Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

Jポップスの黄金時代は80年代から始まった。

そんな時代を活写した幻の音楽雑誌『MUSIC STEADY』をネットで再現します。

 

先週末、10月3日(土)は東京・渋谷「LINE CUBE SHIBUYA」で「パール兄弟40周年 未来はパール2026」を心から堪能する。彼らは2年前、2024 年に「ROAD to KINGDOM 〜目指せ、渋公3か年プロジェクト〜」をスタートさせたが、ようやくこの日、無事にゴールを迎えた。パール兄弟は1988年3月22日(リヴォルーション・ツアー'88”)、1989年6月5日(“TOYVOXツアー”) 1990年6月26日(コンサート・ツアー“プルプル大作戦”の初日に窪田晴男がこのツアーをもってパール兄弟を勘当<脱退>することが発表される)、1992年4月(歌手のイルカをゲストに“イルカショー”)など、渋谷公会堂でのコンサートを度々、開催している。当時、同所はパール兄弟にとって“HOME”だったのだ。

 

 

ただ、あれから30年以上経っている。途中にメンバーの入れ替え、活動休止などもあった。2003年に窪田晴男が復活し、再始動するが、“HOME”は“AWAY”になっていた。渋谷「クラブクアトロ」や原宿「クロコダイル」など、ライブハウスが彼らの“HOME”になる。事業規模の縮小などではない、渋谷を舞台にしたパール兄弟の歌と音は渋谷のライブハウスが嵌り、場が作るモードとともに新たな物語をみせてくれている。いつも超満員で、おしくら饅頭状態は窮屈に感じ、オールスタンディングだと足腰にくるが、決して嫌な疲れではない。適正規模――そのほどよさが心地良かった。かつて『六本木島』(1990年)というアルバムを出したパール兄弟がこの2月27日(金)に「Billboard Live TOKYO」(住所は港区赤坂、最寄り駅は六本木)に出演、彼らのライブを見たが、その歌と音が見事に嵌まる。バブル時代の六本木を思い出した。改めて彼らが都市の現在・過去・未来を歌っていたことを再確認する。

 

 

「ROAD to KINGDOM 〜目指せ、渋公3か年プロジェクト〜」を宣言した際、あまりに唐突に感じた。小室哲哉との共演など、別に“Jポップ”の荒波に巻き込まれることなく、唯我独尊の活動でいいのではないかとも思った。実際、小室がゲスト出演し、共演した昨2025年11月12日(水)の渋谷クラブクアトロ公演でTM NETWORKの「Get Wild」、「Self Control」、小室がレコーディングに参加したパール兄弟の「RUN-NEW バックステージ」」などを聞くと、まったく違和感がない。実際、TM NETWORK の同曲のギターは特にクレジットされていないが、窪田晴男が弾いているという(小室は彼の弾くギターのイントロでTM NETWORKの新たな視界が開いたという。その恩返しで共演したそうだ)。水と油と思っていたが、心地良いマリアージュを味合わせてくれる。同時にパール兄弟のメンバーのJポップへの“貢献”を噛みしめることになる。変なえぐみがないのは驚きだ。

 

 

この日は渋谷公会堂、スペシャル・ゲストにアニソンの女王と言われる水樹奈々(松永俊弥が長年、彼女のバッキングを務めていて、その縁で参加した)、ゲストに⼿塚眞(舞台総覧)、リーマンズ(ラッキィ池⽥、かとうけんそう、中嶋勇⼆、齊籐眞紀、林茂助、朝⽇太⼀)、そしてダンサー、振付の⾹瑠⿎という豪華な面々(+ペーソスの米内山尚人がギター他でサポート)がサエキけんぞう(Vo)、窪田晴男(G)、バカボン鈴木(B)、松永俊弥(Dr)という4人を支える。

 

 

いまのパール兄弟が渋谷公会堂にどれだけの人を集めるか――そんな興味を持って、見届けてやろうという心構えで来た方も少なくないだろう。数字がすべてを物語るわけではないが、質は当然として量にも拘りたくなるもの。会場に入ると、リアルタイムの同世代組(当然、高齢者!)だけでなく、伝説を追体験したいという後追い組(若年といいつつも中高年!)が駆け付け、席を占拠する。2階席は満席でないものの、ほとんど埋まっている。30年ぶりの渋谷公会堂にこれだけ人が集まるのは奇跡的ではあるが、彼らが3年をかけ、全国を回りながら宣伝活動をした成果だろう。2024年10月4日(金)、大阪・福島のライブハウス「THIRD STONE Fukushima」で元サディスティック・ミカ・バンド、サディスティックス、イミテーションの今井裕がゲスト出演した二人パール兄弟(サエキけんぞう+窪田晴男)のライブを見ているが、そこでも宣伝活動に余念がなかった。いい意味でその一生懸命さを間近で見れば、誰もが足を運ばずにはいられないだろう。

 

 

この日のステージ、開演時間の17時過ぎ、かとうけんそうの“影ナレ”から始まる。5分後、サイレンが鳴り響き、照明が当たると、そこにはデビッド・バーンを彷彿させるダブダブサイズのスーツを纏ったサエキけんぞうがいた。舞台には発砲スチロールと思しき、“落とし”や、“崩し”に使用するオブジェが雑然と建てかけられていた。「鉄カブトの女」をリーマンズの狂喜乱舞とともに披露する。いきなり会場はヒートアップ(死語!)。同曲を始め、「しがらみクラブ」、「歩きラブ」など、新旧の名曲を初っ端から繰り出す。予め、ネタバレになるが、ライブ後のXを見たらセットリストが掲載されていた。この日のコンサートはどうやら3部制で、第一部は「崩壊→復興」、第二部は「バブル」、第三部は「未来」とある。各部のテーマにリンクする形で選曲されているようだ。かとうけんそうの影ナレは各部の頭にも入る。これが絶品だった。彼は影ナレだけに影のMVP(勿論、リーマンズでも大暴れ!)だろう。

 

 

第二部では水樹奈々が登場する。流石、人気者。会場が沸き立つ。パール兄弟と水樹奈々のファンがその共演を心の底から喜んでいるのを感じる。きっと、双方のファンはこんな共演を夢想していたのではないだろうか。それが現実のものになる。

 

 

水樹は、自らのブログでも「勇気と希望をいただきました」と、その日の感想を書いているが、持ち歌を1、2曲、歌いにきましたというゲストではなく、第二部のテーマである「バブル」に相応しい選曲と立ち居振る舞いを持って参加。かの時代を彷彿させる豪華絢爛ぶりをそのパフォーマンスで見せつける。水樹は「COSMIC LOVE」を披露。同曲は水樹がヒロインとして出演している2008年放送のテレビアニメ『ロザリオとバンパイア』のオープニングテーマ。当時、タワーレコードのナビゲーターが大絶賛している。“同時点の水樹曲中で、もっともおしゃれなナンバーとして人気の高い、まるでピチカート・ファイブのナンバー”と評している。その言葉に嘘はなく、アニソンがピカート・ファイブへ。見事なメタモルフォーゼ。続いてサエキのリクエストで美空ひばりの「真赤な太陽」を歌う。お嬢感をばらまく。そしてパール兄弟の「江戸時代の恋人たち」では水樹がサエキとデュエットしている。後述するが、彼女はアンコールにも登場。さらに2曲も歌っている。水樹が華やかさと雅さをステージに加える。90年代バブルは何処か。まさにここにあった。そういえば9月30日(水)に渋谷のランドマーク「西武」が閉店になっている。なんというタイミング。私達は渋谷公園通りを上り、渋谷の栄枯盛衰の物語りを体感する。第二部はバカボン鈴木の華麗なるスティックソロにキング・クリムゾンがひょっこり顔を出し、⾹瑠⿎が見事に舞い踊り、「ヨーコ分解」で絞める。

 

 

そして第三部は「未来」である。パール兄弟といえば“未来はパール”。サエキはウィリアム・ギブソンも憧れたサイバーパンクシティ、千葉出身でもある。少年ホームランズやハルメンズ時代は総武線を“SOUL TRAIN”を模して“SOUBU TRAIN”と呼び、そこから“SOUB SOUND”と名付ける。かつて“チャイバウエイブ”や“チャイバサウンド”なる言葉も生んでいる。チャイバウェイブを牽引したSOUBU TRAINの覇者・サエキけんぞうはニューウェイブからサイバーパンクへと舵を切り、パール兄弟ではひりひりするような名曲を量産。この日も「TRON岬」や「TOY VOX」などを披露する。サエキは水玉(泡!?)が身体を覆う、『美女と液体人間』など、東宝特撮映画のような衣装を纏う。ジェネシス時代のピーター・ガブリエルにも似ている。懐かしい未来へ一飛びだ。同曲に続き、懐かしい未来の青春ソング「青いキングダム」の観客の涙腺を刺激する。とりわけ、窪田晴男の流麗なギターが感情を優しく撫で、心地良くくすぐる。この日に限らず、随所で彼の凄味を体感する。その音をアップデートし、常に最先端の頂へとパール兄弟を誘う。「青いキングダム」はパール兄弟には珍しい、わかり易い歌詞に美メロ満載という名曲に涙の堤防決壊するもの多し(想像!)。

 

 

サエキは“サンキュー、渋谷!”と叫び、会場に“タオルを回す準備はできた!?”と呼びかけ、小室哲哉さんと作ったという「RUN-NEW バックステージ」が始まる。タオルをぐるぐるさせながら中高年が盛り上がる様は圧巻だ。渋谷公会堂は大人の社交場と化す。後半の“オヨーヨー”なポリス乗りも懐かしく、嬉しくなる。

 

 

同曲に続き、サエキが“マツダファミリアのCMソング”と紹介して、「色以下」を演奏する。レコード会社の企業努力に楽曲の魅力が相まって、あの時代、しっかりと大企業のタイアップが取れている。そんなメジャーなバンドであることに改めて気づく。

 

 

『六本木島』に収録された「プルプル通り」を畳みかけ、サエキは“物足りない。もっと乗ってみたくない。コンプライアンスから抜け出したい”と叫び、“最後にみんなでやりたいと思います”と告げる。ステージには水樹奈々やリーマンズ、⾹瑠⿎などが“全員集合!”。恋のエロチカ大作戦の始まり、「快楽の季節」が投下されると、会場は“気持ちいいねー、俺たち”状態へ。乗り乗りだ。ステージにいる手塚眞を始め、リーマンズも老体に鞭打ち、悪ふざけのように弾けまくる。パール兄弟が豪華ゲストと繰り広げる“大人の文化祭”は、まさにエンタメとアートのいいとこ取りだ。服を破いたり、脱がしたり、オブジェが崩れ、球やブロックが落ちたり、流石、手塚眞の舞台総覧は渋谷公会堂だけに舞台演出にドリフ風味もある。毎週土曜日にテレビで見ていた世代にはたまらいものがあるだろう。脳天と胸と腰を直撃する。

 

 

19時15分にメンバーがステージに消えると、当然、アンコールを求める拍手が巻き起こる。数分後、パール兄弟(いや、パール一家かもしれない!)が嬉しそうにステージに帰って来る。

 

 

アンコールの1曲目(!)は水樹とサエキのデュエットで、一緒にレコーディングした「ぬくもり列車」が堂々、披露される。かつて『PEARLTRON』(1987年)に収録された「ケンタッキーの白い女」というロカビリー&カントリー風味の名曲があるが、同曲を彷彿させるカントリーテイストの名曲で、より牧歌感が加わる。ステージのスクリーンには同曲の映像が流れたが、“銀河鉄道”っぽさもある。列車は千葉の養老渓谷や大多喜などへ向かう小湊鉄道(もしくはいすみ鉄道。いずれにしろ、一日も早い復旧を祈る!)の車窓の風景に思えるが、未確認なので、ご存知の方はこっそりとお教えてもらいたい。わかったらあとでこっそりと直す。しかし、敢えてアニソン風にしないところが冴えている。同曲を終えると、アンコールの2曲目は彼女もそのまま、オールスターメンバーで最後の決め(締め)のに不朽のラブソング「バカヤロウは愛の言葉」が大合唱される。圧巻の一言だ。同曲を終えると、記念撮影など、ステージにぐだぐだと(笑)、残っていたが、その気持ちはわかる。メンバーは19時35分にステージから消えた。

 

 

2時間30分の熱演(三部構成ながら休憩はなし。椅子があることのありがたみをまず再確認)に思わずパール兄弟の集大成と叫びたくなるが、そうではなく通過点、折り返し地点といいたくなる。この日のライブから様々な可能性の萌芽を見る。兄弟たちは還暦を過ぎ、古希に足をつっこむところ(バカボンはもう古希である!)だが、まだまだ、伸びしろがたんまりとある。同時に戦略次第では、こんな奇妙なバンドが天下を取る余地がある。41周年のさらなる進化と深化に期待である。楽しみでならない。

 

 

サエキけんぞうはこの9月4日の毎日新聞夕刊の取材で「ただの年寄りバンドではない。現在進行形のバンドであることを示したい」と語っている。その言葉を改めて、再確認することになった。新作の発表や新たなライブなども当日、発表されている。2027年3月には東名阪のクアトロツアー<「ありがとう40周年 パール兄弟 東名阪クアトロツアー2027(仮)」>を行う。会場で来場者限定で21時から先行予約がスタートしている。東京公演にはKIRINJIが出演する。

 

 

 

また、この日のライブは10月10日(土)12時からアーカイブ配信することが決定している。見逃さないでほしい。URLは以下になる。

 

https://eplus.jp/sf/detail/1846060002?P6=001&P1=0402&P59=1

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2023年7月7日にPANTAが星になって、3年が経つ。もう3年なのか、まだ、3年なのか、わからないが、いまだに喪失感はなくならない。こんな時代に彼がいればどんな言葉を発し、どんな音を紡ぐか、つい考えてしまう。

今年も7月7日(火)に“七夕忌” が行われた。今年から会場は東京「渋谷ラママ(La.mama)になった。“催事”の正式名称は『PANTA四回忌追善公演「七夕忌」』になる。会場は立錐の余地もない、満員御礼状態。会場が狭すぎたかもしれないが、やはり、この日はこの場所に誰もが駆けつけたかったのだろう。会場の入り口には渡辺えりの花も出ていた。出演者は今年も彼に縁あるものが揃い、思いと愛しさと悼みの籠った“熱演”が繰り広げられる。そこには、3年の間に生まれ、育ったものもお披露目される。PANTAは不在ながらその仲間が彼の思いを引き継ぎ、2026年に新たに届けられたものがたくさんあった。

 

 

この日、最初に演奏をしたアップアップガールズ(2)の鍛治島彩はPANTAに導かれ、ロックバンド「KAJI ROCK」を結成している。アイドルからロッカーとして生きようと覚悟する。彼によって、鍛冶島はいい意味で人生を180度(か、わからないが、90度以上だろう。とりあせず360度ではない!)変えられた。PANTAのメッセージやアティテュードは人に多大な影響を及ぼす。

 

 

新生・頭脳警察をPANTAとともに立ち上げ、彼の晩年を支えたプロデューサーの田原章雄が司会・進行を務め、彼は作家の伊東潤を呼び出した。伊東はPANTAに「氷川丸の小説を書いてほしい」という要請を受け、『海峡の女神』を書きあげている。PANTAの母親は病院船「氷川丸」にペナン島から看護師として乗船している。この8月19日に光文社から新刊として刊行されるという。

 

 

▲トーキョーキラー

 

次のトーキョーキラーはPANTAの地元・所沢の「MOJO」や「渋谷ラママ」でも度々、共演、彼の秘蔵っ子とでもいうべきギタリスト、kemeが率いるロックバンドである。PANTAや頭脳警察のロックンロールを新しい世代に引き継ぐ。鮮烈で切れ味するどい音の塊は懐古や郷愁ではなく、いまという時代をしっかりと照射する。

 

 

▲PANTAから仲野茂に贈られた

ヘルメット

 

▲仲野茂バンド

 

 

仲野茂バンドはPANTAが仲野のために歌詞を書下ろし、それをレコーディングしたアルバム『に』に収録された「穴の空きまくりアナーキー」、「太陽」、「泣くんじゃねえ」を畳みかける。ステージには仲野茂がPANTAから形見分けとして生前に貰ったバイクのヘルメットが飾ってある。その風景をバックに歌詞にカワサキやスズキなどがある「穴の開きまくりアナーキー」が歌われる。同曲は仲野に当て書きしたもので、その歌詞を貰った時、仲野は“穴の開きまくりアナーキーだから、俺が曲をつけるしかないじゃん”と語っている。仲野茂を始め、下山淳、岡本雅彦、梶浦雅弘、竹内理恵はPANTAへの思いを込め、それを1枚のアルバム『に』を結実させ、それを彼へ捧げた。彼らはPANTAの新しい歌を私達に届けてくれるのだ。ちなみにこの日、下山のギターストラップが切れてしまうというハプニングがあったが、仲野は“PANTAが来ている。いたずらをしたんだよ”と嬉しそうに話す。

 

▲アキマツネオ

 

ステージにはPANTAの盟友というべき、アキマツネオが頭脳警察を率いて登場する。“コンサートの最後にやりそうな曲を選んでしまった”と、自嘲気味に話し、「万物流転」、「オリオン頌歌第2章」を披露する。この時にもハプニングが起きる。アキマ自身、何度もそれらの曲を歌っているはずだが、途中で歌詞につまり、歌えなくなる。譜面が途中から入れ子になって、順番が狂ってしまったようだ。アキマも“PANTAのいたずらだと”叫ぶ。「万物流転」は最初から歌い直し、2度目の披露になるが、観客にとっては嬉しいハプニングだろう。

 

▲うじきつよし

 

アキマに続き、うじきつよしが登場する。いままさに聞くべき、日本の生命線であるオイルロード「マラッカ」を歌った同曲をPANTAへの思いに、エロティシズムとプロテストをぶち込み、観客に放つ。会場の熱が一際、高くなるのを感じる。うじきはバンド活動だけでなく、ユイットやソロで全国をツアーして回っているが、その際、PANTAの歌を歌っているという。それを聞いて、喜んでいる人がたくさんいることを報告する。観客も嬉しそうに頷き、歓声と拍手を送る。うじきは一人ではない、たくさんの人達が彼のメッセージを受け取っている。きっと、それを歌う度に実感しているはず。だから全国を回れる。

 

 

▲(写真左端)宮地大介

 

 

PANTAは2022年10月に上演された深作組(深作健太)の『オルレアンの少女-ジャンヌ・ダルク-』大阪公演に出演しているが、そのPANTAの最後の舞台で共演した宮地大介が詩を朗読する。同朗読は「アメリカよ〜時代はサーカスの象にのって」というメドレーにして届けられる。

 

 

「時代はサーカスの象にのって」は1969年、渋谷・並木橋にオープンした「天井桟敷館」のこけら落としとして地下小劇場で上演された寺山修司の戯曲で、ベトナム戦争の時代を背景に8つのストーリーが展開され、アメリカへの憧憬と反発などが描かれる。

 

2002年、高取英の月蝕歌劇団による『時代はサーカスの象にのって』のミュージカル化にあたり、PANTAが「時代はサーカスの象にのって」の作曲を担当した(作詞は寺山修司と高取英)。その後、2008年に頭脳警察のシングル「時代はサーカスの象にのって」としてリリースされ、2013年のアルバム『暗転』にも収録された。

 

煽情的な宮地の朗読の後、うじきが「時代はサーカスの象にのって」を歌い繋ぐ。寺山など、演劇空間との融合、これも頭脳警察ならではだろう。PANTAは宮地との共演舞台で、「さようなら世界夫人よ」を歌っている。

 

▲頭脳警察

 

うじきに続き、TOSHIを始め、澤竜二、宮田岳、樋口素之助、竹内理恵、おおくぼけいという頭脳警察のメンバーが改めてステージに登場する。彼らはPANTAのヴァーカルパートをメンバーで振り分け、各々、その歌声を聞かせる。そこにPANTAの歌はないが、「銃をとれ」や「ふざけるんじゃねえよ」など、希代の名曲が新しい佇まいで披露される。

「ハイエナ」は1973年に発売された頭脳警察の5枚目のオリジナル・アルバム『仮面劇のヒーローを告訴しろ』に収録された名曲で、近年では和製レアグルーヴとして再評価が著しい楽曲だが、同曲をJagatara2020のメンバーでもある宮田岳によってトライバルでファンキーな意匠が施される。このメンバーでなければできないファンクネスを醸し、新たな光と輝きを放つ。最後はPANTAのファーストアルバム『PANTAX’S WORLD』(1976年)に収録された希代の名曲「マーラーズ・パーラー」を新生・頭脳警察が自分達の十八番として高らかに歌い、この日の演奏を締める。

 

▲PANTA WITH 頭脳警察

 

メンバーはステージから消えるが、アンコールを求める拍手と歓声はやまず、それにこたえる形でメンバーがステージに上がる。ステージのスクリーンにはPANTAの歌う姿が映し出される。メンバーはその歌に演奏を付ける。頭脳警察のメンバーの勢揃いだ。「絶景かな」がPANTAの歌に合わせ、合奏される。PANTAとの再会に会場が沸き立つと同時にこれまでこらえていた人達の頬に涙がこぼれる。この日、この場にいる、メンバーやゲストミュージシャン、スタッフ、オーディエンスなど……立場や環境、歴史は違えど、その思いは同じ。それぞれの人達の涙腺の決壊である。まさにPANTAが見せてくれた“絶景”だろう。

 

 

PANTA不在で頭脳警察の歌が歌われることにいろいろ毀誉褒貶があるらしい。田原は、それらの雑音を振り払うように“TOSHIがいる限り、俺達は頭脳警察だ”と叫ぶ。生前、PANTAが言った言葉が駆け巡る。「歌は死なない」と、かつて、言っている。この日、私達はその歌が歌い継がれ、同時に新しい力によって、芽吹き、成長をしていることを目の当たりにする。彼の言葉に間違いはない。また、来年、2027年7月7日に集まろう。PANTAが待っている。

なお、PANTAの四回忌、七夕忌公演は渋谷ラママにて18時開演。平日開催でご来場いただけない全国のファンの皆様に今回は配信をしている。

 

 

https://premier.twitcasting.tv/c:shibuya.../shopcart/438169

 

 

 

 

是非ご覧いただきたい。

 

 

https://x.com/pantazkofficial/status/2075252017036185856

 

 

 

 

 

 

 

 

『PANTA四回忌追善公演「七夕忌」』2026年7月7日(月)東京「渋谷La.mama」セットリスト

 

●KAJIROCK

恋したキョンシー君に夢中

カンフーUFO

幸運序曲

 

●トーキョーキラー

サーフスナイパー

マウント

真夜中のマリア

ハヤブサ

 

●仲野茂バンド

穴の空きまくりアナーキー

太陽

泣くんじゃねえ

 

●アキマツネオ

万物流転

オリオン頌歌第2章

 

●うじきつよし

マラッカ

アメリカよ〜時代はサーカスの象にのって

 

●頭脳警察

銃をとれ

ふざけるんじゃねえよ

風の旅団

ハイエナ

光輝く少女よ

マーラーズパーラー

 

EC

PANTA映像

 

絶景かな

▲(写真左から)和久井光司、稀月真皓、根本久子、川原伸司、平松加奈、

小川美潮、spicy-marico、窪田晴男

 

 

別に1980年代に戻り、懐かしい気分に浸りたいわけではないが、このところの“ストリート・キングダム祭り”か、“80年代の音楽”の“現在”を目の当たりにする機会が増えた。音楽以外でもドラマや映画なども80年代を売りにするものが多くなった気がする。懐古と郷愁を主題にするには、丁度いい時代なのかもしれない。三谷幸喜は昨2025年10月1日(水)から自らの脚本、主演は菅田将暉、共演は二階堂ふみ、神木隆之介、浜辺美波という豪華布陣で新・水10ドラマ『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』(フジテレビ系)を作っている。同作は1984年の渋谷を舞台にした青春群像劇で、三谷の半自伝的要素を含む完全オリジナルストーリー。バブル前夜の渋谷を舞台に野心に燃えた演劇人が群雄割拠する。同時代の渋谷百軒店商店街を完全再現したオープンセットも話題になった。

 

 

また、2026年1月14日から3月25日まで同じくフジテレビ系「水曜10時枠の連続ドラマ」枠で放送された『ラムネモンキー』(主演は反町隆史、大森南朋、津田健次郎)は2026年を舞台にした現代劇にも関わらず、実年齢51歳の主人公3人の中学生時代(1988年8月21日 - 1989年3月24日)がしきりに描かれ、物語の鍵になっている。主人公の3人は神奈川県丹辺市立丹辺中学校の映画研究部仲間で、カンフー映画『ラムネモンキー 炭酸拳』を制作していた。ユン(反町)、チェン(大森)、キンポ―(津田)の3人のニックネームはユン・ピョウ、ジャッキー・チェン、サモ・ハン・キンポーが由来で、映画作中の役名でもある。また、ヒロインの丹辺中学校の臨時教員・映画研究部の顧問のニックネームの「マチルダ」は『機動戦士ガンダム』のマチルダ・アジャンが由来になっている。カンフー映画(ブルース・リーの『燃えよドラゴン』の公開は1973年だった)や『機動戦士ガンダム』(最初のテレビ放送は1979年4月7日 - 1980年1月26日。映画公開は1981年3月14日)、『未知との遭遇』(スティーヴン・スピルバーグ監督作品。1977年11月16日米国公開。日本での公開は1978年2月25日)、レンタルビデオショップ、レトロ珈琲店、マイケル・ジャクソン東京ドーム公演……など、80年代を喚起するものが随所に溢れる。

 

 

上記の2作品、我慢(!?)して見続けたが、正直、ピンと来るものはなかった。ところどころは楽しめたが、連続ドラマとして見ていると、じれったかった。あまり懐古や郷愁に興味がないからかもしれないが、時代を超え、現代の作品や催事として発表する――おそらく、そんな矜持はあったはずだが、私の心や身体を振るわせることはなかった。残念である。特に『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』の舞台の渋谷はかつて私が通っていた会社が道玄坂を登った大坂上や246沿いの桜が丘町にあったため、通い慣れたところでもあった。『ラムネモンキー』は主演3人に大森南朋(井出靖のミリオンで見たが、格好良かった。それ以前に私は彼のNHK初主演作『ハゲタカ』を愛している)、そして脚本は古沢良太だった。ドラマ『相棒』シリーズや映画『探偵はBARにいる』シリーズを手掛けていただけに期待していたが、ちゃんとお付き合いできず、申し訳ない。この12月に公開される「探偵はBARにいる」シリーズ最新作『BYE BYE LOVE 探偵はBARにいる』に期待している。

 

▲(写真左から)平松加奈、小川美潮

 

と、長々と前振りをしてしまったが、和久井光司がこのところ、仕掛けるシリーズイベントは再発見がありつつ、刺激的な風景を見せてくれる。温故知新だけではなく、温故革新する。そこには更新、変革した新しい体験があったのだ。

 

多分、同シリーズ初体験は昨2025年11月1日(土)、原宿クロコダイル(定期開催場所!)で行われた東京暮色(和久井光司・窪田晴男・根本久子・spicy-marico・平松加奈)が、小川美潮(exチャクラ)と、川原伸司(ビクターでチャクラのA&Rを担当)をゲストに迎えるスペシャル・ショウだった。和久井は同イベントを“東京ニュー・ウェイヴ45周年を祝す一夜限りのメニュー”と紹介している。和久井は1958年10月2日、東京・渋谷で生まれ、横浜で育つ。1980年にスクリーンを結成。スクリーンは翌1981年、自身のレーベル、スマート・ルッキンからアルバム『ペルソナ/仮面』でデビューしている。1980、81年を起点に45周年とは素晴らしい思い付きだ。“東京ロッカーズ”を端緒に始まり、活性化した東京のニュー・ウェイヴ・ムーブメントも45年か、と、改めて思う。それが再び、徐々にだが、脚光を浴びる。勿論、”ストリート・キングダム祭り”も関係あるが、和久井はちゃんと先んじている。流石、和久井光司である。

 

 

チャクラを初めて聞いた時、奇想天外で驚天動地、その珍妙な音に驚いたものだが、逆説的な言い方になるが、ちょっと、パンクやニュー・ウェイブの枠を外し、日本の大衆音楽史という観点から遠目にみると、違和感がないかもしれない。むしろ、そんな姿勢がニュー・ウェイヴ的と言えるだろう。多分、彼らのデビューアルバム『CHAKRA』(1980年に日本ビクターから発売)は川原伸司から貰ったはずだ。

 

 

川原は杉真理や竹内まりやを見つけ出し、後に井上陽水の「少年時代」や松田聖子の「瑠璃色の地球」の作者と知られる平井夏美と同一人物である。彼が杉真理のレッドストライプスを手掛けていた当時は同一人物とは知らなかった。実は1983年に『MUSIC STEADY』で杉真理の“徹底研究”をやった時、杉真理&レッド・ストラプスのアルバムにソングライターとして参加していた平井夏美を電話取材している。その連絡先を聞いたのが川原で、彼から平井は電話での取材しか、うけつけないと言われた。私は同一人物とは気づかず、川原に電話して彼に平井のことを聞いていた。いまならおまぬけな話だ(笑)。

 

 

チャクラはナベプロ出身だが、いわゆる芸能セクションではなく、ノンストップという音楽セクションに所属していた。ナベプロが関わる芸能番組に出演しつつ、自由奔放にその音楽を紡いでいた。同時代は過渡期でもあったのだ。いわゆる頑なパンク精神に囚われず、自由気まま、好きなことをやる、なんでもありであった。小川美潮、板倉文、近藤達郎という音楽自由人がいたからなし得たことではないだろうか。勿論、そこには福岡智彦や藤井和貴という、後にイベント“サイケデリック物理学”を開催した会社内自由人の暗躍も見逃せない。福岡は1986年にエピックからリリースされたコンピレーションアルバム『別天地』を制作している。日本のニュー・ウェイヴ史に残る名盤だろう。当時新進気鋭だった5人のアーティスト達――板倉文(キリング・タイム)、小西康陽(ピチカート・ファイヴ、ヤング・オデオン)、重藤功(デイト・オブ・バース)、バナナ(EP-4、UPLM)、そして和久井光司(スクリーン)による録り下ろし音源を2曲ずつ収録。太田裕美、中西俊夫、福岡ユタカなどがゲスト参加している。

 

 

当日も同アルバムの話が出ていたが、この日の白眉はやはりチャクラの「福の種」だろう。和久井はライブの数日前にFBに同曲をアップして“45年前のチャクラである。衝撃だった。日本で欧米の真似ではない“ニュー・ウェイヴ”をやることの意味を、こんなに明確に示した曲はこれ以前にも以後にもない。翌年スクリーンでデビューする私も、ビブラトーンズでデビューする窪田晴男も、板倉文と小川美潮は凄いと思ったのだ、まったく別のところで。”と書いている。

改めて「福の種」の破壊力を知ることになる。同イベントを契機に川原や小川は和久井のライブの常連となり、スペシャルゲストとして度々、飛び入りしている。和久井のイベント以外にもあちらこちらでチャクラの種まきの成果にぶち当たることになる。そのことについては別のエントリーで近々、紹介するつもり。暫く、お待ちいただきたい。

 

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和久井の東京ニュー・ウェイヴを巡るイベントは続く。2025年12月26日(金)原宿「 クロコダイル」で東京暮色(和久井光司・窪田晴男・根本久子・spicy-marico・平松加奈) with 川原伸司の「歳末大売り出し」は、ゲストに金津ヒロシ(プラチナ・キット/ポータプル・ロック)、オープニング・アクトに詩人の稀月真皓という布陣である。金津ヒロシは、東京ニュー・ウェイヴ界隈では知る人ぞ知るミュージシャンではないだろうか。私自身、彼メインのライブを見た記憶はないが、赤城忠治や久保田慎吾、手塚眞(金津は”星くず兄弟”にもスターダストブラザーズのマネージャー役で出演!)、野宮真貴などのイベントでは必ず見かける。随分前だが、手塚の“星くず兄弟”のイベントで見た赤城忠治と金津ヒロシの絡みは絶品だった。和久井は“東京ニュー・ウェイヴ界きってのオシャレな色男 である”と断言する。そんな男をさり気なく推すところが和久井ならではだろう。

 

 

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▲(写真左から)和久井光司、さいとういんこ、平松加奈、

一色進、spicy-marico、窪田晴男

 

▲(写真左から)和久井光司、根本久子、平松加奈、

さいとういんこ、spicy-marico、窪田晴男(写真中央)

一色進

 

 

 

今年の4月1日(水)は“エイプリフール(4月バカ)”に相応しい、東京ニュー・ウェイヴ界の“ジョーカー”を、お馴染み、原宿「 クロコダイル」に呼んでくれた。東京暮色(和久井光司・窪田晴男・根本久子・spicy-marico・平松加奈) がお届けする「Tokyo April Fool 2026」は、それに最も相応しいゲストとして、一色進(シネマ、タイツ、ジャック達、13<ワンサン> ほか)を迎えて、笑いとペーソスが効いた唯一無二のロック・ショウになると宣言。その言葉には嘘はなく、切れのいい演奏とダルな歌声を難解な歌詞と難度高めの曲に乗せ、披露する。和久井や窪田は一色の曲は難しいと嘆くというか、文句を言いつつ、知恵の輪やジグソーパズルを解くように挑んでみせる。この辺はパンクの思い込みや勢いだけでは成立しない、確かな演奏技術と高度な音楽理論、ニュー・ウェイヴ以降のテクノロジーの変化にも対応してみせる。和久井は一色のことを“我々の師匠。生きてるうちにライブをいっぱいやろう”と語った。

 

 

一色はウォッカコリンズの「Automatic Pilot」を歌い、タイツのアルバム『スラッピィ・スティッキー』(1997年)から「モンキー・ロリータ」、『ハード・ボイルド・アルバム』(1994年)から「君の中のヘヴン」、『ラジオ・デリカテッセン』(1988年)から「棘 (A Song For U.W.F.)」、『ゲット・カルト』(1992年)から「僕はここにいるよ」など、タイツの80年代、90年代の名曲を披露する。

 

この日は何故か、元タンゴ・ヨーロッパの斉藤美和子(現・詩人のさいとういんこ)も飛び入り出演。彼女は東京暮色で「金曜日の天使」(近田春夫&ビブラトーンズ)、暮色+一色のアンコールでタイツの「ハロウィン」(『ラジオ・デリカテッセン』収録)を歌った。

 

 

こんな飛び入りがあるのも和久井光司らしい。飛び入りといいつつも単なる顔見世興行ではなく、ちゃんと、それぞれがそこにいることに意味がある。和久井や一色の人を惹きつける力を再確認。引力魔人か。牛に惹かれて原宿詣ではやめられない。

 

 

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▲(写真左から)藤原マヒト、和久井光司、平松加奈、ちわきまゆみ、根本久子、

spicy-marico、窪田晴男、なお、写真には写っていないが、後ろには根本の代わりに

伴慶充がサポートとしてドラムを叩いている

▲上記写真の後方に伴慶充の姿が確認できる!

 

そして、先月、2026年6月17日(水) 原宿「クロコダイル」でちわきまゆみを迎えて東京暮色(和久井光司・窪田晴男・根本久子・spicy-marico・平松加奈) がお届けする「from GLAM to NEW WAVE」が行われた。ちわきは大学在学中にバンド活動を始め、テクノポップ・バンド「MENU」のヴォーカリストを経て、1985年にファースト・ソロ・シングル「Good Morning I Love You」をリリースしている。2025年10月15日には、東芝EMI在籍時代にリリースされた全カタログがデジタル配信された。昨年がソロ・デビュー40周年になる。2025年10月19日、西麻布「RED SHOES」でソロ・デビュー40周年アニバーサリー・ライヴ」を開催。

 

本2026年にはちわきまゆみ自身の誕生日、2月2日に丸の内「コットンクラブ」で「Solo Debut 40th Anniversary & Birthday Live」を開催。バンド・メンバーには、Der ZibetのHIKARU(吉田光)とMAHITO(藤原マヒト)、TOSHI NAGAI、ドクロズのおやびんを迎えた強力なラインナップが集結。同時にゲストに岡野ハジメ(B)、DIE (Kb)(B)、釘屋玄<暴動クラブ)>(Vo)らが駆けつけた(2月14日<土>には大坂なんば「Yogibo HOLY MOUNTAIN」で同ライブの大阪公演を開催)。

 

 

さらに4月22日にはちわきまゆみのアルバム『Remix-Remodel』(ユニバーサル)がリリースされた。同アルバムはオリジナル音源をベースにリミックス&リモデルした作品で、「A-Girl -Teenage Unfiltered MIX-」を吉田 仁 (Salon Music)、「Pistol Song -type 2026- 」を今井寿(BUCK∞TICK)、「Aurora Girl -Ring Ding to the sky Remix–」を 小林祐介(The Novembers)、「月をながめて-HT.YT mix- 」を高野 寛、「Angel Blue -Teenage Dreams Mix-」を上田剛士(AA=)、「遊星少女フィオラ -暴動REMODEL-」を暴動クラブ、「CiNEMACHiNEBULA -UKG REMIX-」を星野英彦(BUCK∞TICK)、「禁じられた唇 -Hard Candy Mix- 」を片寄明人(GREAT3)、「Little Susie -SpectraLayers MIX-」を吉田 仁 (Salon Music)、「あなたなくなる-NATION IS NOTHING remix-」をアーバンギャルド、「Good Morning I Love You -Good Night MIx-」をYuki Saito(髭)、「Good Morning I Love You -Remix Côte d’Azur-」を Nel Gabrielなど、錚々たる面々がリミックス&リモデルに挑み、2026年の作品としてアップデートしている。

 

 

ちわきまゆみに関しては周年ということもあり、様々なイベントやリリースが目白押しで、やりつくされた感もあるが、同じことなどをしないところが和久井らしいだろう。

 

この日は東京暮色から始まり、オープニングナンバーはデビッド・ボウイの「Rebel Rebel」が演奏される。オリジナル忠実というより、暮色らしい色合いを添え、「from GLAM to NEW WAVE」というテーマらしい捻りを加える。

 

ちわきはデルジベットなどの活動で知られる藤原マヒトを率いて登場。ちわきまゆみ・藤原マヒト・東京暮色で「from GLAM to NEW WAVE」な音を聞かせる……前に和久井とちわきのトークセッションで盛り上がる。二人は同郷。東京・渋谷生まれである。局地的な話で盛り上がりつつ、ちわきの元祖ビジュアル系、グラムな追っかけ時代の意外な話をしてくれる。地は血より、濃しか。元祖・推し活の好奇心がミュージシャンとしてだけでなく、現在はMCやDJ、パーソナリティーとして躍動する彼女の下地になったのではないだろうか。

 

 

彼らは話が一通り盛り上がったところで竹中仁美(作詞)、吉田仁(作曲)というサロンミュージックの二人が手掛けた「Marble Eyes」(1985年リリースのミニアルバム『Jewels 』収録)、「 Diamond Is My Best Friend 」(同じく1985年リリースのミニアルバム『Jewels 』収録。作詞:中森明夫、作曲:白浜久、ちわきまゆみ)、「Rock ’n’ Roll Love Letter」(1986年リリースのシングル「よごれたいのに」のカップリング曲。ティム・ムーアのオリジナルでベイ・シティ・ローラーズがカヴァーし、大ヒットしている) などを披露している。『Remix-Remodel』とは被りなし。コットンクラブなどのライブでは暴動クラブの釘屋玄(Vo)をゲストに「Rock ’n’ Roll Love Letter」を歌っている。

 

 

実は和久井とちわきは過去にテレビなどでの共演経験はあるものの、ライブを一緒にするのは初めてだという。地元は同じながら意外に近そうで、遠い存在だったのだ。そんな初対面、下手は打てない。和久井と窪田は岡野ハジメのアレンジがすごく、ちわきの曲のスピードやテンポが速いことを嘆く(!?)。BPMが早すぎ、ミディアム、スローが多い暮色とは真逆で、演奏していると腕が痛くなり、息が上がるという。それでも“人力”でちわきまゆみの新世界を更新してみせる。流石、長年、一線で活躍してきた強者だけのことはある。機械に頼らずの人力ニュー・ウェイヴの可能性を見せてくれた。この日はアンコールの全員集合でボウイの「スターマン」も披露された。最初と最後の選曲、ちわきへの敬意と愛情を感じる。

 

ちなみにこの日は東京暮色のドラムスである根本久子の最後のステージになる。最後の最後、東京暮色の「街角でコヨーテを聴いた」では普段、後ろに下がり、撮影してもあまり写らない位置にいる彼女をフロントにそえて、そのドラムスをスースー&バンチョーズ (鈴木亜紀/和久井光司/菊池琢己/伴 慶充)の伴慶充がサポートした。そんな配慮は出来るバンドリーダー、和久井光司らしい采配だ。既に後任は密かに決めているらしいが、これからも根本は飛び入りしてくれるかもしれないという。細野晴臣はバンドを解散させるのが趣味と、かつて言っていたが、バンドを作り、育てるのが和久井の趣味かもしれない。“東京ニュー・ウェイヴ45周年”、これからも継続していく予定らしい。和久井光司のFacebookや原宿クロコダイルのスケジュールをチェックして欲しい。郷愁や懐古に頼らない、いま、聞くべき、見るべきものを体験させてくれるはずだ。

 

 

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