Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 ! -3ページ目

Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

Jポップスの黄金時代は80年代から始まった。

そんな時代を活写した幻の音楽雑誌『MUSIC STEADY』をネットで再現します。

 

 

 

 

 

和久井光司という音楽家・音楽評論家・編集者をご存知だろうか。昨2024年3月、自らのFBに“ ゴールド・レーベルのモノラル盤で持っていないヤツに、ビートルズを語る資格なんかないよ。”と書き、その言葉が炎上して、一躍、時の人となった。その騒動(!?)は各自、検索していただくことにして、彼がその資格があり、音楽評論や音楽制作において、言動一致を貫き、彼の作る“完全版”シリーズは確実に売り上げ、そのバンドのライブには人が駆け付ける。ついこの間、先週、8月27日(水)にも新刊の刊行に際してトークとライブのスペシャルショーがあったが、ソールドアウトになっている。同時に客席には音楽業界のお歴々と音楽界を牽引する方もいらしていた。

そのイベントとは、8月27日(水)に原宿クロコダイルで行われた和久井光司責任編集の『ビートルズ以後のモダン・ポップ完全版』(河出書房新社)の発売記念SPECIAL SHOW(TALK SESSION+LIVE)だ。

TALK SESSION、登壇者は同書を作った和久井光司とビートルズ研究家・藤本国彦、そして井上陽水に「少年時代」、松田聖子に「瑠璃色の地球」を提供し、大滝詠一や杉真理、竹内まりやなどとの仕事で知られる日本のジョージ・マーティン・川原伸司、司会進行は同書に関わった納富廉邦。そのテーマは「それは『ラバー・ソウル』から始まった」。

そしてLIVEは和久井光司+宮崎裕二(元SCREEN)with川原伸司+伴慶充(急遽出演)による“Plays SCREEN”。SCREENは和久井が1981年に結成した、日本のパンク、ニューウェイヴ以降のシーンを牽引した伝説のモダン・ポップ・バンドだ。これだけの音楽のマエストロ、博覧強記の梁山泊の住人達が揃う。これは行かないわけにはいかないだろう。和久井光司のこの“完全版シリーズ”は音楽ファンならどれも必読。新しい視点を与えてくれ、その楽しさを何倍ものものにしてくれるのだ。


改めて同書の説明をしておくと、1965年以降のレコーディング技術革新によって生まれた“モダン・ポップ”を網羅した世界初のディスク・ガイド。表紙には“from RUBBER SOUL to SKYLARKING”とある。中にはホリーズやゾンビーズ、プロコル・ハルム、ELO、スタクリッジ、10cc、セイラー、パイロット、スティーヴ・ハーリー&コックニー・レベル、ビバップ・デラックス、ルパート・ハイン、デフ・スクール、シティ・ボーイ、バグルズ、トニー・マンスフィールド、トーマス・ドルビー、XTC、そしてトッド・ラングレン、スパークス……などがてんこ盛り。かつて今野雄二の“NOK(ノックノック・ニューおもしろ倶楽部)“や葡萄畑の青木和義の“3Sの法則”、鈴木慶一がかつて“カフェ・ジャックス”を推薦していたことを少しでも覚えている方にはたまらないはず。類書はあったものの、これは完全版にして決定版だろう。

 



▲TALK SESSIONの登壇者(写真左から)川原伸司、和久井光司、藤本国彦、

そして司会進行の納富廉邦

 

▲稀月真皓                      

 

▲小堀裕之(二丁拳銃)



まずはトークセッションの前に和久井の陣頭指揮の下、会場に来ていた詩人の稀月真皓のその場でお題を貰い、それを詩にするという即興ポエトリーリーディングが始まり、続いてビートルズっぽいPVでかつてルーフトップセッションの時のジョージの扮装をしたことがある二丁拳銃の小堀裕之の前説がある。そんな無茶ぶりと人材の豊富さが和久井らしい。

オフレコ噺が多いので、トークセッションは詳述できないが、川原が同書を3日で読み終え、ディスコグラフィーを参考にサブスクやYoutubeなどで聞き込んだと語った。それだけ、同書の内容が濃く、刺激的であることの証明だろう。『ジョージ・マーティンになりたくて〜プロデューサー川原伸司、素顔の仕事録〜』(シンコーミュージック)の構成を手がけた藤本国彦も感心していた。ビートルズ研究家の藤本はビートルズが川原とともに“ライブはやらない。レコーディングだけにする”宣言後の重要な場所になるアビー・ロード・スタジオや同所のエンジニアなどを紹介。レコーディングマジックを語る。モダン・ポップ誕生の背景にイギリスがレコードありきでレコード芸術を極めようとしたのに対して、アメリカがライブありきでショービズを極めようとしたという文化的な相違の指摘も興味深かった。司会・進行の納富は同書を作っている時、『船を編む~私、辞書をつくります~』の池田エライザ演じる新米・辞書編集者の岸辺みどりに感情移入したそうだ(笑)。和久井は書籍にしたことはすべてやり終えたことなので、詳しくは語らないが、この『ビートルズ以後のモダン・ポップ完全版』は、この10月のオアシスの来日前には出るという『オアシスとブリット・ポップ完全版』に繋がることを教えてくれた。歴史は積み重なるということか。『ビートルズ以後のモダン・ポップ完全版』が出たばかりだが、早くも次が読みたくなるというもの。

この『ビートルズ以後のモダン・ポップ完全版』は当然の如く、読みどころ、見所は数多あるが、和久井が書いた巻頭の「長嶋茂雄はポップだった」は飛ばさず、必ず、読んで欲しい。その覚悟と決意の言葉にぐっとなる。某騒動で反感を抱いていた方もきっと好きになるはず(笑)。

▲LIVE SHOW(写真左から)川原伸司(キーボード)、伴慶充(ドラムス)、和久井光司

(ヴォーカル、ギター)宮崎裕二(ギター)

 

▲(写真左から)伴慶充、宮崎裕二、和久井光司、川原伸司、藤本国彦、納富廉邦

 


1時間30分、実際は2時間近いトークショーの後はライブショーになる。モダン・ポップを語るイヴェントなので、ライブも日本のモダン・ポップの先駆け、スクリーンのナンバーも演奏しようということになったらしい。当初はドラムレスだったが、無理を言ってスースー&バンチョーズや桃電などで和久井と活動をともにする伴慶充に来てもらい、ベースはいないものの、川原のキーボード、宮崎のギター、和久井のギター、伴のドラムで、無事にバンドセットでの演奏が可能になる。同ライブでは、和久井は“「瑠璃色の地球」はモダンポップの頂点にある1曲”と言っていたが、同曲も演奏された。実は「瑠璃色の地球」は1986年6月にリリースされた松田聖子のアルバム『SUPREME』に収録され、初公開されている。スクリーンのこの日、披露した「ライフ・ゴーズ・オン」は1983年5月に3曲入りのEPがオリジナル・シングルとしてリリースされているが、同曲は和久井をして“モダン・ポップの極み”という、1986年11月にリリースされたスクリーンのサードアルバム『Camp Humours』にも収録されている。同アルバムには同じく、この日に披露した「陽のあたる場所」や「僕のファクトリー」も収録されている。同じ80年代、それもほぼ同時期に生まれているのだ。モダン・ポップの流れに乗り、ここで再び、出会うというのは偶然かもしれないが、何か、必然にも感じる。当然、スクリーン自体もに再注目だろう。再結成もあるかもしれない。


和久井は“完全版シリーズは100号まで作りたい”と言っている。毎回、ワクワクさせてくれる同シリーズの継続は嬉しい限り。この日、新たな企画なども披露された。勿論、公開はしないが、気になるテーマだった。お初の方には次もいいが、まずは『ビートルズ以後のモダン・ポップ完全版』を読んで欲しい。和久井はプロフィール欄で、モダン・ポップに改めて想うことという問いに“人類史上最も粋で知的、かつ文化的な音楽”と答えている。江戸っ子なら買うべき。必読だ。

大事なことなので、繰り返すが、和久井は言動一致、言ったことはやる音楽家でもある。批評の落とし前をちゃんと自らの音楽でもつけてくれる。彼のバンドを何度か、見ているが、納得のパフォーマンス。彼のバンド、東京暮色やスースー&バンチョーズ、桃電には窪田晴男や伴慶充、小泉信彦、菊池琢己、阿部桃子、鈴木亜紀……など、精鋭が参加している。彼が一門の音楽家であることの証明だろう。今回のライブで久しぶりにスクリーンの音楽に再会したが、改めて新生スクリーンもしっかり見たくなる。きっと、その場にいた方もスクリーン流のモダン・ポップの2025年ヴァージョンも聞いてみたくなったと思う。

「著者が直販しているサイン本の“デラックス・エディション”」は、まだ、あるそうだ。SNSなどで彼と直接、やりとりしながら買うのも楽しいだろう。ちなみにすぐ売り切れる“スーパー・デラックス・エディション”もお勧め。機会があれば是非、お求めいただきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

https://transformer.co.jp/m/ctr/

 

 

 

 

 

「金字塔」などというと、『狂い咲きサンダーロード』を監督した石井岳龍(当時は石井聰亙)や泉谷しげるに“俺達は過去のもんじゃない”と、怒られるかもしれない。『狂い咲きサンダーロード』は、『爆裂都市 BURST CITY』、『逆噴射家族』、『ELECTRIC DRAGON 80000V』、『パンク侍、斬られて候』などの傑作・快作を監督し、最新作『箱男』も大きな話題を呼んだ石井が、1980年、日本大学藝術学部映画学科在籍時、23歳の時に発表したインディペンデント映画の伝説とでも言うべき、日本が世界に誇る近未来バイオレンス映画の傑作だ。今なお伝説として語り継がれ、各界に影響を与え続ける。時代や世代を超え、“『狂い咲きサンダーロード』中毒患者”も増殖中だ。

 

 

『狂い咲きサンダーロード』は時代に抗い、嚆矢となるべき運命を背負った若者達(身体は老人・心は若者を含む)を鼓舞する。それは同映画が上映されて45年が経っても変わらない。その公開から45周年を記念して特別再上映が決定した。昨日、8月22日(金)、新宿シネマートでの上映を皮切りに全国で順次復活上映が予定されている。

 

 

この45周年記念復活上映を記念して、昨日、8月22日(金)、に新宿シネマートの19時の回の上映後、石井岳龍監督、泉谷しげるが登壇する舞台挨拶&泉谷しげるミニライブが行われた。

 

 

 

昨日の劇場挨拶で石井や泉谷は『狂い咲きサンダーロード』は“暴走族映画”ではなく、実際、観客も暴走族出身者などではなく、むしろ、ひ弱ないじめられっ子体質の方が多かったと語る。“ビーバップ”などとは異質のものなのだ。また、“サイバーパンク”と言う言葉が何度も出てきた。泉谷がデザインしたイメージイラストは海外の「HEAVY METAL」(音楽のヘビメタではなく、大友克洋らに多大な影響を与えたといわれるアメリカ<創刊はフランス>のSFイラストレーテッドマガジンのこと)に発想を得たという。さらに当時、石井はトーキングヘッズやポップグループなど、オルタナティブな音楽を聞いていたそうだ。石井は後年、1985年にノイバウテンの驚愕のライブを収録した『半分人間 アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン』を制作している。

 

 

さらに1980年に同映画を東京都板橋区の「上板東映」(同映画に出資し、製作にも関わる)で、初めて劇場公開した際、石井は劇場の技師の方に音響は“全部フルボリュームで”と伝えていたことがとりわけ、印象に残る。実際は東映スタジオで作品の仕上げをやっていた際にも大ベテランのミキサーに“全部フルボリュームでお願いします”と言ったらしいが、そのミキサーに“全部フルボリュームにすると、何も聞こえなくなる”と教えられたそうだ。全部フルにすると音がぶつかり合い、良く聞こえなくなり、調整が必要になるという。石井の「全部フルボリューム」は彼ら気概の表れではないだろうか。鮎川誠のチューニングが全部フルボリュームだったことを思い出す。

 

 

なお、同舞台挨拶の進行役は『狂い咲きサンダーロード』や『爆裂都市 BURST CITY』などの助監督を務めた緒方明。ちなみに同映画制作当時、仕事を終えると、石井からはアルバイトに行けと言われ、そのバイト代は同映画のフィルム代として提供させられたというエピソード(笑)も披露してくれた。

 

 

泉谷のミニライブは文字通り、15分ほどの短いものだったが、同映画に流れた「電光石火に銀の靴」と「翼なき野郎ども」、そして同映画に流れていない「春夏秋冬」をアンコール(!?)として披露している。「春夏秋冬」を慈しむように思いを込め、歌い、演奏した。最後に決して若くない観客に向け、自分の心の中へ呼びかけるように小さな声で歌ってくれと告げる。困難を乗り越えてもまた、困難がやってくる、それでも困難に立ち向かうもの達へ。今日ですべてが終わるさ、今日ですべてが変わる、今日ですべてがむくわれる、今日ですべてが始まるさ――という心の叫びが会場いっぱいに木霊する。

 

 

今回の復活上映は、オリジナル16mmネガからリマスターされた<オリジナルネガ・リマスター版>での上映なる。このリマスター版は2016年に石井監督、撮影の笠松則通が全面的に監修し制作されたもので、現在本作を観る上でベストな状態だという。

 

 

改めていうまでもないが、『狂い咲きサンダーロード』は2025年、現時点でも必見の映画である。そして音楽ファンへは同映画は若き日のTHE MODS(クレジットは森山達也とTHE MODS)の音楽が使用されていることを忘れてはならないというべきだろう。当時、メンバーの脱退など、活動休止中だった森山はこの映画のため、メンバーを集め、インストを含む、「う・る・さ・い」や「夜のハイウェイ」、「記憶喪失」 「Sunset Strip」、「ゆうわく」、「熱いのを一発」などを1日でレコーディングして、同映画のサントラとして提供している。

 

 

サントラとしては泉谷しげるやPANTA&HALのナンバーがメインどころに流れるが、不思議なことに彼らの歌や演奏は音や絵の隙間を抜け出し、聞くものに迫って来る。1981年6月21日にリリースされたTHE MODSのデビューアルバム『FIGHT OR FLIGHT』(当時はアナログ!)に初回プレス特典として同サントラから「う・る・さ・い」と「SHONBEN」が2曲入りソノシートとして封入された。

 

 

『狂い咲きサンダーロード』のブルーレイなどはリリースされているが、残念なことにサントラは出ていない。THE MODSだけでなく、泉谷しげるやPANTA&HALのナンバーも名曲ぞろい。1980年の先を見据えた歌と音ばかり。改めて、正式なサントラがリリースされることを密かに祈る。

 

 

その映画については、改めて説明する必要はないかもしれない。その代わり、2016年の『狂い咲きサンダーロード』のブルーレイ化&劇場再上映の際に書いた記事のリンクを貼っておく。若干、“青春プレイバック”も入っているので、こっそり読んで欲しい(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

火中の栗を拾う――か。山下達郎へフジロックに出演を要請する。フジロックの要請を山下達郎が承諾する。いずれも物議を呼びそうな“あまく危険な香り”が漂うが、要請したスマッシュも承諾した山下達郎も大人だ。いずれにしろ、それは前代未聞のエンターティンメントになることは間違いない。山下達郎が出演する「FUJI ROCK'25」の2日目(2025年7月26日<土>)の一日券は早々に売り切れ、その日のグリーンステージは大観衆で埋まる。

 

 

この日、2025年7月26日(土)は午前中は快晴だったものの、3時過ぎから苗場特有の豪雨は降り続く。彼らがグリーンステージに登場する午後7時前に雨はやみ、折からの降雨が会場にほどよい心地良さを運ぶ。こんなところも彼は持っているのだ。

 

 

ステージに登場したのは山下達郎を始め、柴田俊文(キーボード)、難波弘之(キーボード)、鳥山雄司(ギター)、伊藤広規(ベース)、小笠原拓海(ドラムス)、宮里陽太(サックス/フルート)、ハルナ(コーラス)、ENA(コーラス)、三谷泰弘(コーラス)という面々。この4月から始まった竹内まりやの11年ぶりのアリーナツアー「souvenir 2025」を支えたメンバーが勢揃い。6月に同ツアーを終えたばかり。当然の如く、息もぴったり。日本でも最高レベルの演奏者達が山下達郎のため、再集結する。

 

 

こういう手もあったのか。今年、2025年はシュガーベイブでデビューして50周年。シュガーベイブのデビューアルバム『SONGS』を山下監修の元、CDリリースした際、1994年4月26 日(火) ・27日(水)・5月1日(日)・2 日(月)に東京「中野サンプラザ」で行ったシュガーベイブのナンバーやレパートリーで構成する「TATSURO YAMASHITA Sings SUGAR BABE 」というコンサートを模したものをやるのではないかと、勝手に思っていた。同コンサートはスペシャルゲストに大貫妙子が参加しているが、この日、2025年7月26日(土)も彼女がシークレットゲストで出るのではないか。彼女の前後のコンサートスケジュールをHPなどで確認してみると、同日は空いていた。苗場の先輩(大貫は昨2024年に初出演した)である大貫との共演もあるのではないかと、密かに期待していたのだ。残念ながらそれは幻に終わったが、それを上回るサプライズが待っていた。

 

 

山下が登場するとアカペラコーラスが流れ、おそらく多重録音したものだと思うが、一瞬、ゴスペルやドゥーワップから始まるかと思ったが、ジャムセッションになる。腕に覚えありの卓抜した技を聞かす。それが暫くすると、最近、CMソングとして流れている「MOVE ON」に変わる。新曲を披露しつつもさわりだけ。同曲はCMで流す分だけしか、完成してないようだ。定番曲だけでなく、一番新しい曲も披露。いまの山下達郎をさりげなく刷り込ませる。

 

山下は“こんばんは、山下達郎です。よろしく”と短く告げ、山下が茶色のフェンダーテレキャスターを弾きだす。職人技の境地というべき、ギターのカッティングを聞かせてくれる。「SPARKLE」(1982年に発売されたアルバム『FOR YOU』収録曲。同曲は同作のオープニングナンバー。ジャケットのイラストは鈴木英人)である。山下のギターカッティング、青山純、伊藤広規の鉄壁のリズムセクション、吉田保のエンジニアリングなど、山下達郎の“芸風”を確立した代表作。それを現在のメンバー、スタッフで寸分違わず、アップデートして再現する。

 

 

山下のコンサートではオープニングに披露されることが多い。その音が流れた瞬間に聞くものを虜にする。お馴染み、いつも通りと、わかっていてもやられてしまう。通常の彼のコンサートなどにはない、巨大スクリーンにはその模様、細かいカッティングなど、演奏シーンがクローズアップされる。先の竹内まりやのツアーでもスクリーンはあったが、それが山下の手元や指先までというのは山下達郎のコンサートならではだろう。観客は総立ち(彼のコンサートでは珍しいこと)、身体はリズムを取りながらも目線はスクリーンに釘付け。なんて贅沢な時間ではないだろうか。

 

 

1982年4月5日に発売されたシングル「あまく危険な香り」を畳みかける。同曲はTBS系列の金曜ドラマ『あまく危険な香り』(出演は根津甚八、倍賞千恵子、浅野温子、岡田眞澄、陣内孝則など)の主題歌。同曲は『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA』(1982年)に収録。アッパーな「SPARKLE」からAOR風味のナンバー「あまく危険な香り」へという転換、見事な演出である。

 

 

山下は満員の観客へ“フジロック、こんばんは、山下達郎です。初めてのフジロックになります。呼んでいただいて、ありがとう。こんなに集まっていただいて、重ねて重ねて、ありがとうございます。私はおかげさまで今年デビュー50周年を迎えることができました。記念すべき50周年にフジロックに出られて嬉しいです。力いっぱい、頑張ってやります”と、メッセージする。

 

お馴染み「DONUT SONG(ドーナツ・ソング)」(1998年8月26日に発売されたアルバム『COZY』 に収録)が披露される。1996年にミスタードーナツのCMソングとして書き下ろされたもので、ドラムスはシュガーベイブ時代の盟友・上原裕がたたいている。当時、暫く音楽界を離れていた上原の復帰作になる。ニューオーリンズのセカンドラインのリズムは彼しかないと、山下は上原を見つけ出してきた。同曲の合間には大滝詠一の「ハンド・クラッピング・ルンバ」をフィーチャー、拍手・手拍子の声掛けからニューオーリンズのマルディグラ発祥の「アイコ・アイコ」の掛け声へ。山下は1994年に「TATSURO YAMASHITA Sings SUGAR BABE 」を行った時にシュガーベイブのナンバーだけでなく、大滝の「指切り」や伊藤銀次との「こぬか雨」、大瀧詠一&ココナツ・バンクの「ココナツ・ホリデー」なども披露している。山下は当時、“ナイアガラ祭り”といっていたが、「ドーナッツ・ソング」のメドレーは、まさにナイアガラ祭り。所縁を知る人には涙もののパートではないだろうか。

 

 

続いて山下の夏ソングの新定番「僕らの夏の夢」を披露する。同曲は2009年8月19日に発売された山下達郎通算44作目のシングル。細田守監督による劇場版アニメーション『サマーウォーズ』の主題歌として制作され、後にアルバム『Ray Of Hope』(2011年)に収録された。いわゆる“夏だ! 海だ! タツローだ!”とは趣を異にする山下流の夏歌。バブルな夏レジャーのBGMではなく、和の風情と青春との惜別がしっとりと歌われる。歌詞の中の“零戦”に過剰反応する方もいるかもしれないが、そこに戦意高揚などの意図はない。

 

 

山下は“何をやろうかと悩んだけど、50年間やっている、オールドスクール、懐かしいファンクミュージックをやります”と、告げて演奏したのは「SILENT SCREAMER(サイレント・スクリーマー)」(1980年『RIDE ON TIME』収録)だった。アイズリー・ブラザーズを彷彿させる山下流ポリリズム・ファンクの傑作が披露される。まず、その音、その歌に4万人が驚愕させられる。スピードとパワー、シャープでソリッドなサウンドが聞くものの心と身体を射抜く。おそらく、初めて山下達郎の音を生で聞くという方も多かったかもしれない。誰もがその衝撃に呑み込まれてしまう。

 

 

「SILENT SCREAMER(サイレント・スクリーマー」から「BOMBER (ボンバー)」(1978年『GO AHEAD! 』収録)へ。その音のみならず、吉田美奈子が書いた歌詞も東京の城北地区出身(豊島区池袋)の山下の変わりゆく東京へ怨嗟と反抗を代弁する。この曲が契機かもしれない。大阪のディスコから火が着き、山下達郎の快進撃が始まる。『GO AHEAD! 』はこれまでリリースしたアルバムのセールスが芳しくなく、これを最後にスタッフサイド、裏方に転身もやむなし、それなら思い切り好きなことを最後にやろうと好き勝手にやったものでもあった。それが思いもかけず、スマッシュ・ヒット。大阪のディスコプロモーションが奏功。山下の認知度が上がり、それが音だけでなく、本人がCMにも出演というマクセルUDカセット・テープの大型タイアップ、「RIDE ON TIME」(シングルは1980年5月1日発売。同題のアルバム『RIDE ON TIME』は1980年9月21日発売)の大ヒットに繋がる。言わば「BOMBER」は“天下取り”の足掛かりになったナンバーだ。

 

 

そんな「BOMBER」から「SILENT SCREAMER」へ再び、繋ぐ。ファンク絡みの心憎い演出。この塊は魂を滾らせ、心と身体を思い切り熱くする。懐かしいどころか、まさにいま数多の音楽ファンの全身全霊を刺激するセットではないだろうか。

そして、“シティポップ”の代名詞、竹内まりやの「PLASTIC LOVE」(作詞・作曲は竹内、編曲、プロデュースは山下達郎。1984年4月25日にリリースされた竹内のアルバム『VARIETY』収録曲)が披露される。山下自身もカヴァーしているが、先の竹内のアリーナツアーでは1番を竹内、2番を山下が歌っている。この日は途中から竹内がサプライズゲストとして登場、2番を歌った。

 

 

「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2010 in EZO」(「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2018 in EZO」にも出演)や「SWEET LOVE SHOWER2012」(「SWEET LOVE SHOWER2014」にも出演。同フェスで「PLASTIC LOVE」を歌っている)、「氣志團万博2017」など、山下がイベントに出演する際にサプライズゲストとして竹内が途中からコーラスなどに加わることがあった。この日も予感はあったものの、実際、竹内の登場にはやはり驚く。嬉しいサプライズに会場が一際、湧いた。フジロック出演という特別な場に対する敬意と愛情の表れか、粋な演出というものだろう。

 

 

竹内がコーラスに加わり、「RIDE ON TIME」が歌われる。国内最高峰のバンドの演奏と、思い出補正不要の山下の衰え知らずの至高の歌が観客の心と身体を思う存分に蹂躙していく。後日、SNSなどを見ると、この流れに涙腺決壊した方も多いようだ。フェスの定番、誰もが知るヒットソングの披露という、ヒット曲を持つものの強みか。同曲がヒットしたのは1980年、45年以上も前だが、一気に時間を超えて見せる。新たな世代には懐かしいというより、新鮮な驚きとして受け止めているようだ。時間が経つにつれ、会場の観客はさらに膨れ上がり、観客も前へと押し寄せてくる。

 

 

「アトムの子」(シングルとして1992年2月25日と1999年7月14日に発売されている。1991年6月18日に発売された通算10作目のスタジオアルバム『ARTISAN』収録)が披露される。説明不要かもしれないが、漫画家、手塚治虫へのオマージュ・ソング。彼の意志を継承していくという意味合いもあるそうだ。ある種の世代にとって、敬愛や尊敬の対象、大きな影響を受けたというものは多いはずだが、そんな世代論で輪切りすることは野暮というものか。世代や時代、性別を超え、たくさんの観客が“Fe-Fe-Feel It!”とコーラスに参加。通常のコンサートでもそんなシーンはあるが、やはり苗場で見る風景は格別なものがあるのだ。

 

 

同曲を終えると、山下達郎がアン・ルイスに提供した「恋のブギ・ウギ・トレイン」(アン・ルイスのシングルとして1979年12月20日にビクター音楽産業から発売。山下もライブでカヴァー。1989年11月1日に発売されたライブ・アルバム『JOY –TATSURO YAMASHITA LIVE–』に収録されている)が披露される。会場はファンクなナンバーの投入に大いに盛り上がる。実は、その時、その盛り上がりとともに怖さも感じていた。通路にも人が溢れ、身動き不能。他のステージを移動する観客が前に押し寄せ、規制線になっているフラッグをなぎ倒し、前に出て、中央突破を試みるものが激増する。私自身、規制線のすぐ前、通路の最前列にいたのだが、後ろから何度も押される。そして通路の奥からは“暴れないでください”と叫ぶ係員(!?)の声が聞こえる。“押さないでください”ではなく、“暴れないでください”。正直、恐ろしかった。不謹慎な話だが、大きな事故が起こる前に早くライブが終わって欲しいと思った。勝手な想像だが、「恋のブギ・ウギ・トレイン」は本来、豪雨対策で、演奏の予定がない曲かと思った。実は台風18号の影響で豪雨の「氣志團万博2017」の際に直前にセットリストを替え、近藤真彦に提供した「ハイティーン・ブギ」や「恋のブギ・ウギ・トレイン」を演奏しているが、本来は頭に持ってきて、演奏しようとしたのではないか、と、勝手に考えていた。幸い、雨は止み、同曲は後ろに回った(「騎士団万博2017」では最後の曲である「さよなら夏の日」の前に演奏された)。

 

 

山下が客席の“異常”を察知していたか、わからないが、山下は“これから本格的な夏ですけど、一足早い夏の終わりの歌を”と告げ、その「さよなら夏の日」(1991年6月18日に発売されたアルバム『ARTISAN』に収録。同アルバムの先行シングルとして、1991年5月10日リリース)が歌われる。同曲は山下が高校時代にガールフレンドと地元の遊園地(2020年8月閉園した東京都練馬区の「としまえん」)に行った時の思い出を歌にしたもの。“夏だ!海だ! タツローだ!”とは違う、山下の夏の新定番。その歌は荒ぶる心を鎮めるかのようだ。同曲が鎮静剤として作用したのか、当然だが、暴動などは起こらなかった。山下は約70分のステージを見事に締めくくる。

 

 

終演後、グリーンステージから移動する際に観客は声を掛け合い、無理に移動せず、その場に立ち留まる、興奮した気分を鎮めようと冗談を言い合う、通路の状況を情報交換するなど、落ちついた行動や言動を取っていたことが印象に残る。場所取りの地蔵が出現したなど、嫌味たらしく、SNSに書き込むものもあったが、ほとんどが圧倒的な称賛と激励の嵐。会場を見る限り(山下のステージは配信されていない。SNSに上がった動画も次々に消されているなど、徹底している)、山下達郎の音楽を必要としている人がいかに多いか、可視化してみせた。

 

 

スマッシュには山下達郎に出演の承諾を得た時点で、“シティポップ絵巻”――シティポップを総括するみたいな思惑があったかもしれない。25日(金)にトリプルファイヤー(「RIDE ON TIME」をカヴァー)、KIRINJI、Vaundy、Suchmos 、26日(土)にSTUTS、VULFPECK、Night Tempo(「Plastic Love <Night Tempo 100% Pure Remastered>」をプレイ)、GINGER ROOT……など、強引にこじつけるならば“シティポップ”の揃い踏み。特に交流や影響はないかもしれない(勿論、なかには交流も影響もあるだろう)。そこに順位や優劣などは付けられないが、やはり山下達郎は、どこか、図抜けている。70分という彼にしては短い時間の中、濃縮還元、いまの山下達郎を余すところなく見せた。あれも聞きたい、これも聞きたいといったら切りはないが、野外で見る山下達郎は別の魅力がある。同時に敢えてスタジアムやアリーナクラスの会場でライブを行わないことを貫いているが、フェスくらいならもっと出てもいいのではないだろうか。

 

 

山下はステージを去る際に“また呼んでいただければやりたいと思います”と告げている。本音か、リップサービスか、わからないが、ひょっとしたら「夏だ! 苗場だ! タツローだ!」という夏がまた、来るかもしれない。来年の夏はどうなるか、わからないが、まずはこの10月、秋から冬にかけて山下達郎のツアー「PERFORMANCE 2025」(11都市26公演)が始まる。苗場のフジロックで山下達郎を見た気にならないでいただきたい。その世界はもっと奥が深いのだ。