Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 ! -4ページ目

Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !

Jポップスの黄金時代は80年代から始まった。

そんな時代を活写した幻の音楽雑誌『MUSIC STEADY』をネットで再現します。

 

山下久美子がこの夏、大阪と横浜で起こした奇跡を“体感”したという方は少なくないだろう。大阪の「ビルボードライブ大阪」(7月11日・金曜日)、神奈川の「ビルボードライブ横浜」(7月26日・土曜日)、両公演ともにソールドアウトだった。私自身、7月11日(金)にビルボードライブ大阪で行われた山下久美子「45th Anniversary Special Live “Miracle ”」(ゲスト・大澤誉志幸)で大阪の“奇跡”を体験し、いち早く報告もしている。同じく7月26日(土)にビルボードライブ横浜で行われる山下久美子「45th Anniversary Special Live “Miracle ”」(ゲスト・大澤誉志幸)で横浜の奇跡も体験したいと思ったが、その日は先約があったため、体験することができなかった。7月26日(土)に苗場で行われる「フジロック’25」(FUJIROCK FESTIVAL'25)で見なければならないライブがあったのだ。翌27日(日)にも同じく苗場で見なければいけないライブがある。ところが、山下久美子が7月25日(金)のフジロックの「GREEN STAGE」(グリーンステージ)」に出演することを各ステージの詳細が発表され、知った。これは行かないわけにはいかないだろう。急遽、予定を変更、1日目から3日目まで、この年齢で、フジロックの3連荘は辛いかもしれないが、山下久美子の出演、しかも「ROUTE 17 Rock’n’Roll ORCHESTRA」のゲストとして出演する。苗場の“奇跡”にも立ち会えるかもしれない。そんな思いが頭をもたげ、数週間後には苗場へと車を走らせる。

 

 

ROUTE 17 Rock’n’Roll ORCHESTRA (feat. 山下久美子、甲本ヒロト、釘屋 玄、US、Liam Ó Maonlaí)は2025年7月25日(金)から始まる(実際は前夜祭が24日、木曜日に行われている)「FUJI ROCK FESTIVAL’25」の幕開けに相応しいラインナップである。苗場のグリーンステージに彼らが立つ。それには訳がある。継承と継続を含め、やや異色の顔ぶれながら、何故、そこにいるのか――その歌や演奏、楽曲などを聞けば納得できるはずだ。少し長くなるが、改めてHPからメンバーと、池畑潤二率いる同オーケストラを紹介しておこう。

 

 

まず、メンバーは“池畑潤二(Dr)、花田裕之(Gt)、ヤマジカズヒデ(Gt)、細海魚(Key)、隅倉弘至(Ba)、梅津和時(A.Sax)、田中邦和(T.Sax)、タブゾンビ(Tp)、青木 ケイタ(B.Sax)、丈青(Pf,Key)、スティーヴ エトウ(Per)、タニー・ホリデイ(Backing Vo) ”になる。

 

ゲストは“山下久美子、甲本ヒロト(ザ・クロマニヨンズ)、釘屋玄(暴動クラブ)、US(from Finland)、Liam Ó Maonlaí(Hothouse Flowers)、MC : クリス・ペプラー”というラインナップ。

 

THE ROOSTERSやROCK’N’ROLL GYPSIES、HEATWAVEなどで活躍、日本屈指の剛腕ドラマーとして知られる池畑潤二を“団長”とする「ROUTE 17 Rock’n’Roll ORCHESTRA」は“2011年から苗場食堂ステージでおこなわれるようになった池畑潤二率いる「苗場音楽突撃隊」のメンバーを中心に、2013年にフジロックに馴染みのトップ・ミュージシャンが結集。 苗場を通る国道17号にちなんで、フジロック発オリジナルの「ROUTE 17 Rock'n'Roll ORCHESTRA 」を結成。毎年、グリーンステージを賑わせている。当時のメンバーを挙げると、池畑潤二(Dr)、松田文(Gt)、井上富雄(Ba)、花田裕之(Gt)、ヤマジカズヒデ(Gt)、梅津和時(A.Sax)、田中邦和(T.Sax)、タブゾンビ(Tp)、青木ケイタ(B.Sax)、細海魚(Key)、丈青(Pf,Key)、スティーヴエトウ(Per)など、年によってメンバーの入れ替わりがあるものの、このメンバーが基本的な編成となっている”という。

 

 

今回は、“山下久美子、甲本ヒロト(ザ・クロマニヨンズ)、釘屋 玄(暴動クラブ)、そしてフィンランドから新鋭ガレージ・ロックバンド“US”、さらにアイルランドのカリスマシンガー、リアム・オ・メンリィ(ホットハウス・フラワーズ)をゲストに迎え、豪華絢爛なロックン・ロール・ショーを繰り拡げる”と告知された。

 

https://www.fujirockfestival.com/artist/detail/5363

 

 

 

 

一般的に池畑潤二と山下久美子は異色の組み合わせになるかもしれない。しかし、山下久美子には布袋寅泰が全面的にサウンドプロデュースした“ロックンロール3部作”と言われる作品群がある。『1986』(1986年)、『POP』(1987年)、『Baby alone』(1988年)という3枚のアルバムは“3部作”を成す。池畑は山下の12枚目のオリジナルアルバムになる『Baby alone』に参加。同作への参加を契機に布袋や山下などのレコーディングやライブをサポートすることになる。1988年12月5日に東京ベイN.K.ホールで開催された山下久美子のライブに池畑は布袋、ホッピー神山(Key)、松井恒松(Bass)とともに彼女をサポート。同ライブの模様はライブアルバム『stop stop rock'n'roll“LIVE”1988.12.5 TOKYO BAY N.K.HALL』』として1989年2月1日に日本コロムビアから発売されている。同作はライブビデオもリリースされた。

 

 

また、2018年10月19日、20日、21日の3日間にわたり、京都の老舗ライブハウス「磔磔」で、池畑潤二が陣頭指揮を執るイベント「BIG BEAT CARNIVAL IN 磔磔SPECIAL 3days」(同イベントは2008年10月、池畑潤二50歳の誕生日に始まり2018年には10周年を迎えた。現在もアラバキなど、時間や場所を変え、開催中である)が開催され、同イベントにも山下は出演している。池畑潤二を敬愛する多くのミュージシャンが集まる。ROCK’N’ROLL GYPSIES(花田裕之/下山淳/市川勝也/池畑潤二)をはじめ、同イベントのホストバンドとしてThe Big Beaters(池畑潤二/花田裕之/井上富雄/ヤマジカズヒデ/細海魚)、各日のゲストとして山下久美子、浅井健一、SION、イマイアキノブ、陣内孝則、山口洋、百々和宏、そして飛び入りゲストのTOSHI-LOWなど、錚々たるメンバーの揃い踏みだ。

 

 

山下は1日目のゲストとして浅井健一とともに出演。同イベントが山下にとって「磔磔」への初出演だったそうだ。山下は、池畑潤二と共に録音、演奏したナンバーやお馴染みのヒット曲を披露。そのアンコールでは浅井健一を呼び込み、「So young ~ My Way」のデュエットを聞かせてくれた。

 

 

 

 

 

過去の歴史のおさらいが長くなったが、その日、2025年7月25日(金)の苗場は雲が出ているものの、快晴である。清々しい空気が満ちている。ところが彼らのステージが始まる1時間ほど前には快晴、しかも猛暑ながら遠雷が聞こえてくる。グリーンステージの頭上に雨を降らす。幸い、その雨は苗場特有の豪雨ではなく、小振りだった。「ROUTE 17 Rock'n'Roll ORCHESTRA 」が登場する午後1時ころには幸いなことに止んでいる。“晴れ男”、“晴れ女”は誰なのか!?

 

 

グリーンステージのスクリーンには忌野清志郎の「田舎へ行こう」(本フェスの主催者、「スマッシュ」の日高正博が清志郎に『ウッドストック』にも出演したキャンドヒートの「田舎へ行こう」(Going Up the Country)のような曲を作ってくれと依頼したそうだ)が流れ、いよいよ気分が盛り上がる。MCのスマイリー原島が“雨が降ったけど、丁度いい天候、上り調子です”と、観客に声をかける。

 

 

フジロックのグリーンステージにジャズのスタンダードナンバー「MAC THE KNIFE」が流れ、「ROUTE 17 Rock'n'Roll ORCHESTRA 」が登場する。同ステージの収容人数は約4万人になるという。まさにメインステージ、スタジアムクラスの広さだ。クリス・ペプラーがバンドをコールし、この日、最初のゲストの暴動クラブのヴォーカル釘屋玄を呼び込む。

 

暴動クラブはファーストアルバム『暴動クラブ』(2024年8月7日)でTHE ROOSTERSの「C.M.C.」をカヴァー、EP「撃ち抜いてBaby,明日を撃てLady」(2024年12月4日)は井上富雄がプロデュースしている。メンバー自らも大江慎也や井上富雄のワンマンライブ、池畑潤二がバッキングを務め、2024年6月9日(日)下北沢CLUB251」で行われた柴山“菊”俊之(「202469IndianSummer77th菊の部屋へようこそ…俺は待ってるぜ!」)などのライブに度々、出没している。

 

また、2024年8月28日に渋谷クラブクアトロで行われたワンマンライブ「暴動集会」には池畑、井上ともに客席にいたことも話題になった。2024年の様々な出来事は2025年のここに繋がる。

 

それにしても大抜擢だろう。それだけ、彼らがここまで駆け上がってきた証明でもある。グラマラスでダンディーな装いの釘屋はいきなり、ハスキーでノイジーな歌声でニューヨークドールズ(New York Dolls)の「ジェット・ボーイ」(JET BOY)を披露する。新世代のロックスターの降臨か。続けてローリング・ストーンズ(THE ROLLING STONES)の「黒くぬれ!」(Paint it ,Black)を決める。

 

ドールズからストーンズへ、まさに“ロックンロールの王道”を若干、22歳のヴォーカリストが歩んでみせる。ロックは死んだ――など、過去の言葉になることが身をもって証明される。けばい衣装に派手なメイクとは裏腹に実に颯爽とロックンロールタイムマシーンに乗り込み、時空を超えて見せた。

 

 

クリス・ペプラーが釘屋を送り出し、続いてUSを呼び出す。USのTeo、Max、Panが登場する。彼らはフジロックのもうひとつの“ハウスバンド”とでもいうべき存在だろう。

 

 

2021年結成されたフィンランド出身の平均年齢27歳の5人組ロックバンド。既にその日、午前11時にはグリーンステージに登場している。同ステージ以外にも「苗場食堂」や「GAN-BAN SQUARE」など、昨年の「フジロック’24」同様、2年連続で八面六臂の活躍ぶり(昨年は前夜祭を含む、4日間で、「GREEN STAGE」、「CRYSTAL PALACE TENT」、「 RED MARQUEE」など、6ステージという前代未聞のステージ数をこなし、メインステージからカフェスペースまで、各所に出没した)。

 

 

Teo、Max、Panの3人は「ROUTE 17 Rock'n'Roll ORCHESTRA 」とともにジョー・コッカー(Joe Cocker) の「フィーリン・オールライト」(Feelin‘ Alright)(オリジナルはデイブ・メイソンが書いたナンバーで、トラフィックのセカンドアルバム『トラフィック』に収録されている)、クリーデンス・クリア・ウォーターリヴァイバル(Creedence Clearwater Revival)の「トラヴェリン・バンド」(Travelin‘ Band)を披露する。古典とでも言うべき、ロックの名曲をカヴァー。ある意味、2曲ともフェスの”定番”ではあるが、ルーティン化せず、ロックンロールの根っこや枝葉を意識しながらも常にアップデートしていく彼ららしい新鮮な歌と演奏になった。

 

 

USのステージが終わると、アイルランドのロックバンド「ホットハウスフラワーズ」(Hothouse Flowers)のリアムリアム・オ・メンリィ( Liam O' Maonlai)がクリス・ぺプラーによって呼び出される。どこか、神々しい雰囲気を纏い、ヴァン・モリソンを彷彿させる。ザ・フー(The Who)の「ピンボールの魔術師」(Pinball Wizard)を歌い出す。ロック・オペラ『トミー』の世界に引き込まれる。リアムがロジャー・ダルトリーに見えてくる。同曲に続き、リンゴ・スターでお馴染み、ジョー・コッカーもカヴァーした「With a Little Help from My Friends」を歌う。何か荘厳なロックンロールミュージカルの趣き。一気にその世界に引き込まれてしまう。流石、アイルランドの至宝である。

 

 

同曲を終えるとタニ―・ホリデーがリアムを送り出し、山下久美子を呼び込む。山下久美子が初のフジロック、それもグリーンステージに立つ。おそらく、その緊張はマックスだったかもしれないが、彼女にはこの曲がある。いきなり「So Young」である。説明不要、佐野元春が彼女のために書いたナンバーだ。佐野・山下世代のロックンロールをかましてくれる。同曲に続けて、「My Way」を畳みかける。京都・磔磔では浅井健一だったが、この日はタニ―・ホリデーが歌を被せる。勿論、「My Way」は大御所、フランク・シナトラ・ヴァージョンではなく、やんちゃなシド・ヴィシャス風味が入っている。

 

そして、お馴染み、国民的ヒット曲「赤道小町ドキッ」が披露される。同曲、作詞は松本隆、作曲は細野晴臣。そのラインナップからYMO発の”テクノ歌謡”的な捉え方もされているが、実際はテクノ的なきらびやかさがあるものの、その装いはむしろ、ファンク的な構造をしている。山下が後藤秀人 (Gt)、伊藤隆博 (Key)、笠原敏幸 (Ba)、椎野恭一 (Dr)、ビリー・ジーン (A.Sax)など、自らのバンドでやる時もシンセなどを盛り込みながらもベースとギターが曲を引っ張るアレンジがされている。実は同曲、元々は大村憲司がアレンジしている。大村は兵庫県神戸市出身。“関西人”である。山下久美子には常に手を貸してくれる関西人がいた。ロッド・スチュワートが1978年にリリースしたアルバム『スーパースターはブロンドがお好き』(Blondes Have More Fun)の1曲目を飾る世界的なヒット曲「アイム・セクシー」(Da Ya Think I'm Sexy?)のベーシスト、フィル・チェンのようなベースラインがルーツになっている。この日も同曲の“核”引き出すファンクアレンジで演奏される。「ROUTE 17 Rock'n'Roll ORCHESTRA 」らしい、ホーンとの絡みなど、新たな解釈で、祝祭空間を彩る。国民的ヒット曲がフジロックのグリーンステージで蘇る。同曲が山下久美子をそこへ連れてきた。「赤道小町ドキッ」がなければ見れなかった風景かもしれない。山下は”どうも、ありがとう。OK!”(ローラか!?)と告げ、ステージから消える。

 

 

続いてクロマニョンズの甲本ヒロトが呼び込まれる。何故か、彼は上半身裸(下はクロマニヨンズのTシャツを履いている!?)で、両足は松葉杖を突いてステージに登場する。いきなりヒロトは”無敵のダイナマイト、ジョン・レノン”と叫ぶ。

 

おそらくベースになったのはビートルズやストーンズ、フライング・リザーズ、そしてRCサクセションも『COVERS』 でカヴァーした「MONEY」(オリジナルは、バレット・ストロングの楽曲。作詞作曲はタムラ・レコードの創設者であるベリー・ゴーディとジェイニー・ブラッドフォードが手がけ、1959年にシングル盤として発売された。1963年にビートルズ、1979年にフライング・リザーズによってカヴァーされた)ではないだろうか。

 

同曲でヒロトは“ジョン・レノン、フジロックに来てくれ”、“世の中がどんどん壊れていくのはなんでかわかるか、新しくなるためです“、“今日・明日・明後日、自分をぶち壊して新しい自分になって帰ってくれ”――とメッセ―ジする。同曲を終えると、「プリーズ・Mr.ポストマン」(Please Mr. Postman)を披露する。同曲は、マーヴェレッツの楽曲で、1961年8月21日にタムラ・レコード(モータウン)よりデビュー・シングルとして発売され、「Billboard Hot 100」では第1位を獲獲得している。1963年にビートルズがカヴァー。1974年にはカーペンターズによってカヴァーされ、1975年に「Billboard Hot 100」で第1位を獲得している。「無敵のダイナマイト」とは対極のどこかほんわかとした歌いぶりで、いかにもヒロトらしいポップチューンになっている。同曲を終えると、ヒロトは“バイクはいいね。気をつけて運転してください”と観客に声をかける。どうやら、骨折の原因はバイク事故らしいが、真相は不明である。

 

 

ヒロトは、“まだ、帰っておらん。どこかにいる山下久美子さんと……”と告げ、山下久美子を呼び出す。ステージに戻ってきた山下へヒロトは“どうなっているのだ。この人は本当に面白い”と声をかける。そして釘屋、USの3人、さらにリアムがステージに勢揃いする。

 

 

そして「ドレミの歌」を「ROUTE 17 Rock'n'Roll ORCHESTRA 」のバッキングによってゲスト全員で歌う。同曲は1959年に発表されたミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』の劇中歌のカヴァーである。いきなり「ドレミの歌」!? それは単なるは思い付きではない。実は山下久美子は2005年12月21日に東芝EMIから発売されたデビュー25周年記念アルバム『Duets』で忌野清志郎をはじめ、甲本ヒロト、吉川晃司、佐野元春、大澤誉志幸、植木等らと共演、文字通りデュエットしているが、当時THE HIGH-LOWSのヒロトも参加している。山下とヒロトが共演して歌ったのが「ドレミの歌 (Do Re Mi)」だったのだ。

 

 

共演や選曲は単なる思い付きではない、既に二人が過去にしてきたこと。山下とヒロトの“軌跡”が再び、交わる。ここ、苗場の“奇跡”に繋がる。その現場を取りしきり、まとめたのが山下だった。ヒロトや釘屋はしきるタイプではない。かといって、USではその荷は重いだろう。リアムに至っては制御不能(笑)。その歌以上にアイルランドミュージックでお馴染みの楽器「ティン・ホイッスル」を嬉しそうに吹いている。

 

 

そうなると、仕切るのは山下久美子しかいないだろう。経験と場数が違う。彼女が池畑と連携して、その場をまとめ、メンバーに合図を出す。

 

豪華で贅沢なナンバーとメンバーを山下がまとめ上げ、この場でしか生まれない風景を見せてくれる。やはり、そこに山下がいなければ、この空気感、光景は生まれなかっただろう。まさに国民的な“歌のおねえさん”。自由奔放な男たちも彼女に従うしかない。今年デビュー45周年になる山下だが、彼女だからなし得たこと、彼女でなければできなかったことだろう。このスペクトラムなショーの中心には彼女がいた。責任感が人を強くするではないが、山下の歌も自らのセット以上に声が出て、力強いものになるから不思議だ。彼女が起こした奇跡であるとともに彼女の存在そのものが奇跡そのもの。会場のスクリーンに映る観客達は、拍手をして、歓声を上がる。誰もが多幸感に包まれる。3日間の始まりに相応しいステージ、パフォーマンスではないだろうか。

 

 

 

彼女はこの圧巻のステージが終わると、翌日の横浜公演のため、すぐに越後湯沢から新幹線に乗り、東京へと戻ったという。この「ROUTE 17 Rock'n'Roll ORCHESTRA 」のゲスト達、リアムや釘屋、USなどは、「苗場食堂」など、連日、出没していた。ヒロトは翌日のサンボマスターのステージに真島昌利とともに飛び入り(乱入!?)している。ロックンロール楽団の一員として、ロックの祭典を楽しんだみたいだ。時間があれば、山下にもそんな雰囲気を味わって欲しかった。

 

 

 

 

ある意味、フジロックの「ROUTE 17 Rock'n'Roll ORCHESTRA 」は世代や時代を繋ぎ、続けるがテーマとするならば、まさにそれを体現するものだったのではないだろうか。

 

改めて、山下のキャリアを考える。彼女には、こんな大きな野外ステージが似合う。かつて彼女は1985年6月15日に国立競技場で行われた大規模なジョイントコンサート「国際青年年記念 ALL TOGETHER NOW」では、はっぴいえんどとサディスティック・ミカ・バンド(ヴォーカルは松任谷由実)の再結成、吉田拓郎、オフコース、佐野元春、サザンオールスターズ、さだまさし、南こうせつ、チェッカーズ、THE ALFEE、坂本龍一、武田鉄矢、財津和夫、イルカ、白井貴子、アン・ルイス、ラッツ&スターなどとともにそのステージに立っている。同コンサートに際して、はっぴいえんどを再結成した細野晴臣と大滝詠一に当時、「MUSIC STEADY」で対談をしていただいたが、「ALL TOGETHER NOW」を“ニューミュージックの壮大なお葬式”と語っていた。果せるかな、新たな時代の到来を告げ、新世代の台頭の嚆矢となった。新世代の代表として佐野元春やサザンオールスターズなどとともに山下久美子はそこにいたのだ。

 

 

また、1986年8月4日 に「新宿都有3号地 」で行われた野外フェス「WATER ROCK FESTIVAL」に出演。BOØWYや44MAGNUM大沢誉志幸、吉川晃司などとともに豪雨の中にいた。

 

 

 

実は山下は東京都墨田区の錦糸公園で行われた『肉フェス』(フードフェスと音楽フェスが合体したもの)に、昨年、今年と出演している。今年は見れなかったが、昨年は見ている。その際、簡単なリポートを上げているが、“彼女にはフジロック……大きな野外ステージに立ってほしい”と書いた。図らずもそれが今年、実現した。自らのファン以外も巻き込み、会場を騒乱し、先導(扇動!?)していく。ファン以外も自らの世界に巻き込み、一級のショーを見せる――そんな場所も彼女には相応しい。改めて山下久美子という稀有なミュージシャン、パフォーマー、エンターテイナーの存在を再確認する。単なる“Big Star Game”に与せよという意味ではない。優れた音楽は遍く聴かれるべきという思いからだ。

 

 

勿論、そこには彼女を理解する仲間と、それを受け入れる音楽ファンがいてこそ。彼女の可能性を再確認したのではないか。繰り返しになるが、「ROUTE 17 Rock'n'Roll ORCHESTRA 」に繋ぎ、続ける。過去を現在へ、現在を未来へと結ぶ力があるとすれば、それを目の当たりにする。何かが新しく始まる。再生の機会かもしれない。これから山下久美子をはじめ、仲間達が巻き起こす“奇跡”が楽しみでならない。45周年は50周年へと続いていく――。


Photo By Kenju Uyama

大阪通天閣愛歌か――山下久美子の歌は大阪の夜を美しく染め、人と街を輝かす。彼女は、本2025年にデビュー45周年を迎え、様々な“イベント”が始まっ。た。先週、7月11日(金)にビルボードライブ大阪で山下久美子「45th Anniversary Special Live “Miracle ”」(ゲスト・大澤誉志幸)が開催された。7月25日(金)には初の“FUJIROCK”出演、翌26日(土)にはビルボードライブ横浜で山下久美子「45th Anniversary Special Live “Miracle ”」(ゲスト・大沢誉志幸)が開催される。山下久美子の45年目の夏は“熱い夏”になりそうだ。

 

 

その幕開けになる7月11日(金)ビルボードライブ大阪での山下久美子「45th Anniversary Special Live “Miracle ”」へ行ってきた。ゲストの大澤誉志幸は“久美子は大阪に愛されている”と何度も言っていたが、大阪の人や街は山下久美子の歌の世界に見事に嵌る。彼女も大阪は第二の故郷だという。デビュー時、彼女の周りには西岡恭蔵やKURO、石田長生、大上瑠利子など、たくさんの関西人がいた。その中、大分出身の彼女が特に関西ソウルの継承を目指さなくても、影響を受けないはずはないだろう。大阪らしい“いなたい”風情と香りを纏っていた。いなたいは田舎くさい、泥臭い、垢抜けない、素朴な、という意味の俗語、または方言であるものの、当時は誰も悪い意味で使ってはいなかったはず。むしろ前述した通り、風情と香りを纏っている。ちょっとレイドバックした洗練、人なつっこい高級感があった。

 

 

山下久美子を大阪で見るのは、1983年7月に大阪南港フェリーターミナル前広場で開催された、“夏フェス”の走り「ジャムジャムエイティーズフェスティバル」以来かもしれない。

 

出演者は7月30日(土)が沢田研二&EXOTICS、山下久美子&PaPa、アン・ルイス、ハウンド・ドッグ、THE VOICE&RHYTHM、RATS&STAR、上田正樹、桑名晴子などが出演、翌31日(日)はラウドネス、PINK CLOUD、子供ばんど、アン・ルイス、ARB、THE MODS、宇崎竜堂、白龍などが出演した。実際、見たのは初日のみ。実は取材ではなく、私がかつて編集に関わっていた幻の音楽誌(笑)、前年の1982年の夏に発売した山下久美子表紙・佐野元春特集号を会場で販売するためだった。会場にゴザを引いただけの売り場で炎天下の中、販売していた。どうしてフリマのような物販が可能だったか、わからないが、それより雑誌を値切る人がいて、ちょっと驚いた。いずれにしろ、事務所や主催、協賛メーカーの配慮か、まずはサントリーさん、ありがとう! と言いたい。その日のライブも関西の大物たちが大挙して出演。山下はそんな大物にも引けを取らない。むしろ、そんな大物達に可愛がられていた(暴力的な可愛がるではありません)。観客もすんなりと受け入れていた。大阪で聞く、山下久美子の歌はしみる――を大阪の南港のフェリーターミナル前広場で初体験した。

 

 

 

そして40数年後、2024年7月11日(金)、ビルボードライブ大阪で行われた山下久美子「45th Anniversary Special Live “Miracle ”」。同ライブは、いきなりのネタバレになるが、山下久美子がこれまでシングルとしてリリースしたナンバーを時代順(一部、前後あり)に披露する。いわば”スーパーヒットコレクション”の趣。

 

1stステージは「恋のミッドナイト・DJ」や「赤道小町ドキッ!」、「瞳いっぱいの涙」、「リリス(British Fantasy)」など、ポップスの王道を歩んだ「コロムビア時代」、2ndステージは「いっぱいキスしよう」や「宝石」、「DRIVE ME CRAZY」など、コロムビア時代の“ロックンロール3部作”に続き、ロックなラブソングに挑んだ「東芝EMI時代」になる、大澤誉志幸はゲストとして1st、2ndともに出演、各時代に彼が提供した「こっちをお向きよソフィア」、「時代遅れの恋心」など、代表曲を山下久美子と披露する。

 

 

シングルのみを歌うなんて、寄せ集めくさいが、両ステージとも、当時の彼女やメンバー、スタッフがいかにシングルに思いを込め、大事にしながら歌作り、音作りをしてきたかが、改めてわかる。シングルを辿ることで見えてくるものもある。1stでは笠置しず子や美空ひばり、雪村いづみなどに連なる、日本のポピュラー音楽の継承者であり、彼女の音楽活動がそのまま日本の音楽の歴史に重なる。流石、渡辺プロダクションだ。彼女の初期のスタッフには沢田研二やBUMP OF CHICKENらを手掛けた音楽プロデューサーの木﨑賢治がいた。大衆性を意識しながらも商業主義に堕すことなく、音楽の冒険や実験を怠らない。2ndは新しいロックなラブソングの地平を布袋寅泰や池畑潤二、ホッピー神山などともに切り拓いた。彼女が彼らとともに新たな領域に入ったことがわかる。新しい"総立ちの女王"の誕生でもあった。今更ながら彼女と彼女の周りの音楽家がしてきたことの大きさがわかるというもの。通して聞くと、壮大な音楽絵巻を目の当たりにすることになる。当然、これで完結ではないものの、もし、7月26日(金)の横浜公演に行かれるなら通しで見るべきだろう。

 

Photo By Kenju Uyama

 

Photo By Kenju Uyama

 

改めて、このバンドメンバーの素晴らしさを体感して欲しい。山下久美子を支えるメンバーは後藤秀人 (Gt)、伊藤隆博 (Key)、笠原敏幸 (Ba)、椎野恭一 (Dr)、ビリー・ジーン (A.Sax)というラインナップ。椎野と笠原は1980年のデビュー時の山下をバックアップした山下久美子&PaPaのメンバーである。後藤と伊藤はこの10数年、常にサポートしている。ビリー・ジーンは2023年に山下久美子がジャズアルバム『Jazz”n”Kumiko』を制作した際に参加、そのままメンバーになっている。いわゆるすべての時代や世代をカヴァーしているのだ。また、当時の曲をそのまま披露するのではなく、いまという時代にアップデートすることも怠らない。そんな演奏に彼女の歌は艶を増していく。大阪は今日も活気にあふれ、またどこかで人が来る――萩原健一も歌ったBOROの「大阪で生まれた女」か-!というツッコミはなしで、なんとなく頭に浮かぶだろう。彼女の歌を聞いていると、少し大阪が好きなる。きっと大阪の人はそれを知っているのだろう。だから歓迎する。勿論、おもてなしの仕方も知っている。大阪の人達は人を乗せるのがうまい。彼女自身も本当に気持ちよさそうに歌っている。その乗りもただの大騒ぎではなく、ちゃんと乗りながらも“会話”をしている。気持ちのいい夜だ。そこに暮らす人達とそこに来た人達のつかぬ間の邂逅。そこに小さな奇跡が起きる。彼女の歌を聞いたあと、梅田や道頓堀、通天閣を彷徨いたくなるというもの。実際、東京の渋谷のように変わり過ぎていて、彷徨うではなく、迷ってしまった(トホホ)。西梅田から西天満までなかなか、辿り着かず、随分、時間がかかってしまった。大阪の夜は暑かった(熱かった!)。きっと、7月26日(土)もビルボードライブ横浜のライブ後、みなとみらいや赤レンガ、中華街など、横浜の街を彷徨いたくなるはず。アフターライブも楽しんで欲しい。

 



https://kumikoyamashita.com/schedule

 

 

 

 

7月5日(土)埼玉・さいたま市文化センター 大ホールから始まった「佐野元春 45周年アニバーサリー・ツアー」(同ツアーはTHE COYOTE BAND結成20周年でもある)の2日目、7月12日(土)は「佐野元春45周年アニバーサリー・ツアー」の 静岡・静岡市清水の公演を体験する。清水のライブは実に15年ぶりらしい。前回の静岡公演(2023年7月8日に静岡市民文化会館で開催された「佐野元春 & THE COYOTE BAND 今、何処TOUR 2023」)にはTHE HEARTLANDの時代のピアニスト、阿部吉剛がアンコールのサプライズゲストで登場し、バンドに加わって「SOMEDAY」を演奏したことも話題になった。果たして、今回も阿部吉剛は来るのか?


当初の27公演に加え、先日、東京と大阪の追加公演が発表された。このツアーは佐野のキャリアの中でも過去最大級の公演数になるだろう。佐野元春&THE COYOTE BANDは、この7月から12月まで、文字通り、全国津々浦々を駆け巡る。かつて行っていないところまで足を運ぶという。

いまこれだけの規模と熱量で周年公演を敢行する音楽家を知らない。数多演奏されたナンバーはオールタイムヒッツの趣きながら良質のノスタルジーをばらまきつつ、そこに留まるものではない。いま現代の佐野元春と、彼が見たこの世界の実相を鮮やかに描く。その歌と演奏は時代や世代を超え、佐野元春のいまに収斂していくのだ。



休憩を挟んで3時間近く、30曲近い楽曲がこれでもかと披露される。過去の名曲が現在の新たな名曲として蘇る。同時にTHE COYOTE BANDの名曲とTHE HEARTLANDの名曲が違和感なく並ぶ。これは最新作『HAYABUSA JET Ⅰ』での“再定義”の効果だろう。

すべての楽曲がいまという時代に違和感なくアップデートされる。これまで過去の曲と新たな曲の“ふぞろい”に臍を噛む思いをした人もいたかもしれないが、いまは問題ない。解決済みだ。むしろそれらが共存共栄、呉越同舟することでそれぞれの楽曲が何倍も光輝く。その新しいサウンドデザインは佐野元春とバンド、そして観客を結ぶ“約束の橋”ではないだろうか。


ステージで披露された過去の映像や写真、イラストなど、詳述はしないが、その演出は、周年とはこうあるべきというもの。彼の歴史を紹介しながら様々な仕掛けや刺激に溢れ、いろんな場面に飛べる。特筆すべきステージ演出。舞台芸術として、超一級のものを見た思いだ。

佐野は“『HAYABUSA JET Ⅰ』は、今、僕らは様々なレベルで再定義が迫られている。そんな見立てをコンセプトにしました”と教えてくれた。

 

 

その日は、幸運なことに1階の前列の左端、いわゆる“見きれ席”ながら佐野やメンバーを間近に見るのことができる。その迫力は特筆もの。佐野やメンバーと目が合いそうで、緊張した(笑)。同時に私の隣にいた熱狂的なファンらしい男女の2人組(カップルなんていうのはコンプラ的にいかがなものかもしれない)の女性の方が“この日があるから辛いことがあってもこの日までやってこれた”と言っていた。その言葉が突き刺さる。佐野の言葉ではないが、佐野元春という音楽家がしてきたことを改めて思う。

会場は清水駅からペデストリアンデッキ(高架型または地下の歩道)で繋がるところで、会場の裏に道路を挟んで海沿いに魚市場があった。佐野は“僕は神田の生まれなので市場があるとホッとしてしまう”と語る。神田と市場の関係など、知る人は少ないと思うが、かつて千代田区神田須田町に神田青果市場があった。

また、アンコールには“この街はかつて清水の次郎長が仕切っていたた。そんな街で演奏ができて幸せです”と告げる。地元の人は歓喜の声を上げる。清水はエスパルスだけではない。次郎長は元祖・日本のビッグ・ボスである。幕末・明治の侠客、博徒博徒だが、社会事業家でもある。


果たして、この日、阿部吉剛は来たのか。残念ながら来なかったが、そんな関係が潔い。数多ゲストが出るライブもあるかもしれないが、まずは100%佐野元春&THE COYOTE BANDを見てもらうべきだ。添加物なしの濃いバナナジュースを飲む感じで試してもらいたい。まだ、ツアーは続く、絶対、どこかで見て欲しい。「あさイチ」の数倍の衝撃を得るだろう。

 

実はその前日、大阪のビルボードライブ大阪で大澤誉志幸をゲストに山下久美子の45周年ライブがあった。佐野はこの日、山下久美子に提供した名曲を披露している。偶然の一致かもしれないが、1980年デビューの黄金世代はいまも光輝くのだ。

 

 

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https://www.moto.co.jp/features/45th-anniversary-tour/#tourDate