写真・中村光江(写真左から) 下山淳(G)、竹内理恵
(Sax、Fl)、仲野茂(Vo)、梶浦雅弘(Dr)、岡本雅彦
(B)
※シン仲野茂バンド誕生--仲野茂バンド メンバー全員インタビュー!<Ⅰ>からの続き
●曲目解説 「穴の開きまくりアナーキー」は俺(仲野)が曲を作らざるをえない!
――具体的にアルバムに収録された曲について、1曲づつ、お聞きしたいのですが、まず、1曲目はPANTAさんの歌詞に仲野さんが曲をつけた「穴の開きまくりアナーキー」から。これはどういった感じで作っていったのですか?
仲野 これはタイトルからして、俺が作らざるをえないじゃないかという。“穴の開きまくりアナーキー”だから(笑)。で、これは本当にPANTAに感謝というか、自分じゃ書けないじゃない。元・亜無亜危異(アナーキー)が“穴空き”(アナーキー)とはね。本当にありがたかった。なんか、こんな気持ちみたいなものをPANTAからこの歌詞を貰う前に、自分でも20でデビューして、やっぱり歳くってきてさあ。あのデビューした時の何も知らない新鮮な自分とか、何かを忘れてきたり、捨ててきたり、面倒くさがったりとか、歳くって来た時にあの頃の新鮮な思いをどうやったらもう一度、歌詞に出せるかな、思っていた時にPANTAが書いてくれて。やっぱり、俺的には自分の、可愛かったときの仲野茂(笑)を、いまは憎らしいけど、あの頃の感じをなんかもう……“茂、自分で自分を、もう一度、自分を抱きしめろよ”みたいな歌だと思ってさ、それはありがたかった。
――いわゆる“あてがき”ですね。
仲野 そう。それでやっぱり、下山もそうやって言ってくれるけど、俺が作ると、どうしてもシンガーソングライター的になっちゃうと。それをアレンジとか、ブリッジとか、作ってくれて、すごくロックテイストな歌ものとして、出来上がってきたのは本当にありがたかった。やっぱり、俺、ギタリストじゃないからフレーズとかは作れないから、どうしても歌ものになりすぎちゃう。そこを、下山がイントロとか、ブリッジとかを付けてくれた。こんぶちゃんのサックスもでかいけどね。そういうところでロックテイストになって、きたなあっていうのは、すごくありがたかった。
――イントロがアイリッシュな感じがする……。
仲野 これは梶浦が出してきた。曲作りの時、河口湖で合宿したのよ。その時に出来た。
梶浦 茂の歌を聞いた時にこれは完全に応援歌に聞こえるなと。サッカーとか、ああいう場面をイメージした。こういうリズムはどうっと言って、提案したんだけど、作っているうちに、どんどん、アイリッシュっぽくなっていったから。
仲野 本当、梶浦がマ―チっぽくやってくれて。同じようなイメージで、俺もイギリスのサッカーのワォーウォーというみたいな、応援歌みたいなもの作りたいなと思っていたし。梶浦のリズムのお陰で、ど頭のコーラスみたいのも考えられたし、あの曲はこんぶちゃんにもこんな感じでよろしくお願いします、という。
梶浦 バグパイプっぽいのと、でもサックスだからなあと思っていたけど、見事にやってくれたから。
仲野 びっくりして。只もんじゃない。もう、こんぶちゃんにアイリッシュウィスキーをプレゼントしなくちゃいけないな。
竹内 いただきたい(笑)。
――歌詞の中にカワサキとか、スズキとかが出ている。バイクのメーカー名が入っていて。昔、PANTAさんからヘルメット(『1980X』 で被っていたもの)を貰ったという逸話もありますけど。PANTAさんがメーカー名を歌詞に入れこんだんですか。
仲野 ねえ。PANTAから、あの大事なヘルメット貰って、PANTAが持っていたこと自体がすごいから。勿論、ヘルメットにも“賞味期限”があるから。俺のラジオ番組(2023年6月16日に配信されたyoutubeチャンネル「仲野茂ラジオJAG」の vol.84『俺の脳ミソがロックにやられた瞬間』にPANTAが出演)の時に持ってきてもらって、プレゼントしてくれて。で、今度、この歌詞で、カワサキとスズキが出てくる。なんか、バイクまでプレゼントしてくれた気がして、すごい嬉しかった(笑)。
https://www.youtube.com/watch?v=L2Yh8xBjlqw
――2曲目「だろ」は下山さんが曲をつけています。
下山 他の詩もそうだけど、これが一番、びっくりしてね(笑)。どうしようかなと思って。
――やっぱり、これはちょっと意表をつかれた。
下山 字面だけ見て、びっくりして(笑)。でも、このままやったら茂、うまいことやってくれたんで。あっ、そのままでいいんじゃんみたいな。さっさとできました。
梶浦 “だろ”なんて、茂のワードだもんね。しょっちゅう、使っている。
仲野 でもあれ、そういう歌詞は弾き語りで作るのはすごく難しいから。やっぱり下山のカッティング。もうしびれたよ。だろ――わあ、かっこいいと思った。だから、すごい悩んだ、アルバムに入れる時に1曲目にするか。これで驚かしてやろうか、世の中みたいなね。いきなり、だろ、だろ――で始まったら、なかなか、おもしろいんだけど。うーんとね。そこは面白かった。
――先制攻撃みたいな。
仲野 こんぶちゃんのあれもすごいからね。
――バスクラ?
竹内 バリトンサックスです。クラリネットは使ってない、今回は。
――それは曲想に合わせて、その楽器を選択した。と。
竹内 そうです。
――曲自体、聞いて、どんな感じを受けました? どう対応すればいいんだ、自分はみたいのはありましたか。
竹内 自然でいいです、かな。それこそ、バンドサウンドにPANTAさんの詩がのっかっているという下山さんの発言がありましたけど、ただ、そういう感じ。で、じゃあ、この曲、このフレーズにはどの楽器が合うかな、と考える。割とシンプルな楽しい作業でした。
仲野 下山からリクエストはなかったの?
竹内 なかったです。このフレーズをユニゾンでやってみましょうか、などというアイデアをいただいて、そしてやってみる、これですかねみたいな感じで戻してみる。
下山 ユニゾンのところはユニゾンでして。あと、ソロお願いしますーみたいな。
――こと細かい指定より、放り投げられて、それを自分がどう対応するという感じだったんですか。
竹内 いや、ここにこれがあるといいと思うよみたいな感じです。リクエストは作曲家から聞いて、それがフレーズの指定だったり。そこで私の思うように自由に吹いてお戻しして。そしてもうちょっと、こういう感じでどう、そういうやりとりをしながら。決めていったという感じですね。
梶浦 基本そうね。好きに吹いて、でもここだけ合わせて、どう。バグパイプ風に吹いてとか。こんぶちゃんには、みんな、任せている感じであると思う。意外と日本のホーンを吹く人というのはきっちりした人か、何のテーマもなくべらべら吹く人と、どうしようか。どういう風にまとめてもらおうかようか、考えないといけない。こんぶちゃんの場合は出てきたものがおもろいやろうな、なんにもいわないほうがどんどんおもしろいなというイメージがあるね。いまだにアカデミック過ぎて、この音があっているか、あってないかどうか、わからないこともあるもん。
竹内 あってないこともあります(笑)。
梶浦 それを含めてね。それがどう落ち着いていくか、それを含めて面白い。ものがいっぱいできているから、すごいなあと思う。
竹内 泳がせていただいているという感じはありますね。ありがたいことです。
仲野 こんぶちゃんって、瞬発力というのかな、そのスピード感がすごい。言って、返ってくるみたいなさあ。それがすごくライブやっていてもわかりいいというか。タンタンターンみたいなさあ。
――思ってもないものも出てくる。
梶浦 それもいい具合にね。ああ、こんな風に吹くんだみたいな。面白いなって。俺、個人的にそれ、多いなと思う。
――3曲目は「泣くんじゃねぇ」は、一番最初にみなさんに披露された曲ですね。
仲野 そうですね。PANTAの歌詞を貰った時に誰に曲を頼もうみたいな話になったわけ。ぶちゃけ、本当に甲本ヒロトとか、チバ‘(チバユウスケ)とか、出たのよ、いっぱい。みんなでしゃべったわけではないけど、田原(田原章雄マネージャー)さんとか、ちっちゃい世界で(笑)。
――候補として、名前があがった。
仲野 そうそう。でも俺は伊藤(伊藤雄和)くんに作ってもらいたかったから、で、伊藤くんに6編の詩を渡したわけよ。これでお願いしますではなくて。で、伊藤くんがその中でチョイスしたのが「泣くんじゃねぇ」の歌詞で。あっ、伊藤くん、一番いい歌詞選んだなあ。字面でだよ。その時の。やっぱりPANTA、曲になってみると、歌詞書きだなあと思うし。本当に俺に対して、思いのたけで、ああ、茂はこんなのも平気でいっぱい歌った方がいいよみたいな歌詞が散りばめられている。
――伊藤さんにはその曲を決め打ちで頼んではなく、全曲の歌詞を渡して、図らずもその曲を選んできたと。
仲野 そう。歌詞を皆に配っちゃったからどうすんの、曲かぶっちゃったらどうすんのと言われて、あっと思ったけど、被っても入れちゃおうと思って。初めは。だから歌詞は一緒で、曲は違ってもいれちゃおうかなと。だけど、不思議なことに被んなかった。結局、最後はバンドの中でやったから、あんまり周りに配ってなかった。
――そうですね。公募はしてないから。
仲野 うん。でも被っても入れちゃおうと思ってたから。初めに。PANTAの詩だから、そういうことやってもPANTA、絶対、怒らないと思っていたし、そんなことやっちゃうんだというのもあったし、それをどうまとめるかは、漠然と考えていた。それ被ってもいれちゃえばいいんだと思ったよ。
――以前、お聞きした時に「泣くんじゃねぇ」は応援歌的な歌詞の内容だったじゃないですか、自分が応援歌を歌うのはどうかな、自分が応援歌みたいなのは歌ってきてなかったから、どうかな……と。
仲野 そうだね。だからありがたかった。余計に。
――自分ではできないから?
仲野 そう、自分では書けない。“泣くんじゃねぇ”とか。“泣かせてくれよ”とか。そのワードがさあ、“茂ももうこういうのを歌えよ”みたいな。もう“この野郎、バカ野郎だけじゃないぞ”みたいな。“関係ないものも歌って行けよ”みたいな。そういうPANTAからの応援歌的な意味でも本当にすごい。
――PANTAさんが仲野さんの間口を広げたということでしょうか。
仲野 本当に前だけど、すごい昔(THE ROCK BAND解散後)にさあ、PANTAと何日間か、六本木を呑み歩いたことがあって、その時にPANTAにいろいろ、相談したり、愚痴こぼしたり、思い出話したり――ていうのが歌詞に盛り込まれているんだよ。よく覚えていたなあみたいなさあ。
――あの時、話したことが入っているということですね。
仲野 そう。いろいろ散りばめられていて。
――リサーチして、記録しているんですね。
仲野 そう。脳みそ、すごいよ。あんだけ、情報量がすごくて、色んな事に詳しくて、それでいて、脳みその整理整頓が半端ないよね。PANTAはすごい、“脳みそウィンドウズ”みたいな。パタパタパタ……と。
竹内 アップデート、アップデートしている。
――更新を怠らないというか。今回、シングルという枠はないんですけど、心の中のシングル候補だったという曲ですか。
仲野 うん。でも出来上がって見ると、皆、いいものね。
梶浦 これはずっとライブでもやってたけど。ライブでずっとやり続けて、その集大成をレコーディングして……大体そうなるとこぢんまりまとまるんだけど、 ライブの時よりも数段いい形でいらないものが削ぎ落とされて。その次にこれが出来上がってライブした時がまた一番良かったというか。 そのぐらいなんかやっぱりこう、みんなで仕上げた感はあるよね。 レコーディングしてからのライブの方がまた良くなっているから。
――プロデューサーとしてその辺の手応えは感じましたか? この曲に関しては、ライブを繰り返しやって、で、レコーディングして上がった曲がもっとグレードアップされているみたいな。
下山 うん、してくんじゃない? やっていけば。 まだやってないからね。
――そうでした。この取材の時点では、アルバム発売前なのでレコーディングされたものをまだ世の中は聞いてない。
下山 でもリハーサルすごくやってレコーディングするとかじゃないので、逆にそういう余地がいっぱいあるんですよね。 やりまくって録ったっていうのはとは違うからね。 そういう余地がたくさんあるから、ライブでやるとどんどんまた変わっていく。
― 4曲目は仲野さんが曲を書いた「太陽」です。 これ は2番目にライブで下ろした曲ですね。
仲野 そうそう。で、これはちょっと歌詞が未完っていうか、だったから、PANTAの歌詞に俺が歌詞をすごい足して。
――そうですね。クレジットに作詞はPANTA・仲野茂と連名で書いてあります。
仲野 実はその“太陽”っていうワードは、PANTAの歌詞になかったんだけど。 でもなんかこう、どうしても、まあ自分のことで言えば、俺のモチーフはライオンと太陽みたいなものがあった。勝手に好きなんだけどね。 いままでこんなワードはちょっとみたいなのがあったけど、それで、なんだろうね。 だからPANTAの歌詞をもらった時に、ちょっと素直になれてさ、そういう太陽っていうワードも使えるようになった。 さっき言ったように、“もう茂、素直に書けよ。こういうワードも歌ってみろよ。この先、書いてみろよ”みたいな、そういう力をもらった、「太陽」はね。
――この曲で歌詞を提示されたことによって、自分が素直に書きたいものを書こうというのが生まれたってことですね。
仲野 本当にずっとやっぱり頭脳警察の「ふざけるんじゃねえよ」はショックだったけども、その後、もうPANTAとずっと付き合わせてもらった時に、シャンソンが好きだったり、意外な面を知ったりして、“なんとかミュージシャン”なんていう一言では表せないでしょう。いろんな面があった。 だから本当に何て言うかな。 尊敬するっていうか、ミュージシャンとしてね。 俺の中では本当に世界一のミュージシャンだから。 そんなPANTAからいろんなことを教えて貰った気がする。
――5曲目、「泣かせてくれよ」は岡本さんが作曲しています。
仲野 出た!
岡本 一応全ての詩を見させていただいた時に、完全に出来上がった詩に曲をつけるというのは初めてだったので、作曲はメロ先・曲先でしか基本的にはやってきてなかった。
下山 え、そうなの?アンジーって違うの?
岡本 メロ先、曲先。
下山 へー、意外だね。
岡本 100%、そうなので。僕は字面と言うより行面と言いますか、ちゃんとテーマ、 Aメロ、 Bメロ、サビっていうのが一番綺麗(笑)に揃っていた。では、これは僕がということで取り掛からせていただきました。
――要するに曲の構造的に自分が慣れたものであると。
岡本 分かりやすい。Aメロ、 Bメロ、サビっていうのが、まあ文字数的にも非常に曲が付けやすいんではないかと思って。
――聞いていると、レゲエというか、PANTA&HALの「つれなのふりや」が浮かんできます。
岡本 もう完全に「つれなのふりや」と、茂さんがいつも言ってたJAGATARA(じゃがたら)の「タンゴ」を合わせたようになればいいなと思って。
――これは完全に種明かしになりますけど、書いてもいいですよね(笑)。
岡本 あっ、全然いいです。
――やはり「つれなのふりや」はずっと心の中にあった曲なんですか。
岡本 そう。
――いつかPANTA&HALをやってみたかった。出来としてはもう満足はなさっている?
岡本 はい。ええ、もう。最初こんぶちゃんにサックスをファーストテイクで入れてもらった時、俺の中では何て言うか、スティングのソロみたいな、“摩天楼”みたいな感じだったんで(笑)、そこは“ちょっと田舎っぽく”っていうお願いはしましたが……。
――「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク(Englishman in New York)」じゃなくてみたいな。
岡本 それもそれですごい良かったんですけど。だけど、茂さんが歌うっていうことは……(笑)。
――田舎っぽくしなければ、いけないということですか。
竹内 でもそれにはリズムだったりとか、音の選び方だったりとか、やっぱりポイントがあって、それをこう寄せていくっていう作業は、やっぱりその田舎っぽさっていうところに大事なものがあるんです。
岡本 例えば福山雅治が歌うんだったらファーストテイク。
仲野 見てくれ近いんだけどね、福山と。外見は近いんだけどね。中身がね、中身が全然違うのよ。でもあれじゃないの? みんなスーツになった時とか。今ならスティングバージョンじゃない?
岡本 着るものが変わっただけだから。中身変わってないから、全然。
仲野 難しかったですよ、これは歌が。もう岡本プロデューサーのリクエストも多かったんで。
――歌い方とか、どういう指示が。
岡本 飲み屋で喋っているように歌ってください(笑)。
梶浦 どんどん福山から遠ざかる。
仲野 でもやっぱりそれほら、岡本ちゃんさがさ、アケミ(江戸アケミ)の「タンゴ」みたく、もっと捨て感っていうかね。だから歌詞がすごく哀愁があるから、これ歌い切っちゃうとちょっと臭くなっちゃうから、本当に飲み屋で、もうしょうがないから一杯飲んでさ。 なんていうのは嘘だけど。 すいません。 やっぱ中身がダメ(笑)。
岡本 でも茂さんもちゃんとやっていただいたといいますか。
●「奇妙な圧力」と「奇妙な果実」
――6曲目は「奇妙な圧力」になります。この曲はPANTAさんの歌詞ですが、仲野さんも歌詞作りに関わっています。仲野さんが作曲しています。
仲野 はい。これもその 6編の中では、その未完っていうか、多分、PANTAは「奇妙な果実」、ビリー・ホリデーの同曲から取ったと思うけど、 ただ、ちょっと俺には荷が重すぎるから。田原さんに“これはちょっと俺なりに変えていい? ”っていう了解を取って。 それであの最後のくだりとか、まあ言葉尻がちょっと変だったけど。 あの樹木の“木”と気分の“気”をかけて。あと、俺のテーマの中に“同調圧力”っていうものと、それをうまく引っ掛けて。もう日本人特有みたいなこと、車、全然通ってねえのに、赤信号でずっとバカみたいに待っているみたいなね。 それをどうこう。 もちろん俺、その“ミシシッピーの悲劇”とか、聞いたことはあるけども、それをなんかこう、もうちょっと自分たちの環境に寄せて歌えないとリアリティがないから。 で、どうしようと思っていた時に、その同調圧力みたいなワードがあったから、それと引っ掛けて“奇妙な圧力”に変えて。
――ノンフィクション作家&映画監督の森達也さんが監督した映画『福田村事件』(1923年9月1日に発生した関東大震災から5日後、千葉県福田村で実際に起こった行商団9人の虐殺事件を主題にした映画。2023年に公開された)が浮かびました。
仲野 俺らはそんな重くないよ。 ただ、俺が言いたかったのは、その空気を読むとか、そういう同調圧力とかさ、空気なんか読むなよっていう、誰の人生だよっていうことをさ、やっぱりその裏にあるから。 そんな大げさなことじゃなくて、自分の人生をどうやって生きるの? みたいなさ、人の顔色ばっかり伺っててもしょうがないじゃんっていう思いを込めて。
梶浦 今の日本を表しているじゃないですか。周りのプレッシャーばっかりを考えて生きてるっていうか。コンプライアンスは完全にそんなのばっかりで。
仲野 あれもいらってくる、コンプライアンス。
――この曲の詩を(福岡でのPANTAへのビデオメッセージで)朗読されたって言ったじゃないですか。橋のたもとに変な木がある――というのを朗読されたんですか?
仲野 そう、ど頭のフレーズだと思うね。PANTAにビデオレターで送ったの。その頭のワンブロックはPANTAが書いてくれた。
――逆に言うと、これはもう 3年以上前からあった歌詞だったんですね。
仲野 ああ、そうか。そうだよね。だってビデオメッセージで朗読してるわけだから。歌詞はあった。確かに。
――7曲目の「金科玉条 」、これは作詞・ 仲野茂、 作曲 ・下山淳とクレジットされています。これは仲野さんと下山さんのタッグで作った仲野茂バンドのオリジナルです。
下山 梶浦と岡本となんかこんな感じのバンドサウンドどうかなっていうのを話してる中で 作ってみたんですよね。 こんなバンドのサウンドだったら、茂どうやって歌うかなっていう。 茂が聞いてくれて。 まんまと嵌りました。
梶浦 下山さんはヒントが少ないんですよ。めっちゃくちゃ少ないんですよ。
――それを連想ゲームのようにして翻案して曲にする。
梶浦 なんか、試されているのかみたいな感じで。
――これは曲が先、詞が先なんですか。
下山 いや、曲が先です。それは。
――結構大変だったんじゃないですか。作業は。
仲野 大変だよ。 大変だよ。 めちゃめちゃ大変。 でもこの「金科玉条」と9曲目の「Fury」はもう下山の意地だから。 話がすごい戻っちゃうけども、PANTAの詞、「月夜のブルース」、見つかって7個しかなかった。『粋』でミニアルバムを出してて、7曲 だとフル(フルアルバム)になんない? で、初めはもう頭脳警察のカヴァーとか、ありものを入れちゃえばでやったんですよ。 下山はいやだって。 オリジナルでフルアルバム作るって。 で、意地で2曲持ってきて、茂のこれでなんとかしろ! 無理っすみたいな(笑)。
――そうか、曲としてのありようは7曲目と9曲目は一緒だったわけですね。9曲目の“Fury”も、“激情”とか、“激怒”とか、かなり意味の強い言葉です。これも曲があって、茂さんに詞をつけてもらう。これまたハードルの上がる作業だったのではないですか。
仲野 そう。でも「Fury」っていうタイトルは下山が持ってきたから、やっぱり下山面白いなと思った。俺だったら“RAGEな”んだけど、“Fury”って使う?みたいな。
――確かにそうですね。
仲野 でも“Fury”て、あれよ、“復讐の女神”だから。昔、『フューリー(THE FURY)』(1978年に公開されたブライアン・デ・パルマ監督のオカルト・サスペンス巨編)って映画にもなった。
――同曲は元メスカリン・ドライヴ、元ソウル・フラワー・ユニオンのうつみようこさんがコーラスをつけています。
下山 これはようこしかいないんじゃない?と思って。暑苦しい……。
――ちょっと怖いというか、圧のあるヴォーカルでした
下山 そうね。イメージしていたのとちょっと違ったけど、彼女は彼女なりに頑張ってくれて。
仲野 まさに“Fury”じゃん。そう
梶浦 全般的に言えるんだけど、下山さんの頭にはなんかちゃんと見えてるものがあるんですよ。 間違いなく。 そのヒントが少ないんで、一生懸命やるけど。やっぱりその「奇妙な圧力」も、茂が一生懸命、ギターの弾き語りでデモを持ってきた、これどう構築しようかなと思って。 その小節とかほとんど関係なく好きに歌っているから。 下山さんが一言、そのままでいいんじゃないって言って。 TOSHIさんが叩くパーカッションとか、多分、下山さんは見えてるんですよ。 だから俺はリズム録りが終わると、(ダビングやミキシングには立ち合わないので)福岡にいて、出来上がりが来るたびにニヤニヤニヤニヤして、こんなになるんだ。 ああ、なるほどなみたいな。
――詳細に説明しなくても、何気ない一言からメンバーは膨らましてくれると信じていたっていう感じですか。
下山 そうだね。
――曲順が前後しますが、8曲目に逆って、「月夜のブルース」に関して教えてください。当初はPANTAさんが仲野さんのために書いた詩は6曲と言われていましたが、もう1曲出てきた。
仲野 その6編だと思ってたら、田原さんがもう1編見っけてきて、下山と俺に LINEで送ってくれて。 だから初めの6編(田原によると、7編目は2024年2月5日にリリースされた頭脳警察の『東京オオカミ』の制作で歌詞だけ出来ていて、曲がないものが何編かあり、その1編)になかったんで、下山が改めて曲つけてくれて。 そしたらすごいいい曲だから、それとPANTAの歌詞を読んでいて。“おまえに会いさえしなければ” と“おまえを愛さえしなければ“って、あれと思って、“に”と“を”変えただけで、会うのと愛っていうのがちょっと引っかかって、ちょっと言葉遊びを入れてみた。
梶浦 今回ちょっとダブルミーニングがキーポイントになっているとこあるよね。
仲野 あるね。そのおまえに会えさえしなければね。ビスケットもあげずに済んだのに。ただ、おまえを愛さえしなければ、こんなことさえしなかったのにってのは付け足させてもらったんだけど。
梶浦 本当の言葉でいうとおまえを愛しさえしなければってことだよね。
仲野 そうそう。 ただその言葉遊びとして会う、出会いと愛、おまえを愛するをひっかけて。だから、ちょっと言葉遊びをしてみた。まあ、それは下山が作ってきてくれたサビが結構多かったから、やっぱここはちょっとワードを変えて。 愛を持ってきてっていうかね。 だから本当にそのPANTAの歌詞のおかげで、今まで書けなかった歌詞っていうさ、そんなことすら思いもつかなかった俺がね、今回はそうやってすごいPANTAに触発されて言葉遊びしてみたり。会うと愛をかけてみたりっていうことができたのがすごく嬉しい。
――PANTAさんの歌詞をもらって、歌詞を歌うことによって、なんか仲野さんの歌詞も新たに生まれてきたって感じですか。
仲野 そうだね。 すごくこう、自分で言うのもなんだけど、その使うワードの自由度が増えたっていうかね。それはやっぱりどうしても亜無亜危異(アナーキー)っていうカテゴライズ、なんていうか、どんどん自分でカテゴライズしていくっていうかさ、気づかないうちにね。 そんなのはパンクっぽくねえよ、みたいな、ロックっぽくねえよみたいな――してないつもりだけど、意外に自分のことってわかんないじゃない。 それがやっぱり今回、PANTAの歌詞のおかげで、どんなワードだって使ったっていいじゃない、茂よっていうね。 本当に何かPANTAの歌詞を読めば読むほど、そうやって、何照れてんだよ、もっと自由に使えよ。 それがロックじゃねえのか、みたいなものに気づいて。
梶浦 茂はこういう男です。愛に溢れている。照れ臭いから暴力的に振舞っている。
――意識する、しないに関わらず、やっぱり亜無亜危異(アナーキー)の枠とか、そういったものに結構、頑じがらめになっちゃったってことなんですかね。
仲野 あ、当時? やっぱそれはさ、亜無亜危異やっている限りはさ、亜無亜危異でいるしかないわけじゃん。 それは、やっぱりちゃんと。ピストルズがさ、ライドンがロットンを演じるようにさ。 そうじゃないと「東京イズバーニング」がリアリティなくなっちゃうからさ。 嘘だろうがなんだろうが、ちゃんとお芝居しないとね。
●レコーディングを終えて――本当に素晴らしいアルバムができた
――最後に今回のレコ―ディングをやり終えて、どんな感想を抱きましたか。
仲野 なんか本当に素晴らしいアルバムができたっていうかね。まあ下山も言ったけども、もう本当こんぶちゃんが入ることによってさ、カテゴライズされないっていうか、俺たちはどこでも行けるなっていう。そのロックアルバムとはちょっと呼びにくいし、やったみたいな思いはあるよ。 さっき言った自分をカテゴライズしてたものを全部、PANTAのおかげでぶち壊せて。で、そういう時に本当にみんなに力を借りた。 メンバーにね。 やっぱり下山のギター、メロウで素敵だしさ。 で、梶浦のドラムも岡本ちゃんのベースも本当になんだか、すげえ満足してる。 俺の中では 『四月の海賊たち』(THE ROCK BANDが1987年にリリースしたセカンドアルバム。名盤の誉れ高し)を抜いたかもしれない。
梶浦 まあ俺も被るとこもあるけど、やっぱどうしてもね、みんな先入観を持っているんですよ。 このバンドに対して。 過去の歴史じゃないけどもあるし、茂が歌っていることで、やっぱりどうしても亜無亜危異(アナーキー)のイメージが取れない。 だから福岡で俺がプロデュースしてライブやった時も、いろんなやつ連れてきて、茂バンドってこんな感じなんですか? ってみんな言うわけ。 だから、そういう先入観を取っ払って、ナチュラルに聞いて、本当に新人バンドとして聞いて欲しい。
竹内 そうですね。 ライブでどうなっていくか、これからいろいろと詰まっていく時もあるだろうし、私たちもまだ新鮮に触れ合うような段階なので、お客さんも一緒に曲を育てていくような気持ちで、いろいろライブとか楽しんでもらえたらいいなと思います。 始まりですかね。 やっぱね、PANTAさんと、皆さんとで書いていく曲と演奏とで、始まりっていう感じなので、これからどうなっていくか楽しみです。
岡本 まあ一言で言いますと、“最高作はネクスト!”。
全員 (笑)
仲野 おお。ただ、岡本ちゃん、ネクストの時はPANTAの力ないよ。
岡本 だからこそ。
――PANTAさんの歌詞を歌って、力を得た仲野さんがいるから、次回はまた別格ではないですか。
仲野 そうあってほしいけどね。うん。まあ、ちょっと甘えん坊なところがあるからな。自分で言うのもなんだけど(笑)。
――今回はまとめ役として下山さんが大変な作業をなさったと思うんですが、改めて作り終えて、いかがでしたか?
下山 完成できてよかったですよ。 仲野茂バンドもそうなんだけど、PANTAについて、思いがそれぞれあるし。彼がいなくなったっていうことに対しての落とし前みたいなのを自分の中ではつけられたので、それが自分には一番よかったなって。 あと、60過ぎのおっちゃんたちが結構、頑張った。そんなにないことだと思う。実は ありそうでないでしょう。 で、ちゃんとロックロールしているので、よかったと思うんですね。
――60 過ぎてソロとしてバンバンやっている人はいるけど、バンドってなると、何かそんなに多くないですね。だんだんメンバーが虫食い状態になってきてしまう。
下山 まあ、あまり言いたくないけど、どんどん僕らの世代もいなくなっているので。なおさら自分の中では必要なんですけどね、結構。若い人もいるけどもね。
――逆に今回これをやり終えたってことは、なんかまた下山さんの新たな力っていうか、元気の元になるのではないですか。
下山 そうですね。もうそろそろ、そういうこと言ってもいいかなっていう年頃なので。そう思います。
写真・中村光江 (4月5日<日>に渋谷La.mamaで開催された『1stワンマンライブ』
から)








