞に仲野さんが曲をつけた「穴の開きまくりアナーキー」から。これはどういった感じで作っていったのですか?

 

仲野 これはタイトルからして、俺が作らざるをえないじゃないかという。“穴の開きまくりアナーキー”だから(笑)。で、これは本当にPANTAに感謝というか、自分じゃ書けないじゃない。元・亜無亜危異(アナーキー)が“穴空き”(アナーキー)とはね。本当にありがたかった。なんか、こんな気持ちみたいなものをPANTAからこの歌詞を貰う前に、自分でも20でデビューして、やっぱり歳くってきてさあ。あのデビューした時の何も知らない新鮮な自分とか、何かを忘れてきたり、捨ててきたり、面倒くさがったりとか、歳くって来た時にあの頃の新鮮な思いをどうやったらもう一度、歌詞に出せるかな、思っていた時にPANTAが書いてくれて。やっぱり、俺的には自分の、可愛かったときの仲野茂(笑)を、いまは憎らしいけど、あの頃の感じをなんかもう……“茂、自分で自分を、もう一度、自分を抱きしめろよ”みたいな歌だと思ってさ、それはありがたかった。

 

――いわゆる“あてがき”ですね。

 

仲野 そう。それでやっぱり、下山もそうやって言ってくれるけど、俺が作ると、どうしてもシンガーソングライター的になっちゃうと。それをアレンジとか、ブリッジとか、作ってくれて、すごくロックテイストな歌ものとして、出来上がってきたのは本当にありがたかった。やっぱり、俺、ギタリストじゃないからフレーズとかは作れないから、どうしても歌ものになりすぎちゃう。そこを、下山がイントロとか、ブリッジとかを付けてくれた。こんぶちゃんのサックスもでかいけどね。そういうところでロックテイストになって、きたなあっていうのは、すごくありがたかった。

 

――イントロがアイリッシュな感じがする……。

 

仲野 これは梶浦が出してきた。曲作りの時、河口湖で合宿したのよ。その時に出来た。

 

梶浦 茂の歌を聞いた時にこれは完全に応援歌に聞こえるなと。サッカーとか、ああいう場面をイメージした。こういうリズムはどうっと言って、提案したんだけど、作っているうちに、どんどん、アイリッシュっぽくなっていったから。

 

仲野 本当、梶浦がマ―チっぽくやってくれて。同じようなイメージで、俺もイギリスのサッカーのワォーウォーというみたいな、応援歌みたいなもの作りたいなと思っていたし。梶浦のリズムのお陰で、ど頭のコーラスみたいのも考えられたし、あの曲はこんぶちゃんにもこんな感じでよろしくお願いします、という。

 

梶浦 バグパイプっぽいのと、でもサックスだからなあと思っていたけど、見事にやってくれたから。

 

仲野 びっくりして。只もんじゃない。もう、こんぶちゃんにアイリッシュウィスキーをプレゼントしなくちゃいけないな。

 

竹内 いただきたい(笑)。

 

――歌詞の中にカワサキとか、スズキとかが出ている。バイクのメーカー名が入っていて。昔、PANTAさんからヘルメット(『1980X』 で被っていたもの)を貰ったという逸話もありますけど。PANTAさんがメーカー名を歌詞に入れこんだんですか。

 

仲野 ねえ。PANTAから、あの大事なヘルメット貰って、PANTAが持っていたこと自体がすごいから。勿論、ヘルメットにも“賞味期限”があるから。俺のラジオ番組(2023年6月16日に配信されたyoutubeチャンネル「仲野茂ラジオJAG」の vol.84『俺の脳ミソがロックにやられた瞬間』にPANTAが出演)の時に持ってきてもらって、プレゼントしてくれて。で、今度、この歌詞で、カワサキとスズキが出てくる。なんか、バイクまでプレゼントしてくれた気がして、すごい嬉しかった(笑)。

 

https://www.youtube.com/watch?v=L2Yh8xBjlqw

 

 

 

――2曲目「だろ」は下山さんが曲をつけています。

 

下山 他の詩もそうだけど、これが一番、びっくりしてね(笑)。どうしようかなと思って。

 

――やっぱり、これはちょっと意表をつかれた。

 

下山 字面だけ見て、びっくりして(笑)。でも、このままやったら茂、うまいことやってくれたんで。あっ、そのままでいいんじゃんみたいな。さっさとできました。

 

梶浦 “だろ”なんて、茂のワードだもんね。しょっちゅう、使っている。

 

仲野 でもあれ、そういう歌詞は弾き語りで作るのはすごく難しいから。やっぱり下山のカッティング。もうしびれたよ。だろ――わあ、かっこいいと思った。だから、すごい悩んだ、アルバムに入れる時に1曲目にするか。これで驚かしてやろうか、世の中みたいなね。いきなり、だろ、だろ――で始まったら、なかなか、おもしろいんだけど。うーんとね。そこは面白かった。

 

――先制攻撃みたいな。

 

仲野 こんぶちゃんのあれもすごいからね。

 

――バスクラ?

 

竹内 バリトンサックスです。クラリネットは使ってない、今回は。

 

――それは曲想に合わせて、その楽器を選択した。と。

 

竹内 そうです。

 

――曲自体、聞いて、どんな感じを受けました? どう対応すればいいんだ、自分はみたいのはありましたか。

 

竹内 自然でいいです、かな。それこそ、バンドサウンドにPANTAさんの詩がのっかっているという下山さんの発言がありましたけど、ただ、そういう感じ。で、じゃあ、この曲、このフレーズにはどの楽器が合うかな、と考える。割とシンプルな楽しい作業でした。

 

仲野 下山からリクエストはなかったの?

 

竹内 なかったです。このフレーズをユニゾンでやってみましょうか、などというアイデアをいただいて、そしてやってみる、これですかねみたいな感じで戻してみる。

 

下山 ユニゾンのところはユニゾンでして。あと、ソロお願いしますーみたいな。

 

――こと細かい指定より、放り投げられて、それを自分がどう対応するという感じだったんですか。

 

竹内 いや、ここにこれがあるといいと思うよみたいな感じです。リクエストは作曲家から聞いて、それがフレーズの指定だったり。そこで私の思うように自由に吹いてお戻しして。そしてもうちょっと、こういう感じでどう、そういうやりとりをしながら。決めていったという感じですね。

 

梶浦 基本そうね。好きに吹いて、でもここだけ合わせて、どう。バグパイプ風に吹いてとか。こんぶちゃんには、みんな、任せている感じであると思う。意外と日本のホーンを吹く人というのはきっちりした人か、何のテーマもなくべらべら吹く人と、どうしようか。どういう風にまとめてもらおうかようか、考えないといけない。こんぶちゃんの場合は出てきたものがおもろいやろうな、なんにもいわないほうがどんどんおもしろいなというイメージがあるね。いまだにアカデミック過ぎて、この音があっているか、あってないかどうか、わからないこともあるもん。

 

竹内 あってないこともあります(笑)。

 

梶浦 それを含めてね。それがどう落ち着いていくか、それを含めて面白い。ものがいっぱいできているから、すごいなあと思う。

 

竹内 泳がせていただいているという感じはありますね。ありがたいことです。

 

仲野 こんぶちゃんって、瞬発力というのかな、そのスピード感がすごい。言って、返ってくるみたいなさあ。それがすごくライブやっていてもわかりいいというか。タンタンターンみたいなさあ。

 

――思ってもないものも出てくる。

 

梶浦 それもいい具合にね。ああ、こんな風に吹くんだみたいな。面白いなって。俺、個人的にそれ、多いなと思う。

 

 

――3曲目は「泣くんじゃねぇ」は、一番最初にみなさんに披露された曲ですね。

 

仲野 そうですね。PANTAの歌詞を貰った時に誰に曲を頼もうみたいな話になったわけ。ぶちゃけ、本当に甲本ヒロトとか、チバ‘(チバユウスケ)とか、出たのよ、いっぱい。みんなでしゃべったわけではないけど、田原(田原章雄マネージャー)さんとか、ちっちゃい世界で(笑)。

 

――候補として、名前があがった。

 

仲野 そうそう。でも俺は伊藤(伊藤雄和)くんに作ってもらいたかったから、で、伊藤くんに6編の詩を渡したわけよ。これでお願いしますではなくて。で、伊藤くんがその中でチョイスしたのが「泣くんじゃねぇ」の歌詞で。あっ、伊藤くん、一番いい歌詞選んだなあ。字面でだよ。その時の。やっぱりPANTA、曲になってみると、歌詞書きだなあと思うし。本当に俺に対して、思いのたけで、ああ、茂はこんなのも平気でいっぱい歌った方がいいよみたいな歌詞が散りばめられている。

 

――伊藤さんにはその曲を決め打ちで頼んではなく、全曲の歌詞を渡して、図らずもその曲を選んできたと。

 

仲野 そう。歌詞を皆に配っちゃったからどうすんの、曲かぶっちゃったらどうすんのと言われて、あっと思ったけど、被っても入れちゃおうと思って。初めは。だから歌詞は一緒で、曲は違ってもいれちゃおうかなと。だけど、不思議なことに被んなかった。結局、最後はバンドの中でやったから、あんまり周りに配ってなかった。

 

――そうですね。公募はしてないから。

 

仲野 うん。でも被っても入れちゃおうと思ってたから。初めに。PANTAの詩だから、そういうことやってもPANTA、絶対、怒らないと思っていたし、そんなことやっちゃうんだというのもあったし、それをどうまとめるかは、漠然と考えていた。それ被ってもいれちゃえばいいんだと思ったよ。

 

――以前、お聞きした時に「泣くんじゃねぇ」は応援歌的な歌詞の内容だったじゃないですか、自分が応援歌を歌うのはどうかな、自分が応援歌みたいなのは歌ってきてなかったから、どうかな……と。

 

仲野 そうだね。だからありがたかった。余計に。

 

――自分ではできないから?

 

仲野 そう、自分では書けない。“泣くんじゃねぇ”とか。“泣かせてくれよ”とか。そのワードがさあ、“茂ももうこういうのを歌えよ”みたいな。もう“この野郎、バカ野郎だけじゃないぞ”みたいな。“関係ないものも歌って行けよ”みたいな。そういうPANTAからの応援歌的な意味でも本当にすごい。

 

――PANTAさんが仲野さんの間口を広げたということでしょうか。

 

仲野 本当に前だけど、すごい昔(THE ROCK BAND解散後)にさあ、PANTAと何日間か、六本木を呑み歩いたことがあって、その時にPANTAにいろいろ、相談したり、愚痴こぼしたり、思い出話したり――ていうのが歌詞に盛り込まれているんだよ。よく覚えていたなあみたいなさあ。

 

――あの時、話したことが入っているということですね。

 

仲野 そう。いろいろ散りばめられていて。

 

――リサーチして、記録しているんですね。

 

仲野 そう。脳みそ、すごいよ。あんだけ、情報量がすごくて、色んな事に詳しくて、それでいて、脳みその整理整頓が半端ないよね。PANTAはすごい、“脳みそウィンドウズ”みたいな。パタパタパタ……と。

 

竹内 アップデート、アップデートしている。

 

 

――更新を怠らないというか。今回、シングルという枠はないんですけど、心の中のシングル候補だったという曲ですか。

 

仲野 うん。でも出来上がって見ると、皆、いいものね。

 

梶浦 これはずっとライブでもやってたけど。ライブでずっとやり続けて、その集大成をレコーディングして……大体そうなるとこぢんまりまとまるんだけど、 ライブの時よりも数段いい形でいらないものが削ぎ落とされて。その次にこれが出来上がってライブした時がまた一番良かったというか。 そのぐらいなんかやっぱりこう、みんなで仕上げた感はあるよね。  レコーディングしてからのライブの方がまた良くなっているから。

 

――プロデューサーとしてその辺の手応えは感じましたか? この曲に関しては、ライブを繰り返しやって、で、レコーディングして上がった曲がもっとグレードアップされているみたいな。

 

下山 うん、してくんじゃない?  やっていけば。 まだやってないからね。

 

――そうでした。この取材の時点では、アルバム発売前なのでレコーディングされたものをまだ世の中は聞いてない。

 

下山 でもリハーサルすごくやってレコーディングするとかじゃないので、逆にそういう余地がいっぱいあるんですよね。 やりまくって録ったっていうのはとは違うからね。 そういう余地がたくさんあるから、ライブでやるとどんどんまた変わっていく。

 

 

― 4曲目は仲野さんが曲を書いた「太陽」です。 これ は2番目にライブで下ろした曲ですね。

 

仲野 そうそう。で、これはちょっと歌詞が未完っていうか、だったから、PANTAの歌詞に俺が歌詞をすごい足して。

 

――そうですね。クレジットに作詞はPANTA・仲野茂と連名で書いてあります。

 

仲野 実はその“太陽”っていうワードは、PANTAの歌詞になかったんだけど。 でもなんかこう、どうしても、まあ自分のことで言えば、俺のモチーフはライオンと太陽みたいなものがあった。勝手に好きなんだけどね。 いままでこんなワードはちょっとみたいなのがあったけど、それで、なんだろうね。 だからPANTAの歌詞をもらった時に、ちょっと素直になれてさ、そういう太陽っていうワードも使えるようになった。 さっき言ったように、“もう茂、素直に書けよ。こういうワードも歌ってみろよ。この先、書いてみろよ”みたいな、そういう力をもらった、「太陽」はね。

 

 

――この曲で歌詞を提示されたことによって、自分が素直に書きたいものを書こうというのが生まれたってことですね。

 

仲野 本当にずっとやっぱり頭脳警察の「ふざけるんじゃねえよ」はショックだったけども、その後、もうPANTAとずっと付き合わせてもらった時に、シャンソンが好きだったり、意外な面を知ったりして、“なんとかミュージシャン”なんていう一言では表せないでしょう。いろんな面があった。 だから本当に何て言うかな。 尊敬するっていうか、ミュージシャンとしてね。 俺の中では本当に世界一のミュージシャンだから。 そんなPANTAからいろんなことを教えて貰った気がする。

 

 

――5曲目、「泣かせてくれよ」は岡本さんが作曲しています。

 

仲野 出た!

 

岡本 一応全ての詩を見させていただいた時に、完全に出来上がった詩に曲をつけるというのは初めてだったので、作曲はメロ先・曲先でしか基本的にはやってきてなかった。

 

下山 え、そうなの?アンジーって違うの?

 

岡本 メロ先、曲先。

 

下山 へー、意外だね。

 

岡本 100%、そうなので。僕は字面と言うより行面と言いますか、ちゃんとテーマ、 Aメロ、 Bメロ、サビっていうのが一番綺麗(笑)に揃っていた。では、これは僕がということで取り掛からせていただきました。

 

――要するに曲の構造的に自分が慣れたものであると。

 

岡本 分かりやすい。Aメロ、 Bメロ、サビっていうのが、まあ文字数的にも非常に曲が付けやすいんではないかと思って。

 

――聞いていると、レゲエというか、PANTA&HALの「つれなのふりや」が浮かんできます。

 

岡本 もう完全に「つれなのふりや」と、茂さんがいつも言ってたJAGATARA(じゃがたら)の「タンゴ」を合わせたようになればいいなと思って。

 

――これは完全に種明かしになりますけど、書いてもいいですよね(笑)。

 

岡本 あっ、全然いいです。

 

――やはり「つれなのふりや」はずっと心の中にあった曲なんですか。

 

岡本 そう。

 

――いつかPANTA&HALをやってみたかった。出来としてはもう満足はなさっている?

 

岡本 はい。ええ、もう。最初こんぶちゃんにサックスをファーストテイクで入れてもらった時、俺の中では何て言うか、スティングのソロみたいな、“摩天楼”みたいな感じだったんで(笑)、そこは“ちょっと田舎っぽく”っていうお願いはしましたが……。

 

――「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク(Englishman in New York)」じゃなくてみたいな。

 

岡本 それもそれですごい良かったんですけど。だけど、茂さんが歌うっていうことは……(笑)。

 

――田舎っぽくしなければ、いけないということですか。

 

竹内 でもそれにはリズムだったりとか、音の選び方だったりとか、やっぱりポイントがあって、それをこう寄せていくっていう作業は、やっぱりその田舎っぽさっていうところに大事なものがあるんです。

 

岡本 例えば福山雅治が歌うんだったらファーストテイク。

 

仲野 見てくれ近いんだけどね、福山と。外見は近いんだけどね。中身がね、中身が全然違うのよ。でもあれじゃないの? みんなスーツになった時とか。今ならスティングバージョンじゃない?

 

岡本 着るものが変わっただけだから。中身変わってないから、全然。

 

仲野 難しかったですよ、これは歌が。もう岡本プロデューサーのリクエストも多かったんで。

 

――歌い方とか、どういう指示が。

 

岡本 飲み屋で喋っているように歌ってください(笑)。

 

梶浦 どんどん福山から遠ざかる。

 

仲野 でもやっぱりそれほら、岡本ちゃんさがさ、アケミ(江戸アケミ)の「タンゴ」みたく、もっと捨て感っていうかね。だから歌詞がすごく哀愁があるから、これ歌い切っちゃうとちょっと臭くなっちゃうから、本当に飲み屋で、もうしょうがないから一杯飲んでさ。 なんていうのは嘘だけど。  すいません。 やっぱ中身がダメ(笑)。

 

岡本 でも茂さんもちゃんとやっていただいたといいますか。

 

 

●「奇妙な圧力」と「奇妙な果実」

 

 

――6曲目は「奇妙な圧力」になります。この曲はPANTAさんの歌詞ですが、仲野さんも歌詞作りに関わっています。仲野さんが作曲しています。

 

仲野 はい。これもその 6編の中では、その未完っていうか、多分、PANTAは「奇妙な果実」、ビリー・ホリデーの同曲から取ったと思うけど、 ただ、ちょっと俺には荷が重すぎるから。田原さんに“これはちょっと俺なりに変えていい? ”っていう了解を取って。  それであの最後のくだりとか、まあ言葉尻がちょっと変だったけど。 あの樹木の“木”と気分の“気”をかけて。あと、俺のテーマの中に“同調圧力”っていうものと、それをうまく引っ掛けて。もう日本人特有みたいなこと、車、全然通ってねえのに、赤信号でずっとバカみたいに待っているみたいなね。 それをどうこう。 もちろん俺、その“ミシシッピーの悲劇”とか、聞いたことはあるけども、それをなんかこう、もうちょっと自分たちの環境に寄せて歌えないとリアリティがないから。 で、どうしようと思っていた時に、その同調圧力みたいなワードがあったから、それと引っ掛けて“奇妙な圧力”に変えて。

 

――ノンフィクション作家&映画監督の森達也さんが監督した映画『福田村事件』(1923年9月1日に発生した関東大震災から5日後、千葉県福田村で実際に起こった行商団9人の虐殺事件を主題にした映画。2023年に公開された)が浮かびました。

 

仲野 俺らはそんな重くないよ。 ただ、俺が言いたかったのは、その空気を読むとか、そういう同調圧力とかさ、空気なんか読むなよっていう、誰の人生だよっていうことをさ、やっぱりその裏にあるから。 そんな大げさなことじゃなくて、自分の人生をどうやって生きるの? みたいなさ、人の顔色ばっかり伺っててもしょうがないじゃんっていう思いを込めて。

 

梶浦 今の日本を表しているじゃないですか。周りのプレッシャーばっかりを考えて生きてるっていうか。コンプライアンスは完全にそんなのばっかりで。

 

仲野 あれもいらってくる、コンプライアンス。

 

――この曲の詩を(福岡でのPANTAへのビデオメッセージで)朗読されたって言ったじゃないですか。橋のたもとに変な木がある――というのを朗読されたんですか?

 

仲野 そう、ど頭のフレーズだと思うね。PANTAにビデオレターで送ったの。その頭のワンブロックはPANTAが書いてくれた。

 

――逆に言うと、これはもう 3年以上前からあった歌詞だったんですね。

 

 

仲野 ああ、そうか。そうだよね。だってビデオメッセージで朗読してるわけだから。歌詞はあった。確かに。

 

 

――7曲目の「金科玉条 」、これは作詞・ 仲野茂、 作曲 ・下山淳とクレジットされています。これは仲野さんと下山さんのタッグで作った仲野茂バンドのオリジナルです。

 

下山 梶浦と岡本となんかこんな感じのバンドサウンドどうかなっていうのを話してる中で 作ってみたんですよね。 こんなバンドのサウンドだったら、茂どうやって歌うかなっていう。 茂が聞いてくれて。 まんまと嵌りました。

 

梶浦 下山さんはヒントが少ないんですよ。めっちゃくちゃ少ないんですよ。

 

――それを連想ゲームのようにして翻案して曲にする。

 

梶浦 なんか、試されているのかみたいな感じで。

 

――これは曲が先、詞が先なんですか。

 

下山 いや、曲が先です。それは。

 

――結構大変だったんじゃないですか。作業は。

 

仲野 大変だよ。 大変だよ。 めちゃめちゃ大変。  でもこの「金科玉条」と9曲目の「Fury」はもう下山の意地だから。 話がすごい戻っちゃうけども、PANTAの詞、「月夜のブルース」、見つかって7個しかなかった。『粋』でミニアルバムを出してて、7曲 だとフル(フルアルバム)になんない? で、初めはもう頭脳警察のカヴァーとか、ありものを入れちゃえばでやったんですよ。 下山はいやだって。 オリジナルでフルアルバム作るって。 で、意地で2曲持ってきて、茂のこれでなんとかしろ! 無理っすみたいな(笑)。

 

――そうか、曲としてのありようは7曲目と9曲目は一緒だったわけですね。9曲目の“Fury”も、“激情”とか、“激怒”とか、かなり意味の強い言葉です。これも曲があって、茂さんに詞をつけてもらう。これまたハードルの上がる作業だったのではないですか。

 

 

仲野 そう。でも「Fury」っていうタイトルは下山が持ってきたから、やっぱり下山面白いなと思った。俺だったら“RAGEな”んだけど、“Fury”って使う?みたいな。

 

――確かにそうですね。

 

仲野 でも“Fury”て、あれよ、“復讐の女神”だから。昔、『フューリー(THE FURY)』(1978年に公開されたブライアン・デ・パルマ監督のオカルト・サスペンス巨編)って映画にもなった。

 

 

――同曲は元メスカリン・ドライヴ、元ソウル・フラワー・ユニオンのうつみようこさんがコーラスをつけています。

 

下山 これはようこしかいないんじゃない?と思って。暑苦しい……。

 

――ちょっと怖いというか、圧のあるヴォーカルでした

 

下山 そうね。イメージしていたのとちょっと違ったけど、彼女は彼女なりに頑張ってくれて。

 

仲野 まさに“Fury”じゃん。そう

 

梶浦 全般的に言えるんだけど、下山さんの頭にはなんかちゃんと見えてるものがあるんですよ。 間違いなく。 そのヒントが少ないんで、一生懸命やるけど。やっぱりその「奇妙な圧力」も、茂が一生懸命、ギターの弾き語りでデモを持ってきた、これどう構築しようかなと思って。 その小節とかほとんど関係なく好きに歌っているから。 下山さんが一言、そのままでいいんじゃないって言って。 TOSHIさんが叩くパーカッションとか、多分、下山さんは見えてるんですよ。 だから俺はリズム録りが終わると、(ダビングやミキシングには立ち合わないので)福岡にいて、出来上がりが来るたびにニヤニヤニヤニヤして、こんなになるんだ。 ああ、なるほどなみたいな。

 

――詳細に説明しなくても、何気ない一言からメンバーは膨らましてくれると信じていたっていう感じですか。

 

下山 そうだね。

 

 

――曲順が前後しますが、8曲目に逆って、「月夜のブルース」に関して教えてください。当初はPANTAさんが仲野さんのために書いた詩は6曲と言われていましたが、もう1曲出てきた。

 

仲野 その6編だと思ってたら、田原さんがもう1編見っけてきて、下山と俺に LINEで送ってくれて。 だから初めの6編(田原によると、7編目は2024年2月5日にリリースされた頭脳警察の『東京オオカミ』の制作で歌詞だけ出来ていて、曲がないものが何編かあり、その1編)になかったんで、下山が改めて曲つけてくれて。 そしたらすごいいい曲だから、それとPANTAの歌詞を読んでいて。“おまえに会いさえしなければ” と“おまえを愛さえしなければ“って、あれと思って、“に”と“を”変えただけで、会うのと愛っていうのがちょっと引っかかって、ちょっと言葉遊びを入れてみた。

 

梶浦 今回ちょっとダブルミーニングがキーポイントになっているとこあるよね。

 

仲野 あるね。そのおまえに会えさえしなければね。ビスケットもあげずに済んだのに。ただ、おまえを愛さえしなければ、こんなことさえしなかったのにってのは付け足させてもらったんだけど。

 

梶浦 本当の言葉でいうとおまえを愛しさえしなければってことだよね。

 

仲野 そうそう。 ただその言葉遊びとして会う、出会いと愛、おまえを愛するをひっかけて。だから、ちょっと言葉遊びをしてみた。まあ、それは下山が作ってきてくれたサビが結構多かったから、やっぱここはちょっとワードを変えて。  愛を持ってきてっていうかね。 だから本当にそのPANTAの歌詞のおかげで、今まで書けなかった歌詞っていうさ、そんなことすら思いもつかなかった俺がね、今回はそうやってすごいPANTAに触発されて言葉遊びしてみたり。会うと愛をかけてみたりっていうことができたのがすごく嬉しい。

 

 

――PANTAさんの歌詞をもらって、歌詞を歌うことによって、なんか仲野さんの歌詞も新たに生まれてきたって感じですか。

 

仲野 そうだね。 すごくこう、自分で言うのもなんだけど、その使うワードの自由度が増えたっていうかね。それはやっぱりどうしても亜無亜危異(アナーキー)っていうカテゴライズ、なんていうか、どんどん自分でカテゴライズしていくっていうかさ、気づかないうちにね。 そんなのはパンクっぽくねえよ、みたいな、ロックっぽくねえよみたいな――してないつもりだけど、意外に自分のことってわかんないじゃない。 それがやっぱり今回、PANTAの歌詞のおかげで、どんなワードだって使ったっていいじゃない、茂よっていうね。 本当に何かPANTAの歌詞を読めば読むほど、そうやって、何照れてんだよ、もっと自由に使えよ。 それがロックじゃねえのか、みたいなものに気づいて。

 

梶浦 茂はこういう男です。愛に溢れている。照れ臭いから暴力的に振舞っている。

 

――意識する、しないに関わらず、やっぱり亜無亜危異(アナーキー)の枠とか、そういったものに結構、頑じがらめになっちゃったってことなんですかね。

 

仲野 あ、当時? やっぱそれはさ、亜無亜危異やっている限りはさ、亜無亜危異でいるしかないわけじゃん。  それは、やっぱりちゃんと。ピストルズがさ、ライドンがロットンを演じるようにさ。 そうじゃないと「東京イズバーニング」がリアリティなくなっちゃうからさ。  嘘だろうがなんだろうが、ちゃんとお芝居しないとね。

 

 

●レコーディングを終えて――本当に素晴らしいアルバムができた

 

――最後に今回のレコ―ディングをやり終えて、どんな感想を抱きましたか。

 

仲野 なんか本当に素晴らしいアルバムができたっていうかね。まあ下山も言ったけども、もう本当こんぶちゃんが入ることによってさ、カテゴライズされないっていうか、俺たちはどこでも行けるなっていう。そのロックアルバムとはちょっと呼びにくいし、やったみたいな思いはあるよ。 さっき言った自分をカテゴライズしてたものを全部、PANTAのおかげでぶち壊せて。で、そういう時に本当にみんなに力を借りた。 メンバーにね。 やっぱり下山のギター、メロウで素敵だしさ。 で、梶浦のドラムも岡本ちゃんのベースも本当になんだか、すげえ満足してる。 俺の中では 『四月の海賊たち』(THE ROCK BANDが1987年にリリースしたセカンドアルバム。名盤の誉れ高し)を抜いたかもしれない。

 

梶浦 まあ俺も被るとこもあるけど、やっぱどうしてもね、みんな先入観を持っているんですよ。 このバンドに対して。 過去の歴史じゃないけどもあるし、茂が歌っていることで、やっぱりどうしても亜無亜危異(アナーキー)のイメージが取れない。 だから福岡で俺がプロデュースしてライブやった時も、いろんなやつ連れてきて、茂バンドってこんな感じなんですか? ってみんな言うわけ。  だから、そういう先入観を取っ払って、ナチュラルに聞いて、本当に新人バンドとして聞いて欲しい。

 

竹内 そうですね。 ライブでどうなっていくか、これからいろいろと詰まっていく時もあるだろうし、私たちもまだ新鮮に触れ合うような段階なので、お客さんも一緒に曲を育てていくような気持ちで、いろいろライブとか楽しんでもらえたらいいなと思います。 始まりですかね。 やっぱね、PANTAさんと、皆さんとで書いていく曲と演奏とで、始まりっていう感じなので、これからどうなっていくか楽しみです。

 

岡本 まあ一言で言いますと、“最高作はネクスト!”。

 

全員 (笑)

 

仲野 おお。ただ、岡本ちゃん、ネクストの時はPANTAの力ないよ。

 

岡本 だからこそ。

 

――PANTAさんの歌詞を歌って、力を得た仲野さんがいるから、次回はまた別格ではないですか。

 

仲野 そうあってほしいけどね。うん。まあ、ちょっと甘えん坊なところがあるからな。自分で言うのもなんだけど(笑)。

 

――今回はまとめ役として下山さんが大変な作業をなさったと思うんですが、改めて作り終えて、いかがでしたか?

 

下山 完成できてよかったですよ。 仲野茂バンドもそうなんだけど、PANTAについて、思いがそれぞれあるし。彼がいなくなったっていうことに対しての落とし前みたいなのを自分の中ではつけられたので、それが自分には一番よかったなって。  あと、60過ぎのおっちゃんたちが結構、頑張った。そんなにないことだと思う。実は ありそうでないでしょう。 で、ちゃんとロックロールしているので、よかったと思うんですね。

 

――60 過ぎてソロとしてバンバンやっている人はいるけど、バンドってなると、何かそんなに多くないですね。だんだんメンバーが虫食い状態になってきてしまう。

 

下山 まあ、あまり言いたくないけど、どんどん僕らの世代もいなくなっているので。なおさら自分の中では必要なんですけどね、結構。若い人もいるけどもね。

 

――逆に今回これをやり終えたってことは、なんかまた下山さんの新たな力っていうか、元気の元になるのではないですか。

 

下山 そうですね。もうそろそろ、そういうこと言ってもいいかなっていう年頃なので。そう思います。

 

 

写真・中村光江 (4月5日<日>に渋谷La.mamaで開催された『1stワンマンライブ』

から)

 

 

 

 

 

写真・中村光江(写真左から) 梶浦雅弘(Dr)、岡本雅彦(B)、仲野茂(Vo)、下山淳

(G)、竹内理恵(Sax、Fl)  

 

 

■シン仲野茂バンド誕生--仲野茂バンド メンバー全員インタビュー!

PANTAのおかげで自分をカテゴライズしていたものを全部、ぶち壊せた。

みんなの力で素晴らしいセカンドアルバム『に』が出来た!!

 

 

 

仲野茂(Vo)、下山淳(G)、岡本雅彦(B)、梶浦雅弘(Dr)、竹内理恵(Sax、Fl)という現在のメンバーによる“新生・仲野茂バンド”が始動して、3年近く経つ。2023年、結成当初は全国各地のライブハウスなどをツアーして回り、元・亜無亜危異、元THE ROOSTERS(Z)、元アンジー、元THE MODS、現・頭脳警察という“金看板”を背負いつつ、“スーパーバンド”の名に恥じない現役&同時代のバンドとしてチューンナップされた新生・仲野茂バンドの歌と音を届け、腑抜けたシーンに衝撃を与えた。2024年12月22日には、1990年代に活動した“旧・仲野茂バンド”の楽曲をセルフカバーしたスタジオ新録音源、そして2024年9月22日に福岡「ライブハウスCB」で行われたライブ音源を収録したミニアルバム『粋』を発表。そしてこの2026年2月21日にPANTAが仲野茂のために歌詞を書き下ろした7曲を含む、オリジナル楽曲による初のフルアルバム『に』がリリースされた。

 

2023年7月7日にPANTAが逝去。闘病中だったPANTAは病床で仲野のために6篇の歌詞を書き、その6篇を仲野に託した。仲野茂バンドはその6篇の中から「泣くんじゃねえ」、「太陽」などをアルバムリリースに先駆けライブで披露している。仲野茂バンドは自らの活動を通して、PANTAが仲野のために残した歌詞に曲をつけ、仲野茂バンドの新曲として順次、披露するという運命を負っていた。その6篇と新たに発見された1篇、計7篇のPANTAの歌詞にメンバーと伊藤雄和(OLEDICKFOGGY)が曲をつけ、さらに仲野作詞・下山作曲の新曲2曲を加えて完成させたのがアルバム『に』である。レコーディングには頭脳警察のTOSHI(石塚俊明)と、おおくぼけい、そしてうつみようこがゲストとして参加。この2月21日に待望のアルバムが届けられたのだ。

 

2月3日(火)に東京・渋谷La.mamaで行われた「PANTA&TOSHI生誕祭 頭脳警察×仲野茂バンド」は、同アルバムの発売を記念した頭脳警察とのツーマンライブになった。『に』から新曲も披露。新生・仲野茂バンドのお披露目になる。同ライブでは仲野茂のギターとヴォーカルにTOSHIのパーカッションが加わり、「奇妙な圧力」を披露する“茂警察”も実現している。

 

その後、3月13日(金)新宿「レッドクロス」でTHE PRIVATES、3月28日(土)名古屋「CLUB UPSET」でthe 原爆オナニーズと共演、そして4月5日(日)に渋谷La.mamaで『1stワンマンライブ』を行っている。同ライブは“一新”と名付けられた、『に』リリース後、初となるワンマンライブだった。前回から衣装も“一新”されている。それまでは亜無亜危異由来のツナギスタイルだったが、スーツやハットなど、お洒落に変身。スタイリストはPANTAのスタイリスト、市川昌顕だという。また、下山の立ち位置が上手から下手に移動している。いろいろ、一新しているのだ。同ライブで“シン仲野茂バンド”が全貌を現わしたと言っていいだろう。向かうところ敵なし、無双のバンドの誕生だ。

 

 

6月からはアルバム『に』を携え、シン仲野茂バンドを知らしめるべく、6月1日 (月)京都「磔磔」、6月7日(火) 東京・渋谷La.mama、6月20日(土)・21日(日)札幌「クレイジーモンキー」、7月3日 (金)福岡 「ライブハウスCB」、7月11日(土)高知「ベイ5スクエア」、8月2日 (日)ツアーFINAL 東京・渋谷La.mamaという全国ツアーに出る。7月7日 (火)には渋谷La.mamaで開催される『PANTA四回忌追善公演七夕忌』にも出演。是非、どこかで見て欲しい。華麗な経歴を持ちながらも昔の名前で出ていますみたいなバンドではない、2026年のリアルを伝えるバンドである。

 

彼らは名曲を名曲にすべく、更新を重ね、最新型の仲野茂バンドを見せてくれる。きっと、7月の七月忌では、さらに成長した姿を見せてくれるだろう。脅威の新人バンド、仲野茂バンドを見届けて欲しい。PANTAもその雄姿を確認して喜ぶのではないだろうか。

 

なお、このインタビューは『に』のレコーディング直後、頭脳警察とのツーマンライブ直前に行われている。仲野茂バンドのメンバーは新作の手応えを語り、曲がどう育っていくか、楽しみにしていると笑顔を見せる。5人の当意即妙のやり取りも楽しんでもらいたい。“突っ込み”や“ボケ”など、そのまま掲載したので長文になっているが、休み休みしながら心して最後まで読んでいただければ幸いである。

 

 

●新生・仲野茂バンドは運命的な出会いから生まれた

 

 

――新生・仲野茂バンドの軌跡と、PANTAが作詞した7曲(収録曲は全9曲)を含む、仲野茂(Vo)、下山淳(G)、岡本雅彦(B)、梶浦雅弘(Dr)、竹内理恵(Sax、Fl)という現在のメンバーによる仲野茂バンドのセカンドアルバム『に』の曲紹介という、二本立てで進めようかと思います。元々、仲野茂バンドを復活させて、PANTAが作った曲をレコーディングするというのはどういうところから始まったのですか?

 

仲野 仲野茂バンドが始動するきっかけは福岡の“ベーシックフェス”(福岡・博多親不孝通りにある元HEATWAVEのベーシスト、渡辺圭一がオーナーを務めるライブハウス「public bar Bassic.」が主催するフェス『Bassic Rock Fes.』)で梶浦が俺を呼んでくれて……。

 

梶浦 俺が呼んだんじゃなくて、渡辺圭一が仲野茂をメインゲストにしたい、それで梶浦さん、バッキングでドラム叩いてくれませんか、と。面白そうだねというところから始まって。岡本は岡本で別のバンドで来ているから彼を加えて、茂バンドをやってみようと。それがまず、このバンドの母体ができたきっかけ。

 

 

 

――2018年に開催された“ベーシックフェス”(『Bassic Rock Fes.2018』2018年7月6日・7日・8日 福岡「The Voodoo Lounge」で開催)で“天神亜無亜危異”を仲野さん、岡本さん、梶浦さんでやったということがきっかけですか。

 

梶浦 確かに2018年に茂と岡本、俺で共演しているけど、きっかけは、やはりその後、2022年にもう一回、茂のソロを中心にやるということで茂が福岡へ一人で呼ばれて、その時にこういう形になったのかな(ギターは下山ではなく、汽笛と犬の湯田 剛章だった)。

 

――仲野茂バンドは2023年のベーシックフェス(2023年7月2日(日)「Bassic Rock Fes.2023」(BRF'23)の最終日「DAY2」に出演)にも出ていますが、下山さんは白いマスクをして、演奏しています。下山さんが仲野茂バンドに加わるのはいつからですか?

 

下山 まだ、言われてないしね。いや、バンドへ入ってとも言われてないんだよ。

 

――現段階で?

 

下山 うん。梶浦も、まだ、言われてないよ。

 

 

梶浦 言われてない。全然、言われてない。

 

下山 俺、岡本に弾いてと言われただけで……。

 

梶浦 いきなり茂から仲野茂バンドのファンクラブが出来たからとか言われて。ファンクラブって、そんなにファンがいるのかって言っていた。

 

下山 2023年はベーシックフェスに延原(達治)が出演していたので、仲野茂バンドで出れば、福岡でもトントンマクート(アカネ&トントンマクート)でライブが出来るんで行きたかった。ベーシックフェスに出たら福岡へ行けるでしょう。そういうことで出演した。

 

――正式にバンドへの参加依頼をするという手続きはなかったと。

 

仲野 そうだね。そう言われてみれば。あれ、電話した時、言わなかったかな、下山に。弾いてって、言ったような気がする。

 

梶浦 まあまあ。弾いてと言われれば弾くし、叩いてと言われれば叩くし。こういう形で活動するというのは正式には一度もない。こうマネージャーつけて、バンド活動やろうというオファーはひとつも貰っていない。ファンクラブが出来たから、今度、どこどこでやるからっていうのはあるけど。

 

仲野 あらま(笑)。

 

――ただ、仲野さんの中では、ちゃんとメンバーは了解してくれていると思って、進めてるんですね。

 

仲野 そう。俺、いま気づいた、ちゃんとオファーしてなかったって。

 

下山 まあ、ほとんど、岡本の陰謀だね。

 

――岡本さんがフィクサー(笑)。

 

梶浦 ただ、逆にいえば、俺はそれが良かった。正式に言われたら、ちょっと躊躇したかもしれない。福岡にいるし、いままでの経歴を考えたらどうなのかなと思ったりしたかもしれないけど、ずるっと始まったから、逆に俺は良かった。自分の気持ち的にもう一回、ちゃんとしたバンドに所属するの、どうなのかなと、考えたかもしれないけど、考えずに始めたから逆によかったかな。すんなり行けた。

 

――岡本さんは仲野さんに頼まれて、ROCK'N'ROLL GYPSIES(ロックンロール・ジプシーズ)のライブ(2022年7月10日<日>渋谷CLUB QUATTRO渋谷クアトロ公演)の偵察とか、行っていたじゃないですか。

 

岡本 偵察?(笑)。鑑賞です!

 

――ジプシーズいいです。下山さん、最高ですよと、仲野さんにご注進したと聞いています。

 

岡本 普通に知り合いとして見にいっただけ。

 

仲野 俺も岡本ちゃんと一緒に見にいく予定だったんだけど、その日、痛風の発作が出て、歩けなくなっちゃって、岡本ちゃん、ごめーんと。

 

――病欠ですね。

 

仲野 そう病欠。この体調で、ライブ立ちっぱなしは無理だわ。終わったら、やっぱり、岡本ちゃんから“下山、やっぱりギターいいよ”って、電話来て。で、影の男は、下山に“俺から電話が行くよ”みたいな、ことをこっそりと伝えて……岡本ちゃん陰謀論としては。

 

岡本 そこはこっそりです(笑)。

 

梶浦 岡本ちゃんはフィクサーとして下山さんへ茂が電話してきますよ、と連絡している。

 

――そこで、仲野さんが下山さんに電話して、今度、仲野茂バンドを再開するけど、メンバーになってくれと。

 

下山 電話、来たっけ?

 

仲野 多分、電話した気がするよ。それがなかったら、何もないじゃない。

 

――ただ、日程は空いている!?ぐらいのことは電話するんじゃないですか。

 

仲野 そうか。それだったかな。

 

――それだったらハードルは低い。

 

仲野 そうかな。

 

梶浦 でも下山さんに弾いてくれないかと頼んだとは言っていたよ。

 

仲野 言っていた?

 

梶浦 うん。

 

仲野 ああ、そう。俺も5年ぶりの電話だから。アコギなSS(仲野と下山のアコースティックユニット)でもめている(2018年7月17日<火>に開催された渋谷「LOFT HEAVEN」のこけら落しイベント「LOFT HEAVEN GRAND OPENING『KNOCKIN' ON HEAVEN'S DOOR』」で当時、酒を飲んでいた下山が泥酔状態で出演、仲野がその不甲斐ない演奏に激怒、終演後、切れて同所の扉を蹴り破るという“事件”も発生した。仲野は2度と下山と行動をともにしないと決断。同日を機会に二人は絶縁!?となる)から。流石に緊張しちゃってさあ。でも、下山は、ああ、みたいな。下山の方が軽かったんだよ。

 

――以前、下山さんに渋谷「LOFT HEAVEN」の“事件”のことをお聞きしたら、あまり気にしてないらしく、特に“喧嘩別れ”したという認識はまったくないと仰っていました。それを含め、岡本さんのお膳立てが出来ていた。

 

仲野 流石、岡本ちゃん。

 

下山 タイミングも良かったのよ。

 

仲野 俺達とすれば、そうでもないよね。まあ、それぞれあるけども……。

 

梶浦 タイミングというか、茂が博多に呼ばれたというのを含めて、全部が嚙み合って、ちょっと、運命的なものを感じるけどね。このタイミングでこんな人たちで何かで集まって、こんな感じになっているんだって。

 

仲野 梶浦は頭脳警察とか、PANTAとか、通ってこなかったけど、下山とか、岡本ちゃん、こんぶちゃん(竹内理恵)はやっぱり、PANTAというのをリスペクトしたり、一緒にやったり、岡本ちゃんは岡本ちゃんでPANTA&HALの大ファンだし。俺は俺で頭脳警察の大ファンだし。こんぶちゃんは頭脳警察バンドだしっていうね。

 

 

 

●PANTAの歌詞提供の始まりは“寿司喰いたい”

 

――PANTAさんが仲野さんに歌詞を提供するというのはどういう経緯からですか?

 

仲野 PANTAとこういう話になったのはPANTAが病院から退院してくる度に“病院食がまずくて、寿司喰いに行きたい”と必ず言うの。その度に呼び出されて、その時は寿司屋で密に喋れて。本当に食欲も旺盛でさあ。一人前、ぺろって食うわけよ。てっきり直ったみたいな。そこでプロデュースというよりは一緒にレコーディングやって欲しいし、曲も作って欲しいって。この仲野茂バンドのために俺はPANTAに作詞作曲でお願いしたかったし、一緒にレコーディングできたらよかったなあ。それでPANTAが退院して、食事する度にPANTAへお願いして……結局、俺に7つの歌詞を残してくれた。

 

――本来であれば、プロデューサーPANTAがいて、一緒にレコーディングもしていたということだった?

 

仲野 それが理想だったけどね、俺は。

 

――逆にそれは亜無亜危異ではなくて、仲野茂バンドでなければできないことだった?

 

仲野 うん……。

 

――当初、仲野茂バンドのライブでは仲野茂バンドの過去のレパートリーだけでなく、頭脳警察やPANTAのレパートリーもやっていました。それについてはPANTAを意識して、歌い継ぎたいというのもあったのですか?

 

仲野 そうだよ。特に「屋根の上の猫」はさあ、亜無亜危異(アナーキー)の時にアンサーソングとして、「屋根の下の犬」っていう歌も作ったしさあ。やっぱり『PANTAX’S WORLD』 の1曲目で大好きな曲だから。それと、頭脳警察の「ふざけるんじゃねえよ」は、中一の時に聞いて、もうあれがなければ、俺のロックはないから。その2つはPANTAの曲の中でも俺にとって、特別な2曲だから、茂バンドでやってもらいたかった。

 

――下山さんはいまも仮面をつけて、ステージに立っていますが、それはいまも下山淳ではなく、正体をはぐらかすというか、誰かと取り換え可能という、発想があったからですか。

 

 

下山 それ、いいね。じゃあ、そうしましょう(笑)。余計なこと、いっちゃいましたね。なんか、それぞれ、モッズにいたし、アンジーにいたし、ルースターズにもいたんで、という風にみるじゃない。それはそれでいいのかもしんないけど、でも、実際はおっちゃんなんで、老人だし。それは雁首揃えてもつまらないんで、何か、おもしろものがないと。その辺は先入観なしにフラットに見られたほうがいいかなと、思うので。

 

梶浦 でも仮面をつけていると、ステージで下山さんが何を望んでいるかがわかんない。

 

――顔色もうかがえない(笑)。

 

梶浦 時々、俺の顔を見るんだけど、何を望んでいるか、わかんない。何がいいたいのか(笑)。

 

下山 ジェスチャーで伝えたいんだけど、手がふさがっているので。なかなか、できないので。

 

仲野 そのうち、お面を被った下山のことまで読み取れる梶浦になるよ。

 

――仲野茂バンドのこのメンバーが揃って、新生・仲野茂バンドのデビューというのはいつですか。どの時点でデビューというか……。

 

仲野 俺的には『粋』を出した時だと思っている。

 

――仲野茂バンドのナンバーをスタジオで新録した音源と2024年9月22日の福岡「ライブハウスCB」のライブ音源を収録したミニアルバム『粋』(2024年12月22日発売)ですね。まさに名刺代わりというか、旧・仲野茂バンドの代表曲をコンパイルする1枚になりました。

 

梶浦 ライブは去年の渋谷La.mama(2025年2月2日)じゃないかな。年明けて、すぐやった。それがスタートになる気がする。

 

――それまで、和歌山や三重、北海道など、”梶浦コネクション”を生かし、地方も回りました。対バンドとかも含め、いわゆる新人バンドみたいな動きをしていました。それは意識してのことですか。

 

仲野 梶浦がブッキングしてくれたから、ありがたかった。それと勝手な俺のわがままで、名古屋のアニマルズとどうしてもやりたくて。もちろん、ヒッチャメンの病気のことも知っていたから(ヒッチャメンは名古屋を拠点に活動する大所帯バンド・アニマルズのヴォーカル。スカパンクバンド小島でも活躍。ヒッチャメンは癌のため、2025年11月29日に逝去)、ちょっとアニマルズのキャラと茂バンドのキャラは合わないけど、とにかく、俺がヒッチャメンの大ファンで、みんなに無理言って、とにかくやってもらいたいというお願いを本当にみんなが聞いてくれて、名古屋で何回か、俺の生誕祭にも来てくれた。梶浦のおかげでいろんなところへブッキングしてもらえて、札幌から四国、和歌山、松阪までね。いつか、松阪では松阪牛を食おうといっていて……なかなかね。普通の肉になっちゃう(笑)。

 

梶浦 俺がやっているThe ONE NIGHTS(梶浦が渡辺圭一、ハリケーン湯川などと結成したバンド。ブルースやR&B、ロックンロールなどの名曲をカヴァー。当初は福岡中心の活動だったが、こわれる形で全国各地にツアーしている)を好きな連中が仲野茂バンドのメンツをみた瞬間、どうしてもうちでライブをして、と言われて…‥。

 

――そこに梶浦さんがいたことが大きい。優秀なドラマーだけでなく、プロモーターでもある。全国に顔が広く、いろんなところのインディペンデントなイベンターとコネクションを持っている。

 

仲野 すごいよね。本当に。

 

――そういったライブハウスを回るバンドのルーティーンというか、そういう作業を最初にできたことが良かったかなと思います。いきなり大きなフェスとか、ホールでワンマンなどではなくて。『粋』を出してからバンドとしてまとまってきました。地方を含め、何度か、ライブを見させていただきましたが、梶浦さんが非常に嬉しそうにドラムを叩いているのが印象的でした。やっぱり、あの場にいるべきだと感じました。『粋』をレコーディングした直後のライブのMCで、まさか、自分がバンドのメンバーとしてアルバムをレコーディングして、ツアーまでするとは思っていなかったと、言っていました。その言葉には感動しました。改めて梶浦さんが戻ってきたと思いました。嬉しかったです。

 

梶浦 住んでいる街は福岡に変わったけど、また、こういう形で戻る、東京はいちおう最前線じゃないですか。また、こういう形で、東京へ戻るって、まったく思ってなかったから。自分がかき集める人と、何か、面白おかしく、時々、バンドがやれたらいいなぐらいから、どんどん発展していって。その人達と一生懸命、向き合っていたら、ここまで辿り着いた。もう一回、それが60過ぎてからだからね。ちょっと、なんとなく頑張ったかな、自分でも思うよね。このメンツで、もう一回、「LONDON NITE」(大貫憲章主催のクラブイベント)に出たり……そういうことがあると、一生懸命にやってきた成果なのかなあと、ご褒美的にも、そんな風に思うこともありますよ。

 

仲野 こんぶちゃんは若いけど、やっぱり俺は世代が近い、どうしても亜無亜危異もそうだけど、同級生というか……PANTAみたいに若いやつを集めて、リーダーシップ取って、そういうプロデュース能力ないし、バンドマンとしていたいから、やっぱり同じような世代じゃないと、やっていけない。その時になかなか、奇跡のバンドだと思っている。この年齢で、現役として生き残っているのは……もう、バンドにいるしかないわけじゃない。こういう茂バンドができたというのは本当に奇跡のバンドでさあ、俺にとってはね。同じ世代で、よくぞ、残っていてくれたな。本当、それは感謝している。さっき、下山も言っていたけど、そういう意味で、なんか、タイミングみたいなものもあったし、なんか、あったと思うんだよね。同じような年回りで。そういう波長みたいなものが俺にはバンドで必要なもの、感じ。それだけじゃなく、こんぶちゃんが入ってくれたっていうことは、すごい新鮮だし、なんか、よりバンドっぽくなるという言い方しかできないけど。

 

梶浦 この4人だけより、こんぶちゃんが入ってきたことで、BLAND NEW(ブランドニュー)感はある。すごい出たと思う、絶対。楽器的にもサックスが入っている。これがいい。この4人でやるよりもいまの時代の新しさを醸し出していると思う。

 

――年齢的なものだけでなく、頭脳警察のメンバーでもある竹内さんの参加は運命的なものかもしれません。頭脳警察のメンバーですから。

 

仲野 そう。俺はPANTAに“7つの詩”以上にさあ、こんぶちゃん、貰ったというわけじゃないけども、彼女が頭脳警察バンドにいなかったら、出会いがないからさあ。本当、それと、田原(頭脳警察、仲野茂バンドをマネージメント&プロデュースする田原章雄マネージャー。浅草生まれの祭り好き)さん。PANTAが田原さんに“茂を頼むぞ”と言ってくれて、PANTAからはすごいものを貰ったなという思いはあるよね。

 

――同時にPANTAさんから歌詞を託されたというのも大きいのではないでしょうか。使命感というのが100倍くらいになるんじゃないですか。

 

仲野 でも使命感というより、とにかく完成させなきゃいけない、と思ったし。やっぱり病室で書いてくれたから、PANTAのメロディーが好きでさあ。それがちょっと残念でさあ。だから誰に曲を書いてもらおうかな、というんで、ちょっと、大変だった。こうやって、出来上がって見ると、なかなか、茂バンドの中で曲を作ったり、伊藤(「OLEDICKFOGGY」の伊藤雄和)くんには1曲頼んだけど、それらが出来上がって、結果的に完成した時にはすごく、よりバンドっぽくなった。この『に』でレコーディングして出来上がった時には、あの短期間で、皆集中して曲作ってくれて。なんとか、フルアルバムまで辿り着いたというかさあ。夢中だったからね。使命感というよりは、すごい集中して、できた気がする。

 

――実際、歌詞を貰った時点で何を思いました? 

 

仲野 いやいや。全然。俺、曲作るの、得意じゃないから曲を誰にしようかと思って。いきなり思いついたのが「OLEDICKFOGGY」の伊藤(伊藤雄和)くん。伊藤くんのメロディー好きだから、伊藤くんに頼もうと思って。で、皆に歌詞をコピーしてもらって、振り分けで。岡本ちゃんと下山は、じゃあ、これはお前な的なやり取りはしていたらしいけど。

 

岡本 ですね。

 

――下山さんと岡本さんは、お二人はプロデューサーですから、これはお前がやれ、これは俺がやると、歌詞に曲を付ける時に自分がやりたいものを取ったんですか?

 

下山 最初に茂が作ってきたからね。河口湖でライブ(2025年6月28日<土>に河口湖「STUDIO & HOTEL CAMELOT」で開催された「LONDON NITE 河口湖」に出演)の後、河口湖のスタジオで合宿したんだよね。2曲か(「穴の開きまくりアナーキー」と「太陽」)。よくやってくれたんで、見えやすくなったので、あと岡やんが1曲(「泣かせてくれよ」)持って行ったんで。じゃあ、俺は「だろ」みたいな感じで。

 

――強制的に振り分ける必要もなく。自分が選んだものを自分でできたという感じでしょうか。

 

下山 そうですね。もう本人いないので、残された責任あるよね。ちゃんとというか、どう臨むか、聞きようもないけど、僕らなりに完成させなきゃいけないという、責任を感じましたよね。それはPANTAのことを思えば、どうしたって、そう思っちゃんうんで。ただ、あんまり考えても、どっちつかずになっちゃうから。ちょっとだけ考えて。だから最初に茂が「太陽」と、「穴の開きまくりアナーキー」やってくれたんで、すごい、やりやすくなったけどね(笑)。

 

――PANTAさんご自身がこの曲はどうとか、こうとか、指示するような状況ではまったくなかった。

 

仲野 全然、そういう状況じゃなかった。後半は、やっぱり病院、また、入っちゃったから。

 

――実は2023年の“ベーシックフェス”の会場で、仲野茂バンドをリハーサルから見ていましたが、リハーサルが終わって、メンバーからPANTAさんにリモートでメッセージのやり取りをしていたのを見ました。

 

仲野 あったね。ビデオレター作ったよね。

 

――リモートでやりとりをしていたかと思っていましたが、リモートで会話していたのではなく、ビデオレターの収録だったんですね。それがすごく印象に残っています。

 

仲野 「奇妙な圧力」という曲にしたやつのフレーズを朗読して。本当は曲をつけて、PANTAに贈ろうとしたけど、なかなか、難しくて。下山から茂、朗読しろよと言われて。その歌詞を朗読して。そのビデオレターをPANTAに送ってもらった。「奇妙な圧力」のフレーズを朗読したというのは、その時には歌詞をもらっていたんだね(今回、マネージャーの田原によると「奇妙な圧力」と「太陽」、その2曲は他の曲に先駆け、仲野へ届いていたという)。やばい、記憶が……(笑)。

 

梶浦 俺はPANTAさんと面識もないし、しゃべったこともない。勿論、会ったこともないから。みんなはよく知っている訳で、だからビデオレターには参加しないつもりでいたけど、いやいや、梶浦もいろよと、皆が言うから。多分、PANTAさんはあのビデオで俺を初めて見たと思う。俺は、それぐらいしか、出会いがないんです。

 

――まるっきりなかったですか。

 

梶浦 ニヤミスはしているのかもしれないけど、個人で話したことなどはない。ご挨拶をしたこともない。

 

――一石井聰亙監督(現・石井岳龍)の『狂い咲きサンダーロード』のサントラでは被っているけど。

 

梶浦 被っていることは被っているけど……ですね。

 

 

●レコーディングはセッションしながら

 

 

――このメンバーでPANTAの歌詞を手掛かりに曲を付け、レコ―ディングするわけですが、実際に作業をしていて、いかがでしたか? 

 

 

下山 大体、どういう感じかというのはセッションしながら暫く見て、みんなそれぞれの持ち味が出せるところで、やったらいいなと思っていたので、それはできていると思う。このメンバーの中にこんぶちゃんがいるという特殊な感じですよね、年齢的にも。これはすごく大事にしようという感じはあったけど。あと、時間との闘いとかね。みんな、それぞれバンド活動をやっているので。限られた時間の中で決めうちというか、これができるかな、ある程度、しぼっていかないとできないというのはあったかもしれない。

 

――ベーシックな録音みたいなものはすんなりといったんですか?

 

下山 特に別に。そんなに制約がなかったと思う。皆、好きにやっていると思います。

 

――バンドサウンドでまとめるという形ですか、いろんなものを重ねているわけでもないし。

 

下山 バンドサウンドだと思う。

 

――梶浦さんは岡本さんとリズムセクションを組むというのはこれまでも結構、あったんですか?

 

梶浦 いろんなバンドでやっている。セッションという形でもやっているから。もうベーシストとしては一番長いかもしれない、岡やんが。ライブの回数的にいえば、渡辺圭一を抜いていると思う。

 

岡本 しかもいろんな手口で(笑)。最終的にはYMOのコピーバンドになっていました。

 

梶浦 (笑)。

 

――2023年の“ベーシックフェス”で天神YMOをやっていましたね。

 

仲野 梶浦が高橋幸宏に見えて来たよ。

 

竹内 お洒落だし。

 

梶浦 バンドで旅に行くと、地方でいろんな同じ釜の飯を食っている。そうすると、バンドになっていくというか、その経験は大きかったですね。東京に時々、呼ばれてやっているのではなくて。いろんな自分の自我を持ちながら旅をするとバンドになっていくという。

 

――ツアーもたくさんやりました。バンドがバンドになってきたところで、遂にオリジナルアルバムを出す、丁度いい感じではないでしょうか。順番として、いきなりアルバムを作ってから、ツアーになるのと、全然違うと思います。

 

梶浦 まあね。そうかもしれない。

 


※シン仲野茂バンド誕生--仲野茂バンド メンバー全員インタビュー!<Ⅱ>に続く。

 

 

 

 

仲野茂バンド セカンドアルバム『に』

2026年2月21日発売!

 

<収録曲>

1. 穴の開きまくりアナーキー 作詞 PANTA 作曲 仲野茂

2. だろ 作詞 PANTA 作曲 下山淳

3. 泣くんじゃねぇ 作詞 PANTA 作曲 伊藤和雄

4. 太陽 作詞 PANTA 仲野茂 作曲 仲野茂

5. 泣かせてくれよ 作詞 PANTA 作曲 岡本雅彦

6. 奇妙な圧力 作詞 PANTA 仲野茂 作曲 仲野茂

7. 金科玉条 作詞 仲野茂 作曲 下山淳

8. 月夜のブルース 作詞 PANTA 作曲 下山淳

9. Fury 作詞 仲野茂 作曲 下山淳

 

 

仲野茂バンド

仲野茂 (Vo)

下山淳 (Gt)

岡本雅彦 (B)

梶浦雅弘 (Dr)

竹内理恵 (Sax/Fl)

 

ゲスト

 

TOSHI( 頭脳警察)

おおくぼけい(頭脳警察)

うつみようこ

 

https://nakanoshigeruband.stores.jp/items/696d9316ff407e7ae229a097

 

 

 

 

仲野茂バンドNEWアルバム『に』発売記念全国ツアー決定!

 

6月1日(月) 京都「磔磔」

6月7日 東京・渋谷La.mama

6月20日(土)・21日(日)札幌「クレイジーモンキー」

7月3日(金) 福岡 「ライブハウスCB」

7月7日(火) 東京・渋谷La.mama PANTA四回忌追善公演七夕忌出演

7月11日(土) 高知「ベイ5スクエア」

8月2日(日) ツアーFINAL 東京・渋谷La.mama

 

https://x.com/shigeru_info/status/2042893339184500775

 

 

 

 

先日、5月10日(日)に“ゴダイゴ・デビュー50周年記念ツアー”が神奈川県秦野市のクアーズテック秦野カルチャーホールからスタートした。タケカワは“ゴダイゴはヒット曲がたくさんあるけど、他にもいい曲がいっぱいある。今日は両方、やります”と言う。その言葉に嘘はなく、それまでセットリストに上がっていなかった隠れた名曲などが誰もが知る名曲とともに披露される。この日はゴダイゴの6人<ミッキー吉野(Kb)、タケカワユキヒデ(Vo)、スティーヴ・フォックス(B)、トミー・スナイダー(Dr)、吉澤洋治(G)、浅野孝已(G)>とともにお馴染みのサポートの竹越かずゆき(Kb、G)、ゴダイゴホーンズ<奥村晶(tp)、池田雅明(tb)、吉田治(Sax、fl)>が参加。数多の名曲達は彼らによって、音の色彩が増え、輝きを増していく。

 

 

 

デビュー50周年ツアーの正式名称は「SGC Presents GODIEGO 50th Anniversary Live ~感謝の旅~」である。これまで応援してくれた方々への「感謝の旅」であり、それは同時に「追悼の旅」でもある。勿論、“追悼”などと銘打たれてはいないが、どうしてもそう思わざるを得ない瞬間が何度もあった。2020年5月12日に逝去された浅野孝已の曲が歌われ、ギターが竹越かずゆきによって演奏されて、何度も浅野孝已の名前がコールされた。

 

終演後、ミッキーは“演奏していて、いろんなものが降りてきた”と言っていた。浅野孝已だけでなく、エディ潘も浮かんだという。

 

実はその日、5月10日は昨2025年同月同日に亡くなったエディの命日でもある。5月12日と5月10日、さらに本日、5月13日、ゴダイゴとも関わりが深い大野雄二が5月4日に永眠されたことが事務所やレコード会社によって、公式に発表された。10日(日)にトミー・スナイダーは大野雄二の作曲した曲を歌っている。同曲は昨2025年の50周年記念ツアーでも披露されているので、特別なことではないが、彼と大野の共演は多く、既にそのことは知らされていたのではないだろうか。同曲を歌う際、当然、訃報については話されてはいないが、また、昨年とは違う思いで、その曲を歌ったのかもしれない。

 

それが50年ということだろう。出会いと別れ、いろんなものを抱え、ゴダイゴは疾走していく。ゴダイゴ号に乗り遅れてはいけない。

 

既に各所、売り切れ状態らしいが、どこかでその旅を体験して欲しい。この11月21日(土)には46年ぶりのネパール公演も決定したという。ネパールまで、行きたいか~!?